- 「初体験は涙で飾る?」
次の日の、お天道様が真上に上る頃、
私達が食堂で昼食を取っていたらしんどそうにヴァンが姿を現した。
「あだまいでぇーーー!!!」
「二日酔い?」
私達の座っていた所に腰を下ろすと、
しんどそうに数回頷くヴァン。
「…だらしないわね」
そう言いつつもコップに水を注ぎ、ヴァンに手渡すファナ。
何だか最初は何でもめんどくさがってたのに、
今は私達のお母さんのように自ら進んで何でもやってくれている。
「ぷはぁー!!二日酔いには冷たい水が効くなぁー!」
「……起きた早々から五月蝿い奴ね」
「まぁ、そう言うなって」
「はいはい」
昨日、ファナがヴァンは爺だって言ってたけど、
こうして会話をしている姿を見ると普通に夫婦に見えなくも無い。
…なんで爺ならこんなに若々しい外見をしているのだろうか。
まぁ、世の中にはいろんな人が居るから良いか…。
「そういやファナ。何でまた俺を探してたんだ?」
「昨日話したでしょう」
「…そうだっけ?」
「覚えてないのね?」
「うむ」
「………」
ファナは疲れたと明らかに態度で示すかのように大きなため息をついたが、
何だかんだと1から順々にヴァンに説明し始めていた。
…本当にいつの間にやらこんなに面倒見が良くなったのだろう。不思議だ。
「ふむふむ、それで、こちらさんがリードで、こいつがあれで…これがエリスと」
「…あれって何ですかあれって…」
「いや、別に今更だし?」
「僕はおまけですかそうですか」
すねるぷりんを他所に私達は話を続ける。
「あぁ、あとね、ヴァン」
「なんだ?」
「賢者の石って知ってる?」
「賢者の石?」
「ほら、あの伝説のアーティファクトの事よ。
誰でも魔力制御ができるようになるって言う…」
「は?なにいってんだお前?そんなデマ信じてたのか?」
「デマ!?」
私は驚きのあまりにいきおいよく席から立ち上がっていた。
すると、それを見てか、静かだった食堂内がざわざわとざわめきだした。
「勘違いしているようだから教えてやるけどな?
まず、賢者の石なんて物は、この世の中には絶対に無い。これは断言できる。
そもそも、魔力ってのは、人間や魔族、妖魔、エルフ…。
他にも沢山の種族がいるが、制御できないなんて種族は一つも無い。
そんなものがあったって使いたい奴なんて居ないだろう?」
「う…確かにそうだけど…」
「まぁ、火の無いところに煙は立たないとは言うが、
修行不足の未熟者が夢見て考えた都合のいいアイテムってだけだろ?」
「…………」
正直ショックを隠しきれなかった。
賢者の石が見つかれば、魔力の制御によりもっとマシな自分になれると思ったのに…。
「なんだったら、いい方法を教えてやろうか?」
「いい方法?」
「どんなヘタレでも簡単に自分の魔力を自在に操れる方法だよ」
「…どうすればいいの?」
「食うんだよ」
「食う?何を食べるの?」
私がそう聞き返すと、ヴァンは自分の目を指差して言った。
「目だ。自分の父親と母親の両の目を食うんだよ」
「……え?」
「魔力が高すぎる者は、自らの力が抑えきれないために魔力の暴走を起こす。
そして、その間は自分の意識を失い、本能的に行動する。
…魔の物、モンスターと化してな。
もちろん周りはその暴走を止めようとするだろうが、
仮に一度食い止めることができても、
力が足りない間は何度も何度も暴走は繰り返される。
しかも性質の悪い事に、暴走をする度に魔力は増加するんだ。
何故なら、隠された力がその暴走の度に少しずつ目覚めていくから。
そして、いつの日か誰もその暴走を食い止められなくなる。
いつしか魔力は術者の限界を超え、全ての者の力を超越してしまって…」
「私は…私は……それなら必死で修行をして自分の力を制御したいよ…」
「そりゃな…俺だってそう思ったよ」
ヴァンはなんだか悲しそうだった。
…尋ねるまでも無い。きっと彼は食べたのだろう。
自らの親の両の目を…。
「俺、実はハーフなんだよ。人間と妖魔のな。その為に、顔と、手以外の肌の色は緑色なんだ。
