「懺悔」



僕は神へと祈りをささげていた。

君を傷つけた事に対しての償いや、

家族や友人を裏切ったり陥れたりした償いの為。

だけどそれはすでに遅かったんだ。

僕は何もかもを失っていたのだから……。

懺悔をしたって犯した罪が消えるわけじゃないんだ……。






恵の心臓の直前で、僕の手の動きは完全に静止していた。

「どうした?早くやらないと恵さんは助からないぞ?」

ミシェイルの言葉に、僕は黙って頷き、
もう一度腕を高く振り上げそして舞い下ろす。

「……くっ…」

だけど、やっぱり僕の手は直前でその動きを止める。

「……駄目だ…!!やっぱり出来ない!!」

恵を助ける為…そう考えても僕には出来ない…。

今こうして苦しそうに床に伏せっている恵。
そんな彼女を傷つけるなんて事…出来るはずが無い…。

「時夜、医者は人を助ける為に、その身体にメスを入れる。
君が恵さんを助けたいと思うなら、
これくらいの事容易く出来るはずだ…違うか?」

ミシェイルの言う事は確かに一理あるかもしれない。
だけど……。

「出来ないよ…そんな事!!」

僕は手渡されていたナイフをミシェイルにつき返す。
すると、ミシェイルは黙ってそれを受け取るが、
彼が先ほどまで浮かべていた笑顔は完全に消え去っていた。

「…思った以上に使えない奴だな、富樫時夜」

「何だよ…その言い方は」

「言葉通りだ…」

「……何を?」

「必要の無い駒は消すのみ」

そう言うとミシェイルは一瞬僕の視界から消え去ったかと思うと、
僕の首筋に強烈な激痛がほとばしってきた。

「がっ…!!」

「息絶えよ…」

激痛の箇所に手をやると、
そこは先ほどまで確かにミシェイルの手に握られていたはずのナイフが
深く突き刺さっているのであった。

「……がああああっ!!」

僕はナイフを無理やり引き抜くとそれを手にミシェイルへと突貫していく。

「……無駄だ」

だが、ミシェイルが僕へ向けてかざした手のひらから、
目には見えない衝撃波のようなものが放たれ、
僕はいとも簡単に吹き飛ばされ恵の眠っていたベットになすすべなく直撃する。

「ぬ…ぐぅ…くそっ!!」

立ち上がろうと力を込めるが、
まるで全身が麻痺してしまったかのように僕の身体は動かなかった。

「……貴様は人体の急所を貫かれても死なぬと言うのか…」

ミシェイルは驚いた口調でそういうと、
静かに僕の元へと近づいてきて、そっと僕の頬に触れた。

その手は人間では考えられないほどに冷たくて、
それが触れた途端、僕の身体の奥底からは、
恐怖という感情が猛烈に這い上がって着ているのを感じていた。

ミシェイルの手を払いのけたくても払いのけることは出来ない。
恐怖に声を張り上げたかったけどそれも不可能なのだ。
僕の身体はまるで何かに乗っ取られたかのように動かなくなっていたから…。

「……ククク…」

彼は笑っていた。
僕の目を見て静かに笑い続けていた。

そして彼は突然に黙り込み、
しばらく考え込むそぶりを見せてから、僕に一言こう告げた。

「時夜、また会おう」

ミシェイルはそう言い残し、病室から立ち去っていくのであった。

「…はぁ…はぁ…はぁ…」

彼の姿が完全に見えなくなったとき、
僕の全身からは異常とも思えるほどの大量の汗がいっぺんに流れ出していた。

…結局、彼は何をしたかったのか、わからなかった。
僕に何をさせたかったかも、わからなかった。
何故僕に協力を求めていたか、それもわからない……。
僕には、何1つわかる事は無かった……。

