「天使を求めて」



君が描いていた未来。

美しいまでに白い紙に描かれていた理想。

現実と言う過酷を突きつけられても、君が居るのなら。

僕等は求めた。求め合った。

僕等が信じていたのは、幸せと言う天使だったのかもしれない。



季節は秋、夏の間の戦いが嘘のように、僕等の周りは平和になっていた。

何気ない登下校のこの道も、何だか以前より明るくなった気がする。
それはきっと、以前まで在り得なかった人々の楽しそうな笑顔の性なんだろう。

…あの日、理事長が突如僕等を呼び出して告げたあの言葉。

どこからあの確信が来ているのかわからなかったが、
はっきりと僕等にそう言ったあの日から、
まるで嘘みたいにこの世界は変わっていった。

「チームガルディア、今日は突然に集まっていただいて申し訳ありません」

僕達チームガルディアは、フォーメーションの練習中に突然呼び出され、理事長室へとやってきていた。

「…なんでしょう?ドミニオンの現れた気配もありませんし…何か緊急の指令でしょうか?」

沙紀が僕達を代表して理事長に問いかける。

すると理事長はクスッと口元だけで笑い、
淡々とした口調で告げた。

「もうドミニオンが現れる事はありません。
よって、現在を持って、ドミニオン対策部隊チームガルディア件、戦隊ヒーロー部は解散してください」

「か…解散!?」

「そんな!!一体どこにそんな確信があるって言うんですか!!」

皆口々に理事長に疑問を投げかける。
だが、理事長は「解散と言ったら解散。現れないと言ったら現れないのです」
と繰り返し、僕等の言葉に答えてくれる事は無かった。

あの日以来、メンバー達に覇気は無く、皆目的を失って沈み込んでしまっている。

平和なのは良い事だ。
ドミニオンが現れないのなら確かに僕等が活動する理由はどこにも無い。
でも、ルシファーを倒した訳でもない…。

しかし、クラヴィスを倒したあの日以来、
確かにドミニオンが現れたのは一度だって無い。
…けど、だからって僕達が納得できるはずは…無い。

「…無い無い付くしだな」

がっくりと肩を落とし大きなため息をつく僕。
そんな僕を恵が心配そうに下から覗き込んでくる。

「大丈夫だよ…大丈夫」

現れないならそれで良いじゃないか!!
…元から戦いたかったわけじゃないし…僕にとってはいつもの日常が戻ってきたんだ。
……何を落ち込む事があるんだろうか?

「……恵…?」

恵は目に涙を浮かべながら僕の服のすそを強く引っ張ってくる。

「…どうした?」

まるで何かから逃げ出そうと彼女は必死にもがいていた。
パニック状態に陥っているのか、僕の身体を叩いたり服を引っ張ったり。
何だかはっきりしない行動を繰り返している。

「恵!!落ち着いて!!」

僕はそう告げて恵の手を強く握り締める。

すると次の瞬間、涙声で恵が僕に継げた……。

「時夜!!何かが私の足をつかんでる!!」

その言葉にハッとした僕は、即座に恵の足元に視線を移す。
すると恵の影から伸びた青白い手が彼女の足首をがっしりとつかんでいた!!

「な…なんだこいつ!!」

僕は何とかしてその手を引き離そうと青白い手を蹴飛ばしたり、
無理やりに押し広げたりとにかく必死で手に攻撃を加えた!

しかし、それは決して恵の足から離れようとはせず、
それどころか、彼女の身体ごと徐々にコンクリートの地面の中へと沈みこんでいく!!

「いやぁ…!!いやぁーーー!!」

このままでは恵は地面に飲み込まれてしまう!!
僕は彼女の手を握りなおすと両足で力いっぱい踏ん張り、彼女を引き上げる!!

