「最後の時」



どんな時も、君が笑っていられるように。

どんな時も、仲間が笑っていられるように。

どんな時でも、僕も笑っていよう。

最後の時だとしても、君とそして仲間がいるのなら、僕は笑顔でいられるんだ。



僕等は部室内にあるホワイトボードの前に集まり、
これから行う行動に向けてのミーティングを行っていた。

「さて、まず時夜さんにこの学園の真の姿についてお話しなくてはなりません」

「真の姿?」

「えぇ、私達はこの学園に居て長いですし、
色々と隠密的な活動も行ってきているのでこの学園の裏事情まで事細かに知っていますが、
つい最近この学園に連れてこられた時夜さんは多分どうしてこうなったのかさっぱりわからないでしょう?」

「うーん…確かに……どうしてこの学園付近にだけドミニオンが現れるのかわからないし、
基本的にこの学園外の人間に手を加えないのが不思議でならないな」

「まぁ…単純に言えば、そう言う風に刷り込まれているんですね、ドミニオンと言うのは」

「…どういう事?」

「えっと…長くなるので覚悟して聞いてくださいね?」

ここMO学園は、別名天使禁猟区と呼ばれ、
僕等のような特殊な力を持った者や、そう言う能力に興味を持った人間が集められている。

その為、そう言う専門の授業も執り行われているのだが、
その授業と言うのが非常に特殊なもので、
普通の人間には精神的にも肉体的にも非常に悪影響らしい。

そこで、その授業に耐え切れなかったいわば落ちこぼれ達は、
例の超能力強化施設に送られて、様々な人体実験を施されていく。

それにより覚醒したものはまたこの学園へと戻されて、
普段僕等が行っている部活動や勉学と言ったごくごく当たり前の行動が許されるようになる。

だが、そう言った実験を行われた人間の脳は非常に不安定で、
時には暴走を起こしたり突如爆発したりする事もある。

「そう言った奴等を排除するのが、俺達ガルディアの本来の任務と言う訳さ」

「……酷い話だな」

「…その事を知った時は私達もそう思いました。
ですが、私達は決して彼等には逆らえなかったんです」

僕等のように、完全に能力に目覚めている人間は非常に珍しく、
天使禁猟区の人間達を恐怖させた。

そこで、彼等はそう言う人間が自分達に逆らえないよう、
彼等を施設へと連れて行き体内に強力な爆弾を埋め込んだ。

「もし逆らえば、貴様等の体内の爆弾を爆破させる…何かにつけてそれやったな」

「じゃあ今も…?」

「今は大丈夫よ、あたしが入手した資料を元に、
由紀があたし達の体内の爆弾を取り除いてくれてるから」

「そっか…ちょっと安心した……」

「さて…そう言う訳ですから続けますよ」

僕が天使だと聞かされていたドミニオンとは、
いわゆる改造に失敗した落ちこぼれの事で、
背中の翼は人間の憧れ、大空を自由に飛び回るをイメージして取り付けられていたものらしい。

…敵だと思って今まで手にかけてきたドミニオンは、
僕等と同じ普通の人間で、
残酷な実験によるただの犠牲者だったんだ…。

「改造された人間がああいう状態に陥った時は、地獄の苦しみに襲われているらしい。
そんなに深く考え込まないで、やつらを解放してやったと思えば良いんだ」

「…それでもね」

「まぁ、俺も時夜の気持ちはよくわかる。
この行為を別の場所で同じように行っていれば、
俺たちは間違いなく犯罪者として検挙されるんだからな」

「……だよね」

「時夜さん、これから戦いに赴くのに落ち込まないでくださいね。
私達は全てを知った上で、彼等を倒さなくてはならないんですから」

「…わかってる。続けて」

天使達の翼は赤外線のような特殊なもので、
通常人間の目ではそれを確認する事は出来ない。

だが、彼等が空中へと舞い上がるためには、
その翼を具現化しなくてはならない。

その時に限り、普通の人間の目でも確認する事が出来るようになる。

では、何故僕がその翼をどんな状態でも確認する事が出来るのか、
そこら辺は僕の生まれて間もない頃の手術が関係しているらしい。

「時夜さんって、小さい頃に目の手術を行いましたよね?」

「…なんで知ってんの?」

「まぁ…裏情報で色々と……
えっと……ちょっと言いにくいんですけど、
時夜さんのご両親って、実はこの学園では相当上の方に属する研究者だったんです」

「そうだったの!?」

「えぇ、お二人はずっと施設での実験を反対していました。
いつか災いを招く事になると。勿論、人間を究極の生命体にするために行われている実験ですので、
他の科学者達がそれを受け入れるはずが有りません」

そこで、僕の両親は、生まれつき視力の弱かった僕の目にある手術を施した。
それが例の見極めの力…彼等の翼を肉眼で確認できるように改造したんだ。

もしこの研究により災いが起こった時、
僕が彼等を倒してその実験を阻止できるように。

「…もし時夜さんのご両親がいらっしゃったなら、
これから私達がドミニオンと戦うのに非常に貴重な戦力となってくれたのでしょうが…」

「……どういう事?」

「あたしの調査の結果、残念ながら、二人とももう亡くなられているわ」

「………そっか…」

「本当なら、奴等は時夜の事も殺そうとしたんだが、
もしかしたらこいつの能力を解析すれば、我々は不老不死になれるのではないかと考えた」

「…つまり、僕が襲われたあの日は、
ルシファー達に見つかってしまった日って訳だね」

「まぁ、そうだな。遊び半分で裁判とかふざけた事までやりやがって、
奴等は本当に何を考えてるのかわからないぜ」

「え…?ってことは?」

「裁判も警察も…お前のお袋さんも…みんな偽者だ」

「………最低なやつらだな」

「…上層部の人間は、改造に成功した人間以外を生物とさえ思っていませんから」

「…そうなんだ……上層部…どんなやつらなんだ?」

「…それは……」

そうたずねると、沙希は何だか気まずそうに僕から視線をそらした。

「…上層部の人間とは、ルシファー、ガブリエル、理事長…須藤先生…そして私達チームガルディアです」

「え!?」

「……私達は時夜さんに謝らないといけません。
貴方の信頼を得るために態々地下牢まで助けに行ったり、
貴方の能力を出来るだけ明確且つ的確に採取するために仲間の振りをしていたり…」

