「天使と悪魔、舞い降りる」




ここは、人間が住む世界のずっとずっと高い、天空の彼方にあると言われる天使と悪魔の世界。
みんながイメージしているのと違って、意外と、天使と悪魔は仲良しで、
何事も力をあわせ、互いに協力しながら、日々楽しく暮らしていました。

「ちょっとバロ!!!アンタの羽根をもぎ取って地底に埋め殺してもいいのよ!?」

だけど、そんな中にも、例外は沢山存在します。

「うるせー!!無能ダリア!!まともに仕事も出来ねーくせに!!」

神様に任命され、コンビを組まされた一人の天使と一人の悪魔。
天使のダリアと、悪魔のバロ。

二人は、いつもいつも喧嘩ばかりしています。
本当は、お互いに仲良くしたいと思っているのに、
なにぶんどちらもひねくれた性格で、中々素直になれません。

「水汲みくらいまともにこなせ!このトンマ!!」

「女の子に力仕事させないでよ!ボケ!!」

そんなこんなで、二人がコンビになってから…早くも1年が経とうとしていました。



ある日、神様に呼ばれた二人は、神様の居る神の間へと向かっていました。

「突然にお呼び出しなんて、また何かやらかしたんじゃない?バロ」

「へっ、ダリアのノロマさのせいだろ?」

「な…なんですってー!!!」

案の定、いつもの如く喧嘩が始まります。
二人の目の前に、すでに神様がいたことにすら気づかずに。

「かぁーーーつ!!!!!」

神様が、天地をひっくり返すほどの大きな声を上げます。
それに驚いた二人は、びっくりして腰を抜かし、その場に座り込んでしまいます。

「お前達二人は、どうしていつもいつも喧嘩ばかりするのじゃ?」

神様は、小さくため息をこぼすと、二人に優しく問いかけました。

すると二人は、互いに顔を見合うと、
共に「こいつのせいだ」と擦り付け合い、
そして、またすぐに喧嘩を始めます。

「やめんか馬鹿者!!!!」

天地を揺るがす神様の怒声が、またも辺りに響きます。

二人は、怒られたことにしょんぼりとして、すっかり元気をなくしてしまいました。

「…わしが今回、お前達二人を呼んだのは、他でもない…その喧嘩じゃ。
本来ならば、共に仲良く仕事をしないといけないはずなのに、
お前達二人は、何かとすぐに喧嘩を始めてしまう。
わしは、お前達の将来が心配で心配で仕方ないんじゃ…」

