「6つの腕輪」




時はシルヴァード暦100年 7月某日。
シルヴァード城へと向かう途中、山賊と軍兵に襲われたエスターシア達は、
何とかそれを切り抜け、王国騎士、ガルト・クレスに連れられ、メディナークの城へとやってきていた。

「……エスタ…元気だしなよ!」

「…大丈夫です……ただ信じられなくて……」

あの後、ジャスティは、エスターシアに対し、とある言葉を継げると、
彼女達に突如襲い掛かってきていた兵達を連れて、その場を立ち去っていった。

「あの気の弱かったお兄様が……だなんて…」

エスターシアとジャスティが本来居たはずの世界、
エルファールの時代の歴史書には、こう記されていた。

ラマルダ暦342年、皇帝ラマルダ7世を暗殺し、その地位を奪い取ることに成功したシルヴァード一世は、
皇帝となったその日から、以前とはまるで違う恐怖政治により、人々を苦しめ続けた。

息子であるシルヴァード二世も、父である一世と同じく、
逆らうものは公開処刑を行うなどして人々を恐怖のどん底へと陥れていった。

そして、続くシルヴァード三世、彼も前皇帝を心から尊敬し、
以前より更に恐ろしい方法をもちいり、人々を苦しめた。

だが、そんな状態を人々が黙って絶え続けているわけは無く、
メディナーク王の友人であり、そしてエスターシア達の父となる男、ジェスティ・エルファールが剣を手に立ち上がった。

元々政治のみを行っていた彼だったのだが、
剣においても、非常に恵まれた才能を持っており、
その実力は、ほんの半年ほどの訓練で、彼を負かすことの出来る者が一人として居なくなってしまうほどのものだった。

更に、彼が訓練を行っているその姿や、彼の前向きな姿勢に触発された人々は、
共に力をあわせて、シルヴァード三世を倒すことを心に誓う。

しかしこの時、それとほぼ同じタイミングで、突如、大陸全土に出現したモンスター達。
これには、シルヴァード三世も非常に手を焼いており、大陸全土のモンスターを討伐するため、全国各地に戦力を募った。

見境無く動物や人々を襲うモンスターを、放っておくわけにはいかないと思ったジャスティは、
その魔物討伐へと参加し、類まれない彼の才能を皆に見せ付けた。

そして、魔物のボスを退治することに成功したジャスティは、
シルヴァード三世にその功績を認められ、彼の側近として働くこととなった。

彼がこのチャンスを逃すはずなど無く、
元々政治に長けていた彼は、様々な方法を用いて、シルヴァード三世を陥れていった。

……それから約一年、突如消滅した魔物の群れと共に、シルヴァード三世もその姿を消していた。
この時、新たなる皇帝、エルファール一世が誕生する事となる。

…だが、エスターシア達の前に突如現れたジャスティの話によると、
すでに歴史の一部が別のものへと切り替わってしまっていた。

「……お兄様が…魔物を操り…
……レファリア大陸全域を支配しようとしているだなんて…」

エスターシアとジャスティが、この時代に姿を現した事により、
世界は、進むべきはずのその道を、大きく曲げていっていた……。



それからしばらくして、エスターシア達は、
メディナークの城主、クライム・ナークに呼び出され、謁見の間へとやってきていた。

「そなたがエスターシア殿か?」

エスターシアは、王の質問に対して黙ったまま一度頷いてみせる。

「…ガルトに大体の話は聞かせてもらった。
そなたの兄がモンスターを操り、レファリア大陸全域を支配しようとしていると言う事も…」

「…あの気の弱い兄の口から、そのような言葉を聞かされる事になるだなんて…未だ信じられません」

「確かに、人が魔物を操るなどとは、到底考えにくい話なのだが…
そう、そう言えば先刻の戦いにて、そなた達に襲い掛かってきていた兵達が着ていたのは、
先日、魔物に滅ぼされたシルヴァードの兵達の物だったそうだ」

「え……!!シルヴァードが…魔物に滅ぼされた!?それって本当に本当なの!?」

驚きの声を上げ、立ち上がるレベッカ。
それと同時に、静かだった城内の人々も各々に不安げな声をあげる。

「皆のもの静粛に!!王の御前であるぞ!!」

王の傍らに立つ近衛兵が、一歩前に踏み出し、高らかに声をあげると、
先ほどまで騒がしかった城内が、一瞬のうちにして静まり返った。

「そなたは…レベッカ殿…と言ったか。
本当につい先日の話だ、シルヴァードは、突如モンスターの群れに襲われ、その姿を消した。
…今や城は廃墟と化しており、近隣の町や村も、周辺に潜むモンスターにより、非常に最悪な状態だ」

