- 「空と大地の天災」
それから、ものの数秒とせず、それらは訪れた。
マリスの登場にも、ベルーナの言葉にも、
興味が無いのか退屈そうに壁にもたれ掛かっていたユレスが、
自らの剣を手にし、突然に声を荒げた。
「ガルト…レベッカ……!」
ガルトとレベッカは、その様子で全てを察したかのように、
それぞれの武器を手にし、マリスを押しのけ小屋の外へと飛び出していった。
「何事ですか!?」
そして、一足遅れて、エスターシアも腰に携えてある剣を握り締め、
小屋の外へと足を運ぶ。
「マリス!御主も……!!」
そう言うと、ベルーナは一冊の書物をマリスの元へと放り投げる。
「あ…はい!!」
ベルーナに投げ渡された書物を抱えると、
マリスもエスターシア達に続いて小屋の外へと駆け出していった。
「……うぬ…?!」
そして、マリスが小屋から飛び出したと同時に、
緑の腕輪が放っていた淡い光は、音も無くその輝きを失った。
「……そうか…マリスの奴が……」
開け放たれていた箱の蓋を閉めると、
ベルーナは、奥の部屋へとその姿を消した。
一方、小屋の外では……
「あれは人間!?それとも魔物!?」
空より襲い来る敵の攻撃を交わしつつ、
レベッカが声をあげる。
「…俺に聞くな!!!」
降り注ぐ矢の雨を回避し、
正面の敵を切りつけると同時に、ユレスが答える。
「まぁ…一種のキメラと言う奴でしょう…ねっ!!」
ガルトの巨大な槍が、一度に数体の魔物の頭を貫く!!
「…やっぱり……みんな凄いです…!!」
そして、エスターシアは、
三人ほど優れている訳ではないが、
ここまでの道中に身につけた戦術経験を元に、
何とか一体の魔物と互角に対峙する事が出来る程に成長していた。
「エスタ!!!!」
「は…はい!!」
レベッカの声に慌てて振り返るエスターシアだったが、
振り返った彼女の瞳に映ったのは、
天空へと剣を振り上げる一匹の魔物の姿であった……!!
「い…いやぁーーー!!」
突然の出来事に、驚き、エスターシアは、
なすすべなくその場に蹲ってしまう…!
「風よ!!」
どこからか聞こえたマリスの声の後、
周辺の大気が、まるで狂ったかのように、うめき声をあげ始める…!!!
「……ふぅ…」
マリスが小さなため息をこぼすと同時に、
あちらこちらに散乱していた魔物達は、
次々とその形を失っていった……。
「なに!?なに今の!!」
初めて目の当たりにした光景に、
なにやら好奇心が沸いたのか、
キラキラと瞳を輝かせながら、マリスの下へと駆け寄るレベッカ。
「流石…ベルーナ様のお弟子さん…と言うだけの事はありますね…」
愛用の槍を収め、いつもの明るい笑顔を浮かべるガルト。
「ふ…ふにゃー………」
そして、結果的にマリスの力により助けられたはずのエスターシアは、
初めて目にした光景と、突然の出来事に状況を理解できず、
あんぐりと口を開いたままに、その場に座り込んでいた……。
「…これが、魔術の力です」
しっかりとポーズを決め、
非常に緊張感の無い微笑みを浮かべるマリス。
当然の事ながら、本人はそれがカッコいいと思っているのだろう。
「がぶぁぶぶ……」
…と、そんな彼の背後で、
小さく何かのうめき声が響く……!!!
「…気持ちはわからなくもないが、戦場では最後まで気を抜かない事だな」
いつの間にマリスの背後に回りこんだのか、
それだけ告げると、自らの剣を収め、小屋の中へと姿を消すユレス。
「……へ?」
振り返った途端、何が起こったのかもわからず、
マリスはただ呆然と立ち尽くしている……。
「…流石、ユレス殿ですね」
ユレスに続き、ガルトとレベッカも小屋の中へと足を向ける。
三人が小屋へと姿を消したと同時に、
マリスの目の前に、バラバラに切り刻まれた魔物が降り落ちてくる……!
