「象徴」



夢から覚めた僕達は何時もの様に笑っていた。

例え言葉を交わさなくとも、何だかとても心地よい空間(ばしょ)

あの夢の旅で出会った人物が間違い無く君であった事を告げている。

だけど、平和な現実は、幸せな日常は、

僕等が信じていた幸せのシンボルによって破壊されていくのだった。





夕刻、僕は自宅で恵とテーブルを囲み、静かに食事をしていた。

あの日から一ヶ月、僕達の部屋にもついにテレビが来て、
何気ない静かな空間にどうでも良い音が響くようになっていた。

大して面白くは無いテレビ番組だが、
とんでもない現実と戦い続けている僕達にしてみれば、
このくだらない現実的な番組でも何故だか笑える。

季節はもうすぐ梅雨に入ろうとしていた。



月曜日、僕達は何時もの様に部活へと参上する。

この日は物凄い雨で、最近は日常となっていた野外訓練も行えない。
僕達は体育館でスーツに着替え……、
もとい、変身をして、基礎体力訓練、柔軟、コンビネーション等。

とは言っても、一番行う練習はやっぱり決めポーズ。
どんなに華麗に戦っても、これを決めれない限りは決まらないとの事。

だだっ広い体育館の片隅で、騒がしい連中。
そんな中、スケッチブックを手にボーっと僕等を見つめる恵。
なんでもない、ただ雨が降っているだけのいつもの光景だった。

そんな時、一筋の閃光が空間を揺らめかせるほどの轟音をかき鳴らし、迸る。

「きゃああああああああ!!!!!!!」

そして、数人の女生徒達がそれに驚き、雷に負けないほどの声をあげていた。

「平和だな……」

そう呟きメンバー達の方へにふと視線をやると、
皆、同じ方を向き、固まっていた。

僕は、何が起きていたのかわからなかった。
思い出してみると、みんなが向いていた方向。
そこは確か、恵が座り込んでいた場所だったはずだ。

「………」

木目の床を真っ赤に染め、
長い黒髪は、その苦しみを伝えるかのように乱れ、
そして、時折、ピクリと身体を動かす少女が横たわっていた。

僕には何が起きたのか分からなかった。
何が彼女の姿を変えてしまっていたのか。

だけど僕は、気がつけば恵を抱きかかえ、無我夢中で保健室へと駆け出していた。



その日、僕は自室で一人空しく食卓に座っていた。

2人の時には感じなかったけど、
この部屋、意外と広かった。

6畳ほどのダイニングキッチン。
食事時にはいつも恵がピンクのエプロンをつけてそこに立っていた。

5畳ほどの洋室。
特にこれと言ったものも無く。
恵と2人、いつもくだらないテレビ番組を見ていた。

4畳半の和室。
僕の寝室として使っている。
寝る時以外は殆ど入らないので、
そこには布団と学校用具一式、そして趣味のギターがあるだけだった。

4畳半の洋室。
恵の寝室として使っている。
恵は基本的にここで勉強したり、裁縫をしたり。
意外と女の子らしい事をやっていた。

僕がたまに部屋でギターを弾いていると、
突然部屋に入ってきて僕の傍に寄り添ってきたりしたっけ……。

「……くそっ!!!」

僕は自身にとてつもない嫌悪感を感じていた。
心のどこかで、まだ沙紀に惹かれている自分と、
色々と思い返し、恵の大切さを感じていた自分と。

そして、僕の心に1つの思念が浮かび上がってくる。

「最低だ!!!」

自分の枕をつかみ上げ思い切り壁に投げつける。

このまま恵が死んでしまえば沙紀と……。
一瞬とは言え、そんな事を考えた自分を殺してやりたくなった。

その日、僕は結局一睡も出来なかった。
電話の前に座り込み、病院から電話がかかってくるのを待っていた。

恵の意識が戻ったと言う連絡を。
面会謝絶と緊急手術により無理やり帰されて傍にいることも出来なかった。

だから、せめてと思い、
僕は彼女の容態が逸早く良くなるよう祈りながら、
一晩中電話を睨み続けていたのだった。



幾日か経過し、それでも僕はまだ電話の前に座ったまま動けないでいた。
食事もとらず、水も飲まず、動く事も無く。
身体にはほこりがつもり、毛深い方ではないが少々の髭はのび、
時が経過しても僕が全くに動かずに居た事を証明していた。

