「目覚め」



おはよう、そうやって一日が始まって。

いってきます、そうやって家を出て。

こんにちは、そうやってお昼を食べて。

こんばんは、そうやって今日の締め。

お疲れ様、そうやってお家へ向かう。

ただいま、そうやって迎えてもらい、

おやすみ、そして、また明日…で今日が終わる。





施設内にはバイオ溶液に浸された人間らしき姿の者が沢山いた。
確かに人型ではあったけど、人間には見えない…。

触覚があったり、ヒレがあったり、尻尾があったり。

何億年前の人間はそう言う姿だったのかもしれないけど、
まるで時代をさかのぼってきたかのような。
そんな者がいっぱいあふれているのだった…。

「…これは、合成獣(キメラ)よ」

「キメラ?」

「そうよ、人間と様々なものを組み合わせて最強の生物を作る実験…」

「アニメとかでなら見た事あるよ」

「残念ながら現実よ」

何だか怒った様子でそう言うと、
浩輔はスタスタと奥へと突き進んでいく。

「時夜、そんなものはどうでもええから沙希探すで」

そしてそのあとを追いかけて、
由紀も何だか不機嫌そうに歩いていく。

でも、確かに僕等の目的はそこには無い。
変なものに気を散らした事をちょっと反省し、
僕も彼女達のあとを追いかけ、静かに走り出すのだった。



その後、浩輔はまるで沙希の居所でも知っているかのように、
いや、施設内を完全に知り尽くしているかのように。

ためらう事無く次々と警報装置などを取り外しながら突き進んでいく。

「なぁ、浩輔、沙希がどこにいるのかわかるのか?」

適当に進んでいる。
何て言われても困るので、僕はあえて尋ねてみる。

「…わからないわ」

「わからない?わからないのにどうしてそんな迷い無く歩けるんだよ」

僕が不満そうに言い返すと、
浩輔はにこっと笑ってこう返してきた。

「あたしの能力は遠聴、いわゆる地獄耳って奴よ。
…沙希の声が息遣いが、僅かに聞こえる所を目指してるのよ」

「え…でもトラップは?」

「空気の触れる音でわかるの」

「……………すげー…」

たぶん、こいつは一流の、いや、世界一の大泥棒になれる事間違いないだろう。
不謹慎かもしれないが、そんな事を思ってしまう僕なのであった。

「しっ!誰か来るわ!」

浩輔の差し出した手によって、
僕等は半強制的にその人物の視界に入らぬようにと姿を隠す。

が、当然のごとく、ちらっとだけ頭を出して、
そちらを覗いていたのは言うまでも無いのだが…。

「君が着てからまだ数日だが、ずいぶんと研究が進んだよ」

「いえ…偶然ですよ」

男と女のようだった。
しかし何処かで聴いた事のあるような…。

「どうだい沙希君、私の直属の研究室に入らないか?」

「沙希!?」

その名を聞いて、僕等三人は隠れていた事も忘れて、
同時に叫び声をあげていたのだった。

「誰だ!!」

「うわわ…!!」

慌てふためく僕に、由紀が無言で、
どこからとも無く取り出した汚い布切れを被せてくる。

「な…なんだよこれ…」

僕がそれをはずそうとすると、

「黙ってかぶっとき!!」

と小声でささやく。

すると、次の瞬間に、
先ほど沙希と話していたと思われる男が、
拳銃を片手に僕らの目の前を通り過ぎていく…。

「ちっ…気のせいだったのか…?」
それに続いて沙希も僕らの目の前を素通りしていった。

「…カメレオングッズ、その1。
巨大な布切れ。これをかぶって呪文を唱えると姿が消えるんや」

と言う事だったらしい。

僕等は口にチャックをした後、
その布切れをかぶったまま彼女達のあとをつけたのは言うまでも無い。



奥に進むにつれバイオ溶液に浸されていた合成獣達の姿は、
段々と人間から遠ざかっていっていた。

何というか…エグイ。
一体何のためにこんなものの研究をしているのか。
一体これが何の役に立つというのか。

正直、何が何だかもうよくわからなかった。

「そう言えば沙希君、先ほどのエマージェンシーコールに映っていた者の姿は…」

白衣の男の言葉に一瞬ドキッとして身をたじろがせる僕達。
まさか、もうすでに僕等の行動はまるっとお見通しされているのだろうか…。

「そうですね、今もすぐ後ろに居るみたいですけど」

静かにそう告げると、
沙希は懐から一丁の拳銃を取り出し僕らのほうへと向けて構えた。

「おい、由紀!ばれてるみただぞ!!」

「んなあほな!赤外線も通過できるアイテムやで!?」

…そんな僕等の心をお見通しといった様子で沙希は告げた。

「私に隠し事をしても無駄ですよ?」

その言葉の後、沙希は無言で引き金を引く。
弾丸はマントの一部を貫き、そのまま地面へと突き刺さった。

「あ、あかん!寸分の狂い無く制御装置を…」

由紀があわてた様子でそう言うと、
次の瞬間に白衣の男がお化けでも見たかのような顔で大声を上げた。

「な!と…突然に現れたぞ!!何者だお前等!!!」

「あの、所長。スイマセンけど私に任せて下がっててください」

あせる男に冷静に告げる沙希。
