- 「天使と悪魔の最初のお仕事」
「うぅ…どうしてこんな事になったんだろう……」
「中村の奴、あれから三日も経つのにずっとあの調子だな」
「そうね…って言うか、中村と姫野さんは知り合いって事はあったりするの?」
「なんでだ?」
「いえね、中村の奴が彼女の名前を呼んでたからそうなのかなって」
「ふむ…それはあまり覚えてねーけど…ガイドブックの9ページの、
『中村と姫野の現在の関係』と言うのによると、
年月が経つにつれ、互いに男女を意識するようになり、
年齢が少し離れていた事から、次第に顔をあわせても会話がしにくくなり、
偶然にも同じ学校に入ったのは良いが、
現在はきっかけが無いと口も利けない、疎遠な関係と書いてあるぞ」
「ふーん…それで、中村は姫野さんが好きなの?」
「えーと…このガイドブックの14ページの、
『二人の恋の感情は?』と言うのによると、
中村は、お姉さん的存在だった姫野に、今でも恋心を抱いているが、
姫野の方は、どちらかと言うと今更感があって、結構どうでもいい感じみたいだな」
「……って事は、今は中村の片思いって事?」
「そうみたいだな…しかも、あのスタートじゃ前途多難だぜ…」
「…そうね。とりあえず、別れて二人の様子を報告しあいましょう。
下手な鉄砲も数打てば当たるわよ!」
「……これ以上、事が嫌な方向に進まなければいいんだけどな」
「私達もあれから相当反省したんだし、きっとうまくいくよ!!」
「そーだと良いんだけど」
「大丈夫よ!これだけ生傷作ったんだから!」
「それは全部言い争いの結果だろ?…大人になろうぜ俺達も」
「……うざっ」
「……やるってのかよ!!」
「この恋が成就したら、次は、貴方を消滅させてあげる」
「望むところだぜ……」
「それじゃ…中村は頼むわよ、糞バロ」
「…任しときな。くずダリア」
バチバチと、怒りのオーラを溢れさせながら、
ダリアは、姫野さんの家に向かって飛び去っていきました。
「……とは言ったものの、どうしたもんか」
「うああああーーー!!!中村の野郎ムカつくーーー!!」
机を、ちゃぶ台のごとくひっくり返したり、
ベットを持ち上げては、思い切り叩きつけたり…とにかく姫野さんは暴れていました。
「うひゃ…こっちはこっちで荒れてるなぁ…もう三日も経つのに」
「呪ってやる…呪ってやる…呪ってやる中村…」
どこからともなく藁人形を取り出し、
五寸釘で壁に打ち付ける姫野さん。
「うわぁ……何か随分本格的…この人ちょっとやばいなぁ…」
「まぁ、ファーストキスだったけど、別にキスくらい減るものじゃないからいっか♪」
藁人形に釘を打ち付けてすっきりしたのか、ケロッとした様子で微笑む姫野さん。
そして、自ら散らかした室内を、いそいそと片付けだす。
「いきなり切り替えちゃったよ!?って言うかそんな安いものなの?!」
「あー…でもやっぱりむかつくぅ…!!!」
片付け終わると同時に、また暴れ始める姫野さん。
とにかく感情の起伏が激しい人のようです。
「……変な人…それにしても…随分でかい声で独り言を言うのね…」
「あきちゃーん!ちょっとお買い物行ってきてくれるー?」
階下から、姫野さんのお母さんが声が聞こえます。
「あ、はーいママー♪」
「す、すごい美しい笑顔…この子って、もしかして将来天才的な女優になるんじゃ…」
と、そんな時、ダリアの携帯電話の着信音が鳴り響きます。
「もしもしー?」
「おう、くずダリア」
「うん、なに?どしたの?糞バロ」
「実はな、中村の奴が、今から母親の言いつけで買い物に出るから、
姫野と、どうにか鉢合わせられないかなと思っ…」
バロの声をさえぎる様に、受話器の向こう側から、中村君のおぞましい叫び声が聞こえてきます。
「ぎゃあああああああ!!!!」
「な!何!?何今のすごい声!!」
「…いや……俺達が何かすることも無く、姫野と出くわしたみたいだ……」
恐ろしい形相で、中村君を追いかける姫野さん。
「中村ぁーーー!!!ここで会ったが百年目ぇ!!!貴様に引導を渡してくれるわぁ!!!」
「たーすーけーてー!!!」
「……姫野…恐ろしい子……!!」
悪魔のバロから見ても、姫野さんの顔は相当に恐ろしいものへと変貌していたようです。
「……すごいっ!面白そ…じゃなくて、
とりあえず合流して何とかしましょう!
