「魔法使い、鈴」



貴方は魔法と言うものをご存知だろうか?

まぁ、一口に魔法といってもさまざまなものがある。

定められし言葉により力を発揮するもの。
何かを糧として力を発揮するもの。
ある一定の条件を満たせば力を発揮するもの。
糧となるものと契約しその力を得てそれを召還したりするもの。

この他にも魔法にはさまざまなものがある。

とても短時間では語り尽くせないであろう。

しかし、現在ではその力は失われ、

魔法を信じるものは居なくなった。

だが、時々誰しもがふと思わないだろうか?

「あぁ…こんな時に魔法が使えたらなぁ…」

と……。

でも、魔法は使えない。

結局は空想上のものでしかなくて、
この科学の世の中ではありえないと言い切れるようなものだ。

しかし、魔法使いはこの現代にも存在している。
身近な人間にすら気づかれぬようにひっそりと。

そしてこれは、その魔法使い。

【伊丹 鈴】(いたみ すず)と、

その恋人、【桜庭 文也】(さくらば ふみや)。

二人の恋物語を描いたマジカルラブストーリー(?)である。



授業終了のチャイム。

それと同時に生徒達が開放されたかのように、
雄叫びにも近い歓喜の声をあげた。

「…では、今日の授業はここまで。
各自明日の予習をしておくように。
では、このまま帰りのホームルームを…」

等と、教師は言っているが、
一日の呪縛から開放された生徒達が、
そんな声を聞いているはずが無い。

「おい!ゲーセン行こうぜ!」

「え〜、今日は玉突きにしようよ!」

「ねぇ、A子!今日カラオケ行かない?」

「うん!行く行く!!あたし、今月の新曲歌いたかったんだ〜♪」

「こら!お前達!少し静かにしろ!」

教室内は非常に盛り上がっていた。

そんな中でもホームルームは無事終わり、
楽しそうに帰宅して行く生徒達の中、
雲隠れしてしまいそうなほどの小柄な少女が、
生徒達の波をかき分けながら、
一人の男子生徒の下へと向かっていた。

少女の名前は伊丹 鈴。
見るからに弱々しそうな外見だが、
この学校、星流高校(せいりゅうこうこう)で、
伊丹 鈴と聞いて震え上がらないものは居ない。

と大絶賛?の有名人だったりする。

「文也君!!!」

鈴は、身体に似合わない大きな声をあげ、
一人の男子生徒に声をかけた。

茶髪で顔立ちの整った少し痩せ方の、
非常に美少年と言う言葉が似合う生徒。

彼の名前は、桜庭 文也。
校内では、鈴に唯一対抗できる力の持ち主。
と、学年は2年生にも関わらず、
3年生の先輩達にさえも一目置かれる存在となっている。

その文也は何やら必死で机の上のノートに向かっていて、
鈴の声に気がついた様子は無かった。

「文也君ってば!!!」

鈴は、もう一度力一杯。
最初に呼びかけた時よりも強い調子で文也を呼ぶ。

「あぁ、鈴か、ごめん。先に外で待っててくれよ」

文也は、軽く振り向きそう答えると、
またすぐに机の上のノートと向き合う。

そんなにそのノートが好きなのかと言いたくなるほどに顔を近づけて。

「むぅー…わかった…」

少し。と言うか、かなり不満そうに一言そう告げると、
鈴はトボトボと教室を出て行った。



鈴が立ち去ってから数分後。

教室の掃除が開始され始めた中、

「よっしゃ!終わったー!!!」

との声の後、机の中の教科書などを急いで鞄に詰め込む文也。

そして、先ほどまで何やら記載していたノートを片手に、
猛ダッシュで教室を抜け出していった。

そして、職員室に居た自分達の担当講師。
彼に一旦ノートを手渡しサインをしてもらうと、
再度ノートを手に教室へと戻り、
教卓の机に強引にそれを押し込んで、
軽く伸びをする。

