「霊媒師 前編 無病息災、家内安全、転地革命!」



俺の名前は、『神谷 陣 (かみや じん)』フリーター、19歳。
彼女は居ない。友達と呼べる人物も一人も居ない。
そして、仕事も無い。だけど、不景気だからって、家業を継ぐつもりも無い。
うちは代々神社を経営する家系。継ぐならば神主って奴になるんだろうが…。
その神主って奴が、普通の神主だったなら継いでたかも知れないんだけどな…。

【霊媒師】って知ってるよな?
俗に言う、神霊や死者の霊と通じうる媒介者の類。
うちの家系は代々そう言う霊媒術を賄いとして飯を食ってきたそうだ。
ま、俺に言わせれば、【詐欺的行為】何だがな、特に俺の親父、『神谷 礼二 (かみや れいじ』は。

【口寄せの術】何て言っておきながら、
前もって依頼人の過去を洗いざらい調べ尽くし、適当に話をあわせる。
そんな事をやっている。それでばれないのが不思議なんだが…。
アホな事に労力を費やすくらいなら、そのまま探偵にでも転職する事を勧める。

だけど、何から何まで詐欺って訳じゃないぜ?
俺の母さん、『神谷 秋菜 (かみや あきな)』。
母さんは、強すぎた能力の為に、霊に取り付かれ、そのまま帰らぬ人となったらしい。
ガキだったから、殆ど記憶には残っていないんだが、一瞬の光景がしっかりと目に焼き付いている。
霊が母さんに乗り移った瞬間なのか、
一瞬の表情が人間のものとはいえないほどにおぞましい者へと変貌したその時だけが記憶にあった。

そして、神社と言えば、期待するよな?可愛い巫女さん!
勿論、うちの神社にだって、巫女さんは居る。
俺の、姉貴、『神谷 瑞穂 (かみや みずほ)』。
世間一般では美人で優しいと評判何だが、
俺に言わせれば常に猫をかぶっている【鬼人】だ。

姉貴の作った飯に文句でも言ってみろ。
瞬きをしている間に血の海に沈んでいる。
まあ、そんな猫っかぶり姉貴のおかげでうちの神社の評判は上々だ。
親父の霊媒を詐欺とわかっていても、姉貴が笑って見せるだけで男は大喜びだからな。知らぬが仏。

だが、本当に姉貴が恐ろしいのは、それだけじゃない。
奴は、人の心を読みことが出来るんだ。迂闊な事を考えてみろ。
素敵な赤い絵の具で素晴らしい朝焼けが描けるはずだからな。

しかし、その為に苦しんでも居る。
知らなくてもいいことまで知ってしまうから。
俺の前では自然に暴力姉貴を振舞っているが、
やはり他人にはどうしても心を隠してしまうのだ。

姉貴が何故俺の前だと自然に振舞えるのか、
それは、姉貴は何故か俺の心だけは読み取る事ができないからだ。
意識していて読み取らないのではなく、読み取れない。
ただそれだけに、姉貴の中での俺の存在はかなり有難いものらしい。
俺は暴力姉貴をやられていい迷惑なんだけどな。

最後に、俺、神寺 陣。
俺にはかなり強い霊力があるらしい。
昔から、普通は目にも映らない霊と接する事が出来た。
だから、俺とかかわりを持とうとする人間は一人も居ない。

独り言の多い気持ち悪い奴と、誰も近寄ってこないからだ。
まぁ、典型的な虐めと言う奴にはあっていたが、喧嘩で負けた事は無い。
俺が喧嘩で負けるのは、この世でただ一人、姉貴だけだ。

母さんはいつも、俺には力があるから立派な霊媒師になれ。と言ってはいたが、
実際俺はそんな物に興味は無い。第一、霊なんて呼んでどうするんだ?
下手をすれば、命を落としかねないのに、見ず知らずの他人のわがままの為にそんな事できるか?
冗談じゃねえよ。俺は、俺の為に、生きる。
他人何て、関係無い。



ある晴れた日の昼下がり。
俺は、非常に気分がさえなく、ムシャクシャしたまま近所の公園で一服していた。

遊びに来ている近所のお子ちゃま達がかなり五月蝿い。
だが、奴等の方が先客だ。後から来た俺が文句を言う事はできない。
ここはひとつ、大人らしさをアピールする為に、クールにいこう。

そう、例え、サッカー中のお子ちゃま達にボールをぶつけられた所で。
例え、俺と目があっただけで子供が泣き出したところで。
その泣き出した子供のお母さんに怒られたところで・・・。

不満でしょうがねえ!!!
何故、俺がこんな目に合わないとならないんだ!!!