「……最強と謳われたシルヴァードの軍を、いとも簡単に滅ぼすほどの魔物群れに立ち向かう手段などあるのか?」

「…うむ、ユレス殿…だったな?そなたの言う通り、正攻法で立ち向かったところで、
シルヴァードの二の舞となるだけであろう…そこで、君達に試してもらいたい事があるのだが…」

そう言うと、王は近くにいた神官らしき男に目配せをする。
すると、神官は無言のまま頷き、その手に持っていた箱を、エスターシア達の前に置き、静かに口を開いた。

「この中には、6つの腕輪が入っております。
もし、貴方様方の中の誰かが、この腕輪に認められたのならば、腕輪は貴方様の身を守る究極の武具となるでしょう」

神官が蓋を開けると、箱の中には小汚い6つの腕輪が収められていた。
しかし、こんなに小汚い腕輪なのにも関わらず、どの腕輪からも、不思議と神々しさを感じさせられた。

そして、開かれた箱の中の6つの腕輪の中で一際目立つ白い腕輪、
エスターシアは、まるで何かに導かれたようにして、迷わずそれを手にし、自らの腕にはめた。

すると、腕輪は一瞬まばゆい光を放ち、
その光が収まった時には、小汚かった白い腕輪が、美しく光り輝く、白銀の腕輪へとその姿を変えていた。

「……これは?」

「うむ…どうやらエスターシア殿は、腕輪に選ばれたようだな。
魔の者達と戦う勇者の一人として……」

「…私が…勇者……?」

突然の出来事に、状況を把握することが出来ず、固まってしまうエスターシア。
だが、自分の意思とは関係なく、自然と腕輪に引き寄せられるようにして身体が動いたのは、間違いなかった。

「私が魔物と互角に戦えるのでしょうか?」

「エスタ、貴方なら大丈夫だよ…!!」

不安そうな表情のエスターシアの肩を、背後からポンッと叩くと、
彼女の正面にすっと姿を現し、無言のままエスターシアに微笑みかけるレベッカ。

「レベッカ…」

レベッカは、エスターシアの瞳を見つめ、ゆっくりと深く頷いた後、
開かれた箱の中にある赤い色の腕輪を手にし、その腕輪を静かに、自らの腕にはめた。

すると、腕輪からは、エスターシアの時と少し違った真っ赤な光が放たれ、
小汚い赤い腕輪は、燃えさかる炎のように赤い、ルビーの腕輪へと姿を変えた。

「へへへっ、何か私も選ばれちゃったみたいだね、エスタ。
まぁ、色々と不安かもしれないけど、私が一緒だったら大丈夫でしょ?」

「は…はい!!ありがとうございます!!レベッカ!!」

互いの手を取り合い、ピョンピョンと跳ね回りながら喜び合う二人。
これから、命をかけて魔物と戦わなければならない状況なのに、そんなにはしゃいでいて良いのだろうか?

…そんな二人を黙って見ていたユレスが、
残された4つの腕輪の中から黒い腕輪を取り出すと、二人と同じようにして腕輪をはめてみる。

だが、二人のように光を放つことは無く、
彼がはめた腕輪は、小汚い姿のまま変わることは無かった。

ユレスは、自らは腕輪には選ばれなかったのだと思い、腕輪をはずそうとするのだが、
黒い腕輪は、彼の身体と一体化でもしてしまったのか、どんなに強く引っ張っても決して外れる事は無かった。

もし無理やりにはずしてしまえば、自らの腕が引きちぎられるのではないか?
それほどまでに、腕輪は、彼の腕にぴったりとくっついていて、微動だにしなかった。

「…王様…これはいったい?」

「ふむ…どうやらユレス殿は、腕輪には選ばれたようだが、
腕輪に認められる為の何かが不足しているようだ…。
その何かを見つけられた時、ユレス殿の腕輪も、真の力を発揮する事が出来るであろう」

「……なるほど」

王様の言葉に、少し寂しそうな表情を浮かべ、ユレスは、謁見の間から立ち去っていった。

本当なら、彼が出て行こうとするのを、止めなくてはならなかったのかもしれないが、
あまりにも寂しそうな彼の背中を見てしまっては、逆に、彼を引き止める事など出来なかった。

