「天才科学者?」



私達は一軒家の裏に回り、そっ〜と窓から中を覗いてみる。

「…あいつなにやってんだろ?」

何故か、さらわれたはずのぷりんが、
中に居る見知らぬ女性とすっごく親しそうに話をしている。

「なんで?」

状況がいまいち把握できず、
私とリードは互いに向き合い小首をかしげていた。

「とりあえず、中に入ってみようか」

「…それもそうね」

私達は表へと回り、ドアをノックする。

「ちょっと!ぷりんを返しなさいよ!」

「ちょ…エリス、もっと穏便に」

…ノックと言いつつ、思いっきり蹴り飛ばしていたのは言うまでも無い。

しかし、返事が無い。
相手も中々の根性者のようだ。

「開けなさいよ!早くしないと森ごと丸焦げになるわよ!!!」

私は、声の調子を強め、更に強くドアを蹴る。
メキメキと音を立てて今にも蹴破れそうな状態だ。

「いや、エリス。森を丸焦げにするのはちょっと…」

「……それもそうね」

別に本気じゃなかったんだけど、
やはり口は災いの元と言うだけの事はあると言う事か。

「うるさいわね!あんた、ドア壊す気?」

突如、勢いよくドアが開かれると、
もう非常に怒ってますと言った表情で、一人の女性がそこに立っていた。

「ったく…。とりあえず入りなさい?」

女性はやれやれという感じで何故か私達を家の中へ招き入れた。
家の中は、ごちゃごちゃしていてなんだか狭く、
足の踏み場も無く、はっきり言ってしまえば汚い。

「あ、ご主人様。ご機嫌麗しゅう〜♪」

その声にパッと顔を上げると、
部屋の真ん中のテーブルにちょこんと座っているぷりんの姿が目についた。

「ぷりん!どこも怪我してない?」

急いでぷりんの傍へと駆け寄り、拾い上げる。

「いやいや、僕もビックリしました。いきなりあんな事が起きるだなんて」

だが、当のぷりんは落ち着いた様子でケラケラと笑っている。
なんでこんなに余裕たっぷりなんだろうか?

「だから…、私が悪かったって言ってんでしょう!」

女性はぷりんのその言葉を聞いて、
超、不機嫌そうに声を上げる。

「う、いや別に僕はファナさんが悪いだなんて…」

「ファナ…さん…?」

ファナと呼ばれた女性は、突如、鋭い目つきでぷりんを睨みつける。

「いえ…、ファナ様です…」

「…よろしい。命拾いしたわね」

女性はさわやかに微笑んだ。
その笑顔が逆に恐ろしい気がしてならないのはきっと気のせいじゃないだろう。

「で、そっちの坊やとお嬢はなんなの?」

「え?あ、私達は…何と言うか…その…」

別に悪い事をしていた訳でもないのに、
この人を前にしているとその謎の威圧感によりついつい口ごもってしまう。

さっきまでは意地でもぷりんを取り返さないと!
と言う思いで平気だったけど、
いざ冷静になって向かい合ってみると…ちょっと怖い。

「言えないような悪いことでもしてたのかしら?」

女性が下から覗き込むようにして私に詰め寄ってくる。
じっと見なくても凄く美人だとわかるような整った顔つきをしていて、
同時に見つめられると石になってしまうのではないかと思うようなほどの恐怖感もある。

そして、口にくわえられた細長いタバコが妙に似合っていてカッコいい。

「黙ってちゃわからないんだけど?」

「あぅー…」

とりあえず何か言わないと。
そう思って言葉を発しようと思った矢先。

「……口じゃなくてお腹が答えるなんて、どうしようも無い子ね」

何だか怖くて緊張していたはずなのに、
私のお腹はぐぅーっと緊張感の無い声をあげるのだった。
まぁ…お腹が減っては戦は出来ぬと言うし…仕方ないよね?

「…仕方ないわね。先に餌をあげるから、食べたら話しなさいよ?」

「…ふぁい」

すると女性は、「椅子に座って待ってなさい」と言い残し、
奥の方の部屋へと消えていくのだった。
…ちなみに、部屋が汚すぎて椅子が椅子だと発覚するまでに数分かかったのは言うまでも無い。



私達は出された食事を食べながら少しずつ状況を女性に説明していた。

「…食事ってこれ…お酒のつまみみたいなのばっかりじゃん…」

「文句あるなら食べなくて結構よ?」

サラミ、チーズ、するめ。
これから酒盛りでもするのかと言ったようなお酒のつまみな物ばかりがテーブルの上には並んでいた。
が、お腹が減っているので文句を言うわけにもいかず、
とりあえず私達はそれをチビチビと食べていた。

