「遭遇!!初めての魔物!!」




エルファール歴26年 4月某日+1。
砂漠の町サンドラック東の洞窟に、二人は足を踏み入れた。

「お兄様、足元が濡れていて滑りやすくなっているようです。
気をつけて進みましょうね」

「う…うん……うわっ!!」

「…お兄様…言っている傍から……本当にしっかりしてください!!」

壁に手をつき、よろよろと立ち上がるジャスティ。
しかし、そんな彼の頭目掛け、何か黒い物体が、一直線に襲い掛かってきていた!!

「お兄様!!ふせて!!」

「え!?」

そんな事は露知らず。
エスターシアの言葉の意味を理解できていないジャスティだったが、
彼女のただならぬ様子に恐怖を感じて、慌ててその場に蹲る。

「このぉ!!」

エスターシアは背中のハンマーを手にすると、勢い良く振りぬき、
ジャスティに迫ってきていた黒い物体を、力いっぱい叩き付けた!!

黒い物体は、そのまま壁まで吹っ飛び、
と小さな呻き声を上げた後、ゆっくりと地面に沈み込んでいった。

「……蝙蝠…のようですね」

「それにしては随分大きいような……」

「単独で私達を襲ってきたのです。
多分普通の蝙蝠ではなく、蝙蝠に果てしなく類似した蝙蝠型のモンスターで間違いないのでしょうね」

「うぅ…やっぱり帰ろうよ…エスターシア……」

「帰りたければどうぞ、お兄様一人で帰ってくださいませ」

「……そんな事出来ないよ……」

「では、参りましょう、お兄様」

怯えるジャスティとは正反対に、勇ましい足取りで洞窟の奥へと突き進んでいくエスターシア。

「ま…待ってよー!!」

その後、彼等が倒したはずの蝙蝠型のモンスターは、
しばらくして元の姿へと戻り、エスターシア達を追いかけるようにして、洞窟の奥へと消え去っていった。



それから数十分。エスターシア達は、洞窟の最深部へと到着した。

「……なんでしょう?この巨大な建造物は…」

川の中には、なにやら不思議な形の建造物があり、
上流から流れてきている水は、全てその不思議な建造物の口の中へと消え去っていっていた。

「…うーん……これには中々高等な術が施してあるみたいだね。
この建造物は、この口から取り込んだものを、何処か別の空間へと移動させる力があるみたいだ」

興味津々と言った様子で、建造物の所々を細かく観察するジャスティ。
そんなジャスティの様子を、少し離れた場所から見守るエスターシア。

「お…お兄様…?そんなに無用心に触って平気ですの?」

「大丈夫だよ。現にこれだけ近くで触ってるのに、何も問題ないしさ」

しかし!その時ジャスティは、足を滑らせて川の中へと落ちてしまい、
そのまま大きく開かれた建造物の口の中に飲み込まれ、その姿を消した…。

「お兄様ー!!」

あわてて駆け寄り、中を覗き込んでみるエスターシア。
…だが、すでに流されていってしまったのか、ジャスティの姿を発見することはできない。

「あぁ…でもお兄様は泳げない…迷っている暇なんて無いのですね!!」

胸いっぱいに大きく息を吸い込むと、
エスターシアは、ジャスティの後を追いかけるように、建造物の口の中へと飛び込んだのだった……。



あれから、どれくらいの時間が流れたのだろうか?
エスターシアは、どこだかわからない小さな掘っ立て小屋で目を覚ました。

「あ、気がついたんですね!良かったぁ……」

目の前には、みずぼらしい格好の女性。
エスターシアが目を覚ましたことに対して、女性は本当にうれしそうに微笑んでいた。

「……ここはどこですか?」

「ここは砂漠の村サンドラック…あなたは三日前に川のほとりで倒れていたんですよ」

「そう…ですか……あの、私の兄の事をご存知ありませんか?
私の少し前に川に落ちて、流されていったはずなのですが……」

「あなたのお兄さん…?
…うーん……狭い村ですから、他所の人が来ればすぐにわかると思いますけど……
それらしき話を聞いた覚えは無いです、ごめんなさいね」

