- 「弱虫皇子と強気な皇女」
エルファール歴26年 4月某日。
砂漠の町サンドラックに、その二人の人物は現れた。
「ここね、そのお尋ね者のパンダ一家とやらがいるのは」
一人は身長150前後で、ちょっと大きめの帽子を被った、まだあどけなさの残る少女。
実はこの少女、エルファール帝国の第一皇女で、その名を、エスターシア・エルファール。
よくよく見てみると、やはり、どことなく気品さを感じさせる風貌だ。
しかし、その身体に似合わぬ大きさの物体…
彼女の身体と同じか、もしくはそれ以上に巨大なハンマーを背負っているのが非常に特徴的である。
「エスターシアー…やっぱりやめて帰ろうよぉ…」
そして、もう一人は身長180近くはある細身の男。
彼は、エルファール帝国の第一皇子で、その名を、ジャスティ・エルファール。
一緒に居るエスターシアと比べると、同じ王族の割には顔色も優れなく、皇子と言うより乞食に見えなくも無い。
背中に巨大なリュックを背負っているが、
何と言うか、今にも細身の彼を押しつぶしてしまいそうだ。
「しかしですねお兄様!! …エルファール帝国から徒歩1時間!
こんなちんけな町で悪さをする子悪党なんて、
態々、お父様の手を煩わせることなんて無い!!
…そう思わなくて?」
「確かにお父様は、政治やら何やらで色々と忙しいかもしれないけど、
態々、僕等が、出向いてまでやる事でもないと思うんだけどなぁ…」
「あぁ…!! 何て情けない!!
お兄様は、この程度のちっぽけな賊程度も、退治できないと言うのですか!?
いつまでも、そうやってイジイジしているから、弟のジョセ兄様に、第一継承権をとられるのですよ!!」
「…そんな事言われてもさぁ…アイツには才能があるんだよ…それが……僕には無い…それだけさ…」
「あぁー!! もう!! 情けない!!」
ジョセとは、ジャスティの二つ年下の弟で、文武両道、容姿端麗、頭脳明晰と非常に優れた人物で、
国民にも人気があり、兄のジャスティを差し置いて、次の皇帝となるべきだ!
…と周りにもてはやされいる。
ジャスティは才能才能と言っているが、
ジョセはジャスティがウジウジしている最中にも、毎日皇室にて勉学に励んでいた。
才能云々よりも、ただ努力の差が出ただけ…と言って間違いないであろう。
「…僕にもジョセみたいな才能があったなら良かったのに……
そしたら、皇室から追い出される事だって無かったさ…」
「……お兄様っ!」
「…なんだよ……説教ならもう勘弁してくれよ…」
「違います…」
すっかり意気消沈し、沈み込むジャスティ。
だが、そんな彼に落ち込んでいる暇など無かった。
「そこのかわいいお嬢ちゃん? アンタ中々身分の高いお方とお見受けするが…
護衛もつけずに、こんな危ない場所で何をしているのかな?」
上半身裸で筋肉質、頭に紫のバンダナを巻いて、
右目に黒い眼帯を当てた怪しい感じの男と、
その他数十名、男と同じ格好の、いかにも雑魚キャラと言う感じの男達が、
鋭いナイフを手に、エスターシア達の周りを取り囲んでいる。
「私達、この町でちょうしこいちゃってるって言う、パンダ一家とやらを退治しに来たのです」
「おいおい!! 聞いたかおめーら!!」
眼帯男がそう言うと、雑魚キャラっぽい男達が声を揃えてゲタゲタと笑いだす。
「お嬢さん、知らないようだから教えてやるが、
俺達が今、城下を最も騒がしていると言う、凶悪最悪極悪のパンダ一家よ!!」
眼帯男は、親指で自分自身を指差しながら、自信満々に答えた。
…それから、数秒間の沈黙の後。
ぷっ…っと小さく息を噴出したのを合図に、
エスターシアが、お腹を抱えて大笑い。
「エ…エスターシア……拙いよ…相手を怒らせるようなことをしちゃ…」
ジャスティは、眼帯男とエスターシアとを交互に見ながら、
オドオドとした様子で、エスターシアをなだめている。
「な…なんだてめぇ!! 何を笑ってやがる!!」
「あーっはははは!!! 大の男が自信満々でパンダ一家って……!!!!
いーーーひひひひ!! はらよじれるぅーーー!!!」
先ほどよりも更に、のたうち転げまわるエスターシア。
しかし、あまりにも激しくゴロゴロと転げまわった事により、
足元から巻き上げられた砂埃を思いっきり吸い込み、咳き込む。
「げほっ!! げほっげほっ!!」
「エスターシア…大丈夫?」
「えぇ……平気です……」
ジャスティの手を借りて、ゆっくりと立ち上がり、
とりあえず全身の砂を払い落とすエスターシア。
続けてハンカチを取り出すと、それを水筒の水で湿らせ、
余裕の表れなのか、それとも相手を挑発しているのか。
ハンカチで顔についた砂を払い落とす。
「くっ…このガキ……おい!! おめえら!! そいつ等を捕まえろ!!
男は殺してもかまわねぇが、女の方は絶対に生け捕りにしろよ!!」
眼帯男の命令で、下っ端達は一声を上げると、エスターシア達に向けて飛び掛ってくる!!
