「別れ、出会い、つーか寒い」




「おーい、いつまで寝てるつもりだ?」

少し遠くの方から私を呼ぶヴァンの声が聞こえる。

「う…今何時?」

「もう、昼過ぎだ。お前、そろそろ腹減らないのか?」

ゆっくりと瞳を開き辺りを見渡してみる。
壁にかかっている少し大きめな時計が2時調度を示していた。

…ファナ達を送り出してからすでに8時間ほどが経過していたようだ。
船の出発時刻ってどうしてあんなに早いのだろうか。
比較的早起きの私だが、流石に生活リズムがおかしくなると言う話ですよと。

「ほら、さっさと支度しろよ。飯食ったら行くぞ」

「へ…?行くってどこに?」

「まぁ、何はともあれ腹減っただろ?
先に食堂に行ってるから準備が出来たらこいよ」

「りょーかい」

ヴァンは私の返事を確認するとニコッと微笑み部屋から出て行った。
…第一印象は悪かったけど、何と言うか慣れると親しみのわく人だと思う。

「ぷりん。私着替えるから、部屋から出てて」

「あ、はい。じゃあ僕も食堂で待ってますね」

「そだね。うん、そしたら食堂で待ち合わせだね」

ぷりんは、「はい!」と元気よく返事をすると、
部屋から出て行こうとドアの前に立ちはだかる。

「や!とう!それ!」

…何だかドアノブをつかみながら必死に頑張っている。
その姿は何と言うか滑稽と言うかかわいそうと言うか…。
自分ではドアを開けることができないようだ。

「ううう…ご主人様ぁ…」

涙ながらに訴えるような瞳でこちらを見ているぷりん。

「もー、仕方ないなぁ…」

…流石の私も鬼ではない。
そんな目をされてしまっては、
いくら面白かったと言っても開けてやらないわけにはいかなかった。

「ううう…。感動です〜。それじゃあ、食堂に行ってますね」

丸くて白い球体が私からゆっくりと遠のいていく。

「こうして見ると、本当にアイツって珍しい生き物だよね…」

ぷりんの姿が見えなくなったと同時に、
私は部屋へと戻り手早く着替えを済ませると、食堂へと足を向けた。



昼時を過ぎていたこともあり、
食堂内は人も少なく静まり返っていた。

「私、AセットとBセットと日替わり定食と、今日のおすすめの焼き魚定食と…」

「おいおい、お前まだ頼むつもりか?そんな食ったって、横にしか大きくならないぞ?」

成長期のレディーに対して非常に失礼な一言を発してきたヴァン。
確かに一理あるかもしれないが、
食べたい時に食べたいと思ったものを食べたいだけ食べるのが私流。

「あ、あとココアとホットミルクと、イチゴパフェとバナナパフェね」

とりあえず無視してさらっとデザートとドリンクも注文しておく。

「…ご、ご注文を繰り返させていただきます…」

ふとヴァンに視線をやると、ポケットから財布を出して中身を確認していた。
そして、店員の方は注文の多さに驚いたのか声が震えている。

「なあ、お前、金持ってんのか?」

「持ってる訳無いじゃん。って言うか当然ヴァンのおごりでしょ?」

「………お前もしかして最初からそのつもりだったのか?」

「そんなことないよ」

「……覚えとけよ?」

「ご馳走してくれたことは覚えておくね♪」

「くっそー…変なところばっかりアイツに似やがって…」

「アイツ?…誰?」

「…ん、いや、なんでもない」

「なんでもないってことは…」

私がヴァンに追求しようとすると、
ちょうどタイミング悪く店員が大量の注文をカートに乗せて姿を現した。
冷凍食品を解凍しただけ?
そんなことを思わされるほどに早いご到着だ。

「お、きたな。これから気合入れて修行だからしっかり食っとけよ?」

「う…うん」

…すごく気になっていたのだが、どうも聞くタイミングを逃してしまった。

(…いつかチャンスがあったら聞いてみよう)

多分、お母さん。エフィナって人だとは思うけど…。
とりあえずそれはおいといて、目の前に並ぶ大量の食事を食べ始める私なのだった。

「…ん、これすごくおいしいじゃん…」



食事を終えてからすぐ。
私はヴァンに連れられ街のはずれの方へときていた。

「ねぇ、こんな所で何するの?」

「飛ぶんだよ」

そう言うとヴァンは私の方へ手を差し出してきた。

「何?」

「捕まれ。肩だと離れて落ちる可能性があるからな」

「落ちる…?」

正直、なんだかよくわからなかったが、
ヴァンの手をぎゅっと掴み、ぷりんの事も強く握り締めた。

「よし、いいか?喋ってたら舌噛むからな?」

「…舌噛む?」

次の瞬間!私達の足元に、小さな風の渦が発生する!

