「雪降る町」


ここは僕の住み慣れた街。通称、雪降る街。
僕は、この街で、彼女と最後のクリスマスを迎えた。
そう、彼女との最後のクリスマスを……。


ふと気がつくと、僕はよく行く公園のベンチに座っていた。

「ねえ、どうしたの?急に黙り込んじゃって…」

すると、一人の女性が僕の顔を心配そうに見つめていた。

「あ、ごめん!ちょっと考え事」

僕は慌てて顔をあげて、答えた。

「もう!君、最近考え事が多いよ!!」

「ごめん、気を付けるよ」

「すぐそうやって謝る!誰も君が悪いだなんて言って無いじゃない!」

女性は、強い口調で言った。

「ごめん…」

そして、僕は、何と言うか、その勢いに押され、またも謝ってしまう。

「また謝る!全く、しっかりしてよね。それでも君は私の彼氏なんだから」

「ああ、気を付けるよ」

「さっきもそう言ったよ?」

「はは…」

この女性はもう3年付き合っている僕の彼女だ。

「明日はクリスマスね」

彼女は、雪がちらつく空を見上げながら言った。

「そうだね…。今年は何がほしい?」

「私に決めさせるつもり?」

そう言って彼女は、僕に軽くでこピンをした。

「…それもそうだね」

僕はベンチから立ち上がり、彼女に背を向けたまま言った。

「でも、今年は君がなんと言おうと、もうプレゼントは決めてあったんだけどね」

すると、彼女も立ち上がり、僕の腕をとり、答えた。

「あら?君にしてはめずらしい。きっと明日は快晴で雪が溶けるね」

「おいおい、いくらなんでもそれはないだろ」

僕が軽く反論すると、彼女はクスっと笑って、言った。

「だ〜って、毎年25日のお店が閉まる時間ぎりぎりになってプレゼント買って来るんだもん。
 そんな君が、今年はもう決めてある!だなんて、笑っちゃうよ」

「ははは…言われてみればそうかもしれないな」

「でしょ?ふふ、じゃあ、私今日はもう帰るね。えっと、確か明日は二人一緒にバイトの日だったね。
 ってことで、お店で待ち合わせ!バイトが終ったらそのままデートって事でOKよね?」

僕は軽くうなずいた。

「じゃあ、明日!おやすみ〜」

「あ、送っていこうか?」

だが、彼女は首を振り、

「いいよ。ここから家まですぐだから。気持ちだけありがとね!」

そういって、手を振り、走って行った。

「プレゼント取りにいかなきゃな…」

そして、僕は彼女へのプレゼントを予約してあった店へと向かった。



それから、家に帰ると、父さん、母さん、姉さんと家族全員揃って、茶の間にいた。

「あ、まだ起きてたんだ」

僕が茶の間に入ると、姉さんがむすっとした顔で言った。

「遅かったわね。それで、あんた今何時だと思ってる訳?」

時計を見ると、すでに夜中の2時をを回っていた。

「遅くなるなら、電話ぐらいしろといつも言ってるだろうが!」

父さんがドスを聞かせて、大きな声をあげた。

「お父さん!夜中だから大きい声は駄目ですよ!」

「ん…すまん母さん。ついな…」

父さんはなんだか小さくなってしまった。

「それで、遅くなったのにはなにか訳があるんだろう?お前が黙って遅くなることはないからね。」

母さんが、僕の肩を優しく叩く。

「実は、今日彼女にあげようと思って発注していたものが、予定より遅くなって、それでこんな時間に…。」

「明日じゃ駄目だったのかい?」

「一日でも早く手元に置いておきたかったんだ」

僕が答えると、家族みんな一度顔を見合わせる。
そして、全員同時にこう言った。

『で、そのプレゼントはなんなの?』

これは、僕の家族、毎年恒例の行事みたいなものである。
僕が彼女にプレゼントを買ってくるたびに、どこから嗅ぎ付けるのか、
全員で必ずこうして夜中まででも起きて待っている。