ここにいても余計に気が落ちるだけ、家に帰ってゲームでもするか。
そう思い、ふと、視線をあげると、ガキどものサッカーをしている光景を羨ましそうに見ている子供の霊が見えた。

その霊は、ちょうど、このお子ちゃま達と同じくらいの年の霊で、
たぶん、幼くして命を落としたって奴なんだろうと思う。
別に、何てことの無い、よく見る光景なんだが、
その霊は、俺の視線に気がつき、こちらへ走り寄ってきた。

「僕が見えるの?」霊はそう問いかけてくる。

俺は、また口を開けば独り言の多い気味の悪い男と思われるだろうと考え、
辺りの様子を気にしながら一度、小さく頷く。
すると、霊は、只今の快晴の天候より晴れた眩しい子供らしさ満点の笑顔を浮かべ、俺に訴えかける。

「僕と一緒にサッカーしようよ!」

正直、即答で、無理!と答えたかったが、
あまりにも純粋な笑顔に、俺は引きつった笑顔で返し、頷くしかなかった。



霊の少年の名前は『慎也 (しんや)』と言うそうで、
サッカーが大好きで、将来はメジャーリーガーになりたいそうだ。
Jリーガーだろ?と突っ込みたかったが、子供の浅知恵。そこは理解して流してあげるのが大人。
いや、逆に間違いを訂正してやるのも大人なのかもしれないが、まあ、俺は細かい事は気にしない性質なので流せ。

俺は、慎也をうちの神社の境内へと連れてきて、
霊力で作り出したサッカーボールを使い、サッカーの相手をしてやった。
さすがに人目につくところで何も無い空間を蹴る姿は非常に怪しい光景だと思ったからだ。

楽しそうにボールを蹴る、慎也。
しかし、現実の空間で霊力を凝固し、何かの形を保ち続けると言うのは非常に疲れるもので、
母さん程に修行を積んでいる人ならばそうでもないのだろうが、
俺の様に俄仕込み程度だと、腕立て伏せと腹筋を同時に行いながら長距離マラソンを走っているようなものだ。

「あ、そろそろ帰らないと!ママが心配してるから!」

日も暮れかけてきた頃、慎也は、「楽しかったよ!ありがとう!」と言って、
霊の癖に丁寧に神社の階段を駆け下りて帰っていった。
それと同時に、夕食の買い物を終えたのであろう姉貴が階段を上ってきた。

姉貴は、満面の笑みで階段を駆け下りていった慎也を見て、
「陣、あの子どうしたの?」と尋ねてくる。

当然と言えば当然なのだろうが、こんな時くらいは俺の心を読んでくれれば手っ取り早い。
が、それができないので、めんどくさいが俺は一から説明してやる。
こう言う時、漫画等は本当にシーンを飛ばせば説明が終わっているから便利だと思う。

一通り説明を終えると、姉貴は嬉しそうな表情で、

「陣、今夜はアンタの好きなカレーにしてあげるからね!」

と言い残し、家の中へと入っていった。
よくわからんが、俺の好物を作ってくれるのならばそれ程に嬉しい事は無い。
姉貴の奴はがさつな性格で部屋の片付けもろくに出来ないのだが、料理だけは非常に美味い。

その姉貴が俺の好物を作ってくれるのだ、感無量と言わずになんと言おう。
たまには、人助け、いや、霊助けもしてみるものだな。
と、密かに思うのであった。しかし、姉貴よ…。

