「ある晴れた日の衝突」



それは、ある日の事だった。
鈴と文也、二人が仲良く公園でデートをしていた時の事だった。

「……伊丹鈴…!!!許さない!!!」

必要以上の殺気を放ち、
それは、鋭い目つきで鈴を睨み付けていた。

「鈴、そろそろ日も暮れるし帰ろうか」

「うん!今日も楽しかったね!」

しかし、二人はそんな視線に気がつくことなく、
楽しそうに公園を立ち去っていく。

「…くっ!!逃がすか!!!」

影は、隠れていた草むらを飛び出し、急いで二人に近づいていく。
その姿は鈴に対して発していた殺気からは信じられない程に、
大人しそうで美しい少女であった。

「伊丹鈴!!絶対逃がさないわ!!」

「ふぎゃあ!!!!!」

だが、少女は急ぐあまりに自分の足元に気がついていなかった。

「……?何の音?」

少女が不安げに自分の足元を見やると、
そこにはうなり声を上げ、鋭い視線を少女に向ける一匹の野良猫であった。

「ふぎゃあーーー!!猫怖いーーーーーーーー!!!!!」

少女は、鈴達とは逆方向に、猫に追われて走り去っていくのだった。



次の日、校門にちらほらと登校する生徒たちの姿が目に入る。
時刻は8時半前、もうすぐに朝の始まりのチャイムが鳴り響く所だった。

「ふっふっふ…伊丹鈴!!
アナタがいつも登校に関しては一番最後なのは調査済み…!!
このチョークの粉をたーっぷり吸い込んだ黒板消し…!!
これを教室のドアに挟んでアナタに食らわせてあげるんだから…!!!」

昨日の少女が、怪しげな笑みを浮かべながら、
真っ白な黒板消しを片手に、登校する生徒にまぎれて歩いてくる姿が目に止まった。

鈴達の学校指定の制服を着ていない事から、
他校の生徒であることが伺える。

「この雪の様に白く染まった黒板消し…。
これを浴びればどんな人間だって苦しむはず…。
…でも、私の復讐はこの程度では終わらない!!!」

少女は、こみ上げる笑いをこらえつつ、
校内へと駆け出していくのであった。



少女は、チャイムが鳴り終わると同時に、
教室のドアの間に、今朝手にもっていた黒板消しを慎重にセットし、
もう片方のドアから生徒が全員そろっているのを確認すると、
そのままその場を立ち去り、職員室へと向かっていった。

少女が職員室に足を踏み入れようとすると、
一人の男性教員が、丁度ドアから出てきて少女に出くわす。

「おや…君は確か…」

教員は少女の顔を見ると、
手にもっていたクラス名簿をパラパラっとめくりはじめる。

少女は、それを見て、教員が言葉を発する前に、
ニコッと微笑み、こう告げた。

「はい!私、今日からこの星流高校に転入してきました、
神楽坂 円(かぐらざか まどか)です!!」

教員はそれを聞き、「おー、そうそう、神楽坂君だったね」
と、慌ててその場を取り繕うようにして微笑んで見せた。
どうやら、円が転入してくる事をすっかりと忘れてしまっていたようだ。

円が心の中で、「糞爺め…」と呟いていたのはここだけの秘密だ。



場所は変わり、教室手前の廊下。

「鈴!!走れ!!!!!」

「ま…待ってよ!!」

鈴は、文也に引っ張られるような体制で階段を上ってきていた。

「ほら!鈴!!もうついたぞ!!」

「…うん!!」

肩で息をしながら、後からきた鈴が慌ててドアに手をかける。

(今だ!それ開けろ!!!)

円は、ちょうど教員とそこにたどり着き、
その光景を遠くから眺めていた。

「なぁ、鈴?そういえば席替えしたんだから、
お前あっち側から入った方が近いんじゃないのか?」

「…あ、そう言えばそうだったね、うん。
鈴あっちから入るね」

(ちょっと待てー!!!!!)

