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「想像と…違…いすぎた…?」
次の日、私が目を覚ますと、真剣な表情で語り合う三人の姿が目に入った。
…どうやら今後の予定について簡単にまとめていたらしい。
それなら私も起こしてくれればよかったのに…。
何だか仲間はずれにされていたみたいで複雑な気分だ……。
だが、アークいわく何度起こしても起きなかったかららしい。
……私ってばそんなに熟睡するほど疲れていたのかなぁ?
「さて…エリスも起きた事だし、さくっとエフィナのところへ向かいましょうか」
そう言ってファナは懐から一枚のカードを取り出し、それを私に手渡してきた。
……別になんて事の無いカードで、爆発したりなんて事はなさそうだった。
「なにこれ?」
疑問に思った私が訪ねると、それに対して何故かアークがファナの代わりに答えてくれた。
「それは、マジックカードと言って、魔法使いの呪文を何でも1つ封印しておけるんだ。
まぁ、カード自体を発動させられるのも魔法使いだけなんだけど、
例えばエフィナがそれに攻撃魔法を封じておいたなら、
エフィナの魔力で、エリスが本来使用できない風の魔法を使ったり出来る…って訳なんだ」
「へぇー……便利なものがあるのね」
ものめずらしそうにカードを眺める私。
そんな私を見てファナは「知らないアンタがバカなのよ」とあきれた様子でつぶやいた。
「それで、これには誰が何を封印してあるの?」
「何が封印してあるのかは私も知らないんだけど、以前エフィナに出会った時に預かってたのよ。
もし、フィンに出会った時、逃げ切る事が出来たなら、そのカードを使いなさいってね」
「ふーん……」
母さんは一体何を知っていたと言うのだろうか?
未来までもすでに知っていたとでも言うのだろうか?
「逃げ切れたらって言うのが何だか意味ありげよね。
普通なら逃げられなかったら…とかだろうに…本当、アイツは何を考えてるのかわからないわ」
「でも、このカードに封印されている魔法を発動させれば、
フィンの事や母さんの事…全部わかるような気がする…」
私の言葉に全員が無言のまま静かに頷いた。
どうやら、皆、覚悟は決まったようだ。
「それじゃ、行くよ!!」
私はカードを天高く掲げ、自らの魔力をそこに注ぎ込む!!
すると、カードからまばゆい光が放たれ、
私達全員は、そのまばゆい光に包み込まれた!!
それから数秒後、徐々に光は収まっていったのだが、
何だか先ほどまで居た場所とは微妙に違う空気が流れていた。
「…どうやら空間転移の魔法が封じられていたみたいね」
ファナの声に目を開き、辺りを軽く見渡してみる。
私達の目の前に小さな掘っ立て小屋があるだけで、他には特別何も見当たらない。
…何とも殺風景な場所だ。
「ここどこ?」
さっきまで私達は木々が青く生い茂った森の中に居たはずなのに…
ヴァンの使った空間転移と比べても全然レベルの高い魔法が封じられていたようだ…。
「私もよくわからないけど、とりあえずその小屋に入ればいいんじゃない?」
そう言って小屋を指差すファナ。
アークとゼノも同じ意見なのか、
二人とも言葉を発する事無く静かにうなずいた。
「よーっし…それじゃ…開けるよ…!!」
ゆっくりとドアノブに手をかけると、何だか急に心臓がバクバクと激しく動き出す。
やはり緊張しているのだろうか?……私は大きく息を吸い込むと、勢い良く小屋のドアを開け放った!!