最後に、ガルトが箱の中から青い腕輪を手にし、はめてみると、
腕輪は、青い光を放ち、一瞬にして、その姿を美しいサファイアへと変貌させた。

そして、箱の中に残った2つの腕輪は、
エスターシアの白銀の腕輪に吸い込まれるようにして、箱の中からその姿を消した。

「王様、この腕輪の力は、どうすれば使うことが出来るのですか?」

「…すまん、それは私にもわからない。
だが、その腕輪は、必ず君達の身を守る大切な武具となる。
これだけは間違いない」

この腕輪は、数千年前からメディナークに伝わる由緒正しき伝説のアイテムなのだが、
今までに、この腕輪をはめる事が出来た事例は無く、
本当に武具なのか、本当に素晴らしい力を秘めているのか。

実はその辺もわかっていなかったりする。
だが、エスターシア達を不安にさせまいと、王はそこまで細かく語る事はしなかった。

「それで、私達はこれからどうすればいいんでしょうか?」

「うむ…伝説によると闇の魔術とは…その強大な力により魔の者をも操る事が出来、
更に、死した者の肉体も自由に動かす事が出来ると言う…。
エスターシア殿、そなたの兄上殿は何らかの方法で闇の魔術を習得し、
その強大な力により、心までもが闇にとらわれてしまったのであろうと私は推測している」

「つまり、兄を助ける為には、闇の反対の力、光の魔術を習得し、
兄の心の中に潜んでいる闇を消し去ればいい…と言う事になるのでしょうか?」

「そう言う事になるであろうな。
その為にはまず、西を目指すといい。
西には大賢者、ベルーナ様が住んでおられるクルード山脈がある。
大賢者ベルーナ様ならば、そなた達に何かいい知恵をくださることであろう」

「なるほど、わかりました、それでは西へ向かってみます」

「…気をつけていくのだぞ」

「はい、ありがとうございます、王様……」

エスターシア達は、王様に一礼すると、その場から静かに立ち去っていった。

「……しかし、エスターシア殿…父の私ですら間違えてしまいそうな程に…そなたは私の娘と瓜二つだった…」

懐から古ぼけた一枚の写真を取り出し、
小さくなる彼女達の背中を、寂しそうに見つめる王…。

その写真に写る少女は、見れば見るほどにエスターシアそっくりで…
そう、この写真の少女は、将来エスターシアの母となる女性…エスラその人なのであった…



…それから数日後、エスターシア達は、
クルード山脈に到着し、頂上の賢者ベルーナの自宅へと案内されていた。

「…なるほどのぅ……」

エスターシア達が全ての事実を打ち明けた時、
ベルーナは深刻な面持ちですっかりと黙り込んでしまう。

「賢者様、お願いします!
兄を救う為……いえ、世界を救う為にも、貴方様のお力をお貸しください!!」

「…すまぬ……そう頭を下げられたても、
すでに年老いたこの身ではそなた達の力になってやる事は出来そうも無い……」

「そんな……」

予想外のベルーナの言葉に、エスターシアは落胆の色を隠せずに居た。

「じゃが…その腕輪……その腕輪の伝説がもし本当ならば、
全ての腕輪に輝きを灯らせた時、必ずやお主達に光の力が宿る事であろう…」

「腕輪の伝説…?」

「王から聞いておらぬか?
その6つの腕輪は、過去に世界が闇に覆われた時、
世界を救ったとされる英雄達が身に着けておったものなのじゃ」

「王様からは究極の武具だって聞いたけど?」

「…確かに、捕らえ方によっては武具ともなるのであろうが……
ちと箱の中身を見せてもらってもいいかの?」

ベルーナの言葉に、エスターシアは腕輪の入っている箱を取り出し、
その箱をベルーナの方へと開けてみせる。

「ふむ…すでに4つの腕輪に光を取り戻したのか……」

顎から伸びる長い髭を撫でながら、
ベルーナは繁々と箱の中に収められた腕輪を眺めている。

「先生、ただいま戻りました」

「おぉ…マリス……調度いい所へ帰ってきた……」

声のした方に振り返ると、
そこにはまだあどけなさの残る一人の青年が、
両手一杯の薪を抱えて立ち尽くしていた。

「ベルーナ様、こちらは?」

ガルトが尋ねると、ベルーナは満面の笑みを浮かべながら、
胸を張り、高らかに声をあげる。

「うむ…わしの最初で最後の弟子の…マリスじゃ……!!」

ベルーナの一言で、全員の視線が一気にマリスへと集中する。

嬉しげに笑い声をあげるベルーナを尻目に、
マリスは集まった視線に戸惑い、顔を真っ赤に染め上げていた。

この時、誰しもが気がつくことは無かった。

箱に収められた緑の腕輪が、
まるで何かに共鳴するかのごとく淡い光を放っていたことに……




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5話あとがき