- 「お掃除しましょ♪」
その日、文也は掃除当番で教室の掃除を行っていた。
「ったり〜……」
周りを見渡すと、掃除をしている生徒の姿は一人も無い。
「っちくしょ〜……裏表同じ模様のコインなんて卑怯だ…」
文也は、今日の掃除当番をかけて、クラスメイトと賭けを行ったのだが、
相手の策略にだまされて、たった一人掃除をさせられているのだった。
「はぁ〜、あ。こんな時に鈴が手伝ってくれたら楽なんだけどなぁ…」
窓から校門を見下ろすと、鈴が寂しそうな表情で、
教室のある当たりをじっと見つめているのが見えた。
「よっしゃ!一人でも頑張ろう!!!」
それを見て精気付いたのか、
気合いをいれてテキパキと掃除を開始し始める文也。
「……やめだ!!やめだやめだ!!!」
だが、その気合いは1分と持たなかった。
掃除を中断し、ごみ投げだけを済ませると、
机の列をそろえ、颯爽と教室を立ち去っていく文也。
「明日は柳沢でも無理やり拉致して一人で掃除させてやろう」
結局は手抜き掃除のまま、終わらせてしまう中途半端な彼であった。
そして、時は流れ土曜日の朝。
鈴は、なにやら化粧台に向かっておめかしをしていた。
「あらぁ〜!鈴ちゃん凄く似合うわ〜」
「…そ、そうかな?」
幸の支援を受けながら、楽しそうに自分にメイクを施す鈴。
幸は、鈴の長い髪を梳かし、昔、自分がつけていた物だ。
等と言いながら、様々なヘアバンドをつけては喜んでいる。
機から見れば、親子と言って誰も疑わないほどのほほえましい光景だ。
鈴の魔法により、宙を舞う化粧用品が無ければ……。
鈴と文也はファーストフードで軽く食事を済ませ、
近所の公園でノンビリと日向ぼっこをしていた。
「今日も暑いな〜、鈴〜、何とか涼しくしてくれよ…」
ベンチにだらしなくよしかかり、情けない声を上げる文也。
「ふとんがふっとんだ!」
「はぁ?」
「ふとんがふっとんだ!!」
「お前、何がしたい訳?」
「え……」
鈴はどうやら寒いギャグを言えば涼しくなると思ってそう連呼していたらしい。
「あのなぁ、鈴…って…ごぶぁ!!」
と、文也が何か言いかけて立ち上がった時、
突如彼の視界が何か重いものによってふさがれ、その場に倒れこむ。
「す、すいませ〜ん!!突然にうちのふとんがふっとんじゃって……」
若奥様と言った風貌の女性が、息を切らし、かけてきていた。
女性は、鈴達の前で立ち止まり、文也からふとんをはぎとると、
一度文也に対して謝罪し、こう一言残して立ち去っていった。
「このくらいの風でふとんって飛ぶんですね」
と………。
「鈴、お前って、面白い奴だよな」
「……面白かったんなら駄目だね、涼しくしてあげようと思ったのに…」
もちろん、ただの嫌味だったのだが、
そんな事に気がつかず、素直に受け止めてしまう鈴であった。
そして、その日の夜。
晩御飯を終え、お風呂にも入り、
鈴は自室にこもり宿題をしていた。
「鈴ちゃん、入ってもいい?」
ドアのノック音の後に、幸が静かにそう囁いたのが聞こえた。
「どうぞ」
鈴が答えると、幸はゆっくりとドアを開け、
無言のまま机に向かっている鈴の真後ろに座り込む。
「どうしたの?お母さん?」
黙って座り込む幸に不思議そうに声をかける鈴。
すると、幸はクスッと笑い、こう答えた。
「ううん、鈴ちゃんにお願いがあったんだけど、
あんまり一生懸命お勉強してるから言いづらくなっちゃって」
「お願い?鈴に?なに?」
「あのね、これなんだけど……」
そう言うと、幸は少し遠慮がちに鈴に一枚のチラシを見せる。
「ここ、この明日の町内ゴミ拾いの事なの」
「ゴミ拾い…?」
その内容は、明日、日曜日に町内会のゴミ拾い大会と記載された、
まぁ、1つのボランティア活動であった。
「そう、ゴミ拾い。ほら、文也って凄い掃除に関していいかげんでしょ?
だからね、掃除の大切さを学ぶ良い機会何じゃないかと思って。
私が言っても駄目だけど、鈴ちゃんのお願いなら文也も聞くでしょ?
