「君を連れて」
どこまでもかけて行きたい。
大空を羽ばたいてみたい。
海の果てまで流れてみたい。
宇宙の彼方で君を見つけた。
地球と言う1つの星で、君を見つけた。
君を連れて、行ってみたい。
君と出会ったあの日へと。
理事長室にたどり着くまで、
僕等に向かって複数のドミニオン達が襲い掛かってきた。
その中にはすでに人間の姿をしていないものも幾つか混じっている。
どうやら、相手もこちらの動きに気がついているのか、
それとも絶対数が足りなくなってきたのか。
ともかくなりふりかまっていられない状態になっているようだ。
「レッド!!俺が必殺技で一気に道を切り開く!!
俺の後に続いてとにかく全力で走るんだ!!いいな!!」
グリーンがそう言って少しだけ僕等の後ろに下がる。
必殺技を使用するのに必要なエネルギーをチャージする為だ。
「行くぜぇーーー!!駆け抜ける電撃の嵐!!激しくエレキテルぜ!!」
その叫びの後、身体に電気をまとったグリーンが、
向かい来るドミニオンの群れをいとも簡単に蹴散らしながら道を切り開いていく。
どうでもいい話だが、グリーンは必殺技名のセンスが無い。
ちなみに大分前に彼が使った必殺技は「サンダーんボルト」と言う三回攻撃だった。
「レッド!!さぁ!!新手が来る前に急ぎましょう!!」
「あ…あぁ!!」
この場に倒れているのが同じ人間だと知った僕は、
以前よりも少し戦いづらくなっていた。
別に違う生物だったら手にかけてもなんとも無いと言うわけではないが、
やはり自分と同じ生物だと思うと…心が痛む。
中には僕達に助けてと言わんばかりに手を差し伸べている者もいる。
…だが、助けたとしても彼等はまた同じ事を繰り返すだけ。
辛くとも僕達は彼等に止めを刺さざるを得なかった…。
もう、人間としての姿を取り戻せない彼等を救うには、
それが一番の手段だから…。
理事長室にたどり着いた僕等は、
ドアを吹き飛ばして中に進入した。
「おやおや、乱暴ですね、皆さん。
そんなに部活動を廃止されたのが頭にきたのですか?」
理事長はニコニコと笑みを浮かべながらいつもの教卓へと座っていた。
「理事長!!恵をどこへやったんだ!!」
腰に携えてあった銃を引き抜くと、僕は迷うことなく理事長へと銃口を向けた。
「恵さんでしたら、元気にしていますよ、富樫…いえ、今はガルディアレッド…でしたね?」
不適な微笑を浮かべる理事長。
そんな彼女の顔を見ていると、こちらが銃口を向けているはずなのに、
何故だか逆に僕が四方から囲まれているような気持ちの悪い感覚に襲われる。
「残念でしたね、来るのが少し遅かったですよ」
理事長がパチンと指をはじくと、
僕等の目の前の地面が沈み込んだかと思うと、それはゆっくりと競りあがってくる。
「あ…あぁあ……」
「嘘だろ…」
僕等の瞳の中に映されたのは、
長くて美しい黒髪で微笑む彼女ではなく、
色彩を奪われ、まるで別人の様に変貌してしまった恵の姿だった。
「恵!!」
僕は慌てて彼女の元へと駆け寄り、ゆっくりと彼女を抱き起こす。
「しっかりしろ!!恵!!」
意識を完全に失っている恵。
何度名前を呼んでも、いつものように彼女が微笑む事は無い。
「…恵!!嘘だろ…?嘘って言ってくれよ!!」
恵の身体は氷のように冷たく、
普段当たり前のように感じられるはずのぬくもりはそこにはなかった。
少しだけ開かれた口…ほんのり赤かった彼女の唇は、紫色に染まっている。
いつもよりずっしりと彼女の重みが僕の両の手にのしかかって来る。
……彼女はすでに人として機能していなかった。
「…………」
そこに居た全員が言葉も無く立ち尽くす事しか出来なかった。
「河野 恵は元々2年ほど前の貴方に出会ったあの日、
心臓の病で命を落としているはずでした。
しかし、彼女の身体の中に偶然ガブリエルの魂が宿った事により今日まで生きながらえてきた。
…まぁ、もう死んでしまったのでどうしようもありませんがね」
「…アンタが…!!アンタ達が恵を殺したんだ!!!」
恵をその場に寝かしつけると、
僕は腰に携えてあった剣を一気に引き抜き、理事長に切りかかる!!
