「心に咲く花」



美しく強く、それは煌く。

尊く切なく、しかし儚く。

心に花を咲かせよう。

みんなの心に咲かせよう。

心に花を咲かせよう。

皆に誇れる美しき花を、心に咲かせよう。



僕と大樹は、部室を目指して全速力で走っていた。

「暴れてるって…どんなに風に暴れてるんだ?」

「ぎゃーぎゃーわーわーと」

「な…なんだよそれ……」

…どうやら、恵が暴れていると聞いて僕が想像した事態ほど深刻な状態ではなかったようだ。

大樹は何やらニコニコしながら、
嬉しさのあまりか時々壁を走ったり窓を叩き割ったりしている。

「良い子は真似しちゃだめだぞ?」

僕等が部室に到着すると、中は何やら随分とやかましかった。
…確かに、楽しそうな気配を感じる事は感じるのだが、
それ以上に僕の心を締め付けるようなどす黒い力を感じる。

…何かが、何かがおかしい。

部室のドアを開くと、中には6人の人物が居た。

沙希、由紀、隆二、浩輔、恵。

……そして、今まで影が薄くてみんな忘れてるんじゃないかと思われる、
戦隊ヒーロー部の顧問、須藤先生……。

「ぶへっ!!」

人が折角シリアスモードに突入していたというのに、
ドアの間にはさめてあったのか、僕の頭の上にいきなり黒板消しが振ってきた。

「あ、ひっかかりましたね!富樫君!!」

…それを見て大爆笑する部室の中に居た面々。
……お前等小学生かよ!!

と、その時、僕がやってきた事に気がついた先ほどまで死んでいたはずの恵が、
目をウルウルさせながら僕に飛びついてきた。

「…なんで生きてるんだ?」

僕が尋ねると、恵はきょとんとした顔で首をかしげる。
どうやら、自分が死んでいた事がわかっていないらしい。

「コールドスリープだったんですよ。
まさかガブリエルのような貴重な能力者をそう簡単に理事長程度の人間にうつせるはずありませんから…」

くいっと眼鏡を持ち上げながら言う須藤先生。
バーコードのはげ頭もそうだが、陽光を反射して光る眼鏡が何とも言えず怪しい。

「恵、ちょっと待ってて」

僕は恵にニコッと微笑み頭を撫でてやると、
ゆっくり須藤先生の元へと近づいていく。

「何か用事ですか?富樫君?」

「……アンタ、何者なんだ?」

間違いなかった。
部室に入る直前に感じたどす黒い力。
それは今まで気にも留めなかった須藤先生から感じ取れた。

「…やれやれ……富樫博士の施した手術は相当優秀だったのですね。
ここに居る貴方以外の人はごまかせても、あなた自身はごまかせませんでしたか…」

そう言って須藤先生がもう一度眼鏡を持ち上げると、
部室内の穏やかだった空気がいきなり重く僕等にのしかかって来る!!

「つ…っ!!なんだこれ…!!」

「か…身体が…!!まるで鉛みたいだぜ…!!」

まるで天井でも落ちてきたかのように、
僕達は全員地面に突っ伏した形で動けなくなってしまった。

それを見て須藤先生はニコニコと微笑んでいる。

「まぁ…あのルシファーはよく働いてくれましたよ。
私の影武者だったとも知らず…ね?」

「…っちゅーことは…!!須藤先生!!」

「貴方が本物のルシファー様!?」

「…ま、そう言う事でしょうね」

「んなあほな…こんな禿げ眼鏡が最後のボスやなんて…」

「……どんでん返しも良い所だぜ!!」

「影も薄いですしね」

全員動けない状態だというのに、口々に須藤先生の悪口を言い始める。
…緊張感と言うものが彼等には存在していないのだろうか?

