「絶体絶命!?」



数分後……、奥の部屋から戻ってきたファナは、人数分のお茶をいれてきて、
それをテーブルに置き、自分も席へと着席する。

「さてと、まず何から話すべきかしら?と言うか何から聞きたい?」

いきなり態度の変化するファナ。
もしかして…新手の脅し…?

「どういうつもりなの?」

疑いのまなざしで彼女を見る私。
するとファナは、そんな私の心を見透かしたかのようにクールに笑い。

「そうね。やっぱり、まず私が何故アンタの事を知ってるか話すとしましょうか」

静かにぷりんを指差すと、そのまま言葉を続ける。

「こいつ、15年前にサタンの封印にいった【エフィナ】って奴の使い魔なのよね」

「え?」

「まぁ、こいつはアンタの使い魔じゃないのよ」

「うーん…でも、本から出てきた訳だし私のものじゃないったらそうだよねぇ」

「あまり驚かないのね?」

「うん、それより15年前って言うのでファナの年齢がすごく気になってる」

「…今は26よ」

「えー…って事は…当時は11歳?…うそだぁ〜」

ファナは物凄く不機嫌そうに私の頭を一発小突いてくる。
やはり女性だから年齢のことにはふれられたくないのだろうか。
と言うか、26でも嘘じゃないのかと思うほどに若々しい外見なんだから別にいいじゃん…。

「……話を続けるわよ?」

「…はい…」

「それでね、まぁ、ちょっと色々と事情があって封印には成功したんだけど、
もっても20年くらいじゃないのかって話だったのよ。その封印」

「へぇー、でもどうせなら封印じゃなくて倒しちゃえば良かったのに」

「アンタって本当に底なし沼にバカね?」

「むぅー、何でさぁ」

「…歴史の勉強をしなさいよ、ったく…」

「歴史って程15年前は昔じゃないじゃん」

「…口ばっかり達者で…アンタって母親に本当にそっくりね」

「お母さん!?ファナは私のお母さんの事知ってるの!?」

まさか自分の母親のことが聞けると思っていなかった私は、
驚きのあまりに勢いよく椅子から立ち上がる。

「…知ってるも何も、私の一番大っ嫌いな親友だったからね」

「大嫌いなのに親友なの?」

「…まぁね…アイツは本当に天才で何でも出来て…本当にむかつく奴よ」

「じゃあ何で親友なの?」

「ん…、今でも腹割って話し合えるのってアイツ位だから…かしらね」

「じゃあそんなに嫌いじゃないんじゃないの?」

「大っ嫌いよ!!」

「……うーん」

何だか時折嬉しそうな顔で話したり、
いきなり本当にむかつくと言う表情で話したり。

過去にいったい何があったのかわからないけど非常に不思議だ。
本当は好きなのか、本当は嫌いなのか。
…これ以上追求すると、しつこい!とボコボコにされそうなので、
私は言葉を飲み込んだ。

