「瞳に映ったそれ」




時はシルヴァード暦100年 7月某日。
シルヴァード城へと向かう途中の洞穴で休憩していたエスターシア達は、
旅の剣士、ユレス・ヴェインと出会った。

「それで、そんな剣士様が、私達みたいな旅人に何か用事?」

「……気づいていないのか?」

「なににですか?」

「…囲まれている……数にしておよそ…30…と言ったところだな」

ユレスがそう言い終えた次の瞬間!!!
彼のすぐ真横を、一本の矢が物凄い速さで駆け抜け、エスターシア達の足元へと突き刺さる!!

「ちぃ…迂闊にも山賊のテリトリーに入っちゃってたか…
ユレス…って言ったっけ?支援するから前衛は頼んだよ!」

「会ったばかりの私を信用しても平気なのか?」

「どうせやられるなら、背後からでも正面からでも同じってね」

「……なるほど」

「間違えて射抜いちゃっても、恨まないでよ?」

「その時はその時だ」

二人は互いの意思を確認しあうかのように、静かな微笑を浮かべた。

「…エスターシア、ここから真っ直ぐ南に走れば、
大体30分位で村にたどり着けるから、ここは私達に任せて助けを呼んできて!!」

「そんな…!!二人を置いていけません!!」

「悪いんだけど、アンタみたいなお嬢様が居ると足手まといなの。
だから、私達の事を思うなら、一刻も早く戦える人を連れてきて。
……私達が持ちこたえられているうちに…!!!」

そう告げると、レベッカとユレスは、互いに一度目配せを交わし、
無言のまま頷くと、洞穴の中から勢い良く飛び出していった!!!

すると、その事を合図に、周囲の草むらに隠れていた男達が、
様々な武器を手に、雄たけびを上げながら、二人に向かって飛び掛っていく!!

洞穴から飛び出してすぐに、
レベッカが精確な射撃で、一人の男の心臓を貫き、一撃の元にその命を葬る。

「ちぃー…!!なんて数よ……!!」

しかし、数が多すぎる事もあり、次からは狙いを定めている暇など無い。
素早く弓を再装し、遅い来る者を次々と打ち抜いていく。

そして、かなりの速さで戦場を駆け抜ける剣士ユレス。
一度に数人の者に囲まれているのにも関わらず、その攻撃を紙一重でかわし、
自らの手にする長剣で次々と男達を切り伏せていく。

はたから見れば、二人が優勢に見えなくも無いのだが、
やはり多勢に無勢と言うこともあり、少しずつ二人が追い詰められていくのが感じ取れた。

一方、二人が洞穴から飛び出したとほぼ同時に村へ向かったエスターシアは、
とにかく無我夢中で、南へと向かって全速力で駆け出していた。

「……早く!!早く…誰か人を呼んでこないと……!!」

だが、彼女は気がついていなかった。
走り出したと同時に、自分のあとを追いかけてきていた一つの影に。



それはほんの一瞬の出来事だった。

エスターシアの向かっている方向から、
物凄い速さで、彼女のすぐ真横を、一本の矢が走り抜けていった。

「ぎゃあーーー!!!」

そして、その矢が過ぎ去ってから数秒。
エスターシアの背後から、男のおぞましいうめき声が聞こえた。

「なっ…なんの声でしょう…?」

何があったのか確認しようと、
声のした方向へと振り返ってみるエスターシア。

すると、つい今しがた、エスターシア達を取り囲んでいた山賊風の男が一人、仰向けの姿勢で倒れていた。

「あ……」

しかし、先ほど何処からとも無く飛んできた矢により、
見事心臓を打ち抜かれ、男はすでに絶命していた。

「…お怪我は、ありませんでしたか?」

エスターシアの背後から、優しそうな青年の声で、静かにそう問いかけてくるのが聞こえた。
振り返り、そちらを確認してみると、そこには弓を構え、馬にまたがる騎士風な男が、エスターシアに微笑みかけてきていた。

男は馬から降りると、エスターシアの目の前まで歩み寄り、
無言のまま頭を垂れ、そして静かに告げた。

「私は、ここより東方にあるメディナーク城の騎士で、ガルト・クレスと申します。
貴方様が、彼の者の振り上げた斧に襲われかけているのを見て、すぐに矢をいらせていただきました。
突然の事により驚かれたと思いますが…しかし、貴方の様な方に何かあってからでは遅いと思い、行動に移らせていただきました。
…ご無礼の程をどうぞお許しください」

