- 「願い」
この手紙は、もしかしたら君の元へは届かないかもしれない。
そんな不安を過ぎらせながらも、僕は手紙をビンに詰め込んだ。
そして、海へと浮かべてみたんだ。
見たことも無い、君の元へ届くことを願って。
僕は手紙を書いたんだ。
未だ見ぬ君が拾ってくれる事を願い……。
僕等は、学園の中庭に着ていた。
「隆二、お疲れやったな」
まるで全身の生気を抜かれたかのように、
隆二はベンチの上にデロンとそのでかい身体を横たわらせていた。
「あいててて!由紀、お前マッサージ下手だよなぁ…」
「うるさいわ!!」
どつき漫才なのか、さっきから度々殴ったり殴られたり、
二人は楽しそうに話をしていた。
「隆二、本当にありがとう…」
「あぁ?みずくせぇな。俺等は仲間であり、親友だろ?」
「はは…そうだったね」
その言葉はちょっと照れくさかったが、
僕の顔にも自然と笑みがあふれてくる…。
「隆二、僕も軽くマッサージしてあげるよ」
「おー、時夜、気が利くねぇ」
そして、僕も隆二の肩や腰に指圧などを行っていく。
……もし隆二が居なかったら、恵は今頃……。
そう思うと、自然とマッサージをする手にも力が入った。
隆二にお礼の気持ちを一杯込めながら。
恵は助かった。
ガブリエル曰く、また1つになる事で、精神も肉体も安定するとの事らしい。
あと2、3日もすれば意識も回復するそうだ。
…そもそもの問題として、何故恵があの様な事になってしまったのか。
それもガブリエルが話してくれたのだが、
あの時落ちた雷…、あれは神々の怒りだったそうだ。
何故その様なものが起きたのかそれはわからない。
だけど、間違いなくあれの影響で、
恵の身体に多大なるダメージが与えられたのは間違い無いとの事だ。
ドミニオンズの出現、その事により世界のバランスが崩れだしたのかもしれない。
最上級天使、【ルシファー】……。
彼の堕天が全てを壊し始めたとか…。
そして、そのルシファーの正体こそが……。
「ミシェイル……」
僕はその名を忘れることはもう二度とないだろう。
もしあの時、僕が彼の言う事を聞き恵の心臓にナイフをつきたてていたのなら…。
恵は死に、恵を守護するガブリエルも同じく死んでいたであろう。
死した天使の魂は、新たな天使融合体を見つけるまで永遠と空間を彷徨い続けると言う。
そして、天使融合体は必ず天使同士でないとならない。
……つまりそれは、ガブリエルと融合していた恵が、
人間では無かったと言う事もあらわしている事になるのだが…。
「しかし、恵ちゃんが天使とのハーフだったってのには驚いたよな…」
…そう、恵は天使と人間の間に生まれたハーフだ。
僕と同じ、見極めの力を持った人と、ガブリエルの…娘。
天使が人間と交わる行為は許されざる事。
その性でガブリエルは、恵が産まれてからすぐに命を絶たれ、
そして父親のほうも神によって存在そのものを消し去られたそうだ。
孤児となった恵は、今の恵のお母さんの下へと引き取られていった…。
二度と触れ合うことは出来ず、
自分が母親であると言う事も永遠に伝えられない。
だけど、せめて子供の傍に居て、見守っていたい…。
そんなガブリエルが取った行動が…恵との天使融合だった。
「母の愛、素晴らしいとは思うんやけど、
それで子供が苦しくなるなんて思わなかったんやろな」
半分人間だった恵に、ガブリエルの力は大きすぎたんだ。
そして、結果、恵は人間として兼ね備えていた機能を時と共に、
普通の何倍もの速さで失ってしまう身体になった。
(……恵…あとどれくらい生きられるのかな…)
全てを聞かされた僕の心には、そんな不安が過ぎっていた。
これは二人には話さなかったんだけど、
人間としての機能を失っていくのが通常の人間の何倍も早い恵は…。
いつ、命を失っても、おかしくは無い……。
「あー……僕が弱気になってちゃダメだろ!!」
僕は心持を強く、ギュッと手を握り締めた。
「いでででで!!時夜!!いてぇ!!」
「あ…ごめん…」
隆二のマッサージをしていた事を忘れて……。
その日、僕はミシェイルの事を考えていた。
何故、彼はあれほどの力を持つのに直接手を下さなかったのか。
もしかしたら、彼は単純にそれ事態に興味が無かったのかもしれない。
人間同士がもつ負の感情、しかし天使は持たないマイナスな心。
だから彼はそれを集める事で、更に多くの力を得られるそうで…。
愛し合うもの同士を殺させたり、無差別に人間を殺したり…。
アイツは、ただそれを楽しんでいるだけ……。
でも、あいつなら他にも何か考えていそうな気がした。
奴の瞳の奥からは、普通では考えられないほどの何かを見た気がするから……。
「ミシェイル…いや、ルシファー……!!必ず倒す!!」
心に強く思いを決め僕は勢いよく立ち上がる。
すると、周りがザワザワと急に騒がしくなってきた。
「……富樫ぃ〜、授業中にゲームの事でも考えてたのかなぁ〜?」
「あ…………いえ、えーっと……」
切れたらヤバイ、そう噂される保健体育の教師が、
僕の目の前に素敵な笑顔で立ち尽くしていた。
「テメー!!!俺の授業を舐めてんじゃねーーーーーーーー!!!!!!」
僕は、その後問答無用で教師の手に持たれた竹刀で滅多打ちにされるのだが……。
シールドの能力のおかげでほぼ痛みを感じないのは、言うまでも無い事だった……。
その日一日、僕はクラスメイトに事あるごとにこう言われてすごすのであった…。
「頑張ってボス倒せよ!」