「僕も、今年で大学を卒業する。そして、就職先も決まっている。
 だから、彼女と結婚しようと思うんだ」

『え!?』

みんなあっけにとられたような顔で固まった。
ずっと話していなかったし、当然と言えば当然か。

「お、お前本気か!?」

父さんが僕の肩をつかみ、真剣な表情で言った。

「遊び半分でこんなこと、父さんは言える?」

僕が答えると、父さんはにやっと笑った。

「お前も、大人になったってことだな。ふ…よし!今日はもう寝よう!」

父さんの謎の発言に全員がこけた。
しかし、父さんはそんな様子を気にせずに、本当に寝てしまった。

「やれやれ、父さん、今日は出張から帰ったばっかりで疲れてたからね。
さて、私達も寝ましょうか。」

そして、母さんもふとんに潜り、あっというまに寝てしまった。

「ねえ、あんた彼女とどこまでいってんの?」

「は!?」

姉さんが目を輝かせていきなり問いかけてきた。

「ねえねえ、どこまで?手は握った?キスは?それとも…?いやーん!我が弟ながらすけべねえ!」

「あの、僕何も言ってませんけど…」

「あら、そうだったかしら?で、どうなの?」

どうやら姉さんは酔っ払っていたらしく、僕は、夜が明けるまで姉さんに質問ぜめされていた。



「ん?朝か…さて、バイト行こう。今日で最後のバイト」

僕は、軽くシャワーをあびて、身だしなみを整え、
彼女に渡すプレゼントをしっかりとカバンにつめた。

「よし!これで完璧っと!しっかし姉さんのせいで、ほとんど寝れなかったな…」

僕は少しふらふらしながら家を出た。



街の方へと行くと、クリスマスなだけあって、人もたくさんいるし、クリスマスイベントなども大量にあった。
まあ、それらは昨日もあったが。
もちろん僕の行っているバイト先もそういうサービスをするのだが…。

「いらっしゃいませー!今日はクリスマスにちなんで店員全員サンタクロースでーす♪」

そう、店員全員がサンタクロースの衣装なのだ……。

「って、お前かよ!ほら、早く仕度しろ。っち、無駄な愛想振りまいちまったぜ」

僕は、客寄せではなくレジが基本的な仕事だ。
それ以外は掃除か皿洗い位しかしていない。
だが、量が半端じゃなく、とても疲れること請け合いだ。

「あ、やっときたんだ!君は今日で最後になるけど、しっかり頑張ろうね」

彼女はすでに到着して仕事をたんたんとこなしていた。
彼女の仕事はウエイトレス。しかも、店ナンバーワンの人気ウエイトレスだ。
そりゃあ、彼女はかわいいし、スタイルもよく、愛想もいいためにいろいろな客に好かれている。
彼女がここに入ってから常連客もかなり増えた。ありがたいことだ。
しかし、気に入らないのは…。

「きゃ!ちょ…お客様!何をなさるんですか!?」

「いいじゃねえか、減るもんじゃねえしよお」

セクハラをする客だ。
僕はそう言う時はいつもすみやかに店長を呼んでいたが、
なんだか今日は無性に腹が立った。

「お客様、そういうご行為は、現在では犯罪となりますので……訴えるぞ!このやろう!」

僕は、最後の方は小声で、セクハラ客に言った。

「っけ!なんだてめえは!二度と来るかこんな店!」

もちろん客は出て行く。

「ちょっと、君……」

そして、いつの間にか僕の後ろに立っていた店長に、店長室へと呼び出されてたっぷり絞られる。
結果として、良いことなど無い。
彼女を助けた優越感を勝手に味わうというくらいしかない。
それはそれで十分良いような気もするが、店員としては微妙だと思う。
しかし、わかっていても今日はなんだか許せなかった。
僕は、今日を特別な日にするつもりだったから。



それから、午後8時。バイトの終了の時間だ。
僕は最後のタイムカードを押して、店長室へと向かった。

「店長。今日まで本当にご迷惑をおかけしました。僕もこれから1社会人として頑張って行くつもりです。」

他にもなんだかんだと長ったらしい挨拶をした様な気もするが、あとはよく覚えていない。
違うことに頭が向いていたから。
僕は、急いで着替えて、カバンにプレゼントがある事を確認して、待ち合わせの場所へと向かった。