「わ!わ!なにこれ!」

「大丈夫ですよ。ご主人様。
これは風の魔法の一つで、
ヴァンさんが得意とする風の転移魔法です」

「転移魔法?」

「えっと…簡単に言えば超長距離ジャンプです」

「へぇ、ジャンプ!…なるほどね」

「まぁ、そう言う訳だからお前等」

「うん?」

「少し黙ってろ…。集中できない…」

「あ、ごめん…」

私は軽く舌を出し自分の頭を小突く。
ぷりんもスイマセンと言う感じで軽く頭を下げていた。

「風よ!我を彼の地まで運びたまえ!!」

ヴァンが呪文を唱えると、
私達の身体はゆっくりと宙に浮き、
どこかはわからないが、ものすごい速さで空を駆けていくのだった。



それから、1時間も経過しないうちに私達はとある地へと降り立った。

「ふぅ…ついたぞ」

「ついたって…ここは…!」

…辺り一面は雪景色、生まれて初めて雪を見た私としては、
ウキウキ心がわきあがる気持ちもあったのだが、
何よりもそれを凌駕して1つの強い感情が心の奥底から生まれてきているのだった。

「有り得ない!!寒い!!…そしてどこよー!!!」

「ここは、大陸の一番最北端の地、そして一番さむーい!…まぁ、山だな」

「ここここ!こんな寒い所で何するのよ!!!」

私は寒さでまともに喋ることすらできないと言うのに、
ヴァンはそんな素振りさえも全く見せない。

確かに私と比べればかなりの厚着みたいだけど、
そんなものでは防ぎきれる訳がないくらいにとにかくここは寒かった。

「俺は、山の頂上でまってる。この山には、知能の高い魔物が生息している。
もちろん、魔法も使ってくるし、単純な罠ならしかけてくるかもしれないな」

「ちょっと!そんな危ない場所で私に何をしろって言うのよ!」

「…そうだな。あえて言うなら、死ぬな?」

「ちょ!なによそれ!!!」

「じゃあ、そう言う訳だから、頑張れよ」

それだけいうと、ヴァンは何やら呪文を唱え始め、
不動の素敵な笑顔を浮かべたまま、
私の目の前からあっという間に消え去ってしまうのだった…。

「ヴァンのブァカーー!!!!」

私は、方向もわからぬままに出せるだけの声を張り上げてとにかく叫んでみた。

しかし、声は豪雪+強風=猛吹雪によって、
むなしくかき消されてしまう……。

「さ!寒い!このままじゃ本当に凍死だわ…」

気休め程度にしかならない暖かさだったが、
私はファ・イで炎を起こし、多分頂上と思えるほうへと足を運んでいく。

「はぁー!!寒い!!
…ぷりんは寒くないのかなぁ…。
まぁ、私の精神体と融合してるらしいからそんなに寒くないんだろうけど…」

寒さを少しでも紛らわそうと私はとりあえず口を動かし続けていた。
…と言うか、寒すぎてそうでもしないと意識がどこかへ飛んでいってしまいそうだったから…。

「…それにしても、ヴァンはいったい何を考えてるんだろう…。
こんな雪山の中に私一人残していくなんて…。死ねって言ってるようなものじゃない!
でも、死ぬなって?…かっこつけすぎなのよね!アイツ!」

それからずっと独り言を続けながら私は歩き続けていた。
…どれくらいの時間が経過したのだろうか?
すでに歩いていると言う感覚さえ失われてしまっている。

「あぅ…炎が…消え……」

私の魔力も体力もいい加減に底をついてきていた。
しかし、一向に頂上は見えないし、吹雪も収まる様子はない。

「……あは…」

更に、魔力がなくなってきたせいか、それとも寒さのせいか。
…ぷりんが私の精神体と融合している=近くに魔物が居ると言うことなのに、
意識はだんだんと私から遠のいていく…。

