「花」




一輪の花が咲いている。
まるで君を模ったかのような美しき花だった。

この花を見て思い返していた。
君と過ごした、長いような短いようなそんな時を。

「好き」

そんな一言から、始まった日々。
残り一ヶ月。それが僕等に残された時間…。





ある暑い夏の日の事だった。

買い物帰り、暑さに耐え切れなくなり、
僕等はクーラーの利いた涼しい喫茶店で静かな時を過ごしていた。

「何見てるんだよ」

「別に…面白い顔だなって思って」

「……それはスイマセンでしたね」

彼女は何かにつけて僕の行動を真剣な眼差しで見つめてくる。
それ程に面白い動きをしている訳でもないし、
自分で言うのも何だがそこまで見ていて飽きないほどのいい男でもない。

まぁ、美男子は三日で飽きると言うが…。

「パフェ追加注文していい?」

「太りたいならどうぞ」

「むっ、なによそれ…感じ悪いなぁ」

感じ悪いなぁとか言われても、
すでに8杯ものチョコやらバナナやら色々なパフェをたいらげているヤツに対し、
「好きなだけ食べて良いよ」…なーんて言える訳も無く。

「嘘吐きは泥棒の始まりなんだからね」

「ものには限度がある。親しき仲にも礼儀あり」

「へっ、かわいくないの!」

彼女はそう言うとテーブルの上にあった注文を頼む時に押すスイッチに手をかけた。
「ピンポーン」と言う音の後、すぐに店員が僕等のテーブルに駆け寄ってくる。

「ねぇ…パパイヤのパフェって無いの?」

「パ…パパイヤはちょっと…」

「なんだつまんないの…じゃあこれでいいや」

…店員が立ち去ると、彼女はすぐに僕の事を横目でにらみつけてくる。
まぁ、究極的に嫌味なつもりだったのだろう。

「子供の前で喧嘩はよくない」

「…まだ影も形も無いわよ」

「心臓は動いてたじゃないか」

「…けっ!卑怯者ー!」

彼女はテーブルの上にあったお絞りを掴み取り、
僕の顔に向けておもいっきりぶんなげてきた。

「べふっ!」

おしぼりは見事に命中し、
そのまま膝元へと落下していった。

「意地悪な親父は嫌いよ」

「…たはは」

彼女は今妊娠8ヶ月…。
もうすぐ僕と彼女の最後の時が近づいてきている。

「もうすぐお父さんだね」

「…そう言う君はお母さんか」

「実感わかないなぁ?」

「まぁ、子供が子供を産むんだからね」

「……意地悪な親父は嫌いよ!!」

「子供には優しくするよ」

「…私にも優しくしてよ…」

「いやぁ、あそこの赤い花綺麗にさいてるなぁ」

「……もう帰る!!」

そう言って彼女は席を立とうとすると、
注文していたパフェがテーブルへと到着する。

「…食べてから帰る!」

複雑な表情で席へと座る彼女。

「まぁ、一緒に帰ろうよ」

「…仕方ないから一緒に帰ってあげるよ」

「はは…」

そんな彼女を見ていると、
これからもずっとずっと仲良くやっていけそうな気がした。

「綺麗に咲いて欲しいな」

「何言ってるの?」

「いや、こっちのこと」

一輪の花のように美しく、
そして、彼女のように優しい人になって欲しい。
何てこれから産まれてくる子供に願うのだった。

「…ねぇ?もういっぱい食べていい?」

「……」

大食らいにはならないで欲しい。
心からそう思いながら……。