「………!!!」
中には真っ赤な髪が印象的な眼鏡の女性がいて、ビックリした顔でこちらに振り返っていた。
…そりゃ、いきなりノックもせずにドアを開けられたら誰だってビックリするだろうけど……。
「…ずるずるずる……」
その女性の姿を見た私達は全員、ポカーンと口をあけたまま固まってしまった。
「……ごほん!ごほんごほん!!」
女性は口にしていたパスタをいっきに口の中に押し込むと、
テーブルの上にあったコップの水を一気に飲み干し、
場をごまかすようにして大きな咳払いを数回してみせた。
そして、ゆっくりと立ち上がり真剣な表情で改めてこちらへと振り返る。
「……ファナ、ゼノ……久しぶりね」
「…そうね…エフィナ」
久しぶりの再会に喜ぶというより、何と言うか疲れた感じで大きなため息をつくと、
ファナは懐から一本のタバコを取り出しそれに火をつけた。
「エフィナ、口…ふきなさい」
そして、自分の肩下げカバンから取り出した手鏡を彼女のほうへと投げ渡す。
「………はっ!!」
鏡を覗き込んだ途端、
女性は真っ赤な顔で奥の部屋へと走り出していった。
……まぁ、あれだけ口の周りにケチャップつけていたのなら、
誰だって一刻も早くその場から逃げ出したくなるだろうけど…。
「…ねぇ……今さ…エフィナって言ったよね?」
「そうね、言ったわね」
「もしかして……あれが私の……本当の母さん…?」
「まぁ、まず間違いないでしょうね」
「………」
何と言うのか、唇をケチャップで真っ赤に染めた情けない顔が、
本当の母親と初めて顔をあわせる瞬間になるだなんて…
いろんな意味で衝撃的な出会いだったと後の私は思うのだった。
先ほどの緊張感の無い初対面から打って変わって、
空気は非常に重々しいものへと変貌していた。
「…ファナ、ここに来たと言う事は、フィンと会ったのね?」
「そうね…あれが私達の知っているフィンで間違いないのなら会った事になるわ」
火をつけたばかりのタバコを灰皿に強く押し付けると、
ファナは、力強くテーブルをたたきつけ、そのまま勢い良く立ち上がった。
「…どう言う事よ!!!エフィナ…アンタは何を知ってるって言うの!!」
いつも冷静なファナが珍しく感情をあらわにし、
強い調子で母さんに食って掛かる。
まぁ、以前とは全く別人となってしまった嘗ての仲間を見てしまえば、
誰だって冷静ではいられないかもしれない。
…もし、同じ状況にめぐり合ったのが私だったのなら…
……きっと、今頃は取り返しのつかない事になっていただろう…。
「私も知らない。…ただ、ファナ達より先に、変わり果てたフィンに一度会っていただけよ。
そう…あれは五、六年前くらいだったかしらね……」
「心当たりも無いのにあいつはアンタを恨んでるって言うの!?
フィンがそんな奴じゃないって言うのは、私達が一番良く知ってるじゃない!!」
「ファナ、少し落ち着きなさい。
確かにフィンはそんな性格ではなかったけど…現に彼女は変わってしまったのよ。
…私が彼女からヴァンを奪ってしまったあの日から…ね?」
「でも…それはもう20年も前の話でしょ…?
だったら…だったらどうして私達と旅をしている間はあんなに仲良くしていられたのよ!!
アンタの得意な幻術で私を惑わしていたとでも言うの!!!」
それだけ言うと、ファナはその場で泣き崩れてしまった。
レナを失った悲しみと、それを奪ったのが嘗ての仲間と言うやりきれない思いが溢れて、
ファナの中で何かがはじけたんだと思う。
「さ…てと…エリス?」
「は…はい!!」
だが、母さんはそんな事を気にするそぶりを見せる事無く、
先ほどまでファナを見ていた優しい瞳とは打って変わった、
まるで獣のような恐ろしい瞳でこちらを睨み付けてくる。
「これから私が言う事、心して聞きなさい…。
そして、貴方が思ったように言葉を返して欲しいの」
「う…うん…わかった…」
私がそう言うと、母さんは黙ったまま小さく頷き、
一度深呼吸をし、そして、ゆっくりと口を動かし始めた。
「エリス、今ならまだ引き返せるわ。
全てを、母さんの事、ファナの事、ヴァンの事。
何もかもを忘れて…幸せになりなさい」
「…母さん……」
「目を閉じて」
「………」
「良い?これから貴方が行おうとしている事は、決して軽い気持ちで成し遂げる事は出来ない事よ。
…命を落とす事になるかもしれないし、悲しい想いをする事になるかもしれない。
