- 「光」
「ヴァン……何故……!!!
何故お前までもが私と戦おうと言うのだ!!!」
…ヴァンが現れた事により、フィンの意識は乱れ、
彼女は、まるで錯乱したかの様に、何度も声を張り上げていた。
「今のお前が俺の知ってるフィンじゃないからだよ」
「私の何がお前の知っている私では無いと言う…?」
「さぁ…な?」
そう言うと、ヴァンは静かに戦いの姿勢をとる。
「皆、ありがとな……あとは、俺が何とかするから……」
…刹那、強大な破裂音の後、
私達の目の前にあったはずのヴァンの姿は、
いつの間にやらフィンの背後へと移動していた……
「は…早い…!!」
フィンの動きを正確に捉えていたファナも驚愕の声をあげる。
どうやら、彼女の目をもってしても捉えられないほどにヴァンの動きは早かったようだ…。
「フィン…お前、やっぱり、完全に闇にとらわれてた訳じゃなかったんだな」
ヴァンは、フィンに背を向けたまま静かにそう告げる。
「…さぁ…な?」
足元からゆっくりと崩れ落ちていく彼女を、
ヴァンが優しく抱きかかえた。
…先程まで殺意で溢れていた彼女からは信じられない程に、
フィンは、穏やかで優しい微笑みを浮かべていた。
「さてと、それじゃ、お前の中の闇を完全に除去してやるよ。
エフィナの方も準備が整ったみたいだしな」
母さんの方を見ると、遠く離れていてもわかる程の、
大きくて優しい暖かい光が、母さんを包み込んでいた。
「…さ…て……少しだけ痛いのを我慢しなさいよ……フィン!!!」
母さんを包み込んでいた光が、一直線にフィンへと向かって突き進んでいく…!!
傍から見ている私達からすれば、それは暖かく優しい光で、
例えるならば真夏の太陽のような感じがした。
「ぐああああ!!!」
だけど、それに包み込まれたフィンは苦しそうなうめき声をあげる……
しかし、その声はフィンのものとは思えない低く恐ろしい声だった。
「エフィナーーーー!!またしても、僕の邪魔をするのか!!!」
「邪魔?…言葉は正しくね…そう…『阻止』と言ってくれないかしら?」
「があぁ…!!貴様等!!ぶち殺す!」
その声の後、フィンの身体から黒い影が飛び出してくる!!
「…セラ……ううん、ルイノス……本当、色々とやってくれたわね?」
それは私の想像していた姿とは異なり、
魔力の塊とでも言うのか、例えるならば…そう…お化けみたいだった…
しかし壮大な魔力を感じさせられる。
私なんかの力じゃ、アリと像と言うくらいな差の…
だけど、不思議と恐ろしくはなかった。
それは、皆が一緒だったからかも知れない…。
「さてと、ルイノス…だったかな?
お前、本当の闇って奴を知ってるか…?」
静かに眠るフィンをゆっくりと地面へ寝かしつけると、
鋭い目つきでルイノスを睨み付けるヴァン。
「闇だと?闇は僕が、お前等に使わせてやっているようなものだ!
それなのに、僕に闇だって?は!頭でもいかれたか?」
「…俺は、正気だ」
そう告げたヴァンの身体からは、
通常では信じられない程に強い魔力を感じさせられる。
「この力は…?」
「ヴァンは、闇の力の最高峰の…妖魔の血族。
妖魔とは、闇の力を作りし一族…。
…あんなもの食らわされたら、例え魔物が闇に長けてるとは言っても…一溜まりも無いでしょうね」
ヴァンの魔力に反応するかのように、周囲の空気は淀み、
直接攻撃を受けている訳でもないのに、私の身体にも何だか嫌な重圧がのしかかる。
「さて、それじゃ授業開始だ……
おっと…授業料は出世払いでいいぜ?」
そう言った後、ヴァンは、ルイノスに向けて静かに左手を翳した。
ヴァンの手の平から広がって行く闇、そして、それは物凄い勢いでルイノスの身体を包み込む。
「うああ!!!いやだ!!!もう、暗闇の中はいやだああ!!!」
先ほどまでは異常なほどの自信に溢れていたルイノス。
だが、闇に包み込まれた途端、目と思われる箇所から大粒の涙を流し、大声で泣き叫びだす。
「やめて!!!」
確かに、彼は今まで悪い事をしてきたのかもしれない…
嫌な奴だってのもわかってるんだけど…
目の前でこんなに苦しんでいるのを見て黙っていることなんて、私には出来なかった…
「ヴァン!!お願い!!もうやめて!!!」
しかし、私の声を無視し、ヴァンはそのまま詠唱を続けている。
「やめてよ!!!やめてよーーー!!!