「いえ……」

その後、女性から食事をいただいたエスターシアは、
兄の詳細を知るべく、自分が倒れていたと言う川のほとりへと向かう。

「……これ……は……?」

だが、家から一歩外に踏み出すと、
そこはつい先日、エスターシア達が訪れたサンドラックの風景とは、まったく違っていた。

空気はよどみ、木々は枯れ、目の前に見える川は、血のように真っ赤に染まっている。

「世界は今、病に侵されているのです…」

女性の声に振り返った瞬間、
エスターシアは、驚きのあまりに腰を抜かしたまま、その場に崩れ落ちた。

「どうしたんですか…?」

夢でも見ているのか…?
確かに、先ほどこの家の中にいたのは、笑顔の優しそうな素敵な女性だった。

だが、今の彼女の姿は、
殆どの歯が抜け落ちていて、その上、異臭を放つ紫色の液体を口からたらしつつ、
真っ赤に充血して、今にもちぎれ落ちそうな目玉をブラブラとさせながら、エスターシアの方へと歩み寄ってきている。

「い…いや……いやぁーー!!!」

立ち上がることができず、座ったまま後ずさりしていくエスターシア。
すると、女性は何を思ったのか、一度小屋の中に戻ると、なにやら一枚のお皿を持ってエスターシアの元へと舞い戻ってきた。

「…どう?さっきおいしそうに食べてくれたお食事よ……これを食べながらまたお話しましょう…?」

そう言って差し出されたお皿の上には、毛虫やらミミズやらのような物体が、
もぞもぞと動きながら、気を失いそうなほどの激臭を放っていた。

「ああああぁぁぁぁぁ!!!」

必死の思いでお皿を払い飛ばし、何とか立ち上がるエスターシア。
しかし、恐怖のあまりに足は震え、目からはぼろぼろと涙が溢れ出してきていた。

「……お食事を粗末にするなんて……最低な子ね」

女性は吹っ飛んだお皿の前に座り込むと、
それをむさぼる様にして、地面の砂ごとガツガツと口の中に放り込んでいった。

ぐしゃ!べちゃ!!などの音のほかに、虫の断末魔の声が聞こえてきている。
しかし、女性はそんなことを気にする様子も無く、おいしそうにその虫達を食べ続けていた。

「…ほら、あなたもお食べなさい……?」

手に無数の虫を乗せ、女性はエスターシアのほうに微笑みかける。

「い…いやぁーーー!!!」

恐怖に震える足を引きずりながら、エスターシアはその場から逃げ出した。
幸い、女性はそれを気にすることなく食事を続けたため、エスターシアの事を追いかけてくることは無かった。



それからどれくらい走ったのか、辺りの日がすっかりと落ちた頃、
エスターシアは、何とか大きな街へとたどり着くことが出来た。

目の前を通り過ぎる人々は、笑顔を絶やすことなく楽しそうに、
そして、エスターシアが今居る街の入り口付近には、どこからともなく、人々の楽しそうな声が響き渡ってくる。
どうやら、先ほどの女性のような人は、ここには存在していないようだ…。

「…お腹が……」

それに安心したのか、ぐぅーっとエスターシアのお腹の虫が声を上げる。
周囲を見渡すと、すぐ傍に家庭的な雰囲気の、落ち着けそうなお店を発見したエスターシアは、迷わずそのお店へと足を踏み入れた。

お店の中は外見と同じく家庭的で落ち着いた内装で、
食事をする人々も、家族連れや、友人同士などで、和気藹々と盛り上がっていた。

「いらっしゃい、空いてる席に座っておくれ」

店のママさんらしき女性の声に従い、エスターシアは、カウンターの一番奥の席へと腰を下ろす。

そして、出されたお冷をグッと飲み干し、
手渡されたメニューから、適当に数点の料理を注文した。

「お嬢さん、その格好からして、どこかの貴族さんか何かかい?
こんなご時世…護衛もつけずに一人旅とは、相当腕に自信があるんだねぇ…」

エスターシアの頼んだ料理を目の前に並べながら、ママさんらしき女性が言う。
だが、よく見てみると、周りの人達も、エスターシアの方をチラチラと見ながら、小声でなにやら話しこんでいた。