「買い物に行くときも巫女服着てんじゃねえ…」

正直恥ずかしい。だが、巫女服姿だと商店街の親父どもがオマケしまくりだそうで、
更に、写真撮影などで一回千円など金をとっているらしい。
やはり、奴は猫をかぶった鬼人だ。





その日の夜、食いすぎて動けなくなるほどにカレーを食べまくった俺は、
満足気分のまま眠りにつこうとしていた。

だがしかし、一度は眠りについたはずだったのだが、
何故か胸に引っかかるものがあり、夜中に目がさめる。

「丑の刻…」

なんつう時間に目がさめてくれるんだか、
嫉妬深い女がねたましく思う人を呪い殺すために神社に参謀する時間。

別に、女にねたまれるような記憶も無いんだが、
少々気になるので、俺は何気に窓から鳥居の方を眺めてみる。

「案の定…か」

そこには一人の女がいた。
頭上に五徳をのせ、蝋燭をともして、
胸に鏡をつるし、呪う人を模した藁人形と釘と金槌とを手に携え…。

だが、どう見ても、生ある人間ではない。
姿格好は確かにそれその物なのだが、足が地面に面していない。

「気持ちわりいったらありゃしねえ…」

女は、俺の声が聞こえたのか、鋭い目つきでこちらを睨み付けてくる。
一瞬寒気を覚えたが、弱気になっては取り付かれてしまう可能性がある。
俺は、反射的に霊を睨み返す。

「あ…やべっ!!」

気がついたときには遅かった。
霊と目を合わせる事、それ即ち!

「何やってんの!!!バカ!!!」

突然に部屋の中に声が響き、俺の後ろ頭に強烈な捕縛感が感じられた。
俺は勢いよく後ろに引き寄せられ、そのまま転倒し、強く後頭部を床にぶつける。

「ぐえっ!!」

霊と目を合わせると、簡単に取り付かれてしまう。
特に霊力の高い人間だと、取り付いた霊が力を持ってしまうので危険性も高い。

「あ、あぶねぇ…助かった、姉貴」

姉貴は、俺の言葉に答える事無く、窓から外の様子をジッと窺っている。

「どうやら、今日の所は消えたみたいね。」

ホッとした様子で、姉貴は、「陣、次からあんなバカな真似しないでよね。」と言い残し部屋を出て行った。

確かに姉貴のおかげで助かった。
しかし、奴はこんな時間まで何をしていたのだろうか?
いつもなら、現在の年の十二支パジャマに着替えてご満悦な表情で眠りについている頃のはずだ。

ちなみに、現在の十二支パジャマは勿論、羊だ。
パジャマにも着替えずに巫女服のままで居たと言う事は、何か感ずるものでも合ったのだろうか?
それとも、ただの残業みたいなものだったのだろうか?

どちらにしても、今日は姉貴に感謝だな。
それにしても、あの女の霊、何故ここにやってきたのかわからないが、気をつけないといけないな…。



次の日の朝、またも快晴。冬場の癖にいやに暑さを感じる。
昨夜の出来事を思い出せば寒気の方を感じててもおかしくない筈なんだがな。

何気に窓の外をのぞくと、昨日の霊少年、慎也が俺の部屋の方を見て嬉しそうに手を振っていた。

「やれやれ、今日も昨日の心霊サッカーの続きか」

俺は、手早く着替えを済ませ、茶の間へと降りていき、
テーブルの上においてあった食パンを一枚加え、外へと急ぐ。

「よう、慎也。今朝は早いな」

そう声をかけると、慎也は、「まあね」と一言言うと、表情を曇らせる。
そして、うつむいたかと思うと、突如真剣な表情で顔をあげ、静かに言った。

「昨日の夜、僕のママが来なかった?」

「ママ?参拝にでも来たのか?」

「違うんだ…」

慎也は苦しそうな表情で、ゆっくりと話を続けた。

聞くところによると、どうも昨夜の女は慎也の母親らしく、
慎也を愛しすぎた過剰の愛で、慎也は殺されてしまったそうだ。
しかし、本人は母の事を恨んでいるわけでもなく、今の状況もそれなりに楽しんでいるそうだが、
母の方はそうもいかなく、息子を殺してしまったショックで自殺し、
現在は、自分以外のものが息子と仲良くしている姿を見るのも気に食わない状態らしい。

