「霊媒師 後編 猫になった親父」



それからしばらくして、夜も更けてきた頃。
冷静さを取り戻した俺は、鳥居の脇に身を潜め霊の登場を待っていた。

隣には何故か緊張の面持ちで親父が構えている。
霊が見えないんだからここに居ては危険なだけだと思うのだが、
「息子の大事なデビュー戦だ!」と言う事を聞かないのでとりあえず放置プレイにする事にした。

で、慎也の方だが、さすがに自分の親が目の前で消え去る姿を見せるのもアレだと思い、
姉貴に任せて今は神社の中にいる。

普通ならば結界が張ってあって、霊が神社の中に侵入するのは不可能なのだが、
悪意を持たない霊ならば、結界等関係なく、中に入ることが出来るのだ。

と、そうこうしている内に、昨夜のいやーな気配があたりに満ち溢れてくる。
さすがに霊力がないと言っても、空気が変わった事はわかるのか、
親父の顔からはダラダラと大量の汗が流れ出してきていた。

「じじじ!陣!来たのか!?き、来たんだな!?」

親父は、ちょっと涙目でガタガタと声を震わせながら声をあげる。

「あのさぁ、親父。悪いんだけどちょっと静かにしててくんないかな?」

俺が淡白にそう答えると、親父は物凄い衝撃を受けました!
そんな顔でたじろぎ、どこから取り出したのか、母さんの写真を見ながらぶつぶつと独り言を言い始める。

「秋菜〜。陣が冷たいよぉ…。こんな子に育てた覚えは無いよなぁ…」

「しっ!黙って!来た…!」

正直、びびって逃げ出したくなった。
昨夜は遠くから見ただけだったから気がつかなかったのかもしれないが、
この恨みの念は異常だ。
何とか根性で踏ん張ってはいる物の、意識を失ってしまいそうだ。

足が震えて動き出す事も出来ない。
恐怖。そんな言葉が俺の中に大きく刻み込まれている。

「陣」

それを察したのか親父は俺の手を静かに握り、
なにやら渡してきた。

「それはな…」

それは何の変哲も無いただの数珠だった。

「それは、秋菜が、お前の母さんがいつも除霊のときに使っていた数珠だ。」

「母さんが…」

長い事使い続けた物にはその人の魂が宿ると言うが、
この数珠を持っているだけで母さんが傍にいるような気がして、
俺の身体に底知れぬ勇気があふれてくるのがわかった。

「ありがとう、父さん」

「おぬ?お前がわしを父さんと呼ぶとはな、明日は雨か」

「……間違えたんだよ!親父!!!」

そして、俺は、草むらから飛び出し慎也の母親の前に立ちはだかる!

霊は俺を見つけるや否や問答無用で攻撃を仕掛けてきた。
普通に考えればありえないことなのだが、
自らの髪の毛を無数の針へと変え、俺の元へと放ってくる。

俺はその髪の毛を護符で払いのけ、霊の元へと走り寄る!

「成仏させてやるよ!!!」

この札を貼り、呪文を唱えれば除霊は完了する。
案外簡単な物だ。

「ママ!!!」

その声に思わず俺は動きを止め振り返った。
そこには涙を流し立ち尽くす慎也の姿があった。

「陣!!!後ろ!!!」

慎也を追いかけてきたのか、表に飛び出してきた姉貴が青ざめた顔で叫び声を上げる。

だが、時は既に遅かった。
俺が振り返ったとき、霊の放った髪の毛針が俺の眼前へと迫って居たのであった。

「う、うわあああ!!!」

もうダメだ!!!
俺の心にそれだけがよぎり、動く事は出来ず、恐怖で思わず目を閉じてしまった。



死んだ。そう思うと、
足の力が抜け、地面へガクッと膝を落とす。

だが、身体の何処にも痛みは無い。
目を閉じたまま自分の身体をまさぐってみたが、
俺の身体は丸っきりの無傷。痛みなど微塵も無い。

すると次の瞬間、小さなうめき声と共に、俺の身体に何かがもたれかかってきた。
昔嗅いでいた懐かしい匂いと、それに血の生臭い匂いが混じって漂ってくる。

俺は、ハッとして目を見開いた。

「う…ぐ、陣、無事か……?」

親父の体は血で真っ赤に染まり、見る見るうちに顔から血の気が引いていく。

「お、親父!!何で!!何で俺を庇ったんだよ!!」

「ぐ…。だ、大事な息子が目の前で戦ってて身体がうずいただけよ…」

「な…霊力の無い人間が霊の攻撃を受けたらどうなるかわかってんだろ!!」

霊力の無い人間が霊に触れられると、その肉体はいとも簡単に…………。

「乗っ取られる…」

青ざめた顔色で力無く俺の腕の中に居た親父。
だが、その瞳は突然にカッと見開き、
そして人間の身体能力ではありえない、爪をまるで猫のように鋭く伸ばし攻撃を仕掛けてきた!

「ぎゃああああああ!!!」

「陣!!早く離れなさい!!」

「あ…あぁ、悪い…」

間一髪!姉さんが投げたお札が親父の顔面へと張り付いて、
その動きを静止させ、何とか攻撃を免れる事が出来ていた。
姉さんの行動が少しでも遅かったら、間違いなく俺は一撃であの世に葬られていただろう。

「くっ…親父……」

肌が土気色に染まった親父の顔は、
いつもの優しさにあふれる間抜けな表情とは違い、
邪悪な霊気が明らかににじみ出るようなおぞましい顔つきをしている。

「…陣、こうなったらもう私達はどうすべきか、わかってるわね?」

「あぁ…、親父ごと……除霊する」

「あなた一人にこの任をやらせるわけにはいかない。私も手を貸すわ」

「…わかった」

俺達は同時に親父に向かって突進する!!