結局、彼女が、

「終ったからってそのままじゃ味気ないから、いつもの公園で待ち合わせしましょ」

だそうだ。僕は、大事にカバンを抱えて、いつもの場所へと向かった。

待ち合わせの時間は9時。僕が到着したのは9時ジャスト。
しかし、彼女の姿はどこにも無い。
僕は、ベンチに座り彼女を待つことにした。



それから1時間が過ぎた。だが、彼女は来ない。
時間にうるさい彼女にしては珍しい事だ。
その間、何度も携帯に連絡をいれていたが、繋がらない。

「どうしたんだよ……」

すると、僕の携帯がいきなり鳴った。

「公衆電話…?誰だ?」

嫌な予感がしたが、僕は恐る恐る電話に出た。

「もしもし…?」

「あ、もしもし?わかるかしら?」

「あ、はい!わかります。どうしたんですか?」

彼女の母親からだった。

「実はね、あの子事故にあっちゃって、
 命に別状はないんだけど、私達がパニックになっちゃってて連絡できなかったの。ごめんなさい」

「事故!?」

僕は、慌てて病院の場所を聞いて、急いでそこへと向かった。



幸い近くの病院だったため10分もかからずに到着した。

「えっと603…!ここだ!」

僕は彼女がいる病室へと入った。

「あ…、君か…」

彼女は、すぐに僕に気がつき声をかけてきた。

「ごめん!待ってたよね。ごめんね…ほんとにごめん…」

いつも強気な彼女が、目にいっぱいの涙を溜めながら、何度も僕に謝っている。

「起きてても平気なのか?」

もっと気のきいた言葉をかけようと思っていたのだが、彼女が無事だった言う安堵感のためか、それしか言葉が出なかった。

「え、あ、うん。なんともないんだ。ただの検査入院。あはは…」

しかし、彼女は寂しそうに笑う。

「あのさ。こんな時なんて言ったらいいのかわからないんだけど、
 クリスマスプレゼント渡しちゃってもいいかな?」

「あ、そうだね。君が一日で選んだプレゼントって物、みせてもらわないとね」

さっきとは打って変わって楽しそうに彼女は笑った。
僕も嬉しくなり笑顔がこぼれた。

「あれ?カバンが開いてる…」

僕は、カバンの中を必死に探した。

「どうしたの?」

「無い…そうか!公園で電話をかけた時に開けっ放しにしてたから…。
 慌ててて落としたんだ…!!!」

「ええ!?」

「ごごご!ごめん!急いで探してくるから!」

僕はカバンをおいたまま、公園まで急いで走った。
しかし、外はさっきと違い、ものすごく吹雪いていた。
前方5mもかすんで見えるくらいだ。

「くそ!どこだ!どこに落としたんだ!!」

僕は、吹雪の中必至に探して回った。病院と公園の間を何往復もして…。

それから、1時間ほど探した。
吹雪はいつのまにか収まっている。
だが、プレゼントは見つからなかった。
僕は、がっくりと肩を落とし、彼女のもとへと戻った。

「ごめん…見つからなかった…」

「ねえ、プレゼントってなんだったの?」

彼女は僕と目を合わせずに、夜の街を眺めたまま、尋ねてきた。

「いや、3ヶ月分じゃ買えなかったら、給料の5ヶ月分…」

「あのさ、私、君が行ってからカバンの中ちょっと探そうかと思ったら、
下に落としちゃって、中身全部出ちゃったんだけど…。
その中に、こんな箱が入ってたんだよね……」

「あ!それは!」

正真正銘、僕が彼女に買った結婚指輪のケースだった。

「これって、私の想像してる物なのかな?
 勝手に開けたら君に怒られるだろうか私見てないよ。
 ねえ、開けて見せてもらってもいいかな?」

彼女はそういって僕にケースを差し出した。
僕は、彼女の正面に立ち、ゆっくりとケースを開いた。

「安くて、そんなに綺麗なものじゃないけど……」

「ううん。君の気持ちが見えて、すごく綺麗だよ」

「受け取って…貰えるかな?」

僕は彼女の目をじっと見つめる。

「私達何年一緒に居たっけ?」

彼女は、突然尋ねてきた。

「え?だいたい3年かな」

「じゃあ、私が答えなくてもわかるよね?」

そういって彼女は左手を僕の前に差し出した。

「え…?」

「ほら!早くしてよ!腕が疲かれちゃうでしょ!」

「あ!ご、ごめん!」

「ほら!またすぐ謝る!」

「う…ごめん…」

「それにしても、やっぱり、25日の夜ぎりぎりだったね」

「あ、…本当だ……」

時計を見ると、12時まで残り1分をきっていた。
僕はあわくって彼女の指に指輪をはめた。

「私の事、これからもずっと大切にしてくださいね」

彼女は潤んだ瞳で微笑み、僕を見つめた。

「もちろんだよ」

僕は、彼女に優しく微笑みかけた。