これ…お願いしても良いかしら?」
鈴は、幸のそれに笑顔で一言。
「お母さんの頼みだもん!鈴、頑張るよ!」
と告げてガッツポーズを決めて見せていた。
「ありがとう、じゃ、これ明日の朝食と昼食代ね。
鈴ちゃん、くれぐれも文也のことよろしくね」
幸はなにやら心配そうな様子でそれだけを告げると、
「それじゃあ、おやすみなさい」と言い残し、部屋を立ち去っていった。
そして、日曜日の朝。
鈴と文也は、昨日も来ていた公園で、
町内の人達の列の一番後ろに参列していた。
「え〜、本日は、町内会のゴミ拾い大会に参加して戴き、真に有り難う御座います」
という一言から始まり町内会長の長ったらしい挨拶が続いていく。
「…………」
「…文也君、ちゃんとお話し聞いてる?」
こう言う時、いつも五月蝿い文也が、珍しく大人しくしている。
具合でも悪いのか、何だか心配になり、鈴は文也の顔をそっと覗き込む。
「……Zzz……」
「なぁ…!!!」
文也は、その話が退屈なあまり、
立ったまま寝ると言う器用な芸当をこなしていた。
「……文也君の〜〜〜〜バカぁ!!!!!!!」
怒りのあまり、文也を突き飛ばす鈴。
無意識に魔法を発動してしまっており、
文也は眠ったまま直立した姿勢で垂直に数メートル飛び、
そのまま先にあった木に思い切り激突した!!!
「ぐべらぁ!!!!!」
文也が激突した時にあげた奇妙な悲鳴で、
参列していた人達が全員同時に後ろを振り返る。
そして、全てを見ていた町内会長は、
言葉も無く唖然とした表情で口を開いたまま固まっていた。
鈴は、全員の視線が自分に集まっている事に気がつき、
慌てて表情を作り、不自然極まりない笑顔で微笑んでみせた。
「……おほん!元気があって、大変宜しい!!」
町内会長は、人間が数メートルも飛ぶ光景など、
とても信じる事が出来ずに、自分が見たのは幻覚だと、
まだ朝だから多少寝ぼけていたのだと。
そう自分に言い聞かせるようにそう告げたのであった。
それから、ゴミ拾い大会が始まり、
町内の人達と共に着々とゴミを拾い集めていく鈴。
一生懸命さもあり、鈴のゴミ袋はすぐ一杯になり、
何度も袋を取り替えては、また拾い集めている。
だが、肝心の文也は、かったるそうにしていて、
袋は殆ど空っぽのまま、あくびをしながらフラフラとあちこち歩き回っていた。
(むぅ〜…文也君が全然まじめにやってくれないよ…)
自分が一生懸命やれば、文也に掃除の大切さが伝わると思っていた鈴。
だが、文也はその姿を見ても、全くゴミ拾いをする姿勢を見せようともしない。
「よぉーし……」
鈴は小さくそうつぶやくと、文也に1つの魔法をかける。
「う…なんだ?」
すると途端に文也がゴミ拾いをし始めたではないか!!
それも、通常の人の三倍以上の速さで!!!!