眠い…。頭の中にはその言葉だけが行ったり来たりしている。
足取りも重く、視界も虚ろになってきた。

「駄目…かも…しんない……」

その言葉の後、私は、力尽き倒れた。



…私は夢を見ていた。
暗くてよくわからなかったけど、それはすごく嫌な夢だった。

そして、とても悲しい夢…。

なんだか、すごく嫌な予感がしてたまらなかった。
悲しくて、辛い…そんな予感が……。

…そんな時。何故だか、私の目の前に満面の笑みを浮かべたヴァンが姿を現す。

「あぁ!ヴァン!!アンタのせいで私はぁ!!!」

私は、勢いに任せて拳を繰り出した!
手応えあり!それは見事にヴァンの顔面にめり込むようにしてヒットした!

「きゃあ!」

だが、それに当たった瞬間に漏れた声は、
とてもヴァンのものとは思えないほどの可愛らしい声だった。
…彼の脳細胞の一部も、寒さのあまりに逝かれてしまったのだろうか?

「あの、気がつかれました?」

…そして、その後すぐに。
誰かがペシペシと私の頬を叩く感触を感じた。

「うぅ…?」

しばらくして目の前に映っていたヴァンの姿が、
段々とおとなしそうな女性の姿へと変わっていく…。

「あ…あれ!?誰!?」

意識がはっきりした私の目の前には、
ヴァンではなく全く見知らぬ女性の姿があった。

敵意はあまりなさそうだったが、
焦っていた私は急いで身構え、
そして瞬時に周囲の状況を確認した。

木でできた家、石造りの暖炉。窓の外は吹雪。
…一人の見知らぬ女性。ヴァンの姿は…?どこにもない…。

そうだ。よーく思い出してみれば、
私は、あまりの寒さに吹雪の中倒れてしまったはずだ。
それがどうしてこんな所に…?

「あ、あの、あなた、このロッジの前に倒れていたんですよ」

私が考え込んでいると、
女性は、少しびくついた様子でそうつぶやいた。

「倒れてた…私が?だよね?」

「えぇ、はい…そうですね」

「助けてくれたってこと?」

「あ、はい、そうですね」

…女性はやはり少しびくついているようだった。
そんなに私は殺気であふれ返っていたのだろうか?
何だかちょっと切なくなる。

「う、寒い!」

今現在。とてもすごくかなり寒いことに気がついた私は、
空を滑空するかのような勢いでベットから飛び降り、
先ほど確認した暖炉の前に急いで駆け寄った。

「はぁ〜〜〜。暖か……くない!!!」

こんな雪山の中、しかも吹雪いているのに、火は消えている。
…吹雪をしのげはしたが、よくこんな中、死ななかったなと自分に関心する。

「うぅ…いくら何でも死んじゃうよ……」

私が、火をつけようとすると、
必死に何かを訴えるかのようにして女性はそれを制止した。

「お願いです!火はつけないで下さい!」

それに驚いて固まっていた私を、
女性は何の恨みがあってか、
暖炉の前から思いっきり突き飛ばしてくれた。

「ぶぎゃん!」

あまりに突然のことに受身を取ることさえも出来ず、
思いっきり顔面から床に衝突する私。

「はぅ……」

「あ…ごめんなさい!」

それを見て女性は、
何度も何度も頭を下げて謝罪している。

「うぅ…。…さてはあなた!」

「あ…その…な、なんでしょう…」

じわりじわりと女性に詰め寄っていく私。
女性は私が一歩近づくたびに後ずさり、
徐々に壁際へと追いやられていく。

「ほ…本当にごめんなさい!悪気はなかったんです!!」

壁に背をつけた瞬間。
女性は地面に膝をつき必死な様子で声をあげた。

だが、私の目的はそんなことではない。

ただ一言、彼女に対して聞いてみたかったのだ。

「ずばり!火恐怖症ね!?」

…女性は、数秒間黙り込んだ後、
まるで漫画のような勢いでその場にずっこけるのであった。

(本気で言ったのに……)

どうやら、私が思ったのとは少し違っていたようだった…。




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