「ふぅ…これで今日はもう帰れるな」

疲れた溜め息をこぼすと、文也はゆっくりと歩き始める。

だが、そんな文也に後ろからじりじりと、
音も立てずに密かに近寄る影があった。

文也が教室を抜け、丁度廊下に差し掛かった所。

「ふ〜みや君!今日こそ捕まえた!!」

それは、教室内の教卓。
その机の下から姿を現し、
文也の背中に思い切り抱きつくと、
嬉しそうな顔で彼の頬に頬擦りをし始める。

何故、そんな怪しいところに隠れていたこの生徒に気がつけなかったのか?
きっと、それは文也が相当に疲れていたからなのであろう。

そう言う事にしておきたい…。

「だぁ〜〜〜!!気持ちわりい!!やめろ!!!」

文也はその生徒に何の迷いも無く裏拳をかました。

その拳は見事顔面にめり込み、
それを食らわされた生徒は、
文也の背中からずり落ちるようにして、
地面へと垂直に、足から崩れ落ちていった。

「柳沢、俺は急いでるんだ。
これ以上邪魔するんだったら…」

と、そこまで言いかけて、大きな溜め息をつくと、
文也は、黙ってその場を立ち去ろうとする。

「もぅ!文也君!邪魔だなんて!」

だが突如!文也の足元から声が響くと同時に、
猫の伸びの顔面を突っ伏したポーズ!
つまりは、尻を突き上げた体制。
で、地面に倒れこんでいたはずの、
今、文也が柳沢と呼んだ生徒は、
素早く起き上がり文也の前に立ちはだかってきた!!

「そ、れ、に、僕のことは、ハニーって呼んでっていつも言ってるじゃない!」

その言葉に数多くの廊下を行き交う生徒達が、
怪しい目つきで、彼等を見たのは言うまでも無い。

「五月蝿い!!勘違いされるような事言うな!!!!このオカマ野郎!!!」

文也は軽く周りを一瞥した後、問答無用で、
柳沢の顔面にチョップを繰り出した!!

「ひえええ!!」

慌てて回避行動をとる柳沢だったが、
すでに時は遅く、文也のチョップは彼の顔面にジャストヒットするのであった。

そして、またも、最初の裏拳と同様、
足元から徐々に崩れていき、
最初と同じ体制で、その場に倒れこむ柳沢だった。

とそこに校内放送と放課後にいつも流される童謡が流れ始める。

「下校の時刻となりました。
用事の無い生徒の皆さんは、
音楽が鳴っている間に下校しましょう」

文也は、まるで何事も無かったかのようにその放送の後、
倒れる柳沢を完全に無視し、下校していくのだった。



同時刻、場所は変わり、学校の校門前。

次々と沢山の生徒達が下校していく中、
校門の所に一人たたずむ鈴の姿があった。

「文也君…遅いよ…今日は掃除当番じゃないはずなのに…」

飾り気の無い容姿で、ストレートの長い黒髪、
どこと無く幼さの残る可愛らしい女の子。
全くもって何の変哲も無いどこにでも居そうな、
中学生にも見えなくも無いが、一端の女子高生であった。