そう言った神様の顔は、凄く悲しそうでした。

「ごめんなさい神様…」

「ごめんよ…神の爺ちゃん」

二人が謝ると、神様はニコッと笑い、二人の肩をポンッと叩きます。

「そこで、わしは、お前達二人に、特別な任務を与えることにしたんじゃ」

「特別な任務?」

「なんですか?それって?」

「…おい!誰かあれを持て!!」

神様がそう言うと、奥の部屋の方から、二つの箱を持って、天使長さんが姿を現しました。

「こっちの赤い箱の中身をダリアに、こっちの青い箱中身をバロに、それぞれ貸してやろう」

天使長さんは、黙ったまま二つの箱を二人に手渡します。

「ありがとうございます!」

「何かわかんねーけどありがとよ!」

二人は、神様から貰った箱を、嬉しそうに抱きかかえています。

「お前達二人は、その箱を持って、今すぐに地上に降り、
…このさえない少年、中村真史(なかむらまさし)の恋を成就させてくるのじゃ」

「…恋の?」

「成就だって!?」

恋の成就、それは天使と悪魔が共同で行う最初の作業です。
人間は、誰かと恋をし、そして愛を育んでいきます。

ですが、それは、決して単純なことではありません。
人間の愛とは、そんな簡単には生まれないのです。

だから、天使と悪魔が様々なトラブルを起こし、
二人の愛のストーリーを盛り上げ、
強い信頼関係と、思いやりの心を作るお手伝いをする。

それが恋の成就なのです。

「…ってことは?」

「まさかこの箱の中身って…!!」

「ダリアには天使の杖、バロには悪魔のフォークじゃ」

ダリアが神様から貰った天使の杖とは、
一振りすると、ちょっと嬉しいトラブルが起きるアイテム。

そして、バロの貰った悪魔のフォークとは、
一振りすると、ちょっと危険なトラブルが起きるアイテム。

これ等のアイテムは、しっかりと修行を積んだ人達じゃないと、
時々、とんでもない大事件を引き起こしてしまう危険なものなのですが…。

「さぁ、それを持って地上にいくのじゃ!!ダリア!バロ!!」

「か、神様!!!」

「ちょ、ちょっとまってくれよ!!!」

神様が、手に持っていた杖を高く掲げると、
二人の足元には、大きな魔方陣が現れました。

「恋を成就させるまで、絶対に帰ってくるでないぞ!!」

「そ、そんなぁ!!」

「待ってくれってばーー!!」

しかし、次の瞬間、二人の姿は、神の間から完全に消え去っていました。

「…神様、本当にこれで良かったのでしょうか?」

先ほど箱を持ってきた天使長さんが、心配そうに神様に声をかけます。
すると、神様はニコッと笑って、答えます。

「あの二人なら、必ずやってくれる。わしはそう信じておるんじゃよ」

その後、神様は、楽しそうにスキップをしながら、
自分の部屋へと入っていってしまいました。

「心配だ…いや、ダリアとバロじゃなくて…中村真史君とやらが…」

天使長さんは、大きくため息をつくと、
静かにその場から立ち去っていきました…。



そして、地上に強制的に飛ばされたダリアとバロは…。

「あぁーあ、なんもかんもダリアのせいだからな!」

「違うよ!!バロがいっつもバカだからだよ!!!」

「あんだとてめぇ!!」

「何よ!!やる気!?」

二人は、目からバチバチと電気を走らせ、にらみ合います。

しかし、すぐに我に変えると、同時に大きなため息をつきました。

「やめようぜ…」

「喧嘩したって始まらないもんね…」

二人は、がっくりと肩を落としてしまいました。

「バロ、とりあえず中村君って子を探してみようよ」

「…そうだな。えーっと、このガイドブックによると…」

「ガイドブック!?」

「あぁ、フォークと一緒に入ってた」

「ほえー……」

バロが、声に出してガイドブックを読み上げていきます。

「このガイドブックは、二人の仕事が、いい感じに進むようにいれておいたよ(はぁと)
今回のターゲット、中村真史(なかむら まさし)は、高校1年生、身長は163cm、体重は55kg…」

「結構やせ気味なのね」

「趣味が音ゲー。特技はプログラミングとピアノ。
好きな女性のタイプは…優しい子だってさ」

「…なんかオタクっぽい臭いがするんだけど?」

「でも、このガイドブックによると、ピアノは全国に行くほどの実力者らしいぜ?」

「オタクもやるわね!!」

「…オタクなのかこいつ?」

「うーん、見てみればわかるよ!とりあえず、そのオタクの所にいってみよう」

「いや、まだオタクだと決まったわけじゃ…」

そして、二人は中村君の所に向かって飛んでいきました。



そんな中、噂の中村君はと言うと…。

「中村ー、ここ教えてくれよー」

「中村ー、この間ネットでさー」

「中村ー、HPの作り方教えてくれよー」

「中村ー…俺、某チャンネルで叩かれたんだけどどうしよう…」

何故か男子生徒に囲まれていました。

実は、中村君の通う学校は、
男女の割合が、7・3と、女性の少ない学校で、
そんな中でも、更に、彼が居る情報工学科と言う所では、
男女の割合が9・1と、とっても少なかったのです。