心の中でものすごい形相を浮かべ、
円は叫んでいたのだが、そんな声が届く訳もなく、
鈴は見事に黒板消しトラップを避け、
文也が身代わりとなり、その大量に粉を含んだ黒板消しを頭からかぶらされるのであった。





その日の帰り道。

「はぁ〜、今日は散々な一日だったな…」

青ざめた顔で力なくつぶやく文也。

しかし、文也がそうなるのも仕方なかった。

決して文也の運が悪いわけではない。
鈴の運が良すぎる事によって、
円の仕掛けたトラップが、
一番傍に居る文也に全てぶつけられる形となっていたのだ。

体育の時間のマラソン。
この日はただ走るだけだったので、
男女共同にグラウンドをぐるぐると走っていた。

円は、転入してきたばかりと言うこともあり、
体操着が届いていないことから、この日は見学と言う事になっていた。

一応、前の学校の体操着はあるのだが、
特別持って来いといわれていなかったので、
この日、鈴を罠にはめるために、
前日時間割を聞かされていたにもかかわらず、
体操着はわざと忘れてきていたのであった。

(ふっふっふ、伊丹鈴、アナタが甘いものに目が無いのは調査済みよ!!)

前もって掘ってあった落とし穴に、
今日この為だけに持ってきた甘いものづめ弁当を落とし穴の中に設置すると、
作業用スコップをかまえ、鈴が落ちた時、
手早く穴を埋めるためのイメージトレーニングを開始する円。

そんなものは勿論、あまり意味がない。
結局、鈴がふらふらとやってきはしたものの、
手前で転んだ鈴につまづき、あとから追いかけて来ていた文也がその穴に落ちてしまったし、

窓を開けると、吸盤が頭についた矢が飛んでくる仕掛けも、
生徒の一人が暑さを訴えた時に、窓側の鈴が居眠りをしていたために、
学級委員長として空けさせられた文也に当たったり。

この他にも様々な仕掛けをほどこしていたのだが、
珍妙な行動で鈴には全て避けられ、
そのとばっちりがなぜか全て文也の下へとくだったのであった。

(こうなったらもう直接勝負をするしかない!!)

円は、心にそう決めると、
力尽きかけた文也と楽しそうに下校する鈴の前に立ちはだかった!!

「あれ?君は確か今日転校してきた…」

文也がそういいかけると、
円はそんな事お構いなしに叫んだ!!

「私の名前は神楽坂 円!!伊丹 鈴!!
魔道連盟の命令と、私の個人的な恨みにより、
アナタの魔力を消しにきました!!!」

「鈴の魔力を消すだって!?」

文也の言葉に、円は答えなかった。

「伊丹 鈴!!いざ尋常に勝負よ!!」

円が戦う為に構えを取った。
しかし、鈴はキョトンとした表情でこう告げた。

「……魔道連盟って何?」

「はぁっ?…伊丹 鈴、アナタもしかして頭パープリン?」

「むぅー!鈴パープリンじゃないよ!!!」

鈴は、円の言葉に不満そうにし、
ぷくぅーっと頬を膨らませて、子供の様に怒りを表している。

「魔法使いの癖に連盟を知らないなんて、
脳みそが枯れてるか萎れてるわよ!!」

「…酷い…鈴怒ったかんねー!!!!!!!」

鈴が、円に向けて黙って、手をかざす。
すると、突如!強風が吹き、円を吹き飛ばした!!!

「あーれー!!!」

円は、なす術も無く、傍にあった川へとまっさかさまに落っこちていく。

「いやぁーーー!!!」

その川は、物凄いドブ川であった。
匂いもさることながら、そのぬめり具合も最悪。

「落ちてたまるもんですかー!!!」

円は、すばやく印を結び、風の魔法を川に向けて放ち、
その反動で地面へと帰ろうと呪文を唱えた!!!