だから、多少見えたとしても、目立たないようにわざと緑色の服を着て生活している。
この世の中で最も数の多いのは人間だ。
だが、人間ってのは臆病な生き物で、自分達と違うところがあれば恐怖し、
そして、その恐怖を拭い去ろうとする。
だから、無駄に争いをしないためにも違うところは隠しとかないとな?」
ヴァンは、自分の腕の袖を軽くめくって私達に見せてくれた。
…確かにその肌は緑色で…普通とは違っていた。
「まぁ、俺は親の目を食ってるから、魔力の制御もできるし、
そのおかげもあってか魔力自体もかなり高い。
だけどエリス。お前はまだ未熟だから魔力の制御もできないし、
いつ暴走を起こすかわからない上に、現状だと魔力も常に安定していない。
そして更に、今のお前は、月が出る度に魔族の力が高まり、
今は一部だけだが身体が魔の者…モンスターと化してしまっている。
まぁ、今しばらくは平気だろうが、
これがずっと続くようなら、いつしかお前自身がモンスターとなっていくだろう。
……そうだな。今のままならば近い未来に必ず」
「モンスターか…」
自らが自らでなくなると言うこと。
それは想像も出来ないことだが、私の心はそれをひどく恐怖していた。
…と言うか、魔力の制御が出来ないと言う小さなことだけで、
そこまでの事が起こるだなんて思いもしなかった。
悪の根源のサタンを封印するどころではなく、
もしかすると自らの未熟さで大切な人達をまたも傷つける事になるかもしれない。
賢者の石と言うもので僅かに見えた希望も消えた。
……私はどうすればいいんだろうか?
「ねぇ、ヴァン。なんとかならないの?このままじゃいくらなんでもエリスがかわいそうよ」
私の落ち込む姿を見てファナがヴァンに尋ねる。
…なんでこんなに優しいんだろう。
まるで本当のお母さんみたいだ……。
「うーん、そうだな。エフィナはどこにいるのかわからないし…。
と言っても、エフィナの目を食う訳にはいかないか。
本人の力自体を高めるしかないんだろうな」
そう言うとヴァンはスッと席から立ち上がり、
ポンポンっと私の頭を優しくなでてくれた。
「まぁ、俺が何とかしてやるさ」
「…うん!」
彼の笑顔はとても優しくて、
初対面の時の変体と言うレッテルは、
今ので少しやわらいだ気がする。
「なあ、ファナ。お前はこれからどうするんだ?」
「あ、私?私は、明日の船で家に帰るけど…。
元からそういう予定だったし、明日の船を逃したら、また3ヶ月は帰れなくなるからね」
「そうか。…俺が送ってやれればいいんだけど、今は風が悪いからなぁ…」
「良いわよ。もう予約してきちゃってるし」
そう言うとファナは少し寂しそうな表情でこちらに振り返る。
「私が居ないと寂しい?」
「うん…」
多分、私の事をからかうつもりだったのだろうが、
ついつい本音で私が答えてしまった性か、ファナは少し困った顔を浮かべていた。
「…また、会えるよね?」
「生きてる限りね」
私に微笑みかけてくれるファナの表情はとても明るくて、
沈みかけていた私に元気をくれるようだった。
「ねぇねぇ、ファナの事本当のお姉ちゃんって思っててもいい?」
「こんな駄目な妹要らない」
「……………うぅ」
ファナの事だから多分本気で言っている訳ではないのだろうが、
否定されるとやっぱりへこむ…。
「でもね、出来ない奴ほどかわいいって言うでしょ?」
「…やっぱり駄目なんだ私…」
「バカね、私の妹になったら出来る女になれるわよ?ねぇ、ヴァン?」
「そーだな、口は悪いけど」
「…死にたい?」
「ちょ、おま…こんな室内で銃を人に向けるな!」
「あは…あっははは!」
何だか凄く楽しかった。
ファナとヴァンのどつき漫才みたいなトークだけじゃなくて、
こうしてみんなでいられるだけで。
意味も無く私たちは笑いあっていた。
馬鹿笑いとかそう言うんじゃなくて…ただ自然と微笑み合えていた。
…今更ながら、私は笑える事の幸せをかみ締めるのだった。
その日の夜、私はリードに呼び出され宿の中庭へと向かっていた。
(あぁんもう!リードったらこんな時間に呼び出すなんて…だ・い・た・ん!)
