- 「紅の魔女」
私は今、一人北を目指して歩いてる。……はずだった。
だが、気がつけば日も暮れてきて、
とっくに城についていてもいいはずなのに影も形も見えない。
「お腹すいたな……」
よくよく考えてみれば、今朝から何も食べていない。
お腹がすいていて当たり前といえば当たり前だ。
そして、直後にお腹の虫が強烈な泣き声を上げ、
連鎖効果とでも言えば良いのか、お腹は更にすいていく……。
「あー!もう!なんで城につかないのよバカバカ!!!ぷりんのバカーーー!!!」
その場にドカッと倒れこみ大声で駄々をこねてみる。
しかし、当然の如く辺りはシーンと静まり返っていて、
心の奥底から虚しさだけがこみ上げてくるのだった……。
その後しぶしぶと立ち上がると、
私は自分自身に「よっしゃ!!」と気合を入れ、
周囲に何か食べられそうな木の実でもないか探して回ることにした。
「〜♪」
鼻歌を歌いながら少々歩くと、
道を少し外れた木陰の方より、
ほんの僅かだが水の流れる音が聞こえてきた。
「…川かな?行ってみよう!!」
私は音のする方に向かって只管かけていく。
背丈ほどまで伸びた草を掻き分け、
しっかりと耳をすませながら…。
僅かに聞こえる水の音だけを頼りに。
それから、ある程度進んだところで、
突然に草木の途切れた箇所が目に飛び込んでくる。
どうやら目的地に無事到着する事が出来たようだ。
「1名様ご到着ーー!!」
そこは、沢山の木々や草花が咲き乱れていて、
美しく澄んだ川が流れていた。
「凄い…何これ……」
この空間だけを切り取り別の世界に来てしまったかのような。
それ程までに神秘的で美しい光景が広がっていたのだった。
「綺麗…」
あまりの美しい光景に目を奪われていた私だったが、
カラカラに乾いた喉が痛みを発してきたので、
とりあえず川から水をすくいもうこれでもかと言うほどに飲みまくった。
「はー!とりあえず喉だけ生き返ったー!」
その後、多少の落ち着きを取り戻した私は、
この光景をゆっくりと見渡してみる。
「何か…静かだよね?」
…何だか様子がおかしい気がした。
周りいる様々な動物達は、
こんなに澄んだ川だと言うのに、
一匹も川に近づく素振りさえも見せていない。
「どういう事…?」
…ふと川の方に視線を落とすと、
やっぱり凄く澄んでいて川底がくっきりと見える程に美しい。
だが、この川には通常なら絶対存在しなくてはならないものがなかった。
「…食べると頭のよくなる魚…」
…魚類だけではなく、川の中に存在する生物の姿が、
たったの一匹でさえも確認する事は出来なかったのだ。
「……もしかして…毒…とか?」
等と徐々に不安が広がってきていたそんな時だった。
「かはぁ!!!」
突然に一筋の電撃の様なものが私の中に迸り、
その直後、身体の奥底から何かがあふれ出してくるのを感じた!!!
「うあ…はあ!!!こ、これって…どうなって…うああ…熱い!!!」
それはまるで、全身の血が燃え滾っているかのような熱さで、
続けて肺気管をやられてしまったのか、
徐々に私は呼吸困難へと陥っていってしまう。
「うぅ…い…や……!!」
苦しさのあまり立っている事も出来ず、
勢いよくその場にひざを落としてしまう。
しかし、苦しみは治まるどころか、
今すぐにでも身体が押しつぶされそうなほどの、
強烈な圧迫感と共に私に襲い掛かってきた!!
