「笑顔」




それから数ヶ月。

何だかんだと喧嘩ばかりしていたゼノとファナは、
本日を持って無事、夫婦となる……。

「おめでとう!!ファナ!!」

「ありがとう……」

ウェディングドレスに身を包んだファナは相変わらず美しく、
女の私でもトキメキを感じずには居られなかった。

「あのがさつな姉さんが結婚だなんて…私、今でも信じられません……」

「うるさいわね…」

「お願いですから食中毒になるような料理だけは作らないでくださいね…?」

「…しばくわよ?」

言葉とは裏腹に、やはり寂しいのか目に大粒の涙を浮かべ、ハンカチを濡らすレナ……。

「でも良かったよね、レナもすっかり元気になって」

「そうですね、それもこれもヴァンさんとエフィナさんのお陰です」

あの後、父さんにより闇の中から救い出されたレナは、
意識の殆どを闇に侵食されていたのだが、父さんと母さんの力により、
以前と変わらぬ元気を取り戻すことが出来ていた。

「ファナ、そろそろ時間よ!!」

ノックの音と共に母さんがファナを呼ぶ声が聞こえた。

「…それじゃ、レナ、エリス……」

「うん!!」

「本当におめでとう…姉さん……」

「ん…ありがとう……」

一体どこに隠し持っていたのか、
懐から一本の煙草を取り出し、それを空に向かって放り投げるファナ。

そして、更にどこに隠し持っていたのか、
懐から愛用の銃を取り出し、放り投げた煙草を一撃の元に打ち抜き、
振り返らぬまま、ファナは部屋から立ち去っていった。

「…何?今の……」

「多分、煙草はもうやめるって言う意思表示じゃないかと……」

突然の出来事に驚きと戸惑いを覚えた私達は、
苦笑いを浮かべたままただ固まるのであった……





無事結婚式も終わり、私達は家路へとついていた。

「良かったね、二人とも幸せそうで」

「そうだなぁ…ぐすっ……」

「ヴァン、アンタ泣きすぎ」

「だってよぉー……!!」

自分の娘はまだここに居るのに、
まるで自らの娘を嫁に出したかのように父さんは泣きまくっていた。

「…いいじゃない?アンタの傍にはこれからずっと私が居るんだし……」

「ん……」

静かに頷いてみせる父さんだったが、その表情はどことなく寂しそうな感じがした。

…多分、フィンがもうどこにも居ないからかもしれない……

闇の力により心も身体もボロボロになってしまっていたフィン…
一時的に心を救い出すことは出来たけど、
彼女の命までもを救い出すことは…出来なかった。

…あの戦いから一週間とせず、フィンは二度と覚めぬ深い眠りに落ちていった。

けど、その笑顔はどこか安らかだった。

それは、大好きな人と、大好きな仲間達に囲まれていたからかもしれない……。

「エリス、アンタ先に帰ってて良いわよ」

「え…なんで?」

「私達はこれから一杯引っ掛けていいところに行ってくるから」

「………」

「何だかラブラブなあの二人を見てたら燃え上がってきちゃったのよ、私♪」

「あっそーですか……」

「それじゃ、そう言う事でー」

娘の私と一つ屋根の下で暮らしているのにもかかわらず、
母さんが元気なのか何なのかよくわからないけど、
あの二人は毎晩お盛ん…げふげふ……

…とにかく、一緒に暮らしている私に、もう少しで良いから気を使って欲しいと思う。

「はぁ……何だか切ないなぁ……」

夜の街へと消えていく二人の男女…
人間ではないので普通にしていれば若いカップルに見える……

冷たい夜風が吹く中、私は一人、自宅へと向けて歩き出した。




「ただいま…」

私の声に対して帰ってくる声は無い。

誰も居ないんだから当然と言えば当然なんだけど、何だか少し寂しい気がした。

「最近はずっと父さんと母さんと一緒だったからなぁ……」

テーブルの上のランプに火を灯し、椅子に腰掛ける私。

「ぷりん……ただいま…」

私の術が未熟だったのか、それとも失敗してしまったのかわからないけど、
あの日以来ぷりんは眠ったまま目を覚まさない。

でも、彼はこのまま眠りから目覚めない方が良いのかもしれない。

彼が目覚めると言う事は、この世界に闇が…恐ろしい魔物が溢れ出したと言う事になるのだから。

例え、闇の力をなくして居たとしても、彼がそれを示すスイッチである事に変わりは無い。
だから、彼が眠り続けている今、少し寂しいが、それは世界が平和である証拠なのだ…。

「…アーク……どうしちゃったのかな……」

そして、全てが終わった時、姿を消していたアーク……

ヴァンにより治療を施してもらってはいたから、
どこかでのたれ死んでる事は無いと思うけど…どうして消えてしまったのか…
彼が居ない今…それを知りえる術は無い…





それから2年……
私はA級ライセンスを取得し、結構名の馳せたハンターとして活躍していた。

以前までならば自らが実力に合わせてランクを選んで仕事が出来たのだが、
あまりにも無謀な者が増えたため、ライセンスを習得しないとランクの高い仕事が出来なくなっていた。