「えぇい!!禿げとか影が薄いとか言うな!!
これも全て計算しつくされた言わば偽装工作と言う奴なのだ!!」

須藤先生…いや、ルシファーは顔を真っ赤にして煙を上げて怒っている。
その姿はまるでゆでだこで、最後のボスと言うには本当にふさわしくない。
非常にピンチな状態なのに緊張感が無くなる仲間の気持ちもわからないでもない。

「…計算しつくされた…らしいで?」

「それでしたら、全然おバカさんだったんですね」

「あぁ、全くな!!おい!!浩輔!!」

「はいはい…大樹ちゃん!!頼むわよ!!」

僕達の視線は、唯一部室の外に居た大樹へと集中する。

「大樹ちゃん!さっき時夜の頭に落ちた黒板消しよ!!」

「任せろ」

いつのまにやら変身していた大樹は、
先ほど僕の頭の上に落ちてきた黒板消しを真っ二つに切り裂く!!

すると、通常ならばただ地面に落ちるだけのはずの黒板消しが爆発して粉々に砕け散った。

…どうやら、それが重力を発生させるための装置だったようだ…。

「残念でしたね、須藤先生」

「部室の中だけに重力が発生するように作ってたのは失敗だったな」

「うちらがそんなん見抜けないと思ってたんか?」

「まぁ、あたしがそれに気がついて大樹ちゃんに時夜を迎えに行くようにお願いしたんだけどね」

「うむ…そう言う訳だ」

全員が立ち上がると同時にガルディアに変身し、
皆がそれぞれに武器を須藤先生に突きつけている。

……どう頑張っても逃げ場はなさそうだ。

「正義の心がある限り!!」

「悪は絶対許さない!!」

「弱気を助け強気をくじく!!」

「我等無敵の最強チーム!!」

「学園戦隊!!ガルディア!!」

決め台詞、決めポーズの後、各々が必殺技を須藤先生に繰り出すと、
特撮物お約束の爆発で須藤先生は粉々に吹き飛んだ。

……何だかこんな最後だと、
僕等が今までやってきた事が特撮の世界の為の撮影だったんじゃないかとも思わされる。

どちらにしても、現実離れしたこんな出来事を誰かに話したって、
決して誰も信じてはくれないんだろうけど。

「長い戦いでしたね」

空が黒く染まった頃に僕等はここを出発はずなのに、
気がつけばまた辺りはオレンジ色に染まっている。

「ふああ〜…徹夜で動いて疲れたなぁ……」

いつもここに僕等が集う時間。
今は大体それくらいだった。

「今日はもう部活動を休みにして帰ろうぜ」

「あ、あたしもそれ賛成」

皆、自分のカバンを手にして順番に部室から出て行く。

振り返ってみれば、部室のドアのところに立っていた大樹の姿もなくなっている。

「帰ろう、時夜」

僕の手をとり、笑顔でカバンを差し出してきている恵。
……彼女の美しかった黒髪の面影は……無くなったままだった。

多分、指摘したらまた泣くんだろう。
まぁ、僕も突然白髪になってしまったらきっと泣くと思うけど…。

「帰ろうか」

これからどうすれば良いか。
一瞬そんな事を考えたけど、
明日、朝目覚めても僕には仲間が居るから、
また明日皆で一緒に考えれば、大丈夫だよね……。



それから調度一年後。

僕達は喪服に身を包み、お墓の前で6人たたずんでいた。

皆、涙を流し、大声で泣いている。

……彼女との別れが辛くて…。

お墓には、河野家の墓と書かれていて、
いつも僕の隣で一生懸命だった女の子は今、その下の小さな壺の中に収められている。

本当に、突然の事だった。
皆で飲んで騒いで遊んだ帰り道。

フラッと倒れて、そのまま逝ってしまった。

直接的な原因は彼女が前々から患っていた心臓の病ではなかった。

……僕は、彼女に何をしてあげられたのだろうか?

恵は、最後の最後まで、
ずっとずっと、笑っていた。

「行こう、みんな」

何をして上げられたのかはわからなかったけど、
最後に彼女が口にした言葉、僕の頭の中にではなくて、
直接音として彼女の口から聞けた最後の言葉を信じて、
僕はこれからも生きていこうと思う。

「恵!!恵!!どうしたんだ!!しっかりしろ!!恵!!」

「……と…きや……私……し…あわ…せ…だった…から……」

「恵…!!!恵…!!!!!恵ーーーーーー!!!」

音として聞くことは出来なかったけど、
君がいつも口ずさんでいたあの歌。

君の背中にある天使の翼で奏でた調べが、今聞こえた気がする。

君が歌う、音無き天使のラブソングが……。




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