「…いえ…助けていただきありがとうございました…」

「…失礼ですが、身分を隠してのお忍びの旅とお見受けいたします。
しかし、この戦乱の時において、護衛もつけておられないようですが…どちらの王家の方ですか?」

…やはり、平民と同じ格好をしていても、わかる人にはわかるものなのか。
皇族の持つ独特の匂いと言うか、オーラと言うか…そう言った類の何かが。

「え…!?…私はエルファ…いえ…別に私は…普通の村娘です……」

しかし、現在は、エスターシアが実際に暮らしていた時代の、およそ20年以上前。
エルファールと言う名の王国は、まだ影も形も存在していない。

「そう…なのですか?」

今の状態では、全くもって架空の存在となる王国の名をあげても仕方が無い。
そう思ったエスターシアは、多少戸惑いはしたが、自らの身分を明かすことはしなかった。

「……しかし、貴方様から溢れるその気品さは…あ、申し訳ありません。
必要以上に追求するのは失礼ですよね」

「気になさらないでください…それより騎士様!!お願いがあるんです!!」

「は…?…なんでしょうか?」

その後、エスターシアは、先ほど自分に襲い掛かってきた山賊が、
大勢で仲間を襲っていると言うことをガルトに告げる。

「…わかりました!!私一人で貴方様の仲間をどこまで助けられるかわかりませんが、力の限りを尽くします!
さぁ、エスターシア様!!私の馬の後ろに乗ってください!!!」

「は…はい!!失礼します……」

王城で、乗馬の訓練も行っていたので、それに関しては相当にエキスパートなエスターシアだったが、
誰かと一緒に馬に乗ると言う経験は、これまでに一度も無かったので、
少々緊張した面持ちで、ガルトの馬の後ろに飛び乗った。

「それでは飛ばしますので、しっかり捕まっていてください!!」

ガルトが馬に一発鞭を入れると、
馬は大きく一声鳴き声をあげ、物凄いスピードで、レベッカ達のいる洞穴へと向かって駆け出していった。

「わ…わわわ!!!本当に…!!!はやーい…!!!」

エスターシアが今まで乗ってきたどの馬よりも、
ガルトの馬は素晴らしい脚力を持っていて、馬に乗りなれない者ならば、そのあまりの速さに目を回してしまうほどのものだった。

もちろん、そんな馬の脚力ならば、
エスターシアが数十分かけて走ってきた道も、物の数分で駆け抜けることが出来る。

「あ、エスターシア…おかえり……その人は…誰?」

しかし、助けに来たはずのレベッカとユレスは、
多少の怪我は負っていたものの、あの数十人の山賊をたった二人で追い払い、
その前にその日のお昼として食べる予定だった、イノシシの肉を美味しそうに食していた…。

「え…っと……助けを呼んで……戻ってきたんですけど……」

「……あー……ごめんごめん、思ったより楽勝だった」

「…量より質が今回は勝っていたようだ」

「…………………」

二人が山賊に殺されてしまうかもしれない!!
そう思って必死になって走ったのにも関わらず、
現実、あまりにもあっけらかんとした二人の態度を見て、
エスターシアの中に、静かな怒りが芽生えてきたのは、言うまでも無いだろう。

「……ぶぁかぁーーーーーー!!!!!!!」

狭い洞穴の中で、エスターシアが大きく張り上げた声が反響し、
鼓膜が破れてしまうのではないかと思わされるような大きな声が、洞穴の中に響き渡るのだった…。



その後、意気投合したエスターシア達は、
ガルトに招かれて、メディナーク城へと向かうことにした。

「メディナーク城と言うのは、どれくらい行けばあるのですか?」

「そうですね…私の馬ならば1時間とかからないのですが…
徒歩ならば…およそ4時間と言った所でしょうか?」

「結構遠いね」

「何でしたら、近くの村で人数分の馬を買いましょうか?」

「いえ…歩きますから気を使っていただかなくて大丈夫ですよ」

「……そうですか?エスターシア様がそう言われるのでしたら…私も皆さんに合わせて馬を降りて歩くことにします」

それから、エスターシア達は近くの小さな村に立ち寄る事無く、
真っ直ぐに、メディナーク城を目指して歩き続けた。

そして、それからおよそ3時間ほど経過し、徐々に日が暮れ始めてきた頃…。

「エスターシア様、そろそろ城が見えてくるはずですよ」

「そうですか、思ったより早くつけそうですね」

「もしお疲れでしたら、私の馬に乗られますか?」

「いえ、私も皆さんと一緒に最後まで歩きます」

「…そうですか、かしこまりました」

そう言って、エスターシアにペコリと頭を下げてみせるガルト。
すると、そんな態度が気に入らなかったのか、不服そうな表情でレベッカが言う。

「ねぇ、なんでガルトは、エスターシアに対してそんなに気を使うわけ?」

…初対面で、しかも、別に自分の家臣でもないエスターシアに対してこの態度。
普通に考えて、エスターシアの身分を知らないレベッカにしてみれば、不満を感じても仕方が無いだろう。

