「廃棄歩人 (ジャンキウォーカー)」





忘れられた大地。
そこには、今日も乾いた風が吹きすさぶ。

死肉に群がる人々の群れ。

彼等はどこからともなくその臭いを嗅ぎ付け、
地下世界より姿を現し、
生きる為、貪る。

それ等も、嘗ては人間と呼ばれた存在。

すでに生気を失った彼等の瞳は、
一体何を見つめているのか。

そこまでして、生命をつなぐ意味はあるのだろうか?

汚染された大地に生き、
人としての思考を失った彼等を、私達は廃棄(ジャンキー)と呼んだ。

人々は手に銃を握り、廃棄を的にし、今日も射撃の訓練をしている。

その中には年端も行かぬ子供も居た。

だが、そんな子供にも、引き金を引く時の躊躇いは無い。

すでに当たり前となっていた光景。

世界は…いつからこんなに狂ってしまったのだろうか……。

荒れ果てた荒野を歩き、私は旅を続ける。

いつか辿り着けると信じて。

太古の昔に耳にした、理想郷を目指し……。



酒場のドアを潜り抜けると、
耳障りな音楽と、やかましい怒声が耳を通り抜ける。

…そして、続けて乾いた風が吹きすさぶ。

何かが床へと落ちる重苦しい音とともに、
男達の不愉快な笑い声が辺りに木霊する。

大方、新しい銃の試し撃ちと言ったところか、
煙を噴き上げる銃口の先には、動きを止めた一人の廃棄。

死臭と、同時に漂う、彼ら独特の腐った食品のような臭いが鼻につく。

その後、男達は、動きを止めた廃棄を店の外へと蹴り飛ばし、
まるで何事も無かったかのように、テーブルの上の酒をあおり始める。

…どこに行っても同じだ。

すでに見慣れた光景……。

「マスター、パンと水を」

見ていて気持ちのいいものではない。

だけど、私は、こんなところで無駄な時間を費やしたくない。

…一日でも早く、理想郷へと辿り着かなければならないのだ……。

「マスター、聞こえなかったのか?パンと水をくれと言ったはずだ」

先ほどよりも力強い声で告げるが、
私の声に気づいても、
カウンターの中のマスターは、決して私を見ようとはしない。

「お嬢さん…アンタにゃ…残飯でさえも出してやれないね…」

「良いから早くパンと水をくれ…金ならきちんと払う」

言葉の後、私は、カウンターに勢いよくコインを叩きつけた。

それに臆したのか、マスターは、一瞬 身体を強張らせはしたが、
すぐに私から視線を逸らし、黙々とグラスを磨き始める。

「…ちっ……」

…そうだ……これもいつもの事…。

どうせ無駄だとわかって居る事に、余計な時間を費やしている暇など無い。

私には…もう……時間が無いんだ…。

「邪魔したな」

カウンターの上のコインを拾い上げ、
私は酒場の出口へと足を向ける。

「おっと…!ちょっと待ちな!!」

私の前に立ちはだかる一人の男。
…こいつは…先ほど廃棄を撃ち殺した奴……。

「私に何か用事か?」

用事か? 等と尋ねてはみるが、
私に声をかけてくる連中の用事など限られている。

「おめぇ…くせぇんだよ……」

「それはすまなかった」

面倒ごとはごめんだと言わんばかりに、
私は、それだけ告げると、男の横を通り抜け、店の出口へと向かう。

「待てや!!」

だが、物事とはそう都合よく進むようには出来ていない。

私が出口へと差し掛かった瞬間、
私に声をかけてきていた男が、
店から出ようとしていた私の肩に、背後から掴みかかる。

「急いでいるんだ…離してくれないか?」

「このっ…生意気な……!!」

私の態度が気に入らなかったのか、
男は、私の肩を掴んでいる手に力を込める。

「…あ…あれ? …あれれ??? どうなってんの?」

しかし、男が手に力を込めたと同時に、
私の肩の辺りで何かが潰れる音がし、
その直後、何やらやわらかい物が床へと落下し、何とも気味の悪い音をたてる。

「…やれやれ……」

私は、男の側へと振り返り、額に手を当てると、
わざとらしく大きなため息をついてみせる。

床に落ちた物体は、異常な臭いを発しつつ、僅かに蠢いていた。

「…もう再生しないんだぞ……どうしてくれるんだ……」

床に落ちているのは、私の肩の肉だった。
男に力強くつかまれた事により、崩れ落ちてしまったのだ。

「てめぇ…やっぱり廃棄か……!!」

「…だったら?」

男の大きな声で、酒場内の視線は、一気に私に向けて集められる。

「な…なんで廃棄の癖に口をきける…!!」

つい先ほどは、何の物怖じもせずに廃棄を殺した癖に、
私が廃棄とわかった途端、
男の顔からは、一目で明らかにわかる程に、血の気が引いていっていた。

「さぁ…どうしてだろうな?」

男は、口をパクパクとさせながら、何やら呟いていたが、
正直…もうどうでもよかった。

「死ね」

次の瞬間、酒場内には一陣の乾いた風が吹きすさぶ。

「死んでしまえば…廃棄だろうがなんだろうが変わらないものだな…」

尻を高く突き上げた体制で、男は地面と熱い口付けを交わしていた。
とても真っ赤で、とても情熱的な…熱い口付けを。

「…確かに、私は廃棄だ……
身体の所々は腐り、いつ…この身体が砕けてもおかしくはない……」

「しかし、私は他の廃棄とは違う……
死肉を貪る事も、生気を失う事も無い……」

「そう…私は……私はまだ生きている……」

右手に握られた拳銃からは、
まるで男の死に黙祷をささげているかのように、静かに煙が立ち昇っていた。

「…そうだ…私は…まだ生きている……」

懐に拳銃を仕舞い込み、私は酒場を後にする。

「ば…化け物……!!」

廃棄としては有り得ない私の姿を見て、
酒場に居た者達は、皆、同じ言葉を叫び続けていた。

…人にとって、廃棄は、ただの玩具だ。
その玩具が、自らの意思で考え、行動し、人を殺めた。

壊れた玩具ならば直せばいい。

だけど…壊れて殺人具と貸した玩具は、
いつしか恐怖の対称へと切り替わっていた。

「…急がなきゃ……一分でも…一秒でも早く……理想郷へ……」

どこにあるかもわからない理想郷へ…。
壊れた玩具を直してくれる技師が居る所へ……。

「……この肉体が…腐り落ちる前に………」

これからも、私は、理想郷を求め、彷徨い続ける……。