「あああ!!!っく!!あ、いやああ!!!」
私自身の魔力の乱れに反応してか、
辺りの木々が、突然にざわめき出したかと思うと、
その場に居た動物達も一目散に逃げだして行った。
凄く怯えた瞳で……。
何かとてつもなく恐ろしいものでも見たかのように…。
「苦しい…助け…って…!!!」
それからどれくらい経ったのか、
ドクン!!!っと、大きな音をたて、
私の心臓が強く激しく、一度鼓動を刻んだのがわかった。
…直後、私の苦しみは嘘の様に治まり、
騒がしかった周囲の音も完全に無へと消え去っていた。
「は…はあ…はあ…。なんだったのかしら…」
呼吸を整えてから立ち上がり、
ゆっくりと辺りを見渡してみた。
「……地獄絵図?」
そこは、先ほどまで見ていた神秘的な光景とは打って変わり、
青々と生い茂っていた木々の葉は色を変え全て散り逝き、
辺りに咲いていた草花もすべて腐り果てていた。
そしてその後、覗き込んだ川には、
自分の目が腐ってしまったのか?
と疑がってしまう様な光景が映し出されていた…。
まるで血で染めた様な、
真っ赤な髪へと変貌した私自身が映っていたから……。
その後何度も川の水で頭を洗ってみたけども、色が元に戻る事は無かった。
それどころか、更に赤みが増してきているような気がして非常に不気味だ。
「…どっと疲れたよ……」
訳がわからなくなった私は、
とりあえず川から元の街道へと戻ってきていた。
しかし、辺りはすっかり暗くなっていて、
空が曇っている事から一筋の月明かりさえも差し込まれず、
ただ真っ直ぐに闇の向こうへと伸びる道が、
まるで私を地獄へと誘っているのかの様だった。
「うえー…やだなぁ…」
何だか嫌な気配を感じた私は、
動物も立ち寄らないならモンスターも来ないであろうと思い、
とりあえず川へと引き返してみる事にした。
しかし、先ほど確かに川があった場所に辿り着くと、
そこには木々や花、と言うか川さえも無く、
この暗闇の中よく落ちなかったなと思ってしまうほどの、
物凄い断崖絶壁があるだけなのだった…。
(私、夢でも見てたのかな…?)軽く頭を叩いてみるが、
私の頭は先ほど川で洗った時のまま、びしょ濡れなのであった。
「訳わかんなーーーーい!!!!!!」
私はこの時完全に気力を失くしていたのだが、
とにかく街を目指すしかないのだろう!!
と、元来た道を引き返した後、
真っ直ぐに続く街道を、ただ只管に突き進むのであった……。
月の光すら届かない闇の中。
恐怖に脅えながら、私は無言のまま歩き続けていた。
突如木から飛び立つ鳥や、草むらから飛び出してくる動物。
そう言う系統に何度も驚かされビクビクとしながら…。
それでも、歩くしかなくて。
と言うか立ち止まる事も恐ろしくて。
私は歩き続けていた。
「ギャアアアーー!!!」
そんな時突然、痛烈な叫び声が私の耳に届く!!
「ドキン!!おおおおおお!お化け!?」
腰に携えた剣を素早く抜き、
両手におもいっきり力を込めて剣を握り締める。
ゆっくりと周囲を見回すが、
気味が悪いくらいに辺りは静まり返っていた。
「だ!誰か!モンスターだ!助けてくれー!!!」
だが、再度声は聞こえてきた。
…そして、確かに聞き取れた。
助けてくれ!と…。
そして、そんな時。
私の脳裏には昼間のぷりんの言葉が過ぎる。
「夜行性のモンスターは凶暴な者が多いのです」
更に、初めて襲われたモンスターの事まで思い出し、
恐怖のあまり足がガクガクと震えて動けなくなってしまっていた。
「ええい!!恐がるな!私!!」
私は数発自分の足を殴りつけ、
無理やりに震えを止めると、
怖くてたまらなかったが、声の聞こえた方へとかけていった。
……どんなに恐ろしくても、
きっと今この声の主を助けられるのが私だけだと思ったから。
それから少し走ると、たいまつの小さなともし火が見えた。
悲鳴の主が落としたのであろうか、
それは周囲の様子を確認出来る最高の位置に転がっていた…。
「【鎧騎士(アーマーナイト)】って所かな…?」
襲われていたのは商人風の男で、
明らかに戦う力はありませんと言った感じだった。
「金なら払う!!殺さないでくれぇ!!!」
…モンスターに酷く怯える男を見ていると、
逆に私の心は随分と落ちついてきて、
何故だか凄くうまく戦えるような気がしてきた。
「先手必勝!!!背後上等!!!」
私は今まさに男に剣を振り下ろそうとしているナイトに背後から斬りかかる。
「…っ!!硬い……」
剣は見事にナイトの背中に命中したのだが、
あまりの硬さにダメージを与える事は出来なかったようだ。
ナイトは、私に斬りつけられた場所が痒かったのか、
ポリポリと背中をかく仕草を見せた後、
ゆっくりとこちらに振り返ってくる。
「…うぅ…正面切るとやっぱり怖い…」
だが、こうなってしまっては戦うしかなかった。
もし私が逃げればそこの男は間違いなく殺されるだろうから。
別に助けてやる義理も守ってやる恩も無い。
けれども、成り行きで助けに来てしまって逃げ出して、
その後男は殺された。何て事になっては非常に寝覚めが悪い。
「私と出会った事を後悔する事ね!!!」
むしろ、ナイトと出会ってしまった私が後悔していたが、
気合を入れた私は、再度ナイトに向かって斬りかかる!!!