中村が殺される前に!!」
「お、おう!!位置は常に通達していくから、それを辿ってついてこいよ!!」
「わかったわ!!」
ダリアが電話を切り、それを軽く放り投げると、
電話から、天使の様な白い翼が生えてきて、
まるで、ダリアを誘導するかのように、それはダリアの少し前を飛んでいきます。
「中村……死ぬんじゃないよ……!!」
何だか姫野さんのイメージが大きく崩れてきているような気がしますが、
ダリアは、バロと合流する為、全速力で空飛ぶ電話の後を追いかけました。
その後、無事、合流する事が出来たダリアとバロだったのですが、
とんでもない速度で逃げる中村君と、
それを追いかける姫野さんの事を、完全に見失ってしまっていました。
「……見失ったわね」
「アイツ等、本当に人間なのか?」
「天使と悪魔に走るだけで見失われる人間なんて、今まで聴いたこと無いわよ…」
「とにかく手分けして探そうぜ」
「そ、そうね!神様に何言われるかわからないし…」
場所は変わってどこかの小さい山の頂上。
そこには、大きな一本杉に追い詰められる中村君と、恐ろしい形相の姫野さんの姿がありました。
「なーかーむーらぁーーー!!!」
「う、うわぁーーー!!待って!!待ってよ!!あれは事故だったんだよ!!」
「事故で乙女の初キスを奪うのか!おどれはぁ!!」
「ご、ごめん…あれは本当に悪かったよ…何度も謝ろうと思ったんだけど…」
慌てた様子で中村君がそう告げると、
姫野さんは、さっきまでとは打って変わった様子で、
突如目に涙を浮かべ始めました。
「……謝ったらファーストキスが帰ってくるって言うの?」
「きゅ、急にシリアスモードにならないでよ…」
「私、初めては、絶対好きな人にあげようって決めてたの。…それを貴方は奪ったのよ?
…そうよ……謝られたってどうにもならないんだから…。
だったら、存在そのものを抹消して、記憶から完全にデリートするしかないでしょ?」
「……姫野さん…目が…マジだよ?」
この時、ほんの一瞬だけ、姫野さんの瞳から真っ赤な光が放たれたような気がしました。
と、後に中村君は語ったそうです。
「滅殺」
「………蛇ににらまれた蛙?」
しかし、そんな時、タイミング良くその場にダリアとバロがやってきました。
「あ、あそこに居たぞ!!」
「本当だ!!…何だか中村に迫る姫野さんから、メデューサみたいなオーラが出てるよ!?」
「うーむ…どうやら中村を殺るつもりみたいだな」
「落ち着いてる場合じゃないよ!!
もしここで中村が死んだら、私達一生帰れないんだからね!?」
「そ、そうだけど…俺達に何か出来…ってそうだ!!」
何か閃いたのか、バロは、カバンから悪魔のフォークを取り出します。
「…なに?どうするつもり?」
「振るしかねーだろぉーーー!!!」
バロは、力一杯悪魔のフォークを一振り!!