「くっ!!畜生!!」

だが、その手の力は尋常ではなく、
引き上げるどころか恵は段々と地面の中に沈みこんでいく。

「誰か!!誰か手を貸してくれ!!」

今は朝の登校の時間。
道行く人達は無数にあふれかえっている。

…しかし、誰一人として僕等に目をくれるものは居ない。
仮にも人間が目の前で地面の中に沈みこんで言っているというのに、
まるで何事も起きていないかのように彼等は道を歩いていく。

「ちっくしょーー!!!」

気がつけば、この状況に泣き叫んでいた恵が何やら真剣なまなざしで僕を見詰めている。
…その目には無数の涙が今にも零れ落ちんばかりにあふれていた。

「……ごめん!!時夜!!」

「えっ…!!」

一瞬、何が起こったのかわからなかった。
まるで時間が止まっていたかのような感覚に僕は襲われていた。

気がつけば僕は地面にべたっと座り込んでいた。

目の前では瞳にいっぱいの涙を浮かべたまま微笑む恵がいる。

「恵ーーー!!!」

恵は、このままでは僕も地面に飲み込まれると判断し、
自ら手を振り解くと、思いっきり僕を突き飛ばしたのだ。

それにより僕はそのまま倒れこんだ。

慌てて立ち上がると、僕は彼女の元へと駆け寄っていく。
その距離は決して遠くは無い。
立ち上がって手を伸ばせば届きそうなほどだった。

だが、僕の手は彼女の元には届かず、空しく空を切る。

「恵…!!恵!!恵ーーー!!」

先ほどまで確かにあったはずの彼女の姿はそこから消え去り、
彼女を地面の中へと飲み込んでいった青白い手もその場からは消え去っていた。

確かに存在していたはずなのに、
最初から何も無かったかのように、
地面は何の変哲も無いコンクリへと姿を変えていた。

「…っくしょう…!!!畜生…!!!ちくしょーーーー!!!」

何故どうしてこうなってしまったのかわからない。
しかし、ついさっきまで僕の隣で笑っていた彼女の姿はもう…無い。

恵は笑っていた。
地面の中へと消え去るその瞬間まで。

本当は泣き叫ぶほどに怖かったに違いないのに。

…彼女を助けるどころか、僕が彼女に助けられたのかもしれない……。



その日の放課後、僕はいつものように部室へと足を運んだ。
…もう部活自体も廃部にさせられたのだが、ここにくればもしかしたら恵がいるかもしれないと思ったから。

……いつもこの部室に来るのは、僕が一番最後だったから。

「おーっす」

いつもと同じように、いつもと同じ挨拶で部室へと足を踏み入れる。

だが、そこはいつもと違い、気味が悪いほど静まり返っていた。
……放課後ここでバカみたいにはしゃいでいる連中は…もう誰も居ない。

敷居をまたいで部室の中へと足を踏み入れると、
部室の中の冷たい空気が寂しそうに僕を迎え入れてくれた。

窓の外に移る夕焼けの中から一生懸命練習をする運動部の連中の声が聞こえる。

初めてかもしれない。
この部室でそんな声を聞いたのは。

「……ここって、結構広かったんだなぁ……」

誰も居ない部屋の中を見渡して改めて感じさせられる。

「帰ろう」

この時、僕の頭の中はどうかしていたのかもしれない。
恵が最初からこの世に居なかったと思えばどうって事無い。
この部室にも最初から誰も居なかったと思えばどうって事無い。

そう考えてしまっていた。

「…時夜」

部室のドアの前に差し掛かった時、
正面から少し驚いたような言い方で僕の名を呼ぶ声が聞こえた。

「隆二……」

顔を上げるとそこには僕より全然がたいが良くて、
脳みそまで筋肉なんじゃないのかと感じさせられるほどの男が立っていた。

「へへっ…やっぱさ…まっすぐ帰ろうと思ったんだけどよ、ここに来ないと落ち着かなくな」

男は何だか照れくさそうに頬をかいた。

そして、僕を押しのけると部屋の中へとずかずか入り込んでいく。

「ぷはぁー!!やっぱりここは落ち着くぜ!!」

男は大きく伸びをするとそう言って部室の隅にカバンを投げ捨て、
どかっと部室の中心辺りに座り込んだ。

「あら?時夜に隆二…やっぱり貴方達も来たのね」

呼ばれてみて振り返ると、
何だか細長くてなよなよしたおかまっぽい男が僕の目に映し出された。

「おう!浩輔!!」

「うふふ、やっぱりここに来てからじゃないと帰れないわよね」

先ほどのがたいのいい男に呼ばれて、
おかまっぽい男は僕の横をすっと抜けて部室の中へと入っていく。

そして、先ほどがたいのいい男がやったようにカバンを部室の隅に投げ捨てると、
彼の傍にちょこんと座り込んだ。
その動きを見ていると、すっっと言うよりぬるっっと言うほうが適切かもしれない。