「あー、ちょっと待ってよ。一人ずつ答えるから並んでー」

大勢に囲まれ、わーわー騒がれている中、
中村君は、非常に冷静に、一人ずつの質問に答えていきます。

「そんな頼もしい彼に、友情以上のものを感じている男性も多いはずです。
ほら、そこを見てごらんなさい。
彼の瞳は…恋する乙女のひ・と・み(はぁと)」

「……おい、ダリア」

「なに?」

「何でお前はいつも、そうやって男色に着色したがるんだよ!!」

「乙女のポリシー♪」

「そんなポリシー捨てろ!!」

「あ…!!ちょっと!!!」

バロは、ダリアの手から無理やりノートを取り上げると、
びりびりとやぶり捨ててしまいました。

「クソボケバロごるぁーーーー!!!」

「うるせぇ!!!いかれ脳みそダリア!!!」

…また、いつものように、二人の喧嘩が始まってしまいます。

「ありがとよ、中村」

「またよろしくな、中村」

「はは、今度から教えて君は放置な」

「中村ー!!頼むから見捨てないでくれー!」

「…知るかっ!」

二人が争っている間に、
授業開始のチャイムが鳴り響き、
教室内は静まり返っていきました。

「……まぁ、思ってたよりはオタクじゃないみたいじゃない?」

熱心にノートを取る中村君の姿を見て、ダリアが言いました。

「そうだな、でもしゃべり方がちょっと怪しいような…」

「うーん、とりあえず、あれが中村君ね、OKOK」

鞄からカメラを取り出し、レンズを中村君に向けるダリア。

「もっと近くじゃないとピントがあわないなぁ」

そう言うとダリアは、中村君の目の前まで飛んで行き、彼を激写し始めます。

そんな目の前に行ったら見つかるんじゃ?
なんて思うかもしれませんが、
天使や悪魔の姿は、人間の目では見る事が出来ないので、その心配はありません。

「よっし!OKよバロ!次のターゲットに行こう!」

「おー!…って……次のターゲットの情報がわかんねーんだけど…」

「あ、それなら私の貰った箱に入ってたガイドブックにあったよ?」

「それを先に言えよ!…んで?どんな奴なんだ?」

「ちょーっち待ってねー」

ダリアはガイドブックを手にすると、ゆっくりと声に出してそれを読み始めます。

「名前は姫野 彩子(ひめの あきこ)。
高校3年生、身長は160cmで、体重は…乙女に聞くな」

「そんなにデブなのか?」

「んー、でもこの写真を見る限り結構かわいいよ?」

「あ、本当だ…んで?」

「えーと、趣味はパソコン、声劇…」

「声劇ってなんだ?」

「ぐぐれ」

「…は?」

バロは、ダリアに言われた謎の言葉に、頭を抱え悩んでいます。
でも、ダリアはそんな事は気にせず、姫野さんのガイドブックを読み続けます。

「特技は、周りの人間を巻き込むこと。
でもって、クラスは情報処理科…こっちも中々オタクっぽい気がする…」

「うーん…それもまだ決まったわけじゃ…」

それはさておき、二人は、姫野さんの下へと向かいます。



二人が、姫野さんのもとにたどり着いた時、
時間は、すっかりと下校の時刻になっていました。

「わー帰ろうー!」

「あ…ちょっと姫ー!アンタ今日掃除ー!!」

「えー…帰りたいからやりたくない」

本当に嫌そうにそう告げた姫野さんは、
ロッカーから自分の鞄を取り出すと、素敵な100万ボルトの笑顔で走り去っていきます。

「姫野こるぁーーーー!!!」

女生徒の怒声が、走り去る彼女の背中を追いかけたのですが、
姫野さんの足が止まることは、決してありませんでした。

「…足……速いね」

「俺、もっとお嬢様をイメージしてたんだけど…」

「うーん、とりあえず追いかけてみようよ」

「そうだな、そうじゃなきゃ始まらない訳だし」

二人は全速力で空を飛び、かけていく姫野さんを追いかけました。

「うん…早く帰ってネトゲやりたいんだもんねー♪」

姫野さんは、華麗に自転車にまたがると、
競輪選手のように、ガショガショと物凄い音を立てて、かなりの速さで走り出します。

「今度こそ正真正銘のオタクっぽくない?」

「…ネトゲオタか…」

二人は、ぶつぶつと呟きながら、姫野さんの後を追いかけます。

「…なぁ?何で俺達アイツを追いかけてるんだ?」

「…さぁ?」

キキーッとブレーキをかけるように止まる二人。

「…うーん、どうせだから振ってみる?」

「振るってなんだ?」

バロの言葉に答えることなく、
ダリアは、鞄から天使の杖を取り出します。

「お、おい…大丈夫なのか?」

「さぁ?」

ダリアはニコッとバロに微笑みかけると、

「さくっと振っちゃうよ♪」

杖を思いっきり一振り!!