「悪霊退散!!!」

「成仏しやがれ!!!」

先ほどの札の力で動けない内に、
俺達は印を刻み、霊を完全に成仏させてやる事に成功した。

「お父さん…さようなら…」

「忘れねえよ、糞馬鹿親父…」

親父の肉体から白い煙がゆっくりと立ち上り、
それは天空で二つに分かれ、そして…消える。

「除霊、完了…」

それは、俺達が親父と、そして慎也が母親との別れを示していた。

「ママーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

慎也の悲痛な叫びが、満月の夜、虚しく木霊した。



次の日、俺達は親父と、慎也の母親の墓をつくってあげていた。

「さっ、出来た。慎也君、一緒にお祈りしましょうか」

「うん!」

姉さんと慎也の目は、真っ赤に晴れ上がっていた。
…二人して俺の胸でよく泣いてくれたよ…。

「男は人前じゃ涙は見せないぜ…」

何てかっこつけたって、俺の目も真っ赤に晴れ上がっているのは秘密だ。

「さ、陣も父さん達にお祈りして」

「あぁ…」

俺は墓の前で手を合わせ、そして……。

「ふざっけんじゃねぇぇ!!!!!!!糞馬鹿親父!!!!!!」

と、心から叫んだ。
不器用な俺の精一杯な思い。
やりきれない悲しみをぶつける方法がこれしか思いつかなかったから。

「……陣…」

「お兄ちゃん…」

「…陣はいつまで経ってもわしに冷たいにゃー、秋にゃー…」

ん…?今何か変な声が聞こえたような…。

「………陣…」

姉さんが目を丸くして、俺の足元をジッと見ていた。
何かおかしなことでもあったのか、俺も自分の足元に目をやる。

「にゃんにゃんじゃー」

俺の足元に居たのは、ちょっと変な顔つきの黒猫だった。

「む、この子は見たことないにゃー。おい、陣、瑞穂、これが慎也かにゃ?」

「……猫が…喋ってる!?」

…慎也に言われてみて考えてみると、確かにこの黒猫は喋っていた。
しかも嫌に懐かしいようなどこかで聞いたような低いちょっと渋めな声で……

「ま…まさかこの声って……」

「と…父さん!?」

「…お前等何を驚いてるんだにゃ?
わしはどこからどう見てもお前等の父、神谷 礼二その人だにゃ!!」

『えーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』

俺達三人は声をそろえて叫んでいた。
当然といえば当然だ。死んだと思っていた親父の魂が、
なぜか今俺達の足元に黒猫の姿をして存在しているのだから…。

「……は、はは…姉さん…つまりどう言う事?」

「わからないけど…どうやら、父さんの魂は消滅せずに、
近くに居た黒猫の中に宿ってしまったみたいね。
そして、猫と言うのは元々強い霊力を持つ動物として知られている…」

「…更に、黒猫はその中でもトップクラスの力を持つと…」

「だから叔父さんが僕の事も見えるようになったんだね!!」

「むぅ??????にゃんにゃんじゃ?にゃんかよくわからんがきちんと除霊は出来たにゃか?」

「え…えぇ、そうね」

「おぉ!そうかそうか!よくやったにゃ陣!!瑞穂!!」

声の割には微妙に説得力が無いのは気のせいなんだろうか?
何故親父はにゃんにゃん言いながら喋っているのだろうか?
そう言わないと喋れないのだろうか?

何だかいろんな疑問と共に、嬉しさが。
しかし、それ以上に何故か怒りがこみ上げてくるのは、きっと気のせいじゃないだろう。

「まぁ、これからも、お前等のことビシバシ鍛えてやるから覚悟するんだにゃ!!」

「……姉さん、俺もう一回あの言葉叫びたい」

「奇遇ね、陣。私もそう思っていたところよ」

「じゃあ、一緒にこの馬鹿親父に向かって叫んでやろうか?」

「そうね、じゃあ…せーのでいきましょうか?」

「よし、いいぜ」

「…せーの!!!」

『ふざっけんじゃねぇぇ!!!!!!!糞馬鹿親父!!!!!!』

こうして俺達は、猫になった親父と、信也を迎え、
これからも霊と戦いながら、仲良く暮らしていくのであった…。

「わしを助けてくれてありがとにゃ、秋にゃ……」

偉大なる母の名において、
俺はこれからも恥じないように戦う事を誓うのだった。

「陣!!そんなへなちょこで霊に勝てると思ってるの!?」

家族と一緒に……。

「お兄ちゃん!サッカーしようよ!!」

ずっと、ずっと……。

「修行なんてやってられっかーーーーーーーーー!!!!」

いつまでも……。

「もし君が、霊に悪さをされて困っていたら、
わしらを呼ぶのにゃ!!合言葉は……そう!!」

「無病息災、家内安全、転地革命!」

「どこに居ても必ず駆けつけるにゃ!!」

「霊にお困りでしたら…神谷神社へ!!」

「……お前等……神主と巫女が勧誘行為してんじゃねーーーーーーーーーー!!!」

俺達は、相変わらず貧乏なのだった…。

                                       終幕




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