「貴方」



私の隣にいつもいた。

起きてる時にも寝てる時にも。

それが凄く当たり前。貴方がいるのが当たり前。

いつしかそんな思いが出来た。

けれども今は貴方が居ない。

今は貴方はどこにいる?

私は信じて待っています。

貴方の帰りを待っています。

例え命が終わるとしても、私は貴方を待っています。

ずっとずっと、待っています…。

貴方のことを待っています。





それから数週間の時が流れた。
時夜からは何も連絡が無いまま…。

場所が場所だけに、調査隊を派遣する事も出来ず、
私達はただただ連絡を待つだけの日々を送っていた。

何も変わらない日々。
朝起きて学校に行って、勉強をして友達とお話しをして。
お昼ご飯を食べて、部活に行って。

時々学校イベントがあったり。
平々凡々に毎日を暮らしていました。

だけど、あの日から変わった事はいくつかある。

それが……。

「ドミニオンの完全消滅」

あの日から学園内にも学園外にもドミニオンが現れる事はなくなっていた。
一体あの日何があったのか、私達には知るすべも無いけど…。

私達は待ち続けていた。時夜が帰ってくる日を。
私達のリーダーが、私の大好きなあの人が、笑顔で私の所へ帰ってきてくれる日を…。

「恵、何たそがれてるんや?」

ふと、振り返ると私の背後には由紀の姿があった。
口にパンをくわえた彼女は、
「よっこいせ」との声と共に私の隣に座ると、
心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

私は「なんでもないよ」との意味を込め、数回首を横に振ってみせる。

「何でもないんか」

言葉は相変わらず通じないけど、
私達は何となく感覚で会話出来るようになってきていた。

「また時夜のことか?」

私はその言葉についつい苦笑いを浮かべてしまうが、
「そうだね」と数度頷く。

「アイツ、なにしてるんやろな?」

由紀は私を気づかってか、
結構頻繁に話しかけてきてくれていた。

他のガルディアメンバーは、あまり時夜の事には触れてこないんだけど、
こうやって時々でも良いので、自分の中だけではなく、
誰かの言葉からも彼を思い出せることで、
間違い無く彼が存在していた事を認識できて安心出来る。

「もう結構たったんやなぁー」

そう…この数週間と言う長い時の中で…。

私が沢山おしゃべりが出来るのは、
時夜と手話が出来る浩輔さん位だから、
こうやって色々な話を聞かせてくれる由紀の事が凄く好きだった。

私にはただ頷く事しか出来ない。
私もこうやってお喋りする事が出来たなら…。

そう考えると何だか涙がこみ上げてくる。
いつもの事なんだけど何か今日は凄く寂しかった。

「め、恵?大丈夫なんか?」

由紀が心配して私にハンカチを差し出してくれる。
が…思わず鼻をかむ私。

「………ばっちいわ!!」

私はごめんと、しぐさで示し、ハンカチをポケットにしまいこんだ。
…これは、洗濯して返しますといった意味です。

もう何度目かだから、流石に通じるみたいで、
由紀は「クリーニングして除菌もしてな」と楽しそうに笑っていた。

凄い凄い日常なんだけど、何だか今日は違う気がした。
時夜の事が凄く凄く近くに感じれた気がした。

手を伸ばせば届くところに居るんじゃないか。
何故だか今日は、すぐ傍に。
時夜の存在(こと)感じていた………。

そんなお昼休みなのでした。



お昼の終了のチャイムと同時に、
正面の空が青白い光を放ちその色を変えた。

「何や?天気ええのに…雷?」

雷…確かに見た目はただの雷だったけど、
何だかそれは普通のものとは明らかに感覚が違っていた。

気がつけば私は、
異常なまでの恐怖に襲われ、
力いっぱい両耳を押さえてその場にうずくまっていた。

それは…以前に私を襲った一筋の光と同じ感覚だったから…。

「由紀ーーーーー!!!」

物凄い勢いで屋上のドアを開く音と、
そこには沙希さんの姿があった。
その表情は明るくはない。

「大変なの!!ドミニオンが!!」

「な…なんやて?!」

沙希さんの言葉に由紀はかなり驚いていたが、
すぐに私に「安全な所に隠れてるんやで!」と告げると、
大急ぎで駆け出していった。

…私は誰も居ない屋上でふと思うのでした。

「…安全な所って何処だろう?」

結局私はどうして良いのかわからず、
かと言って下手に校内をうろうろするのも怖いので、
屋上で呆然と空を眺めている事にした。

…風の声、空の色…何て…そんな言葉が似合う。
平和な光景だった……。

とても下では事件が起こっているとは思えないほどに。

まるで夢でも見ているかのような錯覚を起こした私は、
屋上に仰向けでゴロンと寝転がってみる。

目に飛び込んできたのは、白い雲、青い空…そして…。

「きゃああああああああ!!!」

幻覚…?慌てて飛び起きてみると、それはそこに立ち尽くしていた。
物凄い笑顔で……私の目の前に。

「恵……」

空から落ちてきたそれは、私の名前を呼んだ。
よく聞きなれた声で、私の名前を呼んだ…。

「と…き……や?」

まるで、ヘリコプターから落ちた時の様に。
空から落ちてきたそれは、私のよく知る富樫時夜その人だったのです。



時夜は私の目をただ一直線に見つめていた。
…その目から感じるものは……違和感?