「ごめんね、時夜…あたし達最初は遊んでただけで、貴方を本当に仲間だなんて思ってなかった」

「俺達は頭の中がどうかしてたのかもしれない。
実験の為、データ採取の為、こいつを有効に利用しようと考えていた」

「ホンマに堪忍な…時夜……うち…アンタを玩具と思って遊んでただけやった…」

「…へっ!!今考えると最低な奴等だよな、俺達ってよ!!」

正しく開いた口がふさがらない状態だった。

衝撃のあまりにぽかーんと口が開かれたまま僕は固まっていた。
……信頼していた仲間達が、本当は僕の敵だったなんて…。

「本来ならば今日は、恵さんの中からガブリエルの力を抜き出し、
理事長の身体へ能力のみを移動させる日なのですが、
それを行えば恵さんは確実に命を落とす事になります」

「こんな事言っても信じてもらえないかもしれないけど、
あたし達、今は本当に時夜と恵ちゃんの事が好きなの」

「…お前等を見てるとよ、何だかイライラするんだが、何か……楽しいんだよな」

「お前達に本来の人のあり方を俺達は見た気がした」

「なんや、最初はくだらん馴れ合いしおってからにって思ってたんや、
でも、何だかあんた等見てるとな、うちらもその馴れ合いがいつのまにか楽しくなってるんや…」

皆は各々の思いを語りながら、小刻みに身体を震わせていた。

…男泣きと言う奴だろうか、隆二は「すまねぇ時夜〜〜!!」と声をあげながらおいおい泣いている。

由紀は、「ごめんな…本当ごめんな…」とボロボロ涙を流している。

浩輔と大樹の二人は、クシャクシャの顔で何とかこらえようとしているのか顔を真っ赤にしていた。

「最初、私が時夜さんに近づいたのも、
恵さん以外の女性にはどんな反応を示すのかと言う実験データのためでした」

「へぇ…じゃあ、最初は僕の事をどう思っていたの?」

「はっきり言ってしまえば、ゴミ以下ですね。
データ採取に役に立たないのなら、ゴミにもならないですから」

「……面と向かってそういわれると傷つくな…」

「でも、いつからか変わってしまったんですよ。
恵さんの笑顔を見ていたら…私の中の何かが変わってしまったみたいなんです」

「恵を?」

「はい、どうしてあんなに笑っていられるんだろう。
どうして人として必要な機能が欠けている不完全体があんなに生き生きとしているんだろうって」

「…あくまでも科学者視点なんだね」

「最初のうちだけですよ、そう思っていたのも。
気がつけば、私は貴方達に取り込まれていました。
…そして、私気がついたんです。
人間に本当に必要なのは不老不死でもない、大空を羽ばたける翼でもないって」

沙希は目にいっぱいの涙をためて、
今にも泣き崩れてしまいそうな顔で立ち尽くしていた。

だが、彼女は何とかこらえながら、笑顔で告げた。

「本当に必要なのは…自分に足りないものを補ってくれる優しさなんだって…!!」

「沙希……」

「私…私いつのまにか本当に時夜が好きになってた…!!
恵さんが時夜の傍に居るのが段々と羨ましさから嫉妬に変わっていって…!!
私にだけ…私にだけその優しさを向けて欲しかった…!!
そうしたら…そうしたら私もあんな風に…恵さんみたいに笑えると思って…!!」

そこまで言って、沙希はわぁーっとその場で泣き崩れてしまった。

それでスイッチが入ったのか、
ここにいる全員がわぁわぁと子供のように泣き出してしまった。

それからしばらくの間、僕は何も言葉を発することなく、
全員が泣き止むまでその場で立ち尽くしていた。

…オレンジ色だった空は、
いつのまにやら月明かりの綺麗な夜へとその姿を変えている。

真っ暗な部室の中に僕を含めて6人の人間がいる。

誰も言葉を発しては居ない。
非常に静かな空間だ。

僕は手探り状態で歩いて、
部室の入り口付近のスイッチを入れて部屋の中に明かりをともした。

「みんな、行こう…恵を助けに」

「…時夜さん…?」

「怒ってへんの?」

「時夜!!気が済むまで俺をぶん殴ってくれ!!」

「…時夜……」

「時夜…あたし達を許してくれるの?」

散々人に現実を受け入れろだか落ち込んでる暇は無いとか言っていた連中が何を言っているんだ。
そう思うと自然と腹のそこから何かがあふれ出してきそうな程の深いため息が漏れる。

「恵を助けて、そして、7人でまたあのお店で宴会しよう」

僕は心の中に浮かんだ素直な気持ちを述べる。
5人のメンバー達は、その言葉に笑顔で大きくうなずいた。

「よしっ…行くぞ!!チームガルディア!!」

「おーーー!!!」

僕達は部室を飛び出して、一直線に理事長室へと向かって駆け出した。




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