「終始」



それははじまるのだろうか?

それとも何もかもが無くなるのだろうか?

消えてしまっても探せばまた見つかるのだろうか?

どんなに終わりが来ても、消滅は決してしないんだと思う。

だって、僕達もまた生き続けているのだから。





翼をもがれた天使はもう空を舞うことは出来ない。
僅かに穴の開いた翼でももう空を舞うことは出来ない。

自らの血で翼を真っ赤に染めた天使が僕等の前に立ち尽くしている。
鋭い目つきでこちらをにらみつけながら。

「うぉぉあああああ!!!」

空間が割れそうな程の雄たけびをあげると、
それは僕に向かって突貫してくる。

周りにいる他の人物は完全に目に入っていないようだった。

目は血走り、研ぎ澄まされた爪が恐ろしく、
彼がむき出した鋭い歯も真っ赤に染まっていて、
天使どころか悪魔と言っても誰も疑わない形相をしている。

「はぁああ!!」

振り下ろされて来た爪を剣で何とか受け流し、
僕は彼の懐に飛び込んだ。

無防備な行動と思われるかもしれないが、
長く伸びきった彼の爪をかわすにはこれが一番だと判断したからだ。

「食らえ!!」

予想通り、彼の長すぎる爪ではすぐに反撃にうつる事が出来ず、
次の瞬間には、僕が手にしていた剣は彼の身体をざっくりと貫いているのだった。

もっと苦戦を強いられる相手だと思っていたが、
その後、彼は言葉を発すること無く静かに倒れていき、
そして数秒後には絶命した。

「レッド、恵ちゃんはもう大丈夫だ」

先ほどまで治療に専念していた隆二が僕のそばに立っていた。

「…そっか、ありがとう」

ほっと胸を撫で下ろす僕だが、
それと同時に僕の目の前に倒れる彼の姿に空しさと悲しさがこみ上げてきていた。

「それと、もう一匹の奴は落ちた時にいっちまったみたいだぜ」

…彼から流れ出ていた血は赤く、
その外見はほとんど人間と変わりは無い。

しいてその差を述べるなら、
彼の背には白くて大きな翼があった。
自由に空を舞うことが出来た。

ただ、それだけだったような気もする。

彼等と戦う事は、僕たちの身を守るためには致し方ないのかもしれない。
だが、彼等は何のために戦うのだろうか。

何のためにルシファーに従うのだろうか。

もしかしたら、僕等人間は彼等に決して許されないような大罪をおかしているのではないだろうか。
…もしかしたら、僕等人間が生きていること事態が彼等にとっては気に食わないのだろうか。

「時夜、考えすぎる悪い癖出てるよ」

僕の手を小さく柔らかい手が包み込み、
それと同時に声が頭の中に響いてきた…。

「恵…」

ハッと気がつくと、僕の目からはなぜか涙がこぼれてきていた。
安心感?不安感?恐怖感?怒り…悲しみ…。

何もかもが当てはまっているような気がしないでもない。

僕は、恵を強く抱き寄せると、声を上げて泣いていた。
誰の為なのかも何の為なのかもわからず、ただ涙が止まらなくて……。



次の日、目覚めれば最近見慣れてきた天井だった。
そして、聞こえてくるのは最近聞きなれたまな板で野菜を刻む音だった。

…時代って意外と時が進んでも発達しないものは中々しないんだなと。

じいちゃんの持ってた漫画でも、
まな板で野菜を刻む音で目覚めていた人がいたっけか…。

うまそうな味噌汁のにおいに引かれて、
僕はふらふらと台所へと足を向けていた。

ご飯、玉子焼き、焼き魚、のり…。
綺麗に並べられた食品とテーブルを囲む5人の……ん?