「あれ?また今日も待ってるんだ」

そんな鈴に校内から出てきた一人の女子高生が声をかけてきた。

「え?あ、佐代子(さよこ)か。うん、まぁね。へへ…」

「こんな可愛い子待たせるなんて文也君ったら…」

佐代子は、自ら声をかけておいて、
しかも、そこまで言いかけて居たのにも拘らず、
ハッとした顔で慌てて自分の口を抑え言葉を止める。

「う?な〜に?」

聞き取れていなかったのか、
キョトンとした表情で聞き返す鈴。

「えっと…なんでもない!!
じゃ、あたし先帰るね!!また明日!!」

佐代子はそう言うと逃げ出すかの様に、
慌ててその場から走り去っていった。

「ほえ?変なの…」

鈴は、少し遠いが、校門から玄関口を眺め、
文也の姿が無い事を確認すると、
「ふぅ…」と溜め息をこぼし、ぼーっと空を眺め始める。

特にこれといって目立つ所の無い普通の女の子。
だが、下校する生徒達は、鈴の姿を確認すると、
早足になり目を合せず逃げるようにして下校していく。

ちなみに本人はそんな事に全然気がついていない。

実は鈴は今や、生徒会長をも凌ぐほどに校内では有名人なのだ。
その理由は、これから少しずつ明らかになっていくであろう。

「うぅ…文也君遅いよぅ…」

鈴が寂しそうにつぶやき玄関口を眺めると、
息を切らし駆けてくる生徒の姿が目に入る。

文也であった。

文也は鈴が居るのにに気がついている様子は無い。

「文也君!」

鈴が嬉しそうに声をかけると、
文也は安堵の笑みをこぼし、
急ぎ校門の所まで来ると、
肩で息をしながらこう告げた。

「ごめん!また柳沢の馬鹿が邪魔してきてさ…」

鈴は、それに対し、一瞬不機嫌な表情を見せ、
間髪居れずに静かに答えた。

「パフェ」

「へ!?」

「【海山通り亭】(うみやまどおりてい)の、
【生クリームとカスタードのイチゴソースバナナチョコパフェ】」

海山通り亭とは、鈴と文也がよく行く甘味所で、
豊富なメニューと上品な味が人気の、
その名の通り、海も山も見渡せる通りにあるちょっと贅沢なお店の事だった。

「またぁ!?」

文也のその言葉に、鈴は不機嫌そうに頬を膨らませ、
コクコクと数回頷いてみせる。

「別に、鈴は遅れたのに怒ってるんじゃないもん!
文也君が言い訳したのに怒ってるんだもん!」

そして、鈴はぷいっと目線をそらしたが、
すぐに睨み付ける様な視線で文也を見る。

「わかった、俺が悪かったよ…。
6、7、8…土日を除いても今日で10回連続か…」

財布の中身を見て、大きく一度溜め息をつき、肩を落とす文也。

しかし、鈴は、ニコッと一度、眩しい笑顔を見せると、
へこむ文也を尻目に、楽しそうにスキップをしながら海山通り亭へと向かっていった。

「ま、待てよ!鈴!!」

文也も息が回復したばかりの所、急ぎ走り、鈴を追いかけていった。



海山通り亭、一番奥のテーブルに二人は向かい合って座っていた。

「うまそうに食うね」

投げやりな文也の言葉に対し、

「すっごく美味しいんだよ?」

満面の笑みで、
スプーンに一口サイズでパフェを盛り、
文也の口元へと運んでいく鈴。

「うえぇーぷ!鈴、俺がマッハ悶絶に甘いもの駄目なの知ってるだろ?勘弁してくれよ」

「はぇ…?知ってるけど…食わず嫌いは良くないよ」

「お前は、俺に店内を汚せと言うんだな?」

「文也君…。鈴、今食事中なんだけど…」

「安心しろ。俺もコーヒーを飲んでる」

「うぅ…固形物と液体を一緒にしないでよ…」

「大丈夫だ、俺が店内を汚す為のものはどちらかと言えば液体だからな」

「汚いよ…」

等と微妙に汚らしい話しをしていても、
鈴の手は止まる事無く動き続けていた。

「ご馳走様」

正面で手を合わせ満足そうに微笑む鈴。

「なぁ、鈴、今度から校門で待ち合わせするのやめねぇ?」

「何で???」

「俺が…明らかに不利だからだ。」

「文也君、全然そんな感じじゃないけどクラス委員長だもんね」

「そうだ、それが何を意味しているかわかるだろう?」

「うん、わかるよ」

彼等の学校では日直と言う制度を設けていなく、
授業後の黒板掃除、学級日誌を書く。
その他、色々な事をクラス委員長がこなす事になっていた。

なので、帰る時は必ず学級日誌をつけ、
それを職員室まで持っていき、
クラス担当教師の判子をもらい、
その後また教室にその日誌を持って帰り、
文也はそこでやっと下校出来るのだ。