「えーっと、それで、アンタ達の名前は?」

「むぅー、人に聞くときはまず自分から名乗るのが礼儀じゃん」

「…人の家にお邪魔してる奴らが、
飯まで出してもらって先に名乗らないのはマナー違反じゃなくて?」

「…こんなの酒のつまみだし…ご飯じゃない…」

「文句あるなら食べなくて結構って言ったわよね?」

「はぅー…」

背に腹は変えられぬ。
と言うわけで私は女性の言う事をおとなしく聞き入れる事にする。

「えーと、こっちがリードでこれがぷりん。
そんで私がエリス…これでいい?」

「宜しい。…で、エリス?何でアンタがそのぷりんだかを持ってるのかしら?」

「んー、なんでってか成り行きって言うか偶然って言うか…」

私は、とりあえず女性にぷりんを拾った時の事を話してみる。

「…ふーん……じゃあ、アンタはこいつがいったい何なのかもさっぱりわかってない訳ね」

「使い魔って事は知ってるよ?」

「その程度で知ってるつもりじゃどうにもならないわね…」

「むぅー、じゃあお姉さんは何を知ってるって言うのよ」

「そうね…」

女性は一瞬考え込むそぶりを見せると、
ニヤッと笑みを浮かべ顔をあげた。

「まぁ、まずその前に私の事を少し話しておくべきかな…」

「別に知りたくない」

「…良いから黙って聞け」

「は…はひ…」

私が思うに、この人の場合はこの異常なまでの美しさがあるからこそ、
逆に怖さも引き立っているのだと思う。
…でも、普通に考えたら並大抵の人ならば一目で恋に落ちてしまうような。
本当に美しい人だからこその技なのかなと思ったりする。

「えっと、まず…私は、ファナ、【ファナ・アスト】。天才科学者よ」

「自称?」

「…アンタ、やけに絡むわね?」

「うーん…」

正直、第一印象は怖いの一言だったけど、
実は非常に親しみやすい人で、
何と言うか、内面からあふれ出すほどの優しさがあるような。
ついつい、余計な事を言ってしまう私がいた。

「ファナ…?ファナって15年前に英雄フィンと一緒にサタンを封印したあのファナ!?」

ずっと黙っていたリードが突然に席を立ち上がり驚愕の声をあげる。
…そんなに凄い人だったのだろうか?

「…そうね。確かに私は15年前にフィンと一緒にサタンを封印した。
あのファナね?誰がなんと言おうと、正真正銘の本物よ。
…で、それが何?」

「いえ、まさかこんな所で会えるだなんて…。
僕、フィンが書いた【封印伝記シリーズ】が凄い好きなんですよ!」

目をキラキラと輝かせ、
その伝記シリーズの話を熱弁するリード。
おとなしい性格だと思ってたけど、意外と熱いところもあったようだ。

「あー、はいはいはいはい。それは良いからちょっと静かにしててね」

数分間話し続けて止まらないリードをかったるそうに静止したファナ。

「あ、スイマセン…つい嬉しくて…」

恥ずかしそうに顔を赤らめると、
リードは静かに椅子に着席し、食事を続ける。

「ねえ、なんでぷりんをさらったの?」

「うるさいわね!めずらしい素体かと思ったのよ!さっきから間違えたんだって言ってんでしょうが!」

「そんな事一言も聞いてない…」

「何か言ったかしら?」

「別に…」

何だかファナはさっきからかなり不機嫌そうだ。
と言うか会ってからずっと不機嫌そうだ。
そりゃ私達も悪いのかもしれないけど、
ぷりんをさらったんだからそれはそれとして割り切ってほしい気もする。

「ちょっとぷりん…、なんなのよこいつ。かなり態度悪いわよ」

「はあ、ファナさんは気分やなんです…。気分が悪いとかなり酷い性格になるんです…」

「うひ〜、おっかないわね〜。でも、ちょっとわがまま何じゃない?」

「そうですね〜、でも僕はファナ様に比べればご主人様の方が断然わがままな様な…」

「…ぶっ飛ばされたいの?」

「いえいえいえ!とんでもない!!」

「ま、いいけどね…」

私とぷりんは通常なら聞こえない程度の小さい声でひそひそと話しをしていたはずだったのだけど、
ファナには聞こえていたのか、何やら鉄の筒を私の額に押し合えててきていた。

「アンタ達、悪口は人に聞こえないように言うものよ?」

「わ、悪口じゃないよ!」

慌てて先ほどの会話を否定するが、
ファナの表情は変わらない。

「言っとくけど、これの引き金を引いたらアンタの頭くらいならこなごなになるからね。
無駄に動くんじゃないよ?死にたくなかったら」

「ままま!待って下さいよ!ファナ様〜〜!」

「ん…?」

ファナは突然に私の頭を掴み強引に自分の方へと近づけると、
何故だかジーっと顔を見つめてくる。

「…よーく見れば何だかどっかで見た顔……」

私はファナの手を振りほどき、椅子に座ったまま身構える。

「アンタ、もしかしてエリス?」

「…さっき言ったじゃん……」

「そうだったかしら……。
でもまぁ、いいわ。
うん、人生ってのは本当にどこで何があるかわからないわね…」

そう言うとファナはニコッと微笑み、
先ほどの鉄の筒を懐にしまいこみ席を立った。

「ちょっと待ってなさい」

そして、また奥の部屋へと入っていってしまうのだった。

「なんだってんだろ?」

何だかよくわからない展開になってきたが、
極端な話、彼女に逆らうと後が怖そうなので、
おとなしく着席して待つ私達なのであった。




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