「人聞きの悪い…まぁ…貴方は覚えていないでしょうが、私達のルシファー様を殺しておいて、
自分だけが大事な人を殺されたみたいな言い方は辞めてもらいたいですね」
「な…なんだと!?」
彼女の野言葉を耳にした僕は、
振りかぶっていた剣を思わず彼女の眼前でピタリと止めてしまう。
それによりすきだらけになった僕に向かって、
理事長は素早く机の中から取り出した拳銃の引き金を数回引く!!
「リーダー!!」
通常の拳銃より威力の高い銃だったのか、
僕は打たれた衝撃により数メートル吹き飛ばされた。
だが、僕の身体の中に入り込んだ弾丸はいつもの如く自然と外へと排出され、
弾丸によりつけられた傷もあっと言う間に修復されていく。
「ちぃ…この化け物め…!!富樫 時夜!!やはり貴方が何者より化け物…いえ…悪魔…悪魔その者よ!!」
机の中に幾つ隠されているのか、
次から次へと種類の違う銃を取り出すと、理事長は何のためらいも無く僕めがけて引き金を引く。
「皆!!僕から離れて…!!あと…恵の事を頼む!!」
僕は理事長室の窓をぶちやぶりそのままグラウンドへと飛び出す。
それを追いかけるようにして窓から飛び出してきた理事長の背中には、
非常によく見慣れた美しく大きな翼があった。
「…それはガブリエルの翼……」
「富樫 時夜…私は貴方を殺すためならどんな事でもする…!!
最初は不老不死を得るための実験体としか思っていなかったが、貴方の力はあまりにも強大すぎる…!!」
翼をはためかせ、彼女は華麗に空中を飛び交っている。
空を飛ぶ事の出来ない僕は当然のように何も出来ないが、
彼女がいつ攻撃を仕掛けてきても大丈夫なように必死で動きを追いかけていた。
「理事長!!ルシファーを殺したってのはどう言う事なんだ!!」
「…良いでしょう、教えてあげますよ。あの時貴方の身に何が起こったのかを」
あの日、僕の育った街で訪れた出来事。
僕は、あの時ルシファーに斬りかかって行った後の記憶が全く無い。
気がつけば病院のベットに寝かされていて、目の前には恵達が居た…。
だが、僕は確かにあの日、あの街に居て、ルシファーと対峙した。
…その一ヶ月ほど前、理事長達は実験中のウイルスをあの街の全体に投与した。
それにより街は姿を変え、何万人もの人間がその間に命を落としていった。
本来ならばそのウイルスは人間の細胞組織だけを組み替えて究極の生命体へと変貌させるものだったのだが、
予定外に効果が強く、人間だけでなく動物、更に無機質的な物の姿までも変貌させてしまう事になった。
だが、無機質的な物質は命を持ち知識を持ち、
偶然にも彼等に従う忠実な下部となったので、彼等にとっては嬉しい誤算となる。
よって、突如計画を変更し、
あの街の人間で生き残ったものにまやかしの術を施して、
ウイルス向上の為の実験体として有効に活用した。
勿論、1つの街から一度に人間が消え去ったなんてことになればマスコミや警察が黙っていない。
そこで彼等が用いたのがあのヴァーチュズと言う架空の教団組織。
…僕の父さんと母さんを教祖として持ち上げたのは、
その二人を信頼してドミニオンに対抗しようと戦っているものたちを呼び寄せる為だった。
「何だかんだ言ってもやってる事は最悪だな」
「…ある意味で我々より残虐にルシファー様を殺した貴方に言われたくありませんね」
…ルシファーと一度剣を交えた瞬間、
まるで僕に悪魔が乗り移ったかのように人格が変わった。
腰の拳銃を抜き放ち、彼の腹部に一発。