「おっす、時夜」

「相変わらずお寝坊さんね、時夜は」

「パジャマくらい部屋で着替えてでてきいや」

「…眠そうだな…俺も眠いが……」

「おはようございます、先にご飯いただいてますね」

…突然に勢ぞろいなのは…流石になれてきたけど…。

「何で朝からみんな人の家で飯食らってんだよ〜〜〜〜!!!!」

……朝の目覚まし番組を見ながら爆笑する彼等に、
僕の叫びはまるで外を走る車のエンジン音のように誰も気に留めることは無いのだった。

「……顔洗ってこよう……」

…僕の叫びを聞いてくれていた恵が、
笑顔で僕にタオルを差し出してくれるのだけが唯一の救いなのだった…。



それから、その日が日曜日だった事に気がつき、
もう一度寝ようとした時の事だった。

「時夜、ちょっときーや!」

「いてて!耳を引っ張るな!!」

かなり強引にそういい僕を茶の間へと引っ張っていく由紀。
…漫画じゃないんだから本当に耳がちぎれるってのに………。

由紀の手を振り払い、僕は彼女の歩く先へと黙ってついていく。

「おせーよ、時夜」

台所へと到着すると、待ちくたびれましたと言う感じに隆二が言った。

何が遅いのかさっぱりわからなかったけど、
僕は、由紀に促されるようにして空いている椅子に腰掛ける。

「それじゃ、本日のメインイベントのはじまりですね!」

すると沙紀が、どこからともなく謎の箱を取り出し、
それをテーブルのど真ん中に置いた。

まぁ、謎の箱といっても、見るからにケーキの箱なんだけど……。

「じゃーん♪」

嬉しそうに箱からケーキを取り出し、
満面の笑みで僕に微笑みかけてくる沙紀。

「な、なんですか?」

あまりにもまぶしい笑顔に僕は思わずたじろいでしまう。

「時夜ったら、今日が何の日か忘れたの?」

「今日?」

ケーキ、イベント、今日……。
いや、そんな特別思いつかないと言うか……。
朝からケーキってのはありなんですか?

「……本当にわからないのか」

大樹が少々あきれた感じでぼそっとつぶやくが、
本当に何なのかさっぱりわからない。
はて…今日は何の日だったのか……。

そんな時、僕の隣に座っていた恵が、そっと僕の手をとった。
その表情は満面の笑みで、何だかよくわからないけど凄く楽しそうだった。

「誕生日おめでとう、時夜」

「え?あ…ありがとう」

「それ!今や!!」

「わ…!!ちょ!!こら!!!」

由紀の掛け声と共に、全員が僕に向けてクラッカーを解き放ってきた。
…みんな爆笑の嵐だったが、こんなもの人に向けて放ってはいけない。
幾ら音の出るだけのクラッカーだからって……。
良い子は絶対に真似しちゃ駄目だぞ?

「誕生日おめでとう!時夜!!」

「あ…ありがとう」

その後、全員が誕生日の歌を何故か輪唱で歌ってくれて、
何だか頭の中がぼーっとしていた僕だったけど、
その歌が終わった時に初めてこの現実を理解する事が出来たのだった。

「そうか、誕生日だったのか。今日って」

「自分の誕生日くらい覚えときや!」

「うーん……」

何と言うのか、ここ最近は現実離れしたことが多すぎて、
日にち感覚も曜日感覚も全くなくなっていた。

だけど、そんな中でも、みんなは僕の誕生日を知っていてくれて、
そして、こうやってイベントまで行ってくれるなんて、
本当にありがたかった。

「僕、誕生日なんて言ったっけ?」

「恵さんに聞き出しました」

僕の隣で久しぶりのケーキにがっついていた恵は、
顔に生クリームをつけたまま、
グッとガッツポーズを決めていた。

「時夜〜」

「何だよ」

すでに酒が入っているのか、
と言うかお前未成年だろと思いつつ、
何だか怪しい口調で由紀が僕の傍に近寄ってきた。

「キスまだ〜?」

「は……?」

由紀のその言葉に、他の4人、
特に男どもが怪しく目を光り輝かせたのは言うまでも無い。

「何?恵ちゃんの誕生日プレゼントはキスだって?」

「あら!それは素敵ね!!」

「……キスしろ」

その後、キスコールが湧き上がったが、
当然、人前でする訳なんか無いし、
恵が顔を真っ赤にして煙を上げぶっ倒れてしまったので、
そんなことやってる場合ではなくなったのだった……。

「人前でキスなんて出来るかーーーー!!!」



その日の夜は、まるでお祭りの後片付けのようで、
全員が帰った後の僕等の家は凄く静かだった。

「今日は本当に何かと思ったよ」

普段はあまり手伝わないのだけれど、
僕は恵の隣に立ち食器の片づけをやっていた。

「でも、凄く楽しかったなぁ」

手を動かしているので恵と話す事は当然出来ない。
彼女はただ黙ってうなづき続けてくれていた。

「こんな日もたまには良いよね」

僕が黙り込むと、カチャカチャと食器が重なる音だけが響く。
時代も時代なんだから全自動くらい置いてくれよと思ったりもするけど…。

「恵の誕生日の時にも盛大にやろうな」

食器を洗う手を休めないまま、
恵がそっと僕の肩に寄り添ってきた。

「恵?」

泡だらけの手では頭をなでてやる事も出来なかったけど、
そのままの状態で僕等は静かにただ食器を洗い続けていた。

「うん、大丈夫。恵の誕生日は絶対忘れないから」

熱い夏の日、肩から感じる彼女のぬくもりは優しくて、
あわただしかった日々を全て忘れさせてくれるようだった。




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