「どうやら、行ったようですね」

どこからとも無く透き通った女性の声が響き渡る。
それは、直接頭の中に語りかけられているような…。
そんな不思議な聞こえ方をしていた。

「…誰だ!?」

僕が警戒しながら辺りを見回していると、
その声はクスッと苦笑いをし、こう答えた。

「大丈夫、怯えないでください」

怯えないでください、そんな事を言われても、
今の今までの状況から考えて、
姿の見えないものに怯えないでいるのは、
相当不可能だろうと心から思う。

「ど、どこにいるんだ?」

しかし、黙りこくっているわけにもいかず、
僕は恐る恐る声にたずねてみる。

「…恵さんを見ていただけませんか?」

…声が答えた恵の方へゆっくりと振り返ってみると、
そこには優しそうな笑顔で微笑む女性の姿と、
何故か生命維持装置を外し、座位をとった恵の姿があった…。

「恵…!!」

「ダメ!!触らないで!!」

僕が恵に手を伸ばすと、女性は血相を変えてそう叫ぶ。

「さ…触るなって…どうして…」

「もし誰かが今、恵さんの身体に容易に触れれば、
肉体と精神のバランスが保てずに…心が滅んでしまうからです」

「……ど…どう言う事なんだよ?」

「私の名はガブリエル…恵さんの守護天使です」

「……守護天使って?」

そう尋ねてみるとガブリエルは二、三度首を横に振り、

「もう説明している時間が無いんです…!!
逸早く治癒の能力を持つ人を探し出してきてください」

本当に切羽詰った様子でそう言った。

「ち…治癒の能力?」

「はい、感じるのです。必ずこの近くにいます…。急いで!!」

正直何が何だかよくわからなかった。
ガブリエルが敵なのか味方なのか、
それすらもわかるはずは無かったのに。

でも、今は信じてみるしかなかったんだ。
どんな事であれ、恵を助けることにつながるのなら……。

僕はもう、何もせずにはいられなかったんだ!!

気がつけば僕は走り出していた。
たった1つの可能性にかけて我武者羅に。
お腹が激痛に襲われてもそれでも走り続けた。

僅かな手がかりを求め…仲間達の、ガルディアの元へ……。



学校にたどり着いた時、
流石にまだ時間が早すぎたのか正門は開かれてはいなかった。

「……くっ…やっぱりこの時間じゃ…」

兎に角誰かに電話をしよう!
そう思い公衆電話を探そうと振り返った時、
見知った生徒が1人登校してくるのが目に入った。

「由紀!!!!!!!」

それはガルディアメンバー噂の双子で、
僕も良く見知っているカラーイエロー。
双子の妹、由紀の姿だった。

「な…なんや?時夜…えらいてんぱってんで…?」

僕のただならぬ様子を感じ取ったのか、
かなりびっくりした様子の由紀。
だが、僕はそんな事お構いなしに兎に角続ける。

「恵が!!恵がぁ!!!」

「おおおお!!落ち着くんや!あほ!!」

あせる僕に、何故かモンゴリアンチョップをかましてくる由紀。
しかし、その意味不明な行動が、
幸いにも僕に落ち着きを取り戻させたてくれた。

「あ…う…うん、ごめん…」

「ええて、何があったんや?話してみ」

僕は出来るだけ手短に、だが明確に。
昨夜の出来事を由紀に伝えた。

「うちらがおらん間に色々あったんやなぁ…」

「……そもそも昨日、由紀達はどこに行ってたんだよ…」

僕が尋ねると、「まぁ、ええからええから」と分が悪そうにごまかすと、
「時間がないんやろ?急ぐで!」と僕を促し、
突然に振り返り猛スピードで走り出す。

「ど…どこへ?」

「隆二の所や!!」

何故隆二のところに行くのかはわからなかったが、
走り出した由紀を追いかけて、とりあえず僕も走るのだった。



隆二の家は、学校からおよそ走って20分ほどの所にあった。
木造のアパートで、階段は一段上る度にギシギシと音をたてる、
今の時代には珍しいくらいの超ぼろアパートだった。

