「寝顔」



君より長く起きてられない。

だから私は早く寝る。

そして君より早起きするの。

ほんの少しの早起きするの。

君の呼吸を感じていたい。

起こさぬように静かにそっと。

そこから全てを感じたい。





特別病室の2号室。

時夜はそこに眠っていた。

長時間治療を行なっていた隆二さん。
それなのにも関わらず、私に治療を施し傷を治してくれる。

お蔭様で折れていた骨もしっかりとくっつき、
楽々動き回れる状態まで回復した。

その後力尽き倒れてしまったのだが、
彼は凄く気持ちよさそうにいびきをかいていた。

「お疲れ様」

心から彼にお礼を告げ、私は彼にたいしてピッと敬礼を捧げる。

病室内は静かだった。
沙希さんが時夜の手を握り小さく肩を震わせ、
泣いているのを必死で隠そうとしていたのに、
その声が室内に響き渡るほどに。

大樹君も鼻水をぐじゅぐじゅ出して浩輔さんの胸で泣いていた。

…浩輔さんも声には出していなかったけど、
間違い無く泣いていたのでしょう。

「泣くなーーー!!!」

…皆の様子を見ていた由紀が突然大声で叫ぶ。

「泣いたって…時夜は帰ってこないんや!!
…まっとれ!今うちが時夜を起こす薬を作ってきたる!!」

一番大量に涙を流し、声にならぬ声でそう叫び由紀は出て行きました。

「みんな、私達も帰りましょうか…」

沙希さんの言葉の後、黙ったまま頷き、
大樹君と浩輔さんは病室を後にしていきました。

隆二さんは一応沙希さんが起こそうとしたのだけど、
凄く疲れてしまっていて起きる気配が無いので、
「恵さん、悪いんだけど宜しくね」と私に託し。

みんなは言葉もなく去っていきました。

「……時夜」

時夜の手をそっととってみる私。

彼の声は聞こえなかった。
彼の笑顔も、怒り顔も…。もう何も見れないのかもしれない。

「時夜、沙希さんと浮気したまま逃げるなんてずるいぞ」

ちょっと脅してみても、やっぱり返事は無かった。

時夜と過ごして来た思い出。
不思議と何も浮かんでこなかった。
まだ時夜がすぐ傍に居るような気がしてならなかったから。

…みんな泣いてた。
でも、私泣けなかった。

「…だって、時夜はまだここにいるんだもん」

どんなに強く握り締めても彼の手はもうぬくもりを取り戻してはくれなかった。



……眠ってしまったのか、ふと気がつけば辺りは暗くなっていた。
身体を起こして軽く周りを見渡すと、
缶コーヒーを片手に呆然と座る隆二さんの姿が見えた。

「…おう、恵ちゃん。起きたのか」

隆二さんは私の起床に気がつきニコッと微笑むと、
ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

「…本当にこいつ、自分勝手な野郎だよな」

隆二さんは寂しそうにそういい、私の頭にぽんっと手を置いた。

「こーんな可愛い恵ちゃん置いて死んじまうなんてよ」

悲しそうだった。まるで自分を責めているみたいだった。
…私はあの日何があったのか覚えていない。
だけど、隆二さんと由紀は一部始終を目撃していた。

二人はあの日の事だけは絶対に話してくれなかった。
どんなに聞いても決して答えてくれなかった。

隆二さんはあの日からすっかり元気を失くしていた。
凄く元気な人でいつも笑ってたのに。
ぼーっと空ばっかり見てた日もあった。

学年トップだった成績も少し落ちてしまったらしい。
それでも上から数えたほうが早いみたいだけど…。

「起きろよ…時夜!!!!!!」

隆二さんは突然に人が変わった様な叫び声をあげると、
なんと!時夜の胸倉を掴み上げ彼を殴り始めたのです!

「起きろ!!!てめぇ!!起きろってんだよ!!!」

「やめて!!やめて!!!」

彼の手を押さえようと掴みかかるが、
まるで服のレースのように軽々と私は彼に振り回されてしまう。

「起きろよ!!起きろよ時夜!!!」

どんなに殴りつけたって、何度名前を呼んだって。
時夜が起きないって彼もわかってるはずなのに。
きっとそれでも諦めきれないんだろう。

私だって、殴って起きるなら何度殴ったかわからない。
でも、時夜はもう起きないんだから……。

「お願いだからもう止めてよーーー!!!」

心の中で泣き叫び願うと、
私の声を聞きつけたかのように背後からその声は聞こえてきた。

「アホ隆二!!やめんかぃ!!」

バシッと強烈な平手打ちの音が響き渡る。

「……悪い…由紀」

「うちに謝ってどうすんねん」

そこに現れたのは、昼間に時夜を起こす薬を作ると出て行った由紀でした。

「まーったく、こんな夜中にえらいでかい声が聞こえるから、
なんぞやらしいことでもしてるのかと思ったわ」

由紀は冗談なのか本気なのか、
凄く嫌味っぽくそう言うのでした。

「…そう言う由紀、てめぇこそこんな時間にどうしたんだよ」

隆二さんがそう言うと、由紀はにやりと笑い、
手に持っている鞄から三粒の錠剤を取り出したのです。

「…これで、時夜を呼び戻すんや」

「呼び戻す?」

私がそう思うと、
まるで由紀はそれを聞き取ったかのように頷き、
その錠剤の説明をし始める。

「人間の死した魂はなんぞ不満があると、
この世とあの世の境目をうろうろしてるらしいやないか?
そんで、この薬はそのあの世とこの世の境目にいけるっちゅー凄い薬や!」

