悲桜花

「悲桜花」




私、この神社の巫女、楓と申します。
当神社には、願い桜と呼ばれる桜が咲いていて、
それは、どんな願い事もかなえると言われる、不思議な桜。

今回は、そんな桜に知らずに願いをつげてしまった女性のお話をしたいと思います…。



年齢、26歳、独身、OL。
これと言って、目立つところの無い、普通の女性。

主張性が足りず、人に合わせてばかりの彼女。
好きな人に告白もできず、彼氏居ない歴26年。

さて、そんな彼女ですが、願い桜の前で、何とつげてしまったのでしょうか…。




「ヒック…あーもうっ!!あの部長ったら、ホントッ!最悪!」

大きなしゃっくりをしながら、彼女は千鳥足でフラフラと道を歩いていました。

「まーた、私のお尻さわるし、発言は親父ギャグばっかりだし…」

周りには誰も居ないのに、大声で叫びながら、夜の道を歩く彼女。
そして、すでに意識も朦朧としているのか、いつもの帰り道とは違う道を曲がり、
この神社の境内へと迷い込んできました。

「あら…?ここはどこかしら…?」

そんな彼女を黙ってみていると、
彼女は、願い桜のある場所へと入っていきました。

「ふぇー、疲れた…」

完全に酔いが回っていたのでしょう。
彼女は、桜によしかかる様にして座り、すうすうと寝息をたて始めました。
そして、寝言でこんな事を呟いていました。

「あんな部長嫌い…、死んじまえ…ちくしょう…」

桜の花びらが一枚、散ってしまいました。
それは、願い事が叶った証。

「おめでとうございます。あなたの願いは叶えられましたよ」

眠る彼女へと静かに近づき、そっと伝えておきました。



朝、彼女は、願い桜を見上げ、かたまっていました。

「嘘…秋に桜が咲くのは聞いた事あるけど、
こんなに赤い桜があるなんて…」

ご存知かもしれませんが、願い桜は、その見た目からして普通の桜とは違います。
鮮やかな桃色ではなく、血に染まったように真っ赤。
普通の桜と異なる点は一つも無いのですが、これが、願い桜の姿です。

ちなみに、豆知識ですが、
秋にだけ咲く桜としては、ヒマラヤザクラと言う物があるそうです。

また、春と秋に咲く桜としては、
フユザクラ(冬桜)、ジュウガツサクラ(十月桜)
シキザクラ(四季桜)、フダンザクラ(不断桜)
コブクザクラ(子福桜)等があるそうですよ。

「お目覚めですか?おはようございます。
桜に驚かれる気持ちはわかるのですが、すでにお昼を過ぎてますよ?
大丈夫ですか?」

私は、見上げた姿勢のままかたまる彼女に一声かけました。
親切心のつもりだったのですが、彼女は青ざめた顔で、黙ったまま走り去っていきました。

「…どうなっても知りませんからね」



それから、彼女は会社へと到着し、例の部長にこってり絞られます。

そして、その帰り道。
彼女は、友人の運転する車で、自宅へと送ってもらっていました。

「まったくもう!酷いよ!昨日人にあれだけ飲ませておいてあの文句の言い様!
私のお尻までさわってるくせに何であんなに偉そうなのよ!!!最低!!」

等等、友人は、彼女の愚痴に相槌を打ちながら、
聞き流すようにして軽く聞いているように見えました。
どうやら、いつもの事のようですね。

「ね?酷くない?あんなのと一日中居れる人の気が知れないわ!」

「ん、でも、部長、奥さん居るらしいよ?」

「げっ!?うっそお!!あんなののどこが好きなのかしら……」

そして、そうこうしているうちに、彼女の自宅へと到着しました。

「ありがとう、それじゃ、また明日ね」

「うん、じゃね」

友人と別れた後、軽く一服し、シャワーをあびると、
「明日は遅刻しないように!」と彼女はすぐに眠りにつきました。



そして、また次の日。
なんだかんだと言われていても、いつもの日課で部長にお茶を出してしまう彼女。

しかし、今日はなんだかいつもと様子が違いました。
いつもなら、「うむ、ありがとう。」と偉そうにそう言うはずの部長が、今日は何も言わない。

不思議に思い、普段なら絶対見ない部長の方を見てみると…。

「あれ?ねぇ、部長って今日休み?」

部長の姿はそこにはなく、彼女は、周りの人に問い掛けて見ます。

周りの人たちは、

「あれ?言われてみれば」

「どうりで今日は静かだと思ったよ」

等と口を揃えて、笑い声を上げていました。

と、その時、会社に一本の電話がかかってきました。
そして、その電話を受けた社員が、
電話後に発した言葉に、社内はシーンと静まり返ったのです。

「部長、今朝、ひき逃げにあって、亡くなったって……」



後日、部長の葬儀にて。

「あの部長がね…」

「信じられないわ!犯人はつかまったの!?」

「殺しても死なない人だと思ってたのに…」

皆さん口を揃えて、部長の死を信じられないと話していました。

もちろん、彼女もそのうちの一人でしたが、
何故だか彼女は不思議な不快感を覚えていました。

(…別になんて事の無い葬儀なのに、なんでこんなにどきどきしてるんだろう…)