ヴァン!!!やだ!!やだああ!!!ぷりんを…!殺さないでーー!!!」
私の目の前で闇に包み込まれているそれの姿は、ぷりんではない。
声も違うし、私の知っているぷりんとは言葉遣いも違うし性格も…違う。
だけど、私の口からは自然とその言葉が発せられていた。
「エリス…」
ヴァンは冷たい視線で私見下ろす。
その瞳からは、いつもの優しさが微塵も感じられなかった。
「邪魔するな」
「え?」
「ゼノ!」
ヴァンが声をあげると、それに黙ったまま頷くゼノ。
そして、駄々をこねる私を軽く担ぎ上げ、皆の後方へと連れて行かれる。
「やだー!やだあーー!じゃましないでよ!ゼノのくそったれーーー!!!!」
「お…やめ…暴れるな……」
そんな風に無我夢中で暴れていた私の左頬に、突如激痛が迸る。
「いい加減にしなさい!!」
…母さんだった。
駄々をこねる私の頬に、母さんが強烈な平手打ちをした痛みだった。
「エリス、もっと冷静に状況を分析できるようにならないと駄目よ」
それだけ告げると、
母さんはファナの口から煙草を取り上げ、私の顔に煙を吐きかけてくる。
「何すんのよ!!」
「うるさい!!!黙って見てなさい!私の…親の言うことを聞けとは言わないわ!!
今更だし、そんな義理も無い……だけどね…いくら離れてたって、
アンタが…アンタが、ルイノスに感じていた気持ちは知っているつもりよ?
あいつ…ぷりんは、アンタの友達…そうでしょ?
大丈夫…親ってもんはね、子供が悲しむようなことは絶対にしないんだから」
「…う…ん………」
「……いい子ね、素直な子は好きよ」
それから数分が経過し、
苦しそうに叫び声をあげていたはずのルイノスが、
いつのまにやら、穏やかな深緑の光に包まれ、安らかな表情で、静かな寝息を立てていた。
「さて…と、エリス…あとはお前次第だ」
「え??」
状況を飲み込めず戸惑う私に、
ヴァンはこっち来いと言わんばかりに手招きをしてみせる。
「エリス…お前は、友達を助ける為なら自分を犠牲にできるか?」
「へ?」
「見ろ、あれは俺が闇魔法で作り上げた器だ。
…確かぷりんってのはあんな姿だったよな?」
言われてから改めてルイノスを見てみると、
暖かな光の中で眠るそれは、まさに私の知っているぷりんそのものであった。
「今、お前の友達は、命を失いかけている。
だけど、今すぐにお前の全魔力をアイツに与えてやれば、アイツを助けてやる事は出来るだろう」
「全魔力……」
「その意味がわかってるよな?」
自らの魔力を他者に提供するという事は、魔術師達の間では結構頻繁に行われる行為だ。
一人ではなしえない召喚術を行う時、一度に大量の錬金術を行う時…
そう言った時に魔力の提供を行う事は極々当たり前の行為である。
だが、魔力を他者に提供するという事は、
自らの持つ魔力の最大積載量が一時的に減少すると言う事になる。
…それが回復するまでには非常に時間と鍛錬が必要となる為、
お城などに勤務する魔術師は、戦闘を行うものとそれ以外のものとで分けられているのが主だ。
しかし、自らの全魔力となるとその意味はまた変わってくる……
「私、もう二度と魔法が使えなくなってもかまわない。
それでぷりんを…私の大事な友達を助ける事が出来るのなら…
私は魔力何て…なくなっても構わないよ……」
「…だったら、あとは自分で出来るな?」
「うん…」
私が頷くと、先程まで険しい表情だったヴァンが、やっと笑顔を見せてくれる。
「ぷりん……」
彼を呼びかけ、静かに手を差し出す。
すると、深緑の光と共に、ぷりんは、ゆっくりと私の腕の中に飛び込んでくる。
「エリスは…今ひとつの命を救い出す…と言うよりは、作り出そうとしているのかしらね?
不思議だわ…出会った時にはあんなにガキだったエリスが…ちょっとだけ神々しく見えるだなんて……」
「終わってみれば、いつものエリスだと思うけど?」
「だが、お前の娘の優しさが世界を救う事になる…
それは間違いでは無いだろう?」
「お前…じゃなくて、お前達の娘……だろ?」
「…そうだな」
「……さて、お話はここまで。どうやら、そろそろみたいよ?」
母さんがの言葉の後、自分でも信じられない位に、
私の身体からはいっきに力が抜けていき、それと共に意識も少しずつ薄れていった。
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