「行けるから何なんだよ」

「隆二、アンタわかってないな?
つまりそこに行って時夜を連れ戻して来るんや!」

由紀の言っている事は凄くあっけらかんとしていて、
本当に夢物語みたいな発言だった。

要するに自分達も死んで、
死んだ時夜の魂と一緒に帰ってきて生き返る。

と言う事になるんだろうか?
……どちらにしても、凄いと言うか怖い薬に間違いはなさそうだった。

「はやくせんと、魂も閻魔大王とか言うのに引っ張られて消えてまうで!」

「…お前、さっきから言ってる事がめちゃくちゃなんだよ!」

「うるさいわ!時間がないんや!!!」

そう言うと由紀は、手に持っていた三錠の薬のうち1つをぐっと飲み干してしまった。

「由紀!?」

すると嘘のように由紀はその場に倒れ、
あっという間に冷たくなっていきました。

「……くそっ!!」

強く地面を殴りつける隆二さん。
そして、由紀の手から錠剤を1つ取り出すと、
何の迷いも無く飲み干してしまうのでした。

…隆二さんも由紀と同じ様に倒れ、そして冷たくなっていきました。

残った錠剤が1つ。これは私にも飲めと言う事なのでしょう。
……時夜はまだ凄く近くにいる気がする。
呼べば声が届くところに居ると思う。

「だったら、私が呼びに行こう」

由紀の手から残りの一錠を取り出すと、
私もそれをグッと飲み込むのでした。



人間は死ぬ直前、走馬灯を見ると言います。
ゆっくりと凄く鮮明に小さい頃からの思い出が。

今、私は時夜と出会った頃の思い出を見ました。
あの時は私が倒れて、そして時夜が助けてくれた…。

そしてこの間も体育館で私が倒れて、
最初に私を救おうとしてくれたのは時夜だった。

色んな人にさげすまされて生きてきて、
もう誰も信じないって決めていた。

だけど、あの時、時夜に初めて出会った時。
凄く凄く大切な思い出。
どんなに辛い目にあってもずっと消えない1つの思い出。

時夜が私の命を救ってくれた。
だから、何があっても時夜の事を信じたい…。

でも、時夜はもう忘れてると思うんだ。

うん…初めて私達が出会ったのは、小学校の頃だった。

あと少し遅かったら、私は死んでいた。
突然に苦しくなって…薬も持ってたのに…苦しくて動けなかった。

……MO学園、その頃の私が住んでいたのはここだった。
孤児だった私が1人親戚中をたらいまわしにされていた頃の話…。

どうして時夜がここに居たのかわからない。
どうしてあんな所に来たのかもわからない。

古の森。あそこで私達は初めて出会った。

忘れられない。
あの日あの時あの場所で、
無我夢中で薬を飲ませてくれた貴方の事。

名前も告げずに立ち去ってしまったけど、
大きくなっても目だけは純粋で凄く綺麗な瞳だったから…。

富樫 時夜…今でも私の好きな人…。

「……めぐみぃ〜……」

背後から突然におぞましい声が聞こえてきた。

恐怖に怯えながら振り返ると、
涙をぼろぼろ流している由紀と隆二さんが居る。

「アンタと時夜にそんな良い思い出話があっただなんてなぁ…」

「くぅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!俺、そう言う話に弱いんだよなぁ!!」

なんだかよくわからないけど、凄く感動していたみたいだ。
……ってあれ?何か変な気が……。

「…もしかして二人とも私の考えていた事がわかるの?」

ふと思い立って聞いてみた。
だって、そうじゃないと私が思い出話が伝わるはず無いんだから。

「バッチ!わかったで!!」

「あぁ、俺もわかったぜ。
…どうやらここじゃあ考えた事全部が筒抜けちまうみたいでなぁ」

「そうそう、お蔭様でさっきからやりにくいったらありゃしないで」

「あぁ、由紀のブスとかオテンバとか迂闊に考えられないもんな」

「……しばくぞ!!??」

何だかんだと仲の良い二人だなと思う。

「仲良く無い(わ)!!
…隆二さんの言った通り、本当に迂闊な事は考えられ無いようです。

「ねぇ、二人とも。兎に角時夜を探そうよ」

私がそう言うと、
二人は全く同じタイミングで、
「うん?あぁ、そうだな(やね)」とはもってくれた。

以心伝心ってこういう事を言うのかなぁ。
何て思ってしまう素晴らしい二人だ。

「…そう言えば由紀、俺等ってどうやって生き返るんだ?」

隆二さんが口にした言葉にハッと不安が過ぎる。
よく考えたら、時夜に出会えて連れ戻せそうでも生き返る方法がわからない…。

「由紀!そこん所どうなの!?」

私と隆二さんは、ズズイと由紀に詰め寄っていく。

「大丈夫、この薬の効果は夜明けまでや」

夜明けまで、そういわれて時計に目をやると、
時刻は丁度夜中の3時を指していた。

「えーっと、それが大体うちらの死んだ時間やから、
夜明けまではあと2時間42分と21秒って所やな」

「こまかっ!」

「何言うてるの?一分一秒が命取りになるんやで、こう言うのは!
ほれ、こうしてる間に50秒も経ってもうた!急ぐで!!」

「うん!急ごう!!」

由紀の言葉に促され、
私達は時夜の名前を呼びながら辺りを探索し始めるのでした。




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