- 「さよなら」
見えなくても、君は絶対頑張ってるね。
離れていても、心は絶対繋がってるね。
言わなくても、何となくはわかっているよね。
どんな時にも、心に私がいてくれるかな?
さよならしても、私の事…忘れないでいてくれるかな?
その日は目覚めたときから憂鬱だった。
なんとも言えず身体も重かった。
一生懸命訓練を積んだのにもかかわらず、
結局僕等は手も足も出なかったんだから…。
メンバー全員から恵の様子と、
今後の方針について不安げな声で電話がかかってきていた。
普通なら複数同時通話も出来るのだが、
僕の家の電話が有り得ないくらいアナログなので、
今日みんなで集まって今後の方針を話し合う事になっていた。
昨日の疲れからか、
恵は気持ちよさそうに寝息をたてていたのだが、
黙っておいていくとあとで起こられるので、
そっと彼女を起こすと、とりあえず今後の予定を一言で説明する。
「部活行ってくるけど恵も来る?」
寝起きで意識がはっきりしていない様子だったが、
彼女はコクコクと数度うなずくと、
あわくって出掛ける支度を整えていくのだった。
それから数十分後、自宅を出発した僕等。
表はかんかん照りで熱かった。
気持ちいいくらいに熱いと言う様な日差しだろうか。
本当、これが海とかに居るのなら気持ちいいと思うだろう。
でも、普通に生活しているなら、とにかくがむしゃら熱くてかなわない。
隣を歩く恵も具合いが悪そうにヘロヘロと歩いている。
だけど、彼女はずっと離すことは無かった。
僕の手を握って離すことは無かった。
僕等の間に会話が無くとも。
…熱くても握り合ったその手のひらに不思議と不快感は感じない。
恵と付き合い始めて長いけど、
色々な事で気持ちが揺らいだ事も沢山あったけど。
僕達は今やっと、恋し始めてるのかもしれない。
照りつける日差しの中、
バカみたいに笑いあう僕らがそこにはいたから。
部室内はなんともいえず暗かった。
やっぱりみんなあれ程までに力の差があるとは思わなかったのか、
相当にへこんでしまっている様子だ。
「誰か良い案のある人いませんか?」
いつもの様に僕等を仕切る沙希もいまいち元気が無い。
流石の彼女もショックを隠せないようだ。
「誰か良い案のある人いませんか?」
まるで何かにすがるようにして同じ言葉を繰り返し続ける沙希。
しかし、誰一人挙手をする事も、声をあげる事も無かった。
今まで明るくはしゃぎまわりゲームまでしていた彼等が、
180度ひっくり返って別の世界に来てしまってみたいに。
それくらいに皆の沈み具合はすごかった。
「無いみたいですね……」
結局全く動きの無いまま、
会議と言う名の無駄な時間は過ぎ去っていった。
「あ、そう言えばガルディア総出演ドラマなんですが、
趣向を変更してドキュメンタリーに変えるそうですよ」
思い出したかのように突然そう口にする沙希。
それでも、やっぱりメンバーの中で声をあげる者は一人も居ない。
まぁ、何を隠そう僕も心の中で思う事は出来ても、
言葉で返答する気力は無かったんだけど…。
…うん、ドキュメンタリー、それも良いかも知れない。
ドミニオン、彼等の恐ろしさを伝える為に。
それで良かったのかもしれない。
僕等には結局、いや、人間は結局神には勝てないんだ。
「それと、もう1つお知らせがあります」
そう言う沙希の表情は先ほどより更に気落ちしている、
と言うよりは何だか悲しそうだった。
「私、陣内 沙希は、今回の失態の責任を負い、
チームガルディア部隊からの解任が決定いたしました」
「なっ!!!」
「なんだって!!!???」
ずっと黙りこくっていたメンバーも流石にその言葉に驚いたのか、
全員が同時に大きな声を上げた。
「何で沙希が責任を負わないといけないんや!!」
「チームの失態はみんなの責任よ!!」
「…沙希が辞める事なんてねぇ!!」
「辞めるな沙希…俺が代わりに辞めてやる…」
「リーダーは僕だろ!?なら僕が辞めるよ!!沙希!!」
僕達が次々と述べた言葉に対し、
沙希は黙ったままで、ただただ首を横に振り続けていた。
「もう決まった事ですから」
沙希はそう言い残し、
無言のまま鞄を拾い上げると部室から走り出て行った。
「沙希!!!!!!!」
僕等はそんな沙希を慌てて追いかけた。
沙希ならまず向かうであろう自転車置き場へと向かって。
僕等は必死で彼女の愛車のバイクを探した。
端から端まで、みんなで手分けして走り回った。
「見つかった?」
「こっちは無い…」
「うちも見つけられなかったわ」
「何度か見たから覚えてるんだがな…」
「無かったわ…」
随分長い時間探したけど、
僕等は…沙希のバイクを結局最後まで見つける事は出来なかった。
次の日、沙希は教室に姿をあらわさなかった。
それどころか、自宅にも帰ってきていないと言う。
「…沙希……うちに何も言わんと…」
…今彼女の詳細を知るものは一人も居ない。
唯一の肉親の由紀さえも知らないのだから……。
だけど、きっとあの人は知っているはずだ。
あの人が知らないはずが無いんだ。
「…直接問い詰めてやる」
僕はそう思い、メンバー全員に声をかけ、
あの場所へと足を向けていた。