だが…………。

「どぶるぁ!!」

「いてぇ!!」

先ほどの鈴の魔法に巻き込まれた文也が、
円の上に降ってきて、円は文也にぶつかりそのまま顔から川へ。
文也は円の上昇してきた身体がぶつかり、
見事に川から脱出して地面へと着地。

どうやら、悶絶不運の持ち主の円が居たおかげで、
今日おきた中でももっとも最悪と言えるべき、
臭くてぬめりが酷いドブ川の落下だけは避ける事が出来たようだ。

「…文也君、あの人どうしよう?」

「…あの子も魔法使いみたいだし、自分で何とかするだろ?」

「そう…だよね!!」

そして、鈴と文也は逃げる様にして川から走り去っていったのだった。



それから、数時間後。
やっとの思いで川から這い上がった円。

「……覚えてなさいよ…伊丹 鈴…この恨み!!!忘れないんだから!!!」

そう叫ぶと、手早く印を結び呪文を唱えた。
すると、何もない空間から小さな手帳とペンが現れ、
円はそれを手にとると、ぶつぶつと呟きながら記入を開始した。

「今日、伊丹 鈴にドブ川に捨てられて、しかも見捨てられた。
……恨み銀行手帳に貯金完了っと。」

怪しげな手帳に記入を終えると、
大きなため息をつき、帰路へとつく円であった。



その頃、鈴と文也はというと、
自宅にたどり着き、晩御飯を食べながら、円の事を考えていた。

「なぁ、鈴、あの、神楽坂って子の事本当に知らないのか??」

「うーん、何だか引っかかってる気がするんだけど、わかんない」

二人は「うーん」と同時にうなると、食事の手を止めて考え込んでしまう。

「二人でうなってどうしたの?」

と、そこに、お風呂から上がってきた幸が、
不思議そうな顔で二人に声をかけてきた。

「あのね…」

鈴がとてつもない早口で幸に事情を説明すると、
幸は少し考えるそぶりを見せると、ぽんっと手をたたき、言った。

「神楽坂さんって、確か、以前にうちの隣に住んでた方よ。
なんでも、お父さんが冒険家の方でね、
ある日お母さんも突然にお父さんを追いかけて家を出て行ってしまって、
円さんは一人きりになってしまって親戚の方に引き取られていったはずだけど…」

そして、幸はそのあとに「たぶん、間違いないと思う」
と付け足しはしたが、確信には至らないのか、鈴達と一緒にうーんとうなってしまった。

その数分後に、文也がぼそっと言葉を発し、沈黙を破る。

「結局、なんで鈴のことあんなに目の敵にするかわからないな…」

「でも、きっとその内わかるよ!うん!」

「それまで俺はずっと今日みたいな目にあわないとならないのか…」

「文也君、今日みたいに鈴を守ってね」

「……卑怯だな…」

「むぅー?何が?」

「何でもない…。ま、しょうがねぇからな、出来る限り守ってやるよ」

「わーい!さっすが文也君!」

そのやり取りの一部始終を見ていた幸は、
遠くからクスクスと大人しい笑い声を立てる。

「二人とも、もう11時になるから寝なさい」

幸の言葉に素直にうなずくと、二人は階段を上り互いの部屋へと戻っていった。

「ねぇ、文也君、鈴の事守って一緒に寝よ?」

鈴が静かにささやくと、文也は顔を真っ赤に赤面させて、慌てた様子で、

「おやすみ!!!!!」

と言い残し、大急ぎで自室へと飛び込んでいった。

「むぅー、やっぱりダメか…」

少し残念そうに苦笑いをうかべると、鈴も部屋へと入り、眠りへとついていった。

「伊丹 鈴…!!覚悟!!!」

円が神社でわら人形に釘を打っているのにも気がつかず…。

「きゃああーーーー!!!自分の指打ち付けちゃったーーーー!!!」

今日も平和に、一日は過ぎ行くのであった………。




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