今までのように、誰か助けてって甘える事だって出来ない。
エリス…貴方自身の力だけでも戦う事が出来ると誓えるのなら、
目を開いて、そして私の…母さんの目を見て……」
迷いなんて無い。
そうやって言い切れる人って言うのは本当に強い人なんだと思う。
…私は…そんな事誓える程の勇気も強さも持っていない。
だけど、今日までの日々を、折角出会えた母さんや、
本当のお姉さんのように優しくしてくれたファナや、
ふざけてるけど大きくて暖かいヴァンの事や、
ゼノやアーク、そして……ぷりんの事だって……。
「…私…何一つ忘れたく無い……」
開いた瞳の中には、母さんの青く透き通った瞳が映し出された。
こうして見つめていると、
そのまま吸い込まれてしまいそうなほどの美しい瞳が。
「私、一人で戦うなんて事誓えない。
魔法は半端だし、剣術だって半年間頑張ったアークと比べたら足元にも及ばないし、
ファナほどに頭が回るわけでもないし、ゼノみたいに根性がある訳でもない…。
皆に甘えてるって言われたらそうだと思う。
でも、私だって皆に無いものを1つくらい持ってると思うの。
例え実力的には劣っているんだとしても、
私…頑張って皆に足りない小さいな何かを支えてみせるから!!頑張るから!!」
室内に数秒間の沈黙が起こる。
相変わらず、母さんは厳しい表情で、私の事をジッと見つめていた。
もし、ここで目をそらしてしまったら、
もう二度と、母さんの傍にくることが出来なくなるのではないか…私はそんなことを感じさせられていた。
だから私は、微かに震えるこの両足で力いっぱい踏ん張りながら、
1つの想いを胸に抱き、ただ一点だけを見つめ続けていた。
「いい目だわ。さすが、私の娘、いいえ、あの人の娘」
そう告げると、母さんは優しい笑顔で私に微笑みかけてくる。
「母さん!!」
張り詰めていた緊張の糸が解けた瞬間、私の目からは沢山の涙が溢れてきていた。
そして、それと同時に、目の前に存在する私の知らない温もりの場所へと飛び込んでいた。
「エリス…会いたかった……」
「母さん!!母さん!!」
私の事を包み込んでくれる優しい声と暖かい温もり。
十年以上前からずっと探していたそれを、今この瞬間、私は知った…。
母さんと色んな事をお喋りしたり、
泣いたり笑ったりしたい…そんな沢山の想いが次々と溢れて来るのだが…。
母さんが私を抱きしめてくれている…
それだけで胸が一杯で、涙が止まらなくて、言葉が出なかった。
「なーんちゃって!」
しかし、そんな私の想いとは裏腹に、
とてつもなく明るい声で、カラカラと笑い出す母さん。
それを見た私は、さっきまでとのギャップの違いに、別の意味で言葉が出なくなっていた。
「あー…私って、こう言う堅苦しいのって嫌いなのよね」
そう言うと、母さんはニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべながら、
私の事を、つま先から頭の天辺まで、物珍しそうな声をあげ、見渡してくる。
「うんうん、かわいく育ったわね。ま、私の血を引いてんだから、ブスにはならないとは思ってたけど」
嬉しそうな笑顔でそう告げると、
勢い良く椅子へと座り込み、テーブルの上にあった大きなビールグラスに手をかけた。
「さ、ファナ。一杯やりましょうか?出会いの記念に」
ファナは、それに答える事無く黙って椅子へと腰掛けると、
懐から一本の煙草を取り出し火をつけた。
そして、あっけにとられて固まっている私に一言告げた。
「エリス、この程度の事で驚いてたら、
これから先エフィナと一緒に生活なんて出来ないわよ?」
陸に打ち上げられた魚のように、
私は口をパクパクとさせながら、この唐突な展開を理解しようと、必死で脳みそをフル回転させていた。
そんな私を見るに見かねてか、
今まで静かに状況を見つめいたゼノが、私の肩をポンッと叩き、
少しあきれたような口調で告げる。
「…エフィナは、昔からこう言う性格だ」
………ファナ達の話の中から浮かんだ、
神々しいはずだった母さんの虚像は、
気持ち良いくらいに私の幻想で、
本来の母さんは、非常に爽快で豪快で……何と言うのか……たくましい人なのであった………。
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