「おぉ?あれ中村じゃないか?」

「あ、本当だ、中村だ」

学校の方から、中村君がのんびりと、
鼻歌を歌いながら自転車をこいでやってきます。

それが杖の効果なのか、そうじゃないのか…それはよくわかりません。

「ぎゃーーーーーー!!!」

そして、二人が中村君を発見した直後の事です。
少し先の方から、姫野さんの断末魔の声が響き渡ってきます!

「勝手に殺すなーーーー!!!」

どうやら、姫野さんは、余所見をしていて、
思いっきりど派手に転んでしまったようです。

「凄い声ねー」

「とても女とは思えないな」

二人は、互いに酷い感想を言い合いますが、
天使と悪魔の声は、人間には聞こえません。

そして、後から来ていた中村君はと言うと、
姫野さんのあまりの声で驚き、固まっています。

「ほら!早く助けに行けよ中村!!」

中村君の背中を、バロが軽く蹴飛ばします。

「うわっ!!」

すると、中村君はもの凄い勢いで、姫野さんの方へと向かっていきます。

…言うまでも無いかもしれませんが、
人間と悪魔の力の差は、計り知れません。
なので、バロが軽く蹴飛ばしたつもりでも、
中村君にしてみれば、突然の強風に煽られたようなものだったのです。

「どいてくれーーーーー!!!」

中村君は、姫野さんに向かって一直線に…飛んでいました。

「くるなーーーーーーー!!!!」

まだ立ち上がれて居ない姫野さんは、
そんな中村君を避ける事は出来ません。

「うわーー!!!」

ダリアとバロも、恐ろしくて思わず目をそらします。

「あら…」

「おいおい…」

しかし、視線を戻した時、それは、とても笑えない状況になっていました。

「いきなりこんなの有りなの?」

「…天界のアイテムの効果ってすげーな…」

姫野さんに向かって飛んでいっていた中村君。
通常ならば、とても止まることは出来なかったでしょう。

ですが、中村君は、姫野さんの目の前で静止していたのです。

何故、そうなったのかはわかりません。
…そのままぶつかっていたら、二人とも命が危なかったでしょう。

もしかして、ぶつからなかったのは、
天使の杖の効果だったのかもしれません。

「ご、ごめん!!!」

「………は?」

この後、数秒間、中村君と姫野さんの間に言葉はありません。

「乙女としてはいきなり唇奪われちゃったらね…」

「うむー、偶然とは恐ろしい」

「元はと言えばバロが蹴ったのが悪いのよ」

「んだとぉ!!!ダリアが杖を振ったのが根源だろうが!!」

「なんですってぇ!?」

「やるってのかこならぁ!!!」

…また、二人の喧嘩が始まってしまいます。

しかし、そんな声が聞こえているわけの無い中村君と姫野さん。

「…帰る……」

そう呟き立ち上がると、
姫野さんは、静かに自転車にまたがりました。

下校の時にあった勢いは全くありません。

「姫野さん!!」

慌てて声をかける中村君でしたが…。

「もぅアンタの顔なんか見たくない!!!」

背中越しにそう叫んだ姫野さんの声は、震えていました。
そして、その後すぐに、姫野さんは、走り去っていってしまいました。

「なんで…こんな事に……」

自分の自転車を立ち上がらせると、
中村君は、ゆっくりとダリアとバロの前から去っていきました。

「なぁ、ボケダリア」

「…何よ、クソバロ」

「これって、嬉しいトラブルだったのか?」

「男としては多少嬉しいかもしれないけど、乙女にしてはズタボロじゃない?」

「だよなー」

沈みかける夕日を眺めながら、たそがれるバロとダリア。
二人とも、殴りあったせいで、そこらじゅう傷だらけだったのですが…。

「しかも、データによるとファーストちっすだったみたいね」

「そりゃ、姫野っちもたまんねーだろうなぁ」

「私なら、間違い無く中村をその場で刺し殺す」

「ダリアなら本気で殺りかねないな」

「バロが相手なら滅殺する」

「俺も、ダリアなら間違いなく地獄の業火で焼き殺す」

……この後、何故か二人の間に、長く重い沈黙が訪れました。

それは、完全に夕日が沈みきるまでの間、続きます。
…二人とも同じ気持ちで、不安で、一杯になっていたのです。

「私(俺)達、天界に帰れるのかなぁ…」

遠くの方で鈴虫が鳴いていました……。




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