「辿り着いた曲がり角」



僕達は旅をしていた。

果てなく続く真っ直ぐな道を。

だが、僕達は奇蹟を目撃する。

ありあえるはずの無い真っ直ぐな世界で……。

僕達が辿り着いたのは曲がり角だった。





恵は泣いていた。

あれからずっと泣いていた。

僕等は明日殺される。
何も悪いことなんてしていないのに。

恵はまだまだ泣いている。
昨日、死刑を宣告されてから、ずっと泣いている。
寝る間も惜しんで、一晩中泣いている。

その姿を見て、不憫に感じたのか、看守が僕等にケーキを差し入れてくれた。

恵は、涙と鼻水でぐしょぐしょになりながらそれを食べていたが、
食べ終えると、また泣き始めた。

相変わらず声は出ていない。
だが、恵の手を握れば恵の声が聞こえた。

そして、背中には、変わらず白い翼が生えていた……。

それから暫くして、ボロボロに泣きじゃくっていた恵が、僕の手を取った瞬間……。

「ば!爆弾だーー!!!!!」

牢屋内に強烈な破裂音が響き渡り、辺り一面を、一瞬にして煙が覆い始めた。

僕等の周りも、徐々に煙で巻かれ、あっと言う間に視界が利かなくなる。

「恵!!!!!!」

僕は無我夢中で、握っていた引き寄せ、抱きしめた。

恵は、最初は少し戸惑っていたが、
少しして安心したのか、そっと僕に身をゆだねた。

僕は黙って恵を抱きしめ続けていた。
恵と二人なら、このまま果ててしまってもいい。
心からそう思いながら……。



それから、どれくらいの時が経ったのだろう。

煙がすっかりと消え去った頃、僕等の牢屋の前に、2人の女の子が立っていた。

「こんな状況でラブラブしてたらあかんで!」

「…しょうがないでしょ?明日無くなる命と思ってたんだもん」

バリバリの大阪弁?らしきもので、
牢屋の外から罵声を浴びせてくる気の強そうなショートカットの女の子と、
それを宥める、おしとやかな感じのロングヘアーの女性。
だが、どことなく同じ顔に見えるのは、気のせいだろうか?

「なぁ、アンタ、富樫 時夜か?」

突然ショートの女性の方が、こちらに話し掛けてくる。
…そして、何故か僕の名前を知っている。

「そうだけど……」

僕が躊躇いながらそう答えると、ロングの女性の方が、
囁くように、だが張りのある声で告げる。

「話は後です!死にたくなかったら、私達について来てください!
あ、でも、道中名前くらいわからないと、色々困ると思うので、自己紹介だけは。
私は、【陣内 沙紀】(じんない さき)それで、こっちは妹の【由紀】(ゆき)宜しくお願いします!」

それだけ言うと、沙紀と名乗った女性は、笑顔を崩すことなく、
無言で鉄格子をこじ開け、「さぁ!来てください!」
と、僕等を先導するように走り始めた。

妹の由紀の方も、「はよくるんやで!!」と言い残し、
それに続いて走り出す。

恵は、非常に不安そうな表情で僕を見ていたが、
どうせ明日尽きる命だし、それに悪い奴らにも見えなかった……。

「恵!行こう!!」

恵を先導するように立ち上がり、僕は声を上げた。

最初は、不安そうに少し躊躇っていた恵だったが、
やはり同じ気持ちを感じたのか、「うん!」と強く頷き、勢い良く立ち上がった。





刑務所を抜けた先には、一台のヘリが止めてあった。
沙紀が、そのヘリに乗るように促してきたので、
僕達は、導かれるまま、そのヘリに乗り込んだ。

由紀は、全員が乗り込んだ事を確認すると、操縦手に発進の合図を送る。
すると、ヘリは驚くほどの速さで上昇し、
あっと言う間に刑務所から遠ざかっていった。

…僕等は脱獄してしまった。
たったの爆弾1つと2人の少女の助けによって…。

こんな簡単な事で、本当に良いのだろうか?

そんな思いが頭を過ぎり、ふっと口を開く。
だが、その思いは言葉にならなかった。

と言うより、出来なかった。
そう言う方が正しい表現方法かもしれない。

まるで、自分の娘を見守る母親の様な優しいまなざしで、
沙紀が、恵を見つめていたから。

僕の言葉は音にならず、その優しいまなざしに吸い込まれていった。

「あいた!」

だが、後方から聞こえてきた間抜けな声により、
僕は、あっと言う間に現実に戻される……。
何事かと振り返ってみると、
由紀が、なにやらゴソゴソと何かの準備をはじめていた。