男はそんな彼女の言葉に無言で数度頷くと奥の部屋へと消えていった。

「沙希!!」

男が立ち去ったと同時に僕等は沙希の下へと駆け寄っていく。
しかし、いつも終始笑顔だった彼女に微笑みは無かった。

「何故来たの?」

僕らに向けて構えた拳銃をおろす事も無く、
かなり怒った様子で沙希は言う。

「…うちは、沙希のことが心配で…」

「私の事が心配なら今すぐ帰って」

そして、由紀の言葉を遮るように沙希はまたも拳銃の引き金を引く。
弾丸は由紀の足元ギリギリ当たらない所で地面へと突き刺さり煙を上げる。

「沙希…」

「早く行って!!!」

悲鳴にも近い叫び声をあげると、
沙希は手にしていた拳銃の引き金を何度も引く。

まるで僕達に何も言って欲しくないのか、
何だかよくわからないが言葉を告げようとする度に沙希はそれを遮ってくる。

「帰ってください!!!」

悲痛な声と同時に放たれた弾丸が僕の腕に当たった。
……痛みなんて無い。
ただ、心は痛くて苦しかった。

「あ……ご、ごめんなさい!!当てるつもりじゃ…!!」

…そしてそれが彼女の感情の引き金になったのか、
こわばらせていた表情が静かに泣き顔へと変わっていった。

「いや、別に痛くないから…」

傷の再生と同時に僕の身体から不純物として弾丸が勝手に飛び出してくる。
…まるでターミネーターにでもなった気分だ。

「沙希、僕達は…」

僕が助けにきた。と告げようとした瞬間、
突然に僕の後ろで黙って立っていた浩輔が沙希の下へと歩み寄っていく。

「…浩輔?」

目に涙を浮かべ浩輔を見上げる沙希。
…その瞳は美しく、並大抵の男なら数秒にして彼女の魅力に引き込まれてしまうだろう。

「沙希、アンタが何をしようとしてるか知らないけどね、
あたし達は仲間なのよ?アンタが突然に居なくなってるのに、
家で指くわえて帰りを待つなんて出来ないわ」

「…ごめんなさい」

沙希はその場に崩れ落ち泣き出してしまった。
…そんな彼女の事をそっと抱きしめる浩輔。
その姿は物凄く普段の付加か無いな姿とは違い男らしかった。

「…なんや、うち骨折り損のくたびれもうけ?」

「…僕は撃たれ損かな…」

「時夜が撃たれてくれへんかったら、
沙希はきっと意思通したで?」

その言葉の後、由紀は、「まぁ、うちなら避けてたけどな」
と意地悪そうに付け足すと二カッと嬉しそうに笑っていた。

「あいつらが侵入者だ!!」

…こんな所で余裕綽々で立ち尽くしている事なんて出来ないってわかってたのに。
それさえも忘れて……。




「ここまで来れば大丈夫ですね」

僕等は何故か天井裏の換気口に身を潜めていた。

しかし、随分とまた走り回ったものだった。
数ヶ月前の僕だったなら間違いなく疲れで倒れ捕まっていた事だろう。

正義の味方に体力って本当必要不可欠だと心から思わされる。

「…本当にごめんなさい」

その一言でスイッチが入ったかのように、
沙希はいつものごとく説明口調で現状について的確に語り始めていく。

……で、大体まとめるとこんな感じだった。
現在この施設ではドミニオンに対抗する事の出来る合成獣を開発中で、
それに至り、実戦経験の高い沙希が今までの戦闘データを提供する事で、
実験の手伝いをしていた。

だが、ここの連中は以前に浩輔が言っていた様に、
科学の発展のためなら何でもやる奴ばかりだった…。

しかし、目の前でどんなことをやられても、
沙希には彼等に逆らう事の出来ない理由があったのだった。

そしてその理由が……。

「私が逆らったら私のオペラを壊すって言うんですよ!!」

…例のバイクを人質、もとい物質として奪われていたのだ。

「バイクくらいなら幾らでも作り直してやるわ…」

「駄目よ!オペラはこの世にあの子一台だけなの!!」

相当大事にしているのだろう。
「絶対に取り返すまで帰れない!!」と言い張る沙希。
その姿はまるでお菓子をお預けされた小学生の様だった。

「…あたしが取り返してくるから、時夜達は恵ちゃん達と合流して」

突然に何を言い出すのかと思いきや、
浩輔は換気口から飛び降り、そして走り出していってしまった。

「浩輔一人じゃ危険だろ!!」

僕があわてて追いかけようとすると、
沙希が僕の肩をつかみ制止してくる。

「浩輔なら一人のほうが安全です。
私達はいち早くみんなと合流しましょう」

…先の言葉の真意がよくわからなかったが、
もうとっくに視界から完全に消え去っていた浩輔を追いかける事は出来なかった。

「あ、ラッキーやで?このまま換気口を通っていけば表に出られるわ!」

…どこから取り出したのか、
謎の携帯ゲームのような機械で地図を映し出していた由紀は、
その言葉の後、「こっちやで」と換気口をズリズリ進んでいくのであった。

沙希も黙ってそれについていっている。
…どうしていいかもわからないので、
僕もとりあえずそれについて行ってみる事にした。




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