そしてその穴から彼の内臓を引きずり出し、
苦しみもがいている彼の両手両足を切断。
恐怖と苦しみで動けなくなっているルシファーの首を跳ね、
…彼の死体を、彼の肉を僕は食していった。
そしてその後、ルシファーを食した僕は、
まるでメルトダウンの様な爆発を起こし、
街も人も跡形も無く消し去り、その場から消え去っていた…らしい。
「はは…アンタ、小説家になれるよ。三流だろうけどさ」
「確かに、後の調査により明らかになった事も有りますが、
ヘリで上空から眺めていた沙希さんの報告なので間違いは無いと思いますけどね」
「…あっそ」
後に沙希が僕から密かに採取した血液調査の結果によれば、
僕がおかしくなったのもそのウイルスが原因で、
再生しようとする細胞と破壊しようとする細胞が戦って起きた暴走だったようだ。
ちないに、ウイルスを街に落としたのは大樹で、
その経過を見守っていたのが由紀。
時々直接現場に赴いていたのが浩輔。
人間自体のデータを採取する為、健康診断などと偽って街に訪れていたのが隆二。
あの日、僕と一緒に最終結果の確認に向かったのが由紀と隆二。
そして、情報を明確に伝えるために上空から僕等を見張っていたのが沙希。
「…さて、そろそろおしゃべりは終わりにしましょうか?」
「……そうだね、聞けば聞くほど疲れてくるからね」
僕が剣をかまえると、理事長は物凄い速さでこちらに突撃してくる!!
彼女の右手のひらには、ガブリエルやルシファーが使用していた、
あの、青白い光の球が輝いている。
「くっ…!!」
ためらう必要なんて無いはずなのに、それを見ていると何故だか僕の心臓は異常なまでに高鳴った。
…彼女の中にガブリエルが居ると思うと、攻撃を繰り出す事が出来ない。
もし、理事長を殺してしまえば、
ガブリエルを…恵を殺してしまう事になるんじゃないか?
そんな思いが僕の中でいったりきたりして戦いの邪魔をしてくれる。
「どうしたんです!!動きが悪いですよ!!」
彼女が放つ光の球を食らえば、下手をすれば一撃で僕の身体は粉々に崩れ去ってしまうだろう。
まぁ、それで僕自身が死ぬとは思えないのだが…。
実際、彼女を倒そうと思えばそれは非常に簡単な事だ。
理事長の動きは本来のガブリエルの動きより全然遅いし、
ルシファーと比べるとまるでハエが止まるのでは?なんて思わされる。
「…っ!!くそっ!!」
だが、一瞬の躊躇いが僕の動きを鈍らせる。
「食らいなさい!!」
「しまっ…!!」
「跡形も無く消し飛べ!!この化け物!!」
いつのまにやら真正面に理事長が居て、
僕に向けておもいっきり右手をかざしていた。
避ける事がほぼ不可能に近い距離から彼女が光の球を解き放つ!!
「が…く…そんな……」
しかし、彼女が放った光の球は僕の目の前で砂の様に消え去り、
理事長は背中から真っ赤な血を流し悔し涙を流しながら絶命した。
「…レッド、平気か?」
心配そうに僕の顔を覗き込むブラックの姿。
そして、彼の右手から伸びる黒い刃が理事長の身体を貫いていた…。
「…僕は平気だけど……これでもう…恵が生き返ることは…無いんだね……」
「…その恵だが……」
この後ブラックの継げた言葉で、
僕は正直目玉が飛び出すんじゃないかと思った。
それくらいに驚いた。
…恵が生き返って……暴れていると言うのだから………。
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