「夢が呼んでる」



吸い込まれそうなほどの青い空。
ふらふらと、風に乗り、空中遊泳を楽しむ鈴の姿があった。

「鳥さん、どうして空はこんなにも楽しいんだろうね」

鳥の言葉を理解しているのか、
それとも、ただ単に一人で楽しんでいるだけなのか、
独り言とも聞こえない言葉で空を舞う鳥たちに話し掛けていた。

「見て、家があんなに小さい」

地上を眺めると、高所恐怖症の人間にはとても耐えられないような高さで、
地面は落ちていくかのようにドンドンと、
鈴が空へ上昇していくとともに小さくなっていく。

「えへへー、やめられない止まらない〜♪」

何だか崩れた顔でふらふらと辺りへ飛び交う鈴。
それを追いかけるように、鳥達も鈴のあとを追う。

だが、鳥達は、突然に方向を変え、遠くに飛び去っていく。

「……?どうしたのかな…」

と、振り返ってみると、そこには巨大な翼をもつ、鉄の塊があった。
…一般的に、飛行機と呼ばれる機械の事だ。

「しょえええええーーーー!!!!!」

気がついた時には遅く、飛行機に激突されてしまった鈴。
だが、あんな小さな人間がぶつかったところで、
飛行機には大して障害ではない。

きっと、機内ではスチュワーデスが冷静に新聞紙でも配って回っているだろう。

「あーあわわわわ!!!」

鈴は、飛行機にぶつかられたショックで、
そのまま地上へとまっさかさまに落ちていく。

慌てて体制を立て直そうとするのだが、
あせっているせいか、いつもなら数秒で結べる呪文の印が出来ず、
なす術も無く、地上へと落ちてしまったのであった。



そして、上空から落ちた鈴は、打ち所が悪く、命を失な……。

「わぁぁ!!!生きてるよ!!!」

淡くってナレーションを遮ってまで生き延びていた鈴。
勿論、幾らギャグマンガでも、死ななければおかしなこの状態で、
生き延びていたのにはそれなりに理由がある。

まず、落ちた場所が超高層ビルで、100階建てのありえないほどに高いビル。
(そんなものが日本にあるのかという突っ込みは無し)
雲をも突き抜ける程の高さで、
その屋上には何故か大量の木々が咲き乱れ、落下の衝撃を減少させ、
そして、あとはギャグマンガと言う事に助けられ、
無事生き延びる事が出来たのであった。

「……どこだろう?ここ…」

そのビルの屋上はまるで、ジャングルの様な大森林となっていた。
右を見ても左を見て、木以外のものは目に入らないと言うほどに。

「…スイマセーン!誰かいませんかー?」

「……あなたの後ろに…」

鈴が呼びかけると、すぐに何か声が聞こえた。

「スイマセーン!!誰か助けてーーーーーー!!!!!!!」

自ら誰かと呼びつけていたくせに、流石にすぐに返答がきたのが怖かったのか、
それとも背後に気配無く立たれていたのが怖かったのか、
何も状況を確かめることなく、その場から逃げ去ろうとする鈴。

「…逃げられない」

先程の声が小さくそう呟いたのが聞こえた。

「う?あれ!?足が……!!!」

走り出そうとしても、足が動かなかった。
それどころか、だんだんと、その感覚すらも失われていくのがわかった。

「…侵入者……」

冷たい笑いが、空気すらも凍り付かせているかのように、
辺りは突然に静まり返っていった……。



鈴の目の前に、小さな少女が立ちはだかる。
先程の笑いの主、それがこの少女だった。

その瞳は、何か恨みを込められているかのように鋭く、
真っ赤な色が恐ろしさすら感じさせる美しさだった。

「あなたも私のお友達になるの」

少女は、鈴の眼前に右手をかざすと、
左手をなにやら怪しげに動かし始めた。

「……印?!」

少女が結んでいたのは、魔法を使う時に使用する印の1つだった。
それは、魔法使いである鈴にはすぐに理解する事が出来た。

「……手は動く…!!!」

鈴は、少女の結ぶ印に対抗する印、
そう考え全ての呪文を打ち消す浄化の魔法の印を素早く結んだ!!

すると、一瞬鈴の身体からまばゆい閃光のような光が発せられると同時に、
少女は鈴から数メートル先まで無防備に吹き飛ばされ、
思い切り木に背中をぶつけて意識を失った。

「……こんな所にも魔法使いが居たんだね」

少しほうけた様子で少女の様子を眺める鈴。
少女は気絶しているのか、全く動く様子は無い。

「もう日が暮れそう…帰らないと……」

空を見上げると、あたり一面が橙色に染まっていくのが見えた。

「……」

「ん…?今何か聞こえなかった?」

「……」

うめき声とも言えなくも無いかすかな声で、
今度ははっきりと聞き取る事が出来た。

「……た…すけ……て……」

びくびくしながら辺りを見回す鈴。

人の気配はしない、だが、その声だけはずっと聞こえてきていた。

「もしかして…!?」

声は、鈴の正面にある木から聞こえてきていた。
木の後ろではなく、木自体から。

先程鈴が唱えた魔法の余波を浴びたせいか、
わずかに呪文がとけ、かけられていた魔法がとけかけていたのだ。

鈴は、少し恐怖を感じながら、
うめき声をあげる木に近づいていく。

「助け…てくれ……」

勘違いではなかった、その木は確かに声をだし、
そして、鈴に助けを求めていた。

「…今助けるね」

鈴は大きく息を吸い込むと、
ゆっくりと印を結び、辺り一面に浄化の魔法を解き放つ。

辺りの木々は人間の姿へ変わっていき、
そして、大量に張り巡らされていた木々全てが、人間へと戻っていた。

「ふぅ…何だか珍しく魔法つかっちゃったなぁ」

魔力を使い果たしたのか、
少し疲れた表情でその場にペタンと座り込む鈴。

木々に変貌させられていた人々も、
元から魔力を持たない人間に魔力を宿されていた性か、
すっかり体力を奪われて、全員その場で寝息をたてていた。

「……あたしの友達……」

「え?」

声に振り返ると、気絶していたはずの少女が、
悲しそうな顔で鈴の服のすそをひっぱってきていた。

「あたしの友達…返してよ…」

少女は、今にも泣き出しそうな顔で、
それだけを繰り返し続けていた。

(そっか、この子はこうやって友達になったつもりでいたんだね…)