「ジリリリリ!!」

と、そんな時だった。

「ジリリリリ!!」

僕を覚醒させるかのように、凄まじい電話の音が室内へと鳴り響いた。

「もしもし!?」

「あ、もしもし?時夜さん?」

だが、電話の相手は医者からではなく沙紀からであった。

「ごめんなさい、こんな時に。あの、時夜にどうしても伝えたい事があって…」

「え…?あ、うん」

「恵さんは命に別状はありませんが、
意識が戻る様子が全く無いので、学院内の特別病棟へと移されて、
現在、最新の医療技術で最高の治療を行っています。
あ、あとお休みされてからのノートはきちんと取っておきましたのでご心配無く」

との事だった。正直、命に別状が無い。
その言葉を聴いただけで、僕の心は落ち着きを取り戻す事が出来た。

「あぁ、わかったよ。ありがとう」

そう言って僕が電話を切ろうとすると、

「あ、ちょっと待ってください!」

と、慌てた様子で言った。

「……今日、転校生が来たんですけど、その転校生がどうしてか、
時夜さんに会いたいとガルディアの秘密基地へとやってきたんです」

秘密基地=部室の事だ。全然秘密ではないのだが、
彼等にしてみれば立派な秘密基地らしい。
よって、僕が間違えて部室、部活。等とガルディアの事を呼ぶと、
全員が僕をにらみつけ無理やりに訂正させてくる。