「え…!?ま…まさか……そんな……」
マリスの魔術で仕留め損なっていた一匹の魔物。
息を殺し、身を潜め、仲間の仇を討つ機会を伺っていたのだ。
「…僕……生きてる……良かった……」
微動だにしない魔物の死体を見つめながら、
マリスは、崩れるようにその場に座り込んでいった……。
ベルーナの小屋を後にしたエスターシア達は、
更なる戦力の強化を図るため、
ここより北にあると言う、ヘクター城を目指して足を進めていた。
「あ、ユレス様!!お荷物お持ちしますよ!!」
「…結構だ」
そして、マリスは、現在では貴重な魔術師と言う事と、
師匠ベルーナの命を受け、エスターシア達の旅へと同行していた。
「ユレス様!!どうすれば貴方みたいに強くなれるんですか?」
「………」
まるで助けてくれと言わんばかりの視線で、三人を見つめるユレス。
しかし、彼のうざさは、どうにもならないとばかりに、
三人は、ユレスと視線を合わそうとしない。
「うふふー♪ ユレス様と御揃いの腕輪…嬉しいなぁー♪」
マリスの腕に光る、緑色のエメラルドの腕輪。
その輝きに偽りは無い。
初登場の時と比べると印象は変わるが、
彼も、腕輪に選ばれたエスターシア達の仲間である事に変わりは無いのだが…。
「ユレス様との愛のたーめにー♪」
命を助けられたと言う事もあってか、
行き過ぎた彼の求愛行動は、うざいと言う以外の言葉では表現出来なかった。
「……は…はやく次の街についてくれないかな…」
いつもクールなユレスの瞳が、
涙で潤んでいたように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
それから二日ほどが経過し、
ヘクター城へと到着したエスターシア達。
「…こ……これは……!!」
「どうやら…遅すぎたようですね……」
ベルーナに聞いていた話では、
ヘクターは水と花の溢れる、美しい都と言うことだったが、
今、彼等の目の前には、大量の瓦礫と、鼻をつく死臭だけが広がっていた。
「うっ……」
臭いで気分を悪くしたのか、
マリスは、こみ上げるものを抑える事が出来ないようだった。
「…そこっ……!!」
懐から一本のナイフを取り出すと、
見当違いな所へと向け、それを投げ放つユレス。
「おっとと…別に争う気は無かったんだけどな……」
すると、ナイフの突き立てられた所のすぐ傍から、
両手を頭の後ろで組んだまま、一人の男が姿を現した。
「アンタ等…旅人? いや、俺も偶然通りかかった所だったんだけどよ…」
男の背には、背丈の倍ほどはあるであろう巨大な剣が背負われている。
「それにしてもひでー有様だよな…人間の仕業とは思えねーよ……」
男の言葉を聞いたエスターシアの頭に、
兄ジャスティと再開した時の光景が蘇る…。
「…お兄様………」
「なぁ!ところでアンタ…酒持ってないか?」
俯くエスターシアの眼前に、突如迫り寄る男。
「ぶぇ!!」
どこからとも無く飛んできた酒瓶が、
男の顔面に当たり、バラバラに砕け散る。
「エスターシア様に、気安く近づかないで頂きたい」
「あん? 何だ…このお嬢さんはお前の女か?」
「無礼者が!!」
声を張り上げ、愛用の槍に手をかけるガルト。
「止せ…ガルト……」
「ユレス殿は黙っていてください!!」
ガルトが怒声と同時に槍を振り上げる!!
「消えたっ…!?」
正確には消えた訳ではなかった。
「へぇー……お前…俺の動きが見えたのか……」
男の背にあったはずの巨大な剣の切っ先が、
強大な金属音と同時に、ガルトの首元へと姿を現す。
「………」
男の巨大な剣を、寸前の所で押さえ込んでいるユレス。
あとほんの少し遅ければ、
ガルトの首は、跳ね飛ばされていたであろう。
「おもしれぇ…!」
後方に跳ね飛び、男は力いっぱい剣を一振り!!
「…な…なんて馬鹿力なのっ!?」
驚くのも無理は無い。
男の剣が通った後は、
先ほどまで溢れていたはずの瓦礫が、
粉みじんに砕かれた上に、まっ平らに整地されていたのだから…。
「…ユレス殿……!」
「下がっていろ…あの男が持っているのは斬馬刀だ……お前では分が悪いだろう…」
「しかし…!!」
「…それに、アイツも俺をご指名のようだ」
二人が男の方へと視線を送ると、
男は、人差し指を上下させ、挑発するかのようにユレスを誘っていた。
「俺の名は…ユレス・ヴェイン……喋れなくなる前に、貴様の名を聞いておこうか…」
「…俺はバートン・ランド……馬殺しのバートンって通り名聞いたことねぇか?」
「さぁ……なっ!!!」
喋り終えると同時に、ユレスは力強く地面を蹴る!!
「馬鹿正直に正面から来る奴があるかよ!!」
バートンは、迫り来るユレスに向け、
物凄い速さで刀を横一文字になぎ払う!!
「……!!」
ユレスが限界まで腰を落とすと、バートンの振るった刀は、
彼の頭の真上を少しかすめただけで、そのまま通り過ぎていく。
「甘い甘い!!」
バートンは、刀を振るった勢いを、
そのまま殺す事無く、滑らかに身体を一回転させる。
「ちっ…」
先ほどより低い位置から迫ってきた刀を、軽い跳躍で避わすユレス。
「おっと!!こいつは返しておくぜ!!」
ユレスが最初にバートンに向けて投げつけたナイフを、
いつのまに懐に隠していたのか、遠心力を利用しユレスへと向け、投げ放つバートン!!
「くっ…!」
空中で、自らに向け、飛ばされたナイフを弾き飛ばすユレス。
しかし、着地と同時に、先ほどと同じように、
そのまま回転を続けていたバートンの刀が、彼の足元に迫ってきている!!
「ぐぁ…!!」
鈍い金属音と同時に、そのまま瓦礫の山へと吹き飛ばされてしまうユレス。
「ユレス!!!」
それを見て、思わず駆け出すエスターシア。
しかし、そんなエスターシアを、ガルトが肩を掴み、静止させる。
「ガルト…!!」
「…信じましょう…エスターシア様……」
「………」
ガルトの言葉に、無言のまま頷くエスターシア。
視線をユレスの方へと戻すと、
瓦礫を払いのけ、ゆっくりと立ち上がる彼の姿が目に入った。
「…なるほど…な……」
静かに呟くと同時に、勢いよく地面を蹴り飛ばし、
ユレスは、先ほどよりも更に早いスピードで、バートンへと突貫していく!!
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6話あとがき