僕がこの学園に来て初めて訪れた場所、
理事長室へと……。
相変わらず馬鹿でかい扉を殴りつけると、
ギーッと音を立ててゆっくりと開いていった。
「乱暴ですね、富樫 時夜」
書類の束の向こうから静かにそうつぶやく声が聞こえてきた。
「理事長、貴方にお話があってきました」
僕がそう言うと、理事長は当然お見通しと言った様子で、
「沙希さんの事かしら?」とあっさりとした口調で返してくる。
「そうです。…何故沙希が責任を負わなくてはいけないんですか!!」
僕の問いかけに理事長は、
間髪いれず淡々とした口調で返してきた。
「簡単な事です、彼女は貴方が来るまでリーダーと言う立場に居ました。
それなのに、目の前に現れた敵を倒す。
そんな単純な事さえメンバーに身につけさせる事が出来なかった。
だからその責任を取っていただいたのですよ」
理事長の態度は何を言っても無駄と思わせられるようなそんな感じだった。
心の奥底では「沙希の性じゃない!」と叫びたかったけど…。
何故だか、僕にはそれが出来なかった。
どうしてかわからないけど、
僕の中に芽生えていた恐怖と怒りと呼べなくも無い感情が、
僕の心を気持ち悪いくらいに冷静にさせていたから。
「…では、沙希はどこへ行ったんですか?」
僕の言葉に、理事長は答える気は無いと言う様子だった。
「理事長、教えてください。沙希は…うちの姉さんはどこに…」
由紀はそれ以上言葉を続ける事は出来なかった。
そりゃ、自分の大切な姉が突然に行方も告げずに失踪してしまったんだから…。
「理事長!!お願いします!俺達に沙希の居場所を教えてください!!」
「理事長!!あたし達沙希の事が…」
「沙希は…大事な仲間だ…心配して当然…」
メンバーが次々と言葉を発する。
…声にならぬとわかっているのに、
恵も一生懸命に理事長に訴えていた。
そんな様子を見て、
大きくため息をつくと、理事長は小声でぼそっとささやいた。
「…超能力強化施設」
「ありがとうございます!!」
僕等は理事長に同時にそう告げると、
静かにそこを後にした。
…この時、浩輔の顔色が明らかに青ざめていたのに、
きっとみんな気がついていたと思う……。
超能力強化施設。
そこがどんな所か、浩輔が歩きながら話してくれた。
「あそこは…、地獄よ。能力を引き出させる為にはどんな酷い事でもやるわ…。
それでも、力に目覚められなかったものはゴミの様に捨てる。
あたしはそうやって捨てられて来た人を何人も見てきたの…」
思い出しているのか、
浩輔の体が小さく震えていた。
「でも、沙希は力に目覚めてるやん?何でそんな事今更する必要が…」
「沙希が目覚めているのは表向きな能力だけ。
戦う為の力、いわゆる残虐性だとか人間の負の感情的なもの。
たぶん、それを目覚めさせようとしているんだわ」
負の感情、そんなものを目覚めさせてどうなるのだろうか。
それで僕等は強くなれるのだろうか。
人として、変わってしまわないのだろうか?
「どちらにしても、急がないと無事にはすまないと思うわ…」
そんな浩輔の言葉に、
僕等は何とも言い返せずに居た。
普段ヘラヘラとしている浩輔が、
これ程までに真剣な表情で語っているのだから…。
「おい、浩輔。そんな事はどうでもいいからさっさとそこに案内しろよ」
苦しそうにうつむいていた浩輔だが、
隆二の言葉にハッとし、こう告げた。
「…沙希を助けに行きましょう!」
もちろん、彼と同じ気持ちになっていた僕等は、
無言のまま力強く頷いてみせる。
「こっちよ!あたしについてきて!!」
そして、走り出した浩輔の後を、
僕等は全速力で追いかけていった。
それから、バスを乗り継いで山を越え、
数日が経過してからの事だった。
「ここがそうよ」
浩輔が指差す先には沢山の木々があふれていたが、
それを少しのけると白いドアがひっそりと姿を現した。
「…開けるわよ」
浩輔がそっとドアに手をかける。
「待ちなさい」
と、その時、僕等の頭の中に例のあの声が響き渡ってくる。
「……ガブリエル」
相変わらず突然に現れてくれるものだ。
「…正面から堂々と乗り込む人がありますか。
この施設からは邪悪な気配がムンムン立ち込めてますよ?」
彼女が言ったムンムンに突っ込みたくてたまらなかったが、
それは激しくおいておく事にして、
更に続ける彼女の言葉に耳を傾ける。
「……私が裏側に回り外壁に攻撃を仕掛けます。
そして引き付けている間に…正面から忍び込んでください」
何だか通常とは全く逆な気がするが、
あえて裏側で陽動を行い、
正面から忍び込むというその作戦も悪くはないと思う。
僕等はその作戦に賛同する事にした。
「では、私一人では厳しいので…。
隆二さんと大樹君をお借りしていきます」
彼女はそう言うと隆二と大樹を軽々と担ぎ上げ、
そして、空を飛び建物の裏側へと飛んでいったのだった。
…数分後、強烈な爆発音とともに、
施設から警報が鳴り響くのが聞こえた。
「行こう!!!」
残された僕等は、彼女達の行動を無駄にしない為に、
力強い足取りで施設へと踏み込んでいくのだった。
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