「明日も時夜さんに会えるまで毎日来るらしいので、
時夜さん、なるべく明日は出てくるようにしてくださいね。
ガルディアの秘密が漏洩しては困りますから」

「…うん、わかったよ」

「それでは、明日。お待ちしています」

沙紀はそう言うと電話を切った。

「学校か…」

正直うっとうしかったが、僕はとりあえず重い身体を持ち上げ、明日学校へ向かえるように準備を整えはじめた。



次の日、僕はただ刻々と過ぎていく時間の中、ただ呆然と自分の席に座っていた。

考えすぎたのか、それともそれ以外の何か原因があるのだろうか。
今は何も考える事が出来なくなっていた。

ただ、はっきりとわかるのは、僕の心は今「寂しい」

そう言い続け涙を流していたような気がする。

「おー。時夜!秘密基地に集合やでー」

「ん…、わかった。今行く」

いつのまにやら放課後を迎えていたらしい。
そんなに時間がたっていた事にすら気がつかなかった。

どうやら、今日の僕の時間間隔は相当におかしいようだ。

掃除当番だった僕は掃除をさっさと済ませると、部室へと足を運んだ。



部室の前に着たが、いつもならやかましい声が響いているはずなのに今日はやけに静かだった。

「おはよーさん」

だが、思考の止まっていた僕は特別気にする事も無く、
ドアを開け中へと入って行った。

「富樫 時夜君、だね?」

「…誰?」

部室内にメンバーの姿は無く、
その代わりに見たことの無い男が立ち尽くしていた。

「失礼、僕はミシェイル、ミシェイル・クロムハート。以後宜しく」

「ふーん…」

「あまり興味無い。そう言った様子だね」

僕が素っ気無い態度を取っていると、ミシェイルはクスッと笑いそう言った。

「…実際僕には君が何者だろうとどうでもいいだろ?」

「……そう。じゃあ、恵さんの事で話があるって言ったらどうする?」

「恵…!?恵に何かしたのか!!!!!」

完全に気力を失っていたはずの僕だったのだが、
恵と言う名前を聞いた瞬間、物凄い勢いでミシェイルの胸倉をつかんでいた。

「手を…離してもらえるかな?」

しかし、驚いた様子も無く、笑顔でミシェイルはそう告げる。

「っ…ごめん…」

「良いんだよ。仕方の無い事だから」

僕はゆっくりと手の力を抜いてく。
その間ずっと、ミシェイルは優しい笑顔で微笑んでいた。

「時夜君、恵さんを助けたくないか?」

そう言ったミシェイルの顔に一瞬おぞましい表情が浮かんだ気がした…。



ミシェイルは、静かに続ける。

「恵さんは、天使にとらわれている。
閃光とともに現れた堕天使。その名は、ガブリエル…。
ガブリエルは天使とは名ばかりの、恵さんの肉体を蝕む悪魔さ」

「何故…何故そんな事がわかるんだ?」

僕が問うと、ミシェイルはさっきまでとは打って変わって冷たい表情で告げた。

「そんな事は関係無いだろう?君は恵さんを助けくないのか?」

ミシェイルの瞳からあふれ出す威圧感に僕は恐怖さえも感じていた。

「…助けたい…助けたいよ!」

「じゃあ、僕が今から言う事をよく聞いてほしい」

「…わかった」

ミシェイルは僕がそう答えるとニコッと優しい笑顔を浮かべた。

「今夜0時、特別病棟の恵さんが収容されている病室で待ってるよ」

「…わかった」

まるで言葉を操られ強制的に喋らされているかのような感覚すらも感じる。
僕はただうなづく事と返事をする事しか出来なくなっていたのだ。

「じゃあ、待ってるから、必ず一人で着てね」

僕の言葉を待たずして、ミシェイルは部室から立ち去っていった。

彼の姿が見えなくなった瞬間、僕の全身から一度に力が抜け、
その場に膝をついていた。有り得ないほどに大量の汗を流して…。




「約束通り一人で来たね」

ミシェイルは嬉しそうに笑って僕を見ていた。

「…どうすればいいんだ?」

「慌てないで、今から病室へと入る。
そして、恵さんからガブリエルを引きずり出す。
君は…ガブリエルを動けなくなるまで痛めつけてくれ」

「痛めつける…?」

「殺すな。って事だよ」

彼が何を言いたいのか、
どうしてこんな事をさせるのか理解できなかった。

だけど、僕は恵を助けたい。
それだけが頭の中にあり、彼の言う事を素直に受け入れていた。

「じゃあ、入ろうか?」

僕はミシェイルの言葉に黙ってうなずき、彼の後に続いた…。

病室の中は当たり前だが静かだった。
心電図の機械が恵の心音を刻む音だけが響き渡っていた。

「じゃあ、時夜、頼むよ」

ミシェイルはそう言うと恵の額にそっと手を当てた。
その手の平からは、ぼんやり青白い光が放たれ、病室内を明るく照らす。

恵が一瞬苦しそうに身体をうねらせると、
次の瞬間には、恵の額から何かが引きずり出されるかのようにして現れたのだった。

「……こ、これが……?」

「ガブリエルだよ」

恵の中から現れたのは美しい女性であった。
頭には天使を象徴するわっかがあり、そして背中には大きな…。

「あの翼は…!!」

ガブリエルの背中に見えたその翼は、
最近見慣れた恵の背中からも見えていたものと同じだった。
恵のものとは違い、はっきりと瞳に映る白さが眩しいほどの…。

「時夜、見えるだろ?あの翼、あれこそがガブリエルが恵さんを蝕んでいる証拠さ」

確かに、確かにこの翼は恵の背中に突然現れたものと同じものだった。
だがしかし、僕はこのガブリエルが恵を蝕んでいるとはとても信じられないでいた。

「…時夜、わかってるね?このガブリエルさえ居なくなれば、恵さんは助かるんだよ?」

「…………どうすればいいんだ?」

「このナイフを、恵さんの胸に突き立てるんだ」

「何で恵なんだよ!!」

ミシェイルが僕に渡したのは鋭くとがった銀のナイフだった。

こんな鋭利な刃物を胸に突き立てれば人間は簡単に死んでしまう。
普通に考えて小学生にだって理解出来る事だ。

「……静かに。人が来るとまずい…僕を信じろ」

「信じろったって…」

「恵さんがこのまま目を覚まさなくても良いのか?」

「……っ!!」

僕は無言で振り返り、恵と向き合う。
凄く息苦しそうだった。…助けてあげたい。
僕の心にはそれだけが浮かんだ。

「恵……」

僕は、勢いよく腕を振り上げ、そして恵の心臓目掛けて一気に腕をおとした!!!




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