これは関わるべきではないと本能的に感じた僕は、
再度、恵と沙紀の方へ視線を戻す。

この時、僕は、自分の中から一気に血の気が下がるのを感じた。

固まったままの表情で空を見上げる恵の姿が、まるで本物の人形の様だったから。

時折見せる瞬きが無ければ、
人形その物と言っても過言ではないだろう。

背中から生えた白い大きな翼が、余計にそのイメージを強くさせる。

…気がつけば……僕は、彼女から目を離すことが出来なくなっていた。

良い意味ではなく、悪い意味で。
不安で…目がそらせなかったんだ。

もし、今、目をそらせば、恵が二度と僕の視界に入ることは無いのではないか?
そんな想いが心の中をよぎったから……。





それから、どれくらいの時間が経過したのか、
空が夕焼けで覆われ始めた頃、沙紀が静かに立ち上がる。

「富樫さん、到着しましたので、ヘリから降りてください」

降りてください。
そう言われても、ここは上空だった。
由紀が、降りる為と開いた入り口からは、凄まじく冷たい風が入ってくる。

僕は入り口から顔を出し、下を覗き込む。
見たところ、ざっと地上2000メートルと言った所だろうか?
計算できる訳ではないが、気持ち的にそれ位の高さはあった。

「どうやって降りるんだ?」

僕が不安げに尋ねると、
由紀が、無言のまま僕に背負い鞄を投げ渡してくる。

そして、恵にも同じ背負い鞄を投げ渡す。

よく見てみると、沙紀と由紀は、すでにその鞄を背負っていた。

「えっと、これはパラシュートですね」

そう言うと沙紀は、
修学旅行のバスガイドのような口調で、パラシュートの使い方を説明してくる。

いくらバカでも、ここまでやられたら理解するであろう。
彼女達は、僕等にパラシュートを使って、この高さから飛び降りろというのだ。

「本当は、下まで降ろしたいんですけど、ヘリポートが無いんですよね」

沙紀は説明を終えて、そう言うと、「では」と笑顔で降下していった。

それに続き、由紀も「腹くくるんやで!」と言い残し降下していく。

僕は、ドアの所に立ち、下を覗き込む。
思わず、ゴクリと音をたてて息を呑んだ。

恵の方を振り返ると、
恵は、鞄を抱きかかえたまま、
目に涙を浮かべ、フルフルと首を振っていた。

その姿を見て、僕は自分を情けなく思った。
僕が恐怖していたら、恵は更に恐ろしくなるに違いない。
沙紀と由紀だって、悪人には見えないが、どこの誰かもわからない人間だ。
僕以外、恵を守れる人間は居ないんだ。

「恵」

僕は恵の名前を一度呼び、静かに彼女を抱きしめる。

「恵の事は、必ず僕が守るから」

恵は震えていた。

見た目ではわからなかったが、抱きしめていれば、はっきりとわかる。
本当に小さくて、本当に恐がりなんだ。

しかし、僕の言葉を聞いて少し安心したのか、
静かに笑顔を浮かべると、鞄を背負い、入り口に向かって歩き出す。

そして、一度、僕の方を見て微笑みを浮かべ、
大きな深呼吸後、自分の鼻をつまみ、まるで、プールにでも飛び込むかのような体制で、降下していった。

恵のパラシュートはすぐに開かれた。
どうやら大丈夫そうだ。
僕はそれを確認した後、覚悟を決め、降下を開始した。

もう戸惑いは無かった。
恵を守る為には、恵に恐い思いをさせない為には、僕が男にならなくてはならない。

そう感じていたから。

ある程度の高さに達した時、僕はパラシュートを開いた。

「あ、あれ!?」

だが、開くどころか、僕の背負っていた鞄のパラシュートを開く紐は、
パラシュートを開く為に引くだけのはずなのに、抜けなくて良いはずなのに、完全に引き抜けてきていた!!

僕は、軽いパニック状態に陥る。
とにかくパラシュートを開こうと、
鞄を叩いたり、紐が出てきていた箇所に指を突っ込んでみたりする。

だが、開くはずは無い。

こう言う時、プロなら冷静に対処するのだろうが、
インストラクターが一緒なら、どうにかなるのだろうが、
僕は全く普通の学生で、スカイダイビングの経験など持ち合わせているはずも無い。

学校では、勿論スカイダイビングなど教えてくれるはずも無い。

そうこうしているうちに、地面が僕の目の前へと迫ってくる。
先に降り立った恵が、僕の様子を見て、慌てふためく姿を確認できるほどの高さだ。

もう、パラシュートが開いたとしても助からない。

僕は覚悟を決め、目を閉じた。





……………だが、僕は生きていた。

ものすごい着地音が辺りには響き渡り、
それと同時に、僕が着地した時に巻き起こした砂煙が、激しく立ち上っている。

「大胆やなぁ……しっかし、あの高さから落ちて平気とは流石や!」

感心した様子で、そう囁く由紀の声が聞こえた。

僕はハッとして顔を上げる。
恵は、ポカーンと口をあけたまま固まっていた。

その気持ち、わからないでもない。
普通の人間なら、パラシュートも使わずにあんな高さから落ちて、無傷で居ることがおかしいのだ。

僕は、不良パラシュートをよこした由紀に、あてつけの様に鞄を投げつけてやった。

「なんやねん!!」

それに対し怒声を上げる由紀だったが、
僕は、当然のようにそれを無視し、身体にまとわりついた砂埃を落としていた。

そんな僕の元へ、笑顔で歩み寄ってくる沙紀。

「富樫さん…ようこそ、MO学園へ」

「え?」

「詳しくは理事長室でお話しします…恵さんの翼の事も知りたいでしょう?」

そう告げるとスタスタと歩き出す沙紀。

「ん…?」

そんな時、何やら後方から引っ張られる感触を感じた。

振り返ると、そこには、心配そうな表情を浮かべた恵が立っていた。

「何とも無いよ、何でだかね」

僕が笑顔でそう答えると、恵もそれに答えるようにニコッと笑い、僕の腕を取った。
まぁ、普通あんな高さから落ちてきたんだし、心配になるよな…当然……。

「アンタ等、ホンマ仲ええなぁ…正直羨ましいわ。
ほな、理事長室案内するから、ついてきてや」

ちょっと皮肉っぽい言い方でそう言うと、
由紀は、僕等を先導するようにゆっくりと歩き始める。

僕と恵は、顔を見合わせ、
互いの気持ちを確認するかのように一度、小さく頷きあう。

そして、彼女達のあとに続いて、MO学園と呼ばれたその建物の中へと入っていった。






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