なるほど、それで、昨夜の女は俺を取り殺そうとした訳か…。
そう考えると、生きた人間に殆どかかわりを持たない俺が恨まれるのも説明がつく。
だが、それで殺されるだ何てたまったもんじゃないよな…。

「それでね、お兄ちゃんにママを成仏させてあげてほしいんだ。」

「は!?俺にか!?」

突然の発言に驚き俺が取り乱していると、慎也は子供らしからぬ表情で静かに告げた。

「だって、僕の事が見えてる人っておにいちゃんが初めてだったんだ。
それに、他の人にはこんな事頼めないよ…お願いだよ!!!」

まあ、確かに見える人間は初めてだろうが、俺は見えるだけであって、
除霊等は専門外、知らんと言っても過言ではない。

だが、こんな純粋な子供の眼差しを俺は断れるのか?
俺のことを気味悪がって避けてきた奴等の頼みならともかく、こいつは今俺以外に頼れる人間が居るのか?

そう考えると、俺は気がつけば、「俺に任せておけ!」と答えてしまっていた。
慎也はそれを聞いて、最初に出会ったときに見せた快晴より眩しい笑顔で微笑む。

「陣!よく言った!!偉い!!!」

すると、どこからとも無く親父の声が響き、
何故かわからないが、神社の屋根の上から突然に飛び降りてくる。

「う…むぅ!!陣!すまんが助けてくれ!」

勿論、着地は失敗、いや、ある意味、漫画的には成功なのかもしれない。
普通なら即死であろうに、頭から着地し、地面に頭を埋もれる形になってもがいている。

「ふぅ、すまん、助かった。」

無理やり地面から引っこ抜き、親父を救出すると、親父は首をコキコキと数度鳴らし、
土まみれの顔のまま真剣な表情で告げる。

「陣よ!わしはいつかこの日が来ると思っていた!
お前が家業をついで、困った霊や人を助ける為に動いてくれる日が!!!」

親父は「くぅぅ〜〜〜!!」と声をあげ、涙を流しながら喜んでいる。

「いや、親父、今回だけ…」

しかし、そう言う俺の声は親父の耳には届いていなかった。
人の服のすそで鼻をかみ、懐から変な巻物の様なものを取り出し、読み始める。

「無病息災、家内安全、転地革命!」

訳がわからんが、何故だか、非常にその言葉を聞いた途端、
胸の奥で何かがこみ上げてくるような気がした。
正直、そんな自分がかなり恥ずかしくてしょうがないのは言うまでも無いだろう。

「さぁ、陣よ!今の呪文を叫ぶのだ!」

このときに、口からもれた言葉は、「はぁ!?」であったが、
何故だか胸の奥からこみ上げてくる熱い衝動を抑えきれず、
気がつけば俺はポーズまでつけて叫んでいた!

「無病息災!家内安全!!転地!!革命!!!!」

ショックだった、この言葉を言った次の瞬間、俺の中で熱いものが弾け、
そして、俺がいつも愛用していたジーンズとトレーナーと言う組み合わせが、
瞬きする間に神主姿へと変わっていたのだ。

格好がショックだったのではない。
自分の中にそんなお茶目な感覚と言うのか、
訳のわからない言葉で熱くなれるものがあった事にショックだったのだ。

「すげぇ!!どうなってんだ!?」

だが、思いとは裏腹に、口から出るのは何故か歓喜の声だった。

「素晴らしいぞ!!陣!!!後は、祖先様の守護霊が自然と身体に教えてくれるはずだ!!
さぁ、今夜は陣のデビュー戦だ!!!頑張るのだぞ!!」

「おぉ!!やってやるぜ!!!」

親父は大量の嬉し涙を流し大喜びし、俺は、何故か非常にハイテンションで、ノリノリ。
だが、この時に、隣で見ていた慎也が固まって言葉もはっせれなくなっていた事に気がついたのは、全て終わった後であった。






←前へ 次へ→