鈴は、その場ですっと立ち上がると、
少女の頭にそっと手を乗せ、少女に優しく微笑みかけた。

「あのね、君はお友達の作り方を間違えていたの」

「……間違えてた…?」

「うん、お友達ってね、無理やり作るものじゃないんだよ」

「……わからないよ」

「わからないよね、だから、お姉ちゃんと一緒に考えよ?」

「…お姉ちゃんと…?」

「うん、だからお姉ちゃん、君のお友達になりたいな」

鈴が言うと、少女は驚いた顔で恥ずかしそうに目をそらした。

「ダメかな?」

鈴がたずねると、少女は、慌てて首を振る。

「だって、あたし酷い事したと思う、あの人達にもお姉ちゃんにも。
なんか、お姉ちゃん見てたら急にそう思って……」

「なんだ、そんな事心配してたんだね」

「そんな事?そんな事なの?」

「うん、あのね、お友達にはすぐに仲直りが出来る魔法の呪文があるんだよ」

「魔法の…呪文?」

少女はポカーンと、口をおっぴろげたまま立ち尽くしていた。

「お姉ちゃんの名前は、伊丹 鈴って言うんだよ、君の名前は?」

「……あたし、【クリス】」

「クリス?良い名前ね、クリス。
じゃあ、今から魔法の呪文を唱えるから一緒に唱えてね」

「うん!」

ニコッと微笑むと、鈴は、ピッと背筋を伸ばして、
ゆっくりと深く頭を下げていく。

「ごめんなさい」

「…ごめんなさい?」

「そ、ごめんなさい。これが魔法の呪文だよ」

「……みんな、魔法で嫌な思いさせちゃってごめんなさい……」

「ほら!みんな許してくれた!」

「…うん…!!」

許してくれたも何も、周りの人間達は完全に眠っていて、
クリスの声も鈴の声も全く届いていないので、返事など出来る状態では無い。

「ありがとう!鈴おねえちゃんってすっごく優しいんだね!!」

「優しい…?鈴が?」

「うん!!あたし嬉しいよ!!」

「………」

クリスのその一言で鈴の中の何かが音を立てて崩れ去ったのは、いうまでも無いだろう。



それは、一筋の閃光と共に訪れた。

雷、そして、雨と雪が同時に降り、更に雹までもがと言う超怪奇現象。

それは、鈴達が居るビルのみに起こっていた。
窓ガラスは全てわれ、ビルには次々とひびが入り、
そして、突如アスファルトの地面が溶け出し、
100階建てと言うありえない高さのビルがドンドンと地面へと沈んでいった。

「鈴おねえちゃーん!!!!!」

クリスの叫びは鈴の耳には届いていない。

あんな一言ではありえない程に、
恥ずかしさが頂点に達しているのだ。

「鈴…そんなに優しいかな…えへへ…」

赤面症と言うわけでもないのに、
鈴の恥ずかしがり具合はとんでもなかった。

そして、非常に迷惑なのであった。

慌てふためくクリスをよそに、周りの人たちはのんきに眠っている。

雪がつもり、水にぬれて、コチコチに凍り付いているので、
眠っていると言うより、死んでいると考える方が自然なのかもしれないが、
とりあえず、みんな幸せそうな顔で寝息を立てて眠っているので、
死んでいるのではなくて眠っていると考えるのが自然なのだ。

どれくらいか時が流れ、
ビルは、屋上部分以外がぴったりと地面に埋まった頃。
鈴はやっと正気に戻り、慌ててその場からクリスをつれて逃げ去っていった。

その後、そのビルは、実はとてもいけない研究をしていたと言う事がわかり、
社員達は眠ったまま全員逮捕。
気象庁が総力をあげて怪奇現象を調べたが、当然原因はわからず。
地盤沈下に関しても、まるでそこの部分だけがブラックホールで吸い込まれたかのように、
地下を調べても、沈んだはずのビルの中が現れる事は無かった。

「この世には、科学だけでは解明できない様々な現象が、
まだまだ沢山存在しているのであろう」

その日の新聞には大きくそう見出しが載っていた。



その後のクリスだが、身寄りが無い事がわかり、

「家族が増えるのは大歓迎よ」

家に連れて帰って事情を説明した後、
すぐに幸が言ったその言葉で桜庭家の一員として迎え入れられていた。

クリスは、幸と鈴には非常に愛らしく子供らしい姿を見せるが、
何故か文也にだけは思いっきり敵対心を丸出しにしていた。

その理由は、鈴を独り占めする、幸に色々と便りにされている。
他にも色々とあるようだが、主な理由としてはその二つを閉めていた。

いきなりタライをふらされたり、空飛ぶパイに襲われたり。

文也は、これからも更に大変な日々を送らなければならないようであった。

「…やれやれ、とんでもない奴が増えちまったなぁ…」

疲れたようにそういい眠りにつく文也なのだが、
トラウマのように夢の中でも襲われているのであった……。






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