無意識に感じ取っていたのかもしれませんね。
自らの意思ではなくとも、彼女のせいで、部長が亡くなったという事に…。





幾日かしたある日。
彼女は、一人の男性に食事へ誘われました。

彼女にとっては始めてのお誘い。
しかも、前々から好意を寄せていた男性に誘われたのです。

彼女は二つ返事でOKしました。

その日の夜。
おしゃれなレストランで、ワイングラスを片手に、と洒落た気分の食事。
緊張しているのでしょう、彼女の表情は硬く、動きもぎこちない。

ですが、男性が発した一言により、彼女の様子は一変しました。

「前から好きでした!僕と、お付き合いしてください!」

会社でも、真面目で誠実と噂の男性。
さすが、告白もちょっと古臭…、何て…。

だけど、彼女には十分な言葉でした。

「私も、前からあなたの事が好きだったの…」

幸せに包まれる二人。
しかし、この幸せは長くは続きません。
そう、まさにひと時の幸せでした……。



次の日の朝。
日も昇らないうちから彼女の携帯が鳴り響きました。

その相手は、昨晩一緒に食事をした男性の母親からの物でした。

想像もできなかった。
しかし、起きてしまった事実。

「あの子、昨日突然倒れたかと思ったら……」

彼女は言葉を失ってしまいました。
「どう…して…?」

昨夜の男性は、突然に脳溢血で倒れ、今朝、亡くなってしまったそうです。



彼女は、結局その男性の葬儀には参列しませんでした。
あまりにも辛くて、受け止められなかったから。

初めて好きな人に気持ちを打ち明けられたのに、これから二人の思い出が…。
そう、すべては砕け散ってしまったから。

ショックを隠せない彼女は、自宅でぼーっと一日を過ごしていました。
涙も出ない。あまりにも突然な事だったから。

「訳わかんないよ…」

そんな時でした。
ピンポーン、と、インターフォンが鳴り響きます。

(誰だか知らないけど、帰ってよ…)

そう思った彼女でしたが、インターフォンの音は、一度ではなく、二度、三度。
少し間をおきながら、何度も鳴り響きました。

(うるさいな…)

音から逃げるように、彼女はふとんへともぐりこみました。

すると、その途端に、突如携帯が鳴り響きます。
相手は、彼女の親友と呼ぶべき友人でした。

(黙って会社休んだから、心配して電話してくれたのかな?)

相手が相手だけに、彼女は電話にでます。

「もしもし!私だけど、今どこに居るの!?家に居ないの?」

「え…?家に居るけど…」

「もうっ!だったらさっきから何度も呼んでるんだから、返事くらいしてよ!」

その言葉の後に、電話は一方的に切れてしまいました。

何度も呼んでる。インターフォンを何度も鳴らしていたのは、友人だったのか?
彼女は、重い腰をあげ、玄関へと向かいます。

すると、確かに友人が、「早く開けてよ〜!」と、叫んでいる声が聞こえました。

そして、彼女がドアの鍵を開けると、ものすごい勢いでドアが開き、
友人が飛び込むようにして入ってきて、彼女へと抱きつきました。

しかし、完全に気力を失っていた彼女は、
友人を支えきれずに、そのままの勢いでおもいっきり転んでしまったのでした。




「ちゃんと、生きてたね」

彼女の頭をポンポンっとたたきながら、友人はカラカラと笑い声を上げます。

「…何よ、それ…」

「人生初めての恋人がいきなり死んじゃったから…アンタ、ショックで死んじゃうかと思ったのよ。」

友人は、少しさびしそうに、そして、申し訳なさそうに、小さく呟き、

「………」

涙を流していました。

「ごめんね…」

本当に、彼女の事が好きなんでしょう。
彼女の事を本気で心配して、無我夢中でここまで訪れ、
無事を確認した事で安堵し、涙がこぼれてしまったのでしょうね。

「ごめんね?いいんだよ、私、あなたの事を、友人として!好きだから」

友人は、涙を拭い、無邪気な顔で笑ってみせます。

「…ありがとう、私も、友人として!あなたが好きだよ!」

さっきまで、死と言う辛さに潰されそうだった彼女。
しかし、友人の優しさと、本当に自分を好きだと言ってくれている気持ち。
それにより、彼女は、愛されていると言う事を感じていました。