と………。
まさか、僕自身もそんな事になるとは思っても見なかったが、
世界を救う為に僕が戦っているだなんて、誰も思わないのであろう……。
そして、放課後、僕は部室へとやってきていた。
「99…100!!ぷはぁ!!」
「あらぁ〜?時夜ったら気合い入ってるわねぇ?」
「…まぁ、アイツも色々あったっつーこったろ?」
「うーん…うちらも負けてられんわ!!ほれ!腕立ていちまーん!!」
「……やっても良いけど日が暮れちまうよ…」
その日の僕は妙に気合たっぷりだった。
それはここ数日間で思った事が原因なのだが、
まず第一に皆と比べると、僕の基礎体力は明らかに少ないと言う事。
まぁ、元々運動はあまり好きではなかったし、
それほど生活に支障をきたすような生き方をしていなかったのであまり気にしたことは無かった。
けれどもここ数日、ドミニオンとの突然の戦いも多いが、
何より走り回ることが多すぎる。
20分走り続けるなどがざらで、しかもそれが短いほうだ。
昨日は無我夢中でわからなかったけど、
全部終わってみて、異常な程の右っ腹の激痛に気がついて苦しんだ。
ここの所ガルディア特別体力アップメニューとやらをこなして、
凡人が持つ通常の体力よりは確かに多くなってきているが、
それでもやっぱり全速力で20分とかは走りきれない。
口先だけではなく、身体で恵を守りたいということを証明する為に…。
僕は兎に角必死でトレーニングメニューをこなしていた。
「……時夜」
「…ん?」
と、そんな僕の所へ珍しくブラックがやってきた。
彼は無言で僕にヘルメットを渡すと、自らそれを被り、
床にどかっと座り込んでしまった。
「…な、なにこれ?」
「あ、それサイコエミュレーターですね」
「どわぁ!さささ!沙希!?」
思わず突然にどこからとも無く現れた沙希に驚く僕。
「…?私の顔に何かついてますか?」
つい、彼女の顔を見つめたまま固まってしまう。
どうも照れくさいというか、恵の事とか色々と隠してる事がばれてしまうと思うと、
否が応でも意識してしまう。
「……あ、大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」
それを察知してかせずか、沙希はそう言ってニコッと笑った。
「……あ、うん。で、これは何?」
「えっと、それは通称、サイコエミュレーターシステムと言いまして、
超能力を増幅させる装置を一杯詰め込んだヘルメット何ですよ」
「ふーん…で、どうしてブラックは僕にこれを?」
「はい、まぁ、模擬訓練ですね。私達もたまに使うんですけど。
脳の中枢神経を色々と刺激して、お互いにイメージだけで戦える…。
実際に戦って訓練すると怪我しますからね」
「へぇ…、つまりイメージトレーニングって事か。面白そうだね」
そう言って僕は床に座り込み、ヘルメットを被った。
「あ…!時夜さん!でもそれ……」
沙希が何か言おうとしていたが、もうすでに機械のスイッチが入ってしまっていたのか、
彼女の言葉を最後まで聞き取ることは出来なかった。
……まさか、そこまで本格的だとは思っていなかったから……。
そこは緑豊かな草原のど真ん中だった。
「……こんな寛大な場所で戦うの?」
正直、平和すぎて戦いの場所というイメージはわかなかった。
思わず気持ちよく昼寝をしてしまうのではないか、そんな光景だ。
「レッド、寝るな」
ついゴロンと寝転ぶと、ブラックが呆れたような顔で傍に立っていた。
「あ、ごめんごめん…で、どうすればいいの?」
僕が尋ねると、ブラックは答えることなく、ガルディアに変身した。
よくわからないが、僕も真似してとりあえず変身してみる。
「では、行くぞレッド」
するとゴングが鳴る前にブラックは突然に、
腰に携えてある銃剣を抜き、僕に切りかかってくる!!
「おわっ!!!」
慌てて回避した僕だったが、
完全には避けきれずに、左腕に激痛が走る…。
「…あれ?いつもと違う……」
激痛、それはここ最近忘れていた感覚だった。
今日だって普通に考えれば竹刀でボコボコにされて相当に痛かったはずなのに…。
その時にも痛みは全く無かったのに……。
「…どう言う事?」
傷口から流れる出血を見て、衝撃を受ける僕。
「……ここはあくまでイメージトレーニングの空間だ。
だが、生身とは違う…脳が感じる痛み、
それをこの訓練が終わるまでの間は感じ続ける…」
「え?でも…僕にはシールドの能力が…」
「…ここでは能力の類は一切発動出来ないらしい。
どうやら、レッドのシールドも例外ではなかったようだな」
「…って事は?」
「幾らレッドのシールドが最強でも、あまり油断していると本当に死ぬことになる」
「……うそん」
僕の身体から一気に血の気が引いていく。
「おしゃべりはここまでだ…レッド、抜け」
正直もうやめたかった。
誰か機械を止めてくれと思った。
だけど、これからそう言う場所で戦う事になることもあるかもしれない…。
それにシールドに頼ってばかりいたら…。
きっと僕はいつまで経ってもルシファーには勝てないと思う……。
「……抜いたな…そうなってはもう逃げられない!!」
そう、僕は決めたんだ……。
恵を守るって…強くなるって……。だから……!!
「僕はもう逃げたりしない!!!!!!!!」
僕とブラックの戦いのゴングが鳴り響いた!!
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