「はっ…何と言えば良いのか…エスターシア様から感じられる王族気質とでも言うのか…
ついついそう言う風になってしまうのです…いわば…一種の癖…のようなものですかね?」

「…職業病という奴だな…。
私もそうだ、雇い主と一緒にいる時は、常に敵がいないか気を張り巡らせている。
お陰で仕事の最中は、気が休まる時が無い…」

「そうそう、それですそれです。
いやぁ、ユレス殿は話がわかりますね」

「ふっ…だが、私にもエスターシアが特別だと感じる気持ちはわかる気がするよ。
はじめて見た時から、心惹かれる何かがあったのは確かだからな」

そう告げると、何故か腰に携えている剣に手をかけるユレス。
そして、それとほぼ同じタイミングで、
ニコニコと微笑んでいたガルトも、
自らの馬にまたがり、馬に装着させていた鉄の槍に無言で手をかけた。

「どうしたのですか?」

「…かこまれている」

気がつけば、先ほどまで不満そうに頬を膨らませていたレベッカも、
戦闘態勢に入っており、3人でエスターシアを取り囲むようにして周囲を警戒していた。

「…私は右翼の弓兵を叩く。
ガルトは左翼の剣兵の方を頼む…」

「了解、レベッカ殿、エスターシア様の事は頼みます」

「おっけ…エスターシア……なんでかわかんないけど、
私達すっかり城兵に囲まれてるみたい…勿論、以前の山賊ほど簡単にはいかない…。
だから…いざって言う時は…私が以前にあげた剣で…自分の身を守って」

「ガルト!!レベッカ!!!」

「騎士の力…見せ付けてくれよう!!!」

「やれやれ…私はまだこんな所じゃくたばらないよ!!」

そして、ユレスの叫び声と同時に、三人は駆け出した。
すると、敵の方もそれに反応するかのように、ゆっくりと進軍を開始し始める。

弓兵が放った、雨の様に降り注ぐ矢をかわしながら、
ユレスは、敵陣のど真ん中へとその姿を消した。

無謀としか思えないその行動だったが、
普通では考えられないそれに、敵の指揮は一気に乱れ、
たった一名の剣士の気迫で、数十名の弓兵達は戦力を無くしたのか、
武器を投げ捨て、その場から逃亡していった。

「はぁぁぁーーー!!」

右翼の剣士の中へと飛び込んでいったガルトは、
豪快な槍さばきで、一度に何人もの兵達をなぎ払っていく!!

その姿は、まるで、古の時代に登場したといわれる伝説の巨人の様だった。

ニコニコと楽しそうに微笑み、
くだらない話しを延々と一人でしゃべり続ける…先ほどまで彼が見せていた穏やかなそれと、
戦場の中に居る今の彼は全くの別人で、
そのあまりのギャップの大きさに、恐怖を感じない者はいないであろう。

そして、レベッカは、エスターシアに向けて襲い来る大量の兵士達を物ともせず、
次々と連続で矢を放ち、一撃の元にその動きを静止させていく。

相当に鍛錬を積んでいるのであろう。
二本同時に弓に装填した矢でさえも、彼女にかかれば、その弾道が狂うことは無かった。

「くっ……!!」

「まずい…よね……」

「城がもう目と鼻の先だと言うのに…」

だが、流石に多勢に無勢と言う所か。
いくら実力がある者達と言っても、徐々に限界が近づいてきていた。

「…どうして……こんなことに……」

エスターシアが、小さくその言葉を口にした時、
どこかで聞き覚えのあるあの声が、どこからともなく響き渡ってきた。

「……君のせいだよ…エスターシア……」

「…その声は……!!!!」

声の後、エスターシア達を襲ってきていた兵達が、突如攻撃の手を止める。

「な…なんだ?」

そして、一斉にエスターシア達の正面に居た兵士達が左右に分かれ、
一本の細長く真っ直ぐな通り道を築き上げた。

「…久しぶり……かな?エスターシア…」

「……お兄様…?」

その細長い道から姿を現したのは、
エスターシアが必死で捜していた兄のジャスティ、その人なのであった。






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4話あとがき