「逃げなきゃ」

私の中に浮かんだ言葉はそれだった。
……屋上のドアへと向かおうと私は彼に背を向ける。

悪寒、背筋にそれを覚えた私は慌てて彼に正面を向けなおす。
彼は笑っていた。異常なオーラを根元から溢れかえさせて。

「恵…」

そう言うと彼はゆっくり私に近づいてくる。
その足取りは遅く、走って逃げれば簡単に逃げ出せそうだった。

けれど、動けなかった。
恐怖?違うと思う。使命感だと思う。
時夜の視線は確かに私を見つめていたが、
それ以上遠くの何かを見ている。そんな顔をしている。

彼の瞳に今私は映っているのだろうか?
おもいっきり目の前にいるのにそんな事を感じさせられるような。

…彼は遠くを見ていた。

私は勇気を振り絞り彼に近づいてみる。
そしていつものように手をとり語り掛けた。

「時夜、私の事わかる?」

私の問い掛けに対して時夜は答える素振りは全く見せてはくれなかった。
頷きも無ければ言葉で返す事も無く私に笑いかけてもくれていない。

「笑ってるのは何故?」

何度確認しても確かに顔は笑顔なのだが、
固まった表情の笑顔、私の心の奥底でも覗こうとしているかのようだった。

「まるで感情でも死んでしまったかのよう」

今の時夜の笑顔は、ただの無表情と変わらない。

ゆっくりと手を離した後、私は言葉無くうつむいていた。

「……殺す」

次の瞬間、私の身体に強烈な衝撃が流れ込んできた。
…時夜の拳が私のお腹にめり込んでいたのだ。

「……う…そ……な…んで……?」

痛みのあまりに殴られた箇所を抑え私はその場にうずくまる。
何故こんな事……。私何か時夜を傷つけるようなことしたのかな…。

涙が溢れてきた。
何でかわからないけど。
…痛いからじゃなかった。

痛みに震える手で私は時夜の手をゆっくりと再度握り締め、
そして、何度も何度も彼の名前を呼んだ。

「時夜…時夜…私、ずっと待ってたんだよ……」

時夜はいつも私が何をしても必ず答えてくれた…。
今はきっと聞こえていないだけ…。

「ごめ…んね…ごめん…ね……私…時夜を……傷つけた…かな?」

反応は無かった。
それどころか幾度にも渡り彼は私を殴りつけてくる。

段々と身体はしびれ、感覚は消えていく。
口内には血の味が広がり、涙に濡れる頬が心苦しく切ない。

だけど、言葉は……。

「と………きや……ぁ…」

届かなかった。

「死ね」

意識はゆっくりと途切れていく……。



次に目を開けたとき、私は真っ白の天井を目にした。
見慣れた光景にこの音…。

以前に入院していた特別病棟の一室だ。

「時夜!!」

思い出し慌てて身体を起こす私だったが、
身体中に激痛がほとばしり起き上がる事が出来なかった。

「ダメよ、動いちゃ。肋骨が数本折れてるんだから」

すぐ傍から浩輔さんの声が聞こえた。

…どうやら首は動くようなので私はゆっくりと声の聞こえた方に振り返った。

パイプ椅子に座り、リンゴの皮をむいている浩輔さんと、
室内の長椅子で眠りこけている由紀の姿があった。

「由紀、貴方の事必死で看病してたのよ」

そういわれて由紀の姿を再度見やると、
眠る彼女の手には今もしっかりと濡れタオルが握られていた。

「頭良いのにこう言う所は時代遅れよね由紀ったら」

浩輔さんはそう言ってクスクスと笑った。
確かに濡れタオルを使うより今ならずっといい道具が揃っている。
態々タオルを何度に渡って取り替えなくとも、
もっとずっと楽な方法があったはずだ。

……でも、私はそんな由紀のやり方が凄く嬉しかった。
一生懸命看病してくれたその気持ちが嬉しかった。
これがきっと彼女がよく話してくれた、お婆ちゃんの知恵袋の1つなのであろう。

その時、ガチャと音がして、病室のドアが開いた。

「あら、大樹ちゃん」

そこには大樹君の姿があり、
全速力で走ってきたのか、
肩で深く呼吸を行っていた。

「恵…起きたのか…」

私は身体を起こす事は出来なかったけど、
彼のその言葉にニコッと微笑を返してあげた。

「……だが、起きていない方が良かったかも知れない」

凄く言い出しづらそうだった。
彼が何を言おうとしているのかはわからなかったけど、
何かが起こってしまったという事だけは、わかった……。

「……時夜が死んだ」

「時夜が!!」

真っ先に驚きの声をあげたのは浩輔さんだった。

……私は……彼の言葉が認識出来ていなかっただけなんだけど…。

浩輔さんは無言で私を車椅子へと移乗させ、
由紀の事を起こすと、ゆっくりと私達を連れ歩き出した。




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