「隆二!!うちや!!開けて!!」

20分も走り続けたのにもかかわらず、
由紀は息1つ乱した様子も無く、
物凄い声を張り上げて玄関のドアをドンドンとたたきまくっていた。

「あぁー…こんな時間に何だよ…」

「隆二!!寝てる場合や無い!!はよ着替えてこんかい!」

「う、おお?押すなよお前!」

「急ぐんや!!」

シャツとパンツと言うだらしない姿で出てきた隆二。
しかし、由紀はそんな隆二を見ても顔色1つ変えずに、
彼を強引に家の中へと押し込むと、自らも室内へと侵入していった。

何だかよくわからないが、僕もそんな由紀に続いて室内へと入り込んでいく。
……室内は、予想通り汚かったのは言うまでも無いだろう。

「隆二、着替えて顔洗っといて!うち飯作っとくから!!」

「な…何なんだ…?…時夜、事情を説明してくれよ」

「時間が無いんだ…」

僕はこの時、訳もわからず着替えやご飯。
それらを兎に角速くと急かされている隆二を見て、
もしかしたらかわいそうだとも思ったのかもしれないが、
もう兎に角、今は恵のことで頭が一杯だったので、
彼の気持ちなど関係なく必死に事情を説明していた。

「ぶばぁ!!」

「キャア!!汚いわ…!!」

「…恵ちゃんが危ないだと!?」

あらかた話が終わり、肝心の所を伝えるとき、
隆二は丁度飯をかっ食らっていた。

「俺の治癒の能力が必要だってんだな!!」

「そうなんだ…隆二が治癒の力を…」

「おうよ、人は見かけによらないってな」

この時、確かにそうかもしれないと思ったのは言うまでも無い。

「アホ、冗談言ってる場合じゃないで!」

「うん…恵の命が…」

「何だと!?何でそれを先に言わないんだよ!」

その言葉の後、「飯なんて食ってる場合じゃねぇ!!」と、
隆二はテーブルの上にあったおかずから味噌汁から何まで、
全部をどんぶりの上にぶっかけると、
ものの数秒もしない内にそれ全てを平らげ、

「時夜!由紀!!急ぐぞ!!」

僕と由紀よりも早く、
家を飛び出していくのであった。

「時夜!!急ぐで!!」

そして、僕と由紀も、隆二の後を急いで追いかけた。
……間に合え!!心の中で強く願いながら……。




「恵!!!」

病室のドアを開けると、
僕が立ち去った時のまま、
恵は座位の姿勢で何処かもわからない所を一点に見つめていた。

「…時夜さん…」

僕の声に気がついたガブリエルは、
ゆっくりとこちらに振り返った。

「……間に合わなかったのか?」

もう…日は完全に昇り、時計は朝の8時をさしていて、
ダメだったのかと僕の心には大きな不安があふれてくる。

「いえ、まだ…間に合います!」

すると、僕の心中を察してか、
すぐにガブリエルがそう答えてくれた。

それを聞いた僕は、まだかなり気は早かったのだが、
ついついホッと安堵のため息をこぼしてしまう。

「…時夜?どうしたんだ?独り言何か言って…」

この時、隆二と由紀は、僕の顔を不思議そうに覗き込んでいた。
どうやら、ガブリエルの姿は、と言うか声さえも。
二人は聞き取る事が出来ないようだった。

「あ…ごめん」

僕は隆二と由紀に簡単に事情の説明をする。
すると、二人は「わかった」と同時に頷いてくれた。

「時夜さん、私の言葉、治癒の力を持つものに代弁お願いします」

「わかったよ」

僕は言われるがままに、隆二に事を伝える。
それを聞いて隆二は黙ったまま頷くと、
そっと恵の身体に触れぬぎりぎりの所に手を添える。

「……では、行きます」

そして、静かに恵の治療が始まっていったのだった……。




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