すると、フォークからはまばゆい光が放たれ、一瞬、光が辺りを包み込みました。
「い…痛い痛い!!」
中村君の痛みにうめく声に、二人は慌ててそちらに振り返ります。
「……あれってヤシの実だよね?…な、なんであんなものが?」
「…さぁ?俺に聞かれても……」
理由はよくわかりませんが、
彼等の居た一本杉から、無数のヤシの実が落ちてきていて、
それが、なぜか、中村君にだけ何度もぶつかっていたのです。
「しかし何で中村にだけ……」
「根っからの幸薄なんじゃない……?かわいそ……」
やがて、落ちてくるヤシが止まったと同時に、
姫野さんは、地面に落ちていたヤシを一つ、そっと拾い上げて言いました。
「ねぇ、まー君。ヤシの実を見て、思い出すこと無い?」
「お、思い出すこと?」
「……ほら、私が中学生になったばかりの時、
まー君の家族とうちの家族でハワイ旅行に行ったじゃない?
懸賞で当たった奴」
「あー…あの時はついてたね。二枚引いて二枚ともハワイ旅行だったなんて…」
「うん…楽しかったな。ハワイ旅行」
「……あきちゃん」
「でさ、まー君」
「なに?」
「…てめー、ヤシの木に登って、人の着替え覗いたの…忘れてねーだろうなぁ?」
「……………ぼ、僕は小学生だったから…まだその…女性の裸とか…えっと…よくわからなかったから…」
「とってもピュアな心の持ち主の中学生が、
裸を見られてどんな気持ちだったか…わからんとはいわせねーぞごるぁーーー!!」
「い、いや!でもさ!あんなところで着替えてた、あきちゃんも悪いと思うよ!?」
「……南国の暑さは、乙女を大胆にするの♪」
「…………………もう勘弁してよ…」
「あはは♪」
「あ、あきちゃん…目が笑ってないよ?」
「まー君、ヤシの実を脳天に直撃させて死んで」
「えぇぇぇーーーー!!!???」
地面を蹴る音、そして、それと同時に、また、姫野さんの目があやしく光を放ちます。
「うぉぉぉぉ!!!見ろよダリア!!
姫野の投球フォーム!!あれトルネード投法だぜ!?
しんじられねぇ!!すげえよ!!!」
「……私、野球って良く知らないからわかんないんだけど…」
「そ、そうか…っておい!あんな間近で、あんな投球フォームの奴の投げたヤシを食らったら、間違いなく死ぬぜ!?」
「…そうね」
「良いのかよ!!中村が死んだら帰れねーんだぞ!!」
「何か、凄くどうでもよくなってきて…」
「俺はよくねぇ!!!良いから黙って杖を振ってみろ!!」
「仕方ないなぁ…」
言葉通り、ものすごく無気力に、ダリアが杖を一振りします。
「お、おいダリア!!」
「…これって、目の錯覚じゃないよね?」
空を飛ぶ二人の目から見てもわかるくらい、
大地は物凄い轟音を上げ、激しい勢いで揺れはじめます!!!
「どどどど!どうしよー!!」
「地震なんて俺達にはどうしようもねー!!」
空で慌てふためく二人。
そんな中、中村君と姫野さんは……。
「いやぁーーー!!まー君!!地震怖いっ!!」
「…あ、あきちゃん…」
地震の恐怖に、我を忘れ、姫野さんは、中村君の胸に飛び込んでいました。
「おさまったみたいだよ」
「……怖かった」
目に大粒の涙を浮かべ、姫野さんは、中村君から離れようとしません。
「…なーんか、俺凄く納得いかねぇ」
「そうよね、さっきまで相手を殺さんばかりの勢いだった女があれじゃねぇ?」
「改めて考えてみれば、そんなにすごい地震だったか?」
「全然。街の方を見ても被害はゼロね」
「…音は凄かったけどな」
「空を飛んでると、地震が起きても何もわからないもんね…」
「まぁ、とりあえず結果オーライか?」
「すーっごく納得のいかない展開だけどね」
そんな不満そうな二人を他所に、
中村君の腕の中で、姫野さんは静かに語り始めました。
「…昔、二人きりで居た時にも、
今みたいに地震が起きて、私が凄く怖がってたら、
まー君…こうやって抱きしめてくれたよね」
「そ…そうだっけ?」
…中村君からは、照れていると言うよりも、
どちらかと言うと怯えているいった様子が感じられました。
…まぁ、あれほどのギャップがあれば、
多少の恐怖を感じていても、仕方が無いのかもしれません。
「うん…私、覚えてるよ。僕がついてるから大丈夫!ってね。
男らしかったな…まー君。
あの時、私、始めてまー君に男を感じたんだよ」
「へぇー…」
「しばらくこんな機会無かったから、全然わからなかったけど…。
こんなにたくましくなってたんだね…まー君」
「…あきちゃん」
一杯の涙を浮かべ、潤んだ姫野さんの瞳。
それをジッと見つめていた中村君は、段々と自分の胸の鼓動が高鳴るのを感じていました。
「す…好きだ!!あきちゃん!!」
そして、抱きしめる腕に力を込める中村君。
…が、しかし……。
「……調子に乗んじゃねーぞてめぇ?」
「……え゛?」
帰ってきた返答は、とても予想外なものでした。
「そんな事口走るには、まだ百億光年ほど早いんじゃーーー!!