ちなみに日誌は、授業時間中に隙を見て書いているものの、
結局間に合わず、帰りの時間になってもまだ書いていたと言う訳だった。

しかし、授業中に書いていたとしても、
意外と成績優秀で、まじめにノートを取る文也には、
間に合う事はまず有りえない。

しかも毎日柳沢につかまり、余計な時間を食わされている。

遅れるなとか言い訳するなと言うのも、
中々にキツイ話しなのだ。

「まぁ、文也君の気持ちもわからないでもないけどね」

「だろ?だから明日から教室で待っててくれよ」

「でも、それじゃあ恋人らしくないよ」

「だからって、別に一緒のクラスなんだから態々待ち合わせなくても良いだろう」

「鈴は一旦家に帰ってからが良いの〜」

「家に帰るつったって、同じ家に住んでるだろうが」

鈴は、小さい頃に両親を亡くし、ずっと文也の家で一緒に暮らしていた。

そして、そんな二人が付き合い始めたのは、つい最近の事。

口では、子供の遊びだ。
とか、本番のための練習だ。
等と口にする文也だが、
内心は満更でもなかったりする。

「…そうだけど、文也君が家に帰ったら出るのが億劫だからって、
校門で待ち合わせにしようって言ったんだよ?」

「そ、そうだったかな…?」

「その日の事ちゃんと手帳に書いてあるよ」

そう言って鞄をあさり始める鈴。

「ち、違うんだよ!鈴!!」

「何が?」

「ほら、あのさ、だって、鈴は可愛いから、
校門前で待っててもらったら、
変な男に声をかけらるかもしれないだろ?
俺さ、心配だから一人で長い時間いさせたくないんだ。
わかるだろ?俺の気持ち」

「う〜……」

我ながらナイスな言い訳だと。
心の中で思う文也だったが、
これが今日の事件の引き金になるとは、
微塵も思っていなかった。

「な?鈴、だから今度からは教室前の廊下で……」

と、その時!!!

テーブルの上のコーヒーカップが、
カタカタと音を立てて静かにゆれ始めた。

「えへへ…鈴、可愛い…」

「はっ…!!!しまった!!!鈴!!!!落ち着け!!!!!!」

だが、時すでに遅し。

ゆれは段々と激しくなり、
そして、店が明らかにおかしな音を立ててゆがみはじめ、
更に、テーブルや椅子などが中を舞い、
コップや皿などもあっちこっち飛び交い、
店内のコーヒーメーカーからは勝手にコーヒーが溢れ出すなど、
ポルターガイスト現象が起こり出す。

店内の客達は突然の事にパニックで泣き出したり、
訳のわからない行動を起こしたり、
店員が何とか収集をつけようとするが、
どんどんと揺れは酷くなり、
あっと言う間に立っても居られない状態にまで陥っていく。

「そんな事無いよ…鈴は別に可愛く無いよ…」

そんな中、顔を真っ赤にして、
その場で恥ずかしそうにもだえている鈴。

「鈴ーーーーー!!!!!!!!」

文也がそう叫んだと同時に、
店の天井が崩れ落ち、その日、海山通り亭は、
完全に営業不可能な状態にさせられたのであった。





その日の夜。文也の家にて。

「こんばんは、ニュースをお伝えいたします。
今日午後、西京都、居中市で、
突如、震度7程度の地震が観測されました。

幸いにも怪我人は居なかったのですが、
震源地に近かった、
甘味所として有名な海山通り亭が完全に崩れ去り、
しばらくの間営業不可能と言う事です。

尚、何故か地震による津波はありません。

それでは、明日の全国の天気予報を……」

ソファに座っていた文也が、
大きな溜め息をつきテレビのスイッチ切る。

「鈴ちゃんね?」

台所で食器を片付けながら、
テレビに耳を傾けていた文也の母、幸(さち)が文也に声をかけた。

「そうだよ」

幸の問いかけに振り返る事無く答える文也。

「駄目よ、文也。鈴ちゃんを恥ずかしがらせちゃ」

「わかってるんだけどさぁ……」

文也は憂鬱そうに答え、ガクッと肩を落とす。

「ふふ、そう言う所、亡くなった父さんにそっくりよ。
…明日も学校なんだから、そろそろ寝なさい」

「うん、そうする。おやすみ、母さん」

「おやすみなさい、鈴ちゃん起こしちゃ駄目よ?」

「わかってるよ」

そして、文也は自室のある二階へと上がっていく。

(恥ずかしいとおさえが効かなくなる魔法使いか…)

「とんでもない奴も居たもんだ」

心の中でそう思い、ベットにもぐりこむ文也であった。




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