「うわぁーーー!!! もうダメだぁーー!!」
それを見たジャスティは、涙目になりながら頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
しかし、エスターシアの方は、顔を拭いていたハンカチを兄の頭の上にかぶせると、
背中に背負っていた巨大なハンマーに手をかけ、ニヤッと怪しく微笑む。
「見よ!! この黄金の輝き!! 聞こえるか!! 魂震えるこの鼓動!!
時来たれ!! 我今叫ばん!! 大地を引き裂く無敵の業を!!」
巨大なハンマーを天高く振るい上げ、地面に向けて一直線に振り下ろすエスターシア!!
「う…うお!! なんだ!!」
地面を叩きつけたその轟音により、周辺の空気が振動し、
ハンマーを中心にして、ゆっくりと音の波紋を広げていく。
「いでよ!!! 大地の精霊!! アーサー!!!」
エスターシアがハンマーを担ぎ上げると、
波紋の中心箇所から、巨大な手がゆっくりと競りあがってくる!!
「うわぁーー!! 化け物だー!!」
それは、順々に身体の部位を表していき、
たった数秒にして、砂のみで形成された、黄金色の巨人としてそこに姿を現した!!
「…お!! おい!! お前等!! あんな見た目だけの化け物に騙されるな!!
あんなもん…ただの砂じゃねーか!! 行け!! やっつけろー!!」
手にしているナイフを、エスターシア達に突きつけ叫ぶ眼帯男。
だが、彼の声に答えられる部下達は、すでに逃げ出していて、そこにはもう、彼以外誰もいない。
「ひ…ひぃー!!」
それに気がついた途端、男は腰を抜かしてしまったのか、
ぺたんとその場でしりもちをつき、真っ青な顔でがくがくと震えだす。
「さて…パンダさん? どうしてくれちゃおうかしら?」
エスターシアが右手を振り上げると、
巨人がゆっくりと、眼帯男の下へと歩み寄っていく。
「ゆ…許してください!! もう悪い事はしませんから!!」
「う〜ん……どうしよっかなぁー?」
涙声で訴える男の言葉を聴いても、
何かを企んでいるのか、エスターシアはニヤニヤといやらしく笑みを浮かべていた。
「ひぃーーーー!!!!」
巨人は、男の目の前で立ち止まると、
腰をかがめて、男の眼前にゆっくりとその顔を近づけていく。
「ちゅっ♪」
男の方に微笑みながら投げキッスをするエスターシア。
すると巨人は、男の身体を優しく包み込み、物凄く情熱的で熱苦しい口付けをぶちかました!!
「もぅ…だ・い・た・ん♪」
その後、巨人はその場で静かに崩れ落ちていき、元の砂へと戻っていった。
ちなみに男の方は、まるで魂が抜け出したかのような顔で、
だらしなく失禁しながら気絶していた…。
「うん、これでこいつ等はもう悪さをしないはずですね、お兄様♪」
満足そうな笑顔で、ジャスティの方へと振り返るエスターシア。
「ひぃいい……!! 殺される…!!! こわいよこわいよぉ……!!」
「……ちょっと……お兄様?」
しかし、パンダ一家がエスターシアによって退治された事にも気がつかず、
ジャスティは、あれからずっと怯え続けていた…。
「……お兄様の……!!!」
それを見たエスターシアは、ゆっくりと後方に数歩下がると、
全速力で、ジャスティに向けて駆け出していく!!!
「バカぁーーー!!!!」
大粒の涙を流しながら、
兄への愛の鞭(ドロップキック)をぶちかますエスターシアなのだった……。
パンダ一家を退治したエスターシア達は、サンドラックの町長の元へと招待されていた。
「いやぁ…本当にありがとうございます、旅のお方…何とお礼を言えばいいか…」
「いえいえ、悪い奴は許せませんからね、兄さん♪」
「はは…そうですね……出来れば彼等を煽らずに、はじめっから精霊召還を行って欲しかったよ……」
エスターシアに蹴り飛ばされた右頬を、痛そうに撫でているジャスティ。
真っ赤に腫れ上がっているので、相当手加減無しで蹴飛ばしたのであろう…。
「ところで旅のお方…盗賊を退治していただいて何なのですが、
もう1つお願いをしても宜しいでしょうか?」
「…とりあえず聞きましょう」
その後、町長に話を聞かされたエスターシアは、兄の了承を得ることなく、
二つ返事でそのお願いをOKすると、サンドラックの東の方にあると言う洞窟へと足を運んだ。
「ここに間違いなさそうですわね、お兄様」
「…うん……ねぇ、エスターシア本当にやるの?」
「当たり前です!! 弱き民が苦しんでいるんですよ!?
こんな時こそ我々皇族が立ち上がらないでどうするんですか!!」
「そ…そんな事言ったってさぁ…魔物と戦うんだろ? …勝てるの?」
「やってみなければわかりません!!」
サンドロックの町長にお願いされた事とは、
以前から水脈として利用してきた東の洞窟が、
魔物によって閉鎖されてしまったので、魔物を退治して洞窟を開放して欲しいとの事だった。
ずっとお城で育ってきたエスターシアとジャスティ。
学校で学んだ程度の知識はあるが、勿論、現物を見た事は無い。
実は、先ほどパンダ一家と対峙したあれが、
二人にとっては初めての実戦となる。
そんな状態で魔物だなんて、本当に二人は大丈夫なのだろうか?
「さぁー!! 気合い入れていきましょう!!」
「……あぁ…帰りたい……」
町長に手渡された松明を手に、
二人は、狭くて暗くてじめじめした洞窟の中へと足を踏み入れた…。
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1話あとがき