「明日はちゃんと会社に来ないとダメよ?」

「うん、わかってる」

「それじゃね♪」

そして、友人は帰っていきました。

「うん!私、明日からも元気に頑張るよ!それが、せめてものはなむけだよね?」



次の日、元気よく会社に向かった彼女。
友人と顔をあわせ、お互いに、ちょっと恥ずかしそうに苦笑い。

でも、そんな些細なことも、嬉しく感じられる。
彼女はそう思っていました。

そして、一日が終わり、友人が自宅へと送ってくれると言うので、彼女は友人の車へと乗り込みました。

「いっぺんに元気になったね」

「へへっ、まぁね。落ち込んでたって楽しくないから」

「そうそう、人生前向きにねっ!」

「うん…、あ、前!人が!!」

「えっ!?」

話に夢中になっていて、注意力が足りていなかったのか、
今、彼女達の乗る車の前に、道路を横断しようとする老人が…。

「わあああ!!」
友人は、大急ぎで急ハンドルをきり、何とか大事は避けましたが…。

「あ……!!!」

ほっとしたのもつかの間。
正面から、一台の大型トラックが迫ってきていました。



彼女が目を覚ましたとき、そこは病院のベットでした。
幸い、彼女は、怪我もなく、無傷に生還したそうです。

しかし……。

「残念ですが、お友達の方は…」

友人は、迫ってきたトラックに潰され、見るも無残な姿で息を引き取っていたそうです。

「……嘘…でしょ…?」



それから数年の時が経過しました。

彼女は、それでも挫けずに、一生懸命仕事をこなし、一日を大切に思い、生きてきました。
それが、亡くなった友人や、恋人への一番のお礼だと思って。

しかし、それからも、彼女の周りでは次々と、友人、親族、そして、家族までもが亡くなっていったのです。
その原因は、病死、事故死等、原因不明で突然に亡くなった人もいました。

そして、気がつけば、彼女は一人、家にこもる様になっていたのです。

「私が、誰とも関わらなければ…」

そんな彼女、人を避け、すっかり窶れ、今は見る影すらありませんでした。

ですが、そうなってしまった彼女を、今も愛してくれている一人の男性が居ました。
彼女は、そんな彼をずっと避けていました。

「私に関われば、あなたも死ぬから」
そう繰り返し、近づかないようにしていました。

けれども、その男性は、

「俺は、君と一緒に居られるなら、絶対死なないし、君を一人にしないと誓えるよ。」

彼女が「近づくな」と何度言っても、彼はそう繰り返し、彼女の元へとやってきました。

そして、気がつけば、彼女は、その男性に好意を持ち、
今は、その男性と共に暮らしているそうです。

彼女にしてみれば、あの日以来、初めて安らげる場所を見つけた。
そう言う状態だったのかもしれませんね。



しかし、彼女は今、私の目の前に居ます。
どこでどうやって知ったのか、願い桜の話を聞きつけて……。

「お願いします!私は、幸せになりたいだけなんです!
もう、私の好きな人が死んでいくのは嫌なんです!!!」

私は、もちろん彼女の事は覚えていました。
寝言で願い桜に願い事を呟いていた女性。
知らず知らずに、願いが成就されてしまっていた女性。
まぁ、彼女自身が、望んだ訳ではなかったのでしょうが…。

「どうなっても知りませんからね」

私は、彼女を願い桜の元へと案内しました。
願い桜の所に二度以上訪れる人は決して珍しくは無い。
しかし、彼女の様に、知らずに願いを叶えてもらったのに、また訪れて来ると言うのは非常に珍しいです。

運命と言う物は、本当に……。



「この赤い桜は……」

彼女も、覚えていたようです。
この、願い桜を、赤い桜を……。

「私の願い、それは、彼と幸せになりたいです。
それだけなんです。私、あの人が、とても好きです。
彼と、一緒になれるなら、死んでもいい…。
お願いします!!私の願いを聞き入れてください!!!」

桜の花びらが一枚、散ってしまいました。
それは、願い事が叶った証。

「おめでとうございます。あなたの願いは叶えられました」



それから、三日後。
彼女は、愛する男性と共に、事故で亡くなったそうです。

どうも、彼女に妊娠の傾向があったらしく、
その検査の為に病院へ向かう途中、スピードを出しすぎていたのか、
カーブを曲がりきれずに、そのまま……。

彼女の願いは叶ったと言えるのでしょうか?
好きな人と幸せになりたい、一緒になれるなら死んでもいい。

……はたして、彼女は、幸せだったのでしょうか?

それはもう、誰にもわからない事となってしまったのですね…。



私、この神社の巫女、楓と申します。
当神社には、願い桜と呼ばれる桜が咲いていて、
それは、どんな願い事もかなえると言われる、不思議な桜。
そして、真っ赤な花びらを持つ、奇妙な桜。

ですが、この桜は、必ずしも望んだとおりに願いを叶えてくれる訳ではありません。
それが、『幸』となるか『不幸』となるか。
その答えは、あなた自身にしかわからないでしょう。



―――「あなたは、何故桜が綺麗に咲くか知っていますか?」―――