ちなみにAランクとは、最高級のSランクの一個下なのでかなり高いランクと言える。

「それじゃ、仕事行ってくるね」

「いってらっしゃい」

「気をつけろよ」

「うん、いってきます」

ヴァンの背が大きいからか、以前は140ちょっとしか無かった私も、
今では160センチくらいまで伸び、当時は長すぎたあの長剣も、今では調度良い感じになっていた。

「えっと…今日の仕事はっと……」

事前に手渡されていた指名手配犯の情報を確認しながら、
私はその男が頻繁に反抗を行っている現場へと向かって足を進めていた。

多くのA級ハンターは、魔術師な為、
現場には魔法で飛んでいくと言うパターンが多いのだが、
完全に魔力を失ってすっかり剣士になってしまっていた私は、自らの足で赴く以外の手段を持っては居なかった。

「…期限は三日……現場までは丸一日かかるから…結構厳しいなぁ……」

だが、ヴァンとゼノと言う最高の師匠の下学んだ為、
そんじょそこらのA級ハンターと違い、仕事の成功率は約99%

…ただ一度失敗したのは、以前に私と同じ仕事を引き受けていたと言う人物が居て、
その人物が先に私の獲物を捕まえてしまったからだった……

「む…やっぱり報酬の良い仕事だから結構かぶってるみたいね…」

また誰かに横取りされてしまっては私の信用に関わる…!!

そう思った私は、現場へと向かって全速力で駆け出した。



それから約半日ほどで現場へと到着した私。

だが、やはり報酬の良い仕事と言うこともあり、
すでに数十人のハンター達がその場で周囲の探索を行っていた。

「…そう言えば、以前にこの仕事を引き受けた人の生き残りが言ってた話だと……」

数十人のハンターと共に、現場で指名手配の男の捜索を行っていた所、
突如足元に蜘蛛の巣のような模様が見えて、全く身動きが取れなくなり、
そのままその場に居た全員が、バラバラに切り刻まれるようにして殺されたとか何とか……

「ぎゃあああーーー!!」

少し離れた位置から聞こえてきた男の悲鳴…!!

すると、それを合図にしたかのように次々とおぞましい声が響き渡る!!

「…動けない……!?」

様子を伺うために走り出そうとしたのだが、
粘着力の強い何かを踏んだかのように
足が地面に張り付いてしまっていて、
全く動く事が出来なくなっていた…!!!

「蜘蛛の巣…??」

そして、先程までは確かに無かったはずの蜘蛛の巣のような模様が地面へと浮かび上がっている…

「…もしかして超やばい?」

と思ったその矢先!!
私の方へと向かって無数の鋭い刃物が襲い掛かってくる!!

「ちぃ!!」

慌てて剣を引き抜き、飛んでくる刃物をはじき返す私。

だが、それは弾いても弾いても、空中でその方向を不規則に変え私の方へと舞い戻ってくる!

「……マジックウェポン………これは本体を叩かないと私の方が先に力尽きる…!!」

刃物を退けながら、周囲を確認すると、
蜘蛛の巣模様の中心で、一人の人物が何やら詠唱を唱えながら立ち尽くしている姿が見えた。

「…アイツだ!!」

しかし、私にはそれを攻撃する術が無かった…。

剣を投げつければ私が切り刻まれるし、
傍に投げられるような何かは転がっていないし…魔法を使うことも出来ないし……

「絶望的じゃない…?」

そう思った矢先の事だった…!!

蜘蛛の巣模様の中心に居た人物に向けて、まるで稲妻の様な光が天から降り注ぐ!!

「あ…あれは…!!」

すると、足元に張られていた蜘蛛の巣は消え去り、
空中を待っていた刃物達も次々と地面へと落下していく。

「何かわかんないけどチャンス!!」

呪縛から解き放たれたこの隙に私はその人物の元へと一気に駆け出す!!

「食らえ!!」

そして、中心部に居た人物のお腹に向けて思いっきり膝蹴りをぶちかます!

それは見事にクリーンヒットし、
その人物は苦しそうにうめき声を上げて地面に突っ伏した。

「よっしゃ!!捕まえた!!」

倒れた人物の両腕を、呪文を封印する効果を持った縄で縛り上げ、私の任務は完了した。

「……ね、隠れてないで出てきてよ」

私が呼びかけると、傍らにあった木の陰から、一人の男が姿を現した。

「ありがとね、助けてくれて」

「あぁ……」

男の方は気まずそうに視線をそらし、決して私と目を合わせようとはしない。

「何で黙って居なくなったの?」

「…君を守れなかったから……」

「あなたは私を守ってくれたじゃない…それにほら、今だってあなたが居なかったら……」

「エリス……」

深くかぶりこんでいたフードを脱ぎ去り、
男はゆっくりと顔を上げた。

「…アーク……」

2年の月日が彼を少し大人へと成長させていたが、
元々持っていた雰囲気はそれほど変わっては居なかった。

そして、あの時放たれたあの光…
あれは私達が共に力をあわせて作り上げることに成功した光の剣そのものだった…。

「今度からはずっと私の傍で私を守ってくれるって約束してくれる?」

「あぁ……約束するよ」

どうしてかはこの時の私にはまだわからなかった。
だけど、笑顔でそう言ってくれた彼の言葉が嬉しくて、気がつけば彼の胸に飛び込んでしまっていた。

「エ…エリス……!!」

だが、案の定恥ずかしがり屋のままだった彼は、
私のその無意識の行動で熱暴走を起こし、その場に倒れこむのだった……

「…はぁ……本当にもう……」

そんな彼を見て、思わずため息をこぼす私なのだが…
アークが一緒に居てくれる…それだけで自然と笑顔が溢れてくる。

「これからはずっと一緒だからね!!」

「あぁ…ずっと……一緒だ……」

THE END






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