「………いただきます」

そんな事より、とにかくお腹のすいていたエスターシアは、
周りの様子をなるべく気にしないように、出された料理を黙々と平らげ、席を立った。

「ちょっと待ちな!」

「…なんですか?」

「なんだい?この変な紙切れは?」

エスターシアが食事代としておいたお金で、
ママさんらしき女性が、エスターシアの顔をぺしぺしと軽く叩いてくる。

「お金です。先ほど頂いたお食事の量でしたら、それで十分に足りると思いますけど…何か不備でもありましたか?」

「不備でもありましたか?ですって?…良いかい?お金ってのはね、こう言うやつのことを言うんだよ!!」

手にしていたお札をびりびりと破り捨てると、
ママさんらしき女性は、カウンターの中から数枚の紙を持ち出してきて、
そして、それをエスターシアの眼前にちらつかせて見せる。

「……そのお金は…数十年前にシルヴァード皇が納めていた時代に使われていた物…
エルファールに変わった今、そんな旧札は価値をもたらさないはずですが?」

「はぁ…?アンタ…何を言ってんだい?
今はシルヴァード皇が収めるシルヴァードになってちょうど100年目の記念すべき年…
アンタ、どっかで頭でもぶつけてきたんじゃないかい?」

「……シルヴァード…100年?」

「そうだよ…アンタ……本当に大丈夫なのかい?」

「あ……はい…ごめんなさい……それでしたらお金の換わりに、このブレスレットで許していただけないでしょうか?
このブレスレットをお店で売れば2000ゴールド程にはなると思いますから……」

ママさんらしき女性は、複雑そうな表情でそのブレスレットを受け取ると、
店から立ち去るエスターシアの背中を黙って見送った。



シルヴァード歴100年 7月某日。
食事を終えたエスターシアは、すぐ傍にあった道具屋で自分の装飾品などをお金に変え、
そして目立たない服を購入し、その後、宿屋を探して街の中をふらついていた。

「……イヤリング…指輪……ペンダント……ブローチ……
500ゴールドの洋服を買って…残りは1000ゴールドほど…」

本来ならば、その数十倍程のお金で売れたはずのものを、
何故かたったの1500ゴールドで、全て手放してしまっていた。

「…そう…ですね…時代が時代ですし……物の価値も違いますよね…」

実は、エスターシア、道具屋の店主に世間知らずなお嬢様だと見切られ、
言葉巧みにだまされていたのだが、その事に全く事に気がついていなかった。

世間知らずな彼女は、
時代のずれから生じる、金銭的な違いがあるだろうと、店主の事を全く疑わなかったのだ。

「……どうしてこんな事になってしまったんでしょう…」

大きなため息と同時に、空を見上げるエスターシア。
しかし、空は真っ黒な雲で覆われていて、星一つ見えやしなかった。

時はシルヴァード暦100年。
それは、エスターシア達の父、ジャスティス・エルファールが収める1つ前の時代。

この時、各地では争いが絶えなく、他にも貧困の為に息絶えていく人や、
謎の病に犯され、苦しみながら命を落とす人々。

更にはどこからとも無く現れ、人々を襲うモンスター。

まさに、地獄言われた時代だった。

「…お兄様……どうかご無事で……」

そんな地獄と呼ばれた時代に、
どうしてか、エスターシア達はタイムスリップしてしまった。

…これからどうなってしまうのか?
無事生き延びることが出来るのか?

…ジャスティはどこかで必ず生きている……。
ただそう信じて、エスターシアは一人、前に進むしかなかった…。




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2話あとがき