「うん♪ちょっと無理やりだけど、文也君ならわかってくれるよね♪」
そう言って微笑み、ゴミ拾いを続ける鈴。
「う…おぉぉぉ!!!!と、止まらな……息が……でき…」
だが、通常の人の三倍以上の早さ。それはとんでもない事だった。
高速道路を生身で100キロのスピードで走っているほどの速さ。
車での走行だと考えれば別に大したことではないかもしれない。
しかし、生身の身体、人間の筋肉で其処までのスピードを出すという事は、
身体能力を極限まで引き出しても不可能な事。
「いやー、あの若い兄ちゃん凄いねぇ、あんなに速く動ける人見た事無いよ」
「俺もだぁ、一生懸命で関心するな」
「私たちも、負けてらんないね!」
周りの人たちは、その姿に感心し、
刺激され、更にゴミ拾いに性を出す。
(ふふ♪良かった、みんな文也君の事褒めてくれてる…
これで、文也君にも掃除の大切さが伝わるよね)
ゴミ拾いを強制させられている文也に優しく微笑みかける鈴。
当の文也は、ゴミを拾いながら泡を吹き、気絶していたのは言うまでも無い。
「みなさーん!そろそろお昼にしましょー!!!」
正午丁度になり、若い女性の声が遠くから聞こえてきた。
「わ、お昼だって、わーい♪」
そして、この時文也は、鈴の魔法よりやっと開放される。
「文也君、お昼ご飯行こうよ!」
楽しそうに声をかける鈴に、
文也は死にそうな様子でこう告げた。
「お前は俺を殺す気かーーーーーーーー!!!!!!!!」
「………ほぇ?」
時間にして約二時間。
途中から、亡くなった父親に、
川の向こうから手招きされかけていた文也なのであった。
その後も結局、文也がまともにゴミ拾いをする姿は全く見れなかった。
幸の願い、文也に掃除の大切さを伝える事。
結局鈴は、それを叶えてあげる事が出来なかった。
(お母さん…ごめんね…)
夕焼け空の帰り道、鈴は悲しそうな顔で文也の隣を黙って歩いていた。
「今日は、鈴のおかげで散々な日だったよ。
身体の節々は痛いし、折角の日曜だったってのになー」
「…ごめんね」
鈴は本当に申し訳なさそうにそう囁いた。
だが、文也はそんな事は気にする様子も無く平然と歩き続けた。
そして、途中、川辺に差し掛かった時、
どこからか、子供の声が聞こえてきた。
「……文也君、今何か聞こえなかった?」
鈴がたずねると、またすぐに声が聞こえた。
「助けて……!!!」
「川だ!!!!!」
文也のそれに振り返り、川の方を見ると、
子供が一人流されていくのが目に入った!!!
「鈴!!お前、確かペットボトル持ってきてたよな!?」
文也は鈴の返答を待つ事無く、
彼女の鞄を奪い取ると、中からペットボトルを取り出し、
3分の1ほどまで中身を減らすと、
川でおぼれる少年に向かってそれを投げ渡す!!!
「それにつかまれ!!!!!!」
少年は、言われるがままにペットボトルを手繰り寄せ、
すぐさまそれにつかまる。
すると、今まで必死で浮かぼうとあがいていた少年が、
まるで浮き輪でもつけているかのようにふわっと浮かび上がった。
「良しっ!!待ってろ、今行くからな!!!」
文也は着ていた上着だけを脱ぎすて、
鈴に手渡すと、素早く走り出し、何の迷いも無く川に飛び込んだ!!!
「文也君!!!!!」
「大丈夫だ!!!」
川の流れはそれ程急ではなかったが、深さはかなりのものだった。
少し中心へと近づくと、身長が180以上ある文也でも足が届かない。
きっと少年は、浅い川岸で遊んでいたが、
段々と奥へ向かい、足が届かなくなった事に慌てて溺れてしまったのだろう。
文也は少年の下へと泳ぎ着き、
そのまま彼を抱きかかえ岸へと無事戻る。
「うっうっ…!!お兄ちゃんありがとう!!!」
「…今度から気をつけろよ」
文也は少年の頭にぽんっと手を乗せる。
「ほら、兄ちゃんが家まで送ってやるからおぶされ」
「うん…」
鈴からシャツを受け取りそれを着用すると、
文也は、少年を背負い、ゆっくりと歩き始めた。
そして少年は、安心と疲れからか、静かに寝息を立て始めた。
「……今日は本当に散々な一日だったなぁ」
途中、文也が苦笑いしながら、そう告げた。
「そうだね、でも、鈴は最高の一日だったよ」
(文也君は、やっぱり優しいから…)
嬉しそうに微笑み、文也に寄り添う鈴。
「ちょ!鈴!!こいつが起きたらどうするんだよ!!」
「えへへ♪いいじゃん、恋人なんだから!」
「……まぁ、良いか」
少し照れくさそうに沈み行く夕焼けの中、寄り添い歩く二人だった。
だが、数十分後。二人は大事な事に気がついた。
「あれ?そういえば、こいつの家ってどこだ?」
「え…?」
そう、二人は少年の家を知らなかったのだ。
「どどど!!どうしよう!?起こすのもかわいそうだし…」
「と、とりあえず近くの警察に行こう…お母さんが心配して来てるかも知れないしな」
「うん…でも、あんまり遅くなったら幸お母さんも心配するよ…」
「警察についたら電話するよ、行こう。日が暮れちまう」
「…なんか、警察行くって変な気分…」
「俺もだよ」
大きな溜め息の後、二人は同時にこう呟いた。
「今日は、散々な一日だったね」
「今日は散々な一日だったな」
二人の背中を見送るように、夕日は静かに沈んでいった。
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