そんなアホな考えが頭の中をいったりきたりしていたのだが、
…まさか、彼の口からそんな言葉を告げられるとは思ってもみなかった。
「リードー!」
「あ、エリス。きてくれてありがとう」
「話ってなぁに?」
夜の闇の中、無数のランプによって照らされた中庭。
噴水の音と時折通り過ぎる人の声。
そして空に輝く満点の星達。…ムードは満点だ!!
(さぁ、私はいつでも準備OKよリード!)
こんなシチュエーションの場所に呼び出すなんて、
告白しかない!!私は彼の言葉を待ちかねて胸を高鳴らせていた。
「……別れよう」
しかし、彼の口から告げられた言葉は予想外なもので…。
「え?別れようって…私達まだ付き合っても居ないし、
お互いの気持ちも確認してないのに…それは変じゃない?」
「……???…あ、いや、ここ数日考えてたんだけど、
僕の元々の目的はエーデルシュタインに向かう事だから、
ここでエリス達と別れて別行動をしようと思って…」
「え?え?何で?何でそんな急に?」
「エリスはこれからヴァンさんと一緒に修行をするけど、
僕は出来る事ならその間に仲間を捜し当てたい…。
その為にはこの街に留まっているより最終目的地エーデルシュタインに向かいたい」
「あ、あは…そっか!そうだよね!うん!!その方がいいよ!」
「…ごめんね。こんな事突然に…」
「ううん、リードが決めたんならそれでいいと思うよ」
…正直、ショックだった。
リードは初めて出会った旅の仲間で、
凄く優しくてかっこよくて頼りになって。
これからもずっと一緒に居てくれると思ってたから…。
突然に居なくなってしまうだなんて…。
「エリス?泣いてるの?」
「な!泣いてないよ!目にゴミが入っただけだから!」
「え…?ちょっと見せてみて?」
「……はぅ!」
リードの顔が私の目の前に迫ってきた。
…胸がドキドキして顔が熱くて凄く緊張する…。
離れるって言われて……。
今まで思っていた気持ちが更に強く大きく私の中に広がっていた。
「あの…私、リードの事…す…好き…かも」
「え…?僕も、エリスの事好きだよ」
「ほ、本当に!?」
もしかして両思い!?嘘ー!信じられない!!
これはもう別れのキスしかないわよね!?
「うん、仲間としてね」
爆発しそうなほどに激しく動く私の心臓。
…唇を少し突き出しながら目を閉じて彼を待つ私。
「…じゃあ、また明日。エリスもゆっくり休んでね。おやすみ」
しかし、その一言の後、徐々に遠ざかる彼の足音。
「は……ははは…あは…」
目を開くと、目の前には誰も居なく、
噴水の音だけが耳障りなほどにはっきりと聞こえてくる。
「………ぐすっ」
私は力なく、その場にガクッとひざを落としていた。
「うあぁーーーー!!!」
生まれてはじめての失恋。
私はあふれる涙を抑え切れなくて、
気がつけば声をあげて泣いていた……。
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