「あー…それで、そのぷりんは昔アンタの母親が使ってた奴なのよ…」

「え〜?ぷりんが〜?」

正直こんな情けない奴が?と言う感じだったが、
ふとぷりんの方へ振り返ると、何だか悲しそうな顔でこちらを見ているのだった。

「ぷりん…?」

「黙っててごめんなさい。僕をあの本に封印していたのはあなたの本当のお母さんだったんです。
でも、この事は僕の口からは絶対つげてはならないと言われていたので……」

それだけ告げると、ぷりんは黙り込んでしまい、
私が呼びかけてもうつむいたまま返答をくれなかった。

「ねぇ、ファナはお母さんの居場所を知ってるの?」

何だか雰囲気は暗くなってしまったが、
少しの情報でも得ておきたかった私はファナに尋ねてみる。

「ん、知らない」

「えー……」

「…でも、エフィナに頼まれてたことがあるのよ…。
もしもエリスが使い魔を連れて尋ねてきたらって」

「何々?」

「エフィナの言いなりになったみたいで凄く屈辱的なんだけど…」

ファナは大きく一度タバコをふかし、
凄くかったるそうにこう告げる。

「【ヴァン】にエリスを鍛えてもらうように頼めって」

「…ヴァン?」

「バカでスケベでどうしようもないけど、
知識と魔法だけは凄いって言う変態魔導師の事よ」

「……凄い言い草」

「真実よ」

そう言うと、ファナは席から立ち上がり、
大きなあくびをする。

「さてと、明日の朝出発するから、今夜はここで寝なさいね」

「寝なさいねって…ちょっ…!ファナぁー!」

ファナは私の言葉に答える事無く奥の部屋へと消えていくのだった。

「ねぇ…どうしよう?」

困り果てた私は、ずーっと黙り込んでいたリードに話しかけてみる。

「Zzz……」

しかし、彼は凄く気持ちよさそうに鼻ちょうちんをだし、
完全に夢の世界へと旅立っていたのだった。

「…通りで一言も喋らないと思ったよ…」

…だが、それを見た瞬間、自分の身体が一気に重くなった気がした。

「うーん…私も休もう」

姿の見えないぷりんの事を多少気にかけながらも、
部屋の隅っこにあるソファーに横になると、
私はあっという間に眠りの世界へと落ちていくのであった。




「エリ…ス、エリス…!」

どこからともなく私を呼ぶ声が聞こえる。

「ふにゃぁ…誰ぇ…?」

手探りで、辺りの状況を確認してみると、
何やら、気持ちのいいふにふにとした感触が感じられた。

「むにゃ…ぷりんかぁ…えい!ひっぱっちゃえ〜〜!」

「はわわ…!ご主人様!なにをやってるんですかああ!!!」

「…はれ?」

しかし、痛がる様子も無く、
当のぷりんは恐怖に脅えた声で叫んでいる。
何だか嫌な予感を感じながらも、私はゆっくりと目を開けた。

「……アンタ、朝からいい度胸してるわね……!」

そこには、怒りの四つ角を顔中に浮かべながら、
満面の笑みで、拳を握りしめるファナの姿があった。

「…………あは♪」

ファナは私の手を優しく顔から離すと、
不動の笑顔で私に微笑みかけてくる。
それを見た私は、ザーと聞こえてくるのではないかと言うくらいにはっきりと。
自らの血の気が一気に引いていったのがわかった。

「寝ぼけてんじゃないわよ!!!!!!」

ファナは、私のほっぺを左右上下とおもいっきりひっぱり、
その後、往復びんた食らわせ、最後のとどめに強烈な頭突きを繰り出してきた!

「きゅう……」

頭突かれた私の頭からは煙が上がり、
ほっぺは赤く腫れ上がり、
まるでおたふく風邪にでもかかったのかと言う様な状態になってしまった。

「もう、私の顔とこいつの感触のどこが似てるってのよ…。ったく…」

ファナはぶつぶつと文句を言いながら鏡を見て朝のおめかしをしている。
…やはり美しい女性は毎日たしなみもきちんと丁寧に行っているようで…。

「美しくなる為には努力が必要なんだよね、やっぱり…」

ちりも積もれば山となると言うけど、
私の普段の努力は本当に積もるのに何十年もかかるようなカスみたいなものだったのだろう。

…ファナの化粧台にずらっと並ぶ化粧品の数々…。
しかも何一つ欠かす事無く使いこなしていっている。
ついつい鏡の中のファナが更に美しくなっていく姿に見とれている私なのだった。

「あの、朝食ができましたけど…」

その時、何故かエプロン姿でフライパンとお玉を手にリードが現われる。

「わわ!リード、どうしたのその格好!?」

彼は、あまりにも私が驚いた為か、
それとも恥ずかしいが為か。
こちらの方をみて苦笑いを浮かべていた。

「あ、もう朝食できたのね。ほら、エリス。
アンタも早く顔あらってきなさい。ご飯食べたら出発するよ」

「ど…どうなってるの……?」

ぷりんはもとからだったのだが、
目覚めてみればリードまでもファナの下僕状態になっている。
彼女に言われるがままに肩を揉んだり、タバコに火をつけたり。
いったい、私が寝ている間に何があったのだろう……?

と言うか、よく見てみれば、
昨日まで足の踏み場も無いほどに汚らしかったこの部屋が、
いつのまにかどこぞの豪邸かとも思われるほどに綺麗に彩られている。

…多分、これもリードがやったのであろう。
彼の鞄から取り出される色々なアイテムによって装飾されたこの部屋。
まるで楽園のように美しく、ここからどこへも出かけたくなくなるくらいに、
美しく生まれ変わっていたのだった……。

「うーん…、まぁ、顔洗おう…」

美しいことは得だと昔からよく言ったもので。
きっとこれもファナのもつ美しさから生まれた結果なのであろう。

でも、男性の割にはリードは凄く美しいと言う言葉が似合う容姿で、
その中に彼のもつ独特の雰囲気から出るかわいらしさは、
間違いなく数多の女性の母性本能をくすぐること間違いないであろう。

「むぐ…もぐもぐ…。ん!おいしーーー!な、なにこれどういう事!?」

「いや、僕、これでも料理が趣味なんだ。でも、そんなにおいしいかな?」

「ん、うん!本当においしいよ!これならお店ができそうね」

「ははは、お褒めに預かって光栄だよ」

とかなんとか考えながらいつのまにか食卓についていた私。
だが、口にした料理は正しく言葉通りほっぺたが落ちそうな程の美味しさで、
気がつけば私は、夢中で料理を貪り食っていた…。

「…そんなに慌てなくても沢山作ったから」

私の食べっぷりにやさしく微笑みそう告げるリード。
本当にお嫁さんにしたい位に素敵にかわいい。

「あの、ファナさん。口にあいませんでした?」

リードのその発言で、ふとファナの方へ視線をやると、
彼女は物凄く不機嫌そうな顔をしていて、
背中をのけぞらせ腕を組み、食事には一切手をつけていなかった。

「私はね、酒が無い事に不満を感じてる訳じゃ無いのよ?決してそんなことは無いのよ?」

「あ、朝から飲むんですか…?」

「私は、いつでも飲んでるけど?」

「あの…僕、お酒は駄目なので…」

まるで蛇ににらまれた蛙。
いや、メデューサに睨まれた凡人とでも言おうか。
鋭い眼光でリードを睨みつけているファナ。
流石のリードも、おびえているように見えた。
……かわいそうに…。