素早く腰を落とし、中村君の腕の中から抜け出すと、
プロボクサーもびっくりする程の綺麗なフォームで、中村君のあご先目掛け一直線に拳を繰り出す姫野さん。
「そ…そんなぁ……」
なすすべなくそれを食らわされた中村君は、
血を吐き、鼻血をたらしながら、ゆっくりと、地面に倒れこんでしまいました。
「まぁ、でも、もっと男らしくなったら考えてもいいかな?」
素敵な笑顔でそう言い残すと、
姫野さんは、軽くステップを刻みながらその場から離れていきます。
「ま、待ってよあきちゃん!!」
慌てて起き上がると、中村君は、姫野さんの後を追いかけ走り出します。
「……それと、次告白するなら、ちゃん付けはやめてよね?」
そして、やっとの事で追いついた中村君は、
姫野さんから差し出された手を取り、
終始、笑顔を絶やす事無く、二人は立ち去っていくのでした。
「なぁ、ダリア」
「なによ、バロ」
「これって…恋、成就したのかな?」
「…したんじゃないの?」
「ラブラブだったよな?」
「手をつないで帰ってったわね」
「ってことはだろ?」
「……任務達成だと思うけど…」
「何も起きないな」
「うん」
と、そんな時、二人の目の前が、眩い光であふれ出しました。
「な、なんだぁ!?」
「天の国のお迎え!?そうよね!!きっとそうよ!!」
光が消えると、そこには天使長さんの姿がありました。
天使長さんは、嬉しそうに、素敵な笑顔を浮かべています。
「ダリア、バロ、お疲れ様でした。無事任務を達成できたようですね」
「おうよ!!」
「ありがとうございます!」
「そこで、私は、神様からお預かりしていた伝言を、二人に伝えに来ました」
「伝?」
「言?」
この時、二人は言葉では表しようの無い、
物凄い不安を感じていました。
「はい…お前等二人が居ないと、天界も平和で良いから、
あと10年は地上で修行を積み、自らの力で帰ってこられるようになるまで、しっかりと頑張るのじゃぞ。
とのことです」
「えーーーーーーーーーーー!!!」
「な、なんだよそれ!!!」
「それでは、お伝えしましたので、私はこれで帰りますね」
「待ってください天使長様ーーー!!」
「俺達も連れてってくれよーー!!」
二人の言葉を完全に無視し、天使長さんは不動の笑顔で消え去ってしまいました。
それから数分間、二人の間には重々しい沈黙が訪れます。
しかし、その後、同時に互いの顔を見合わせ、まずダリアが、ゆっくりと口を開きました。
「………バロ」
「………ダリア」
「とりあえずさ」
「中村達でももうちょっと構ってやるか」
「…うん」
「本当にさ」
「私達ってば…」
『いつ帰れん{の}(だ)よー!!!』
どうやら、二人の物語は、まだまだ始まったばかりのようです。
おしまい
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