ガコーン!と鈍い音がした。
相変わらず硬すぎてダメージを与える事は出来ない。
「……」
「うわわぁ!!」
無言のままナイトが振り下ろして来た剣を何とか避けると、
直接攻撃はかなり駄目そうなので、私は剣を鞘に収めた。
「……正直不安なんだけど……これが効かなきゃ絶体絶命よね…」
ナイトに向けて静かに手をかざし、
しっかりとそこに精神集中をしていく。
その間もこちらにジワリジワリと迫り来るナイト。
一歩近づくたびに聞こえる金属音が私の恐怖を更に増大させてくれる。
「……」
しかし、完全に魔力が溜まりきる前に、
私の真正面でゆっくりと剣を振り上げるナイトの姿があった。
「……」
そして、ナイトが剣を振り下ろそうとしたその時!!
「ファ・イ!!!」
私の背丈の倍くらいはあるだろう炎の玉が手のひらから解き放たれ、
そして、ナイトの全身を包み込んだ!!!
「……!!!」
苦しそうにもだえるナイト。
ちなみに、炎が当たった瞬間手放した彼の剣は、
私のつま先ギリギリ大丈夫な所に突き刺さっていたのは秘密だ。
その後、炎が完全に消え去った時。
ナイトの甲冑からもわっと紫色の煙が上がったかと思うと、
その後に鎧も蒸発するかの様にして、消え去っていったのだった。
「倒せた……」
何とかかんとか倒す事が出来て、ほっと胸を撫で下ろす私。
「あぁ!!助かったよ!!ありがとうお嬢さん!!」
すると、どこから現れたのか、商人風の男が私の目の前に突然飛び出し、
目に涙を浮かべながら何度も歓喜の声をあげまくっていた。
「ははは……」
何だかこの男を見ていると、助けなきゃ良かった。
なんて、そんな気持ちが沸々とこみ上げてくるのは何故だろうか?
「あ、おじさん。落し物よ」
周囲を見事に照らしてくれていたたいまつを拾い上げると、
私は男にそれを手渡した。
「ああ、本当にありが……!!!」
しかし、たいまつで私の顔が照らされた時、
男の顔からは徐々に血の気が引いていき、
「ひ…!赤い髪の女…まさか…!?
くっ!紅(くれない)の魔女だああ!!」
そう叫び声をあげると、
私に向けていきなりたいまつを投げつけてきた!!!
「ちょ…!!熱っ!!何すんのよ!!!」
何とか炎の部分を避けて払いのけ、
男のほうを睨み付けたが、
彼の姿はすでに闇の中へと消え去っていたのだった。
「…紅の魔女…か……」
正直全く意味がわからなくて、
助けてやった相手に何故たいまつをぶつけられないとならないのか?
そして、男の言った紅の魔女とは一体なんだったのか?
訳のわからない事が沢山ありすぎて、
どうして良いのかもわからなくて、
辺りは相変わらず真っ暗で。
「何かむちゃくちゃ腹立つーーーーーー!!!!」
私の悲痛な叫びは虚しく辺りに木霊するのだった……。
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