「あっそ。まあ、いいわ。たまには飲まない日があってもいいかしらね」

ファナはそう言い軽くため息をつくと、
もくもくとご飯を食べ始める。
…無くても食べれるなら最初から食べればいいのに…。

(こんなんじゃ先が思いやられるなぁ………)

こんな我侭な人に嫌いだけど親友って言われる私のお母さんはどんな人なんだろうか。
…でも、私に似てるって言うし……。

会ってみたい。そう思う気持ちがドンドンと私の中で大きくなっていくのであった。



私達の目の前には物凄くだだっ広い草原が広がっていた。

「うわー!すっごーい!広〜い!向こうまで全部草だらけ〜。」

生まれて初めて見る大草原!!
これに感動しない人間はきっと人間じゃない!!
そう…気がつけば私は駆け出していた。

「ご主人様ーまってくださいよ〜!」

そんな私をぷりんが追いかけてくる。
…まるで夏の浜辺のシチュエーション…。
ぷりんじゃなくてリードが追いかけてくれてきていたら、
物凄く素敵な絵になっていたかもしれない…浜辺じゃなくて草原だけど…。

「はぶぅ!!」

なにやら後ろから飛んできた謎の物体が、
私の後頭部に直撃する!!

「痛いわね!なによ!?」

振り返ると、つかつかと怒り足でこちらに歩み寄ってくるファナの姿があった。
…間違いなく今何かを投げたのはファナだ。

「ファナさん…僕の鞄を投げないでくださいよ…」

「手近なものが無かったのよ」

ファナはタバコをふかしながら私の傍まで歩み寄ってきて、
無言のまま私にチョップをかましてくる。

「はぅ!…何で殴るのよ!!」

「ったく…アンタは本当にいちいちやかましいわね…」

「いきなり殴られたら誰だって文句言うよ!!」

「あー、はいはい、ごめんなさいね。
…良いからたまにはちょっと黙って聞きなさいよ…」

ファナの目からは静かに殺気が放たれていた。
これは相当頭にきている証拠だ。
昨日知り合ってからずっと見ていたから多分間違いない。
もし、これ以上何かすれば…確実に私は殺されるであろう。

「聞きます…」

「宜しい」

ファナは懐から新しいタバコを取り出すとそれに火をつけゆっくりと語り始めた。

「ここは【迷いの草原】って言ってね……」

この後、ファナからこの場所について長々と説明を受けたのだが、
結局の所よくわからなかった。
…まぁ、単純に言えば、目印が無いから下手に動くと迷子になって、
モンスターもはびこってるから危険で、
素人はまず足を踏み入れない危険指定区域だっと…。

…うん。確かに、これだけ広いのに、生き物の気配は感じられない。
更に言われて見て気がついたんだけど、
誰も居ないはずなのに周りから無数の視線だけは感じとれる。

だだっ広い草原。
…改めて考えてみると非常に恐ろしい場所だ。

「ねぇ、ファナー」

何だか怖くなって私はファナの事を呼ぶ。
しかし、彼女は答える事無く天空を見上げていた。

「…何か見えるの?」

「えぇ…モンスターがね」

「え?え!?ええ!?」

その言葉にあわてて空を見上げると、
3匹の巨大な鳥が明らかに私達を狙ってますと言った感じで、
私達の真上をぐるぐると飛び交っていた。

「うわわ!巨大な鳥が、3匹も!?」

「鳥は、匹じゃなくて羽の様な気がするのは僕だけでしょうか…」

「細かい事気にしてんじゃないわよ!」

私は剣を抜き、構える。
が、あんな高いところにいる奴をどうやって倒せばいいんだろうか…。

「馬鹿ね。ちゃんと周りも見なさいよ」

「エリス!上だけじゃない!周りにもウルフが数匹いるよ!」

ファナとリードに言われて、私は地上に目をおろし周囲を見渡してみる。

すると、いつのまにやら、私達は獣型モンスターに囲まれていた!!

「何なのよー!」

リードも焦って鞄から楽器を出している。
だが、ファナは余裕で煙草に火をつけていた。

「ちょっと、ファナ!なに余裕こいてんのよ!」

彼女のその余裕が非常に腹立たしく感じた私は、
ファナの方へと向かってズカズカと歩いていく。

「エリス!後ろ!!!」

その時、切羽詰った様子で叫ぶリードの声が聞こえた。

「むぁ?」

言われたがままに後ろに振り返ると、
いつ来たのか、私に向かって、一匹のウルフが飛び掛かってきていた!!!

「きゃあああ!」

私は慌てて、防御の体制を取るが、とても間に合いそうに無い。
そして、この間合いではすでに避ける事も魔法を放つ事も出来ない。

「エリス!!!」

「い…いやあああーーー!!!」

飛び掛ってくる獣を止められるものは、そこには居なかった。




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