「…時夜、そんな所に立ってると邪魔だ」

またも僕の名を呼ぶ声が聞こえて、
その後すぐに何やらスリッパのようなもので頭を叩かれた。

「………」

叩かれた箇所をなでながら振り返ってみると、
いかにも性格の悪そうな根暗そうな印象の男がそこには立っている。

「大樹!!いつものやろうぜ!いつもの!!」

「…良いだろう……今日こそ締め上げる!!」

「あら?確実に負けてる方が多いのに強気ね?」

根暗そうな男は二人に呼ばれると右手に持ったスリッパで左手をパンパンと叩きながら部屋の中へと入っていき、
先ほどの二人と同じようにカバンを部室の隅のほうへと投げ捨てて、
彼等の傍に座り込んだ。

「なんや?時夜は参加せぇへんのか?」

…何だか今日は随分と名前の呼ばれる日だ。
声のした方へと振り返ると、いかにも元気っ子と言った感じの女の子が明るい笑顔で立っていた。

「なぁなぁ!うちも仲間にいれてーな!」

女の子はその見た目と同様の元気っぷりで、
スキップしながら部室の中へと入ってくる。

「何だお前?俺達に勝てると思ってるのか?」

「あ!そう言う事言うんやったら、うち絶対8ださへんから!!」

「ちょっと由紀!!7ならべで8をださないのは邪道よ!!」

「まぁ…勝負は勝てば良いんだ、勝てば…」

4人は部屋の中心で円を組み楽しそうに笑っている。

「…時夜さん」

振り返るとそこには、見た目も美しく落ち着いた雰囲気の女の子が立っている。
先ほどの元気っ子とどことなく顔つきが似ているような気がする…。

部室の中の4人はゲームに夢中になっていて、
女の子がやってきた事には気がついていないようだ。

「どうやら、全てを話すときがきたみたいですね」

女の子はそう告げると、僕に向けてにこっと微笑み、
そして部室の中へと入っていった。

「はいはいはい!!みんな!!ちゅうもーく!!」

窓際まで歩いていくと、女の子は手を叩きながらそうやってゲームに夢中な彼等の視線を自分へと向けさせた。

「あれ?沙希…恵ちゃんは?」

「あら…いつもなら沙希と一緒に来るのにね?」

「今日は時夜が最初におったんやし、恵が最後でもおかしくないやろ?」

「……いや、時夜が早いのは別としても恵が遅いのはまさか…?」

4人は口々に何やら告げている。
……どうやら誰か一人足りないようだ。

「皆さん、ついに今日と言う日が来てしまいました。
皆それぞれに覚悟はしていたと思います。
ですが、いざやってきてみると私の胸は恐怖で張り裂けてしまいそうです」

窓際に立つ女の子が真剣な表情で喋り続ける。
先ほどまでバカ騒ぎしていた4人も真剣な表情で彼女の話に耳を傾けている。

「決戦は最後の時を迎えようとしています。
ここ、MO学園…別名、天使禁猟区と……我々、チームガルディアの……」

女の子がそう告げると、その場に居た全員が僕のほうへと視線を一転に集める。

「時夜、逃げるところなんて、もうどこにも無いんやで?」

「……由紀」

「恵ちゃんは俺達の仲間だ!!お前一人で背負い込む事なんて無いんだぜ!」

「……隆二……」

「確かにアンタは力は強くなったけど、あたし達がついててやんないと心の方はまだまだ心配だもんね!」

「浩輔……」

「時夜、恵を好きなのはお前だけじゃない」

「…大樹……」

窓際に立っていた女の子が僕のほうへとゆっくりと歩み寄ってくる。

「時夜さん…私達はチーム…だけど、リーダーの貴方が信頼してくれないと私達も力を発揮できません。
…さぁ、一緒に……皆で一緒に戦いましょう!!」

そう言うと、女の子は僕に手を差し出してくる。

「沙希……」

気がつけば、他の4人も僕のすぐ傍まで来ていて、
皆で円陣を組んでいた。

「さぁ!!リーダー!!」

僕は彼等の組む円陣の中にゆっくりと足を踏み入れ、
一人一人の顔を順番に眺めていく。

…いつも見ていた仲間の顔だ。
しかし、今は一人……恵が足りない。

「みんな……!!」

「おぅ!!」

「チームガルディア!!!」

「ファイト!!」

もう、逃げる必要なんて無かった。
僕の居場所がこれからもここにある限り。




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