「私が見た悲しい情景」



あれから数十分。
私は大量の防寒着を着込んで、吹雪の中に立ち尽くしていた。

「うぅー!寒い…!!いくら着込んでも長時間立ってたら死ぬわね…」

…何故、こんな吹雪の中に私が立ち尽くしているのかと言うと……。

「私達、数ヶ月ほど前にこの山に登山に来ていたんです。
その時、突然に吹雪いてきたと思ったら大量の魔物が突如出現し、
主人は魔物によって焚き木に、私はここから動けないよう呪いをかけられてしまったんです…」

「……そうだったんだ」

まぁ、こんな寒い山小屋の中、暖炉に火もたかずに居るだなんて変だと思ってたけど…。
しかし、他の木と混ぜなければ火をつけても問題無い気がするのは私だけ?

「それと、この小屋にある焚き木の幾つかは、
もしかすると他の登山者の方々が変えられたものかもしれないので、
恐ろしくてずっと暖炉に火をつけることが出来ずにいたんです……」

「そ、そうだよね、その可能性はあるよね…」

でもこの寒い中数ヶ月前ってさっき言ってたけど…よく無事で居られたよねこの人…。

「あぁ…どなたかあのモンスターを退治してくださらないでしょうか…」

女性は悲しそうにそう言いその場にうずくまってしまった。
…これってさ、明らかに私に退治しろって言ってるシチュエーションだよね?

「ねえ、そのモンスターの特徴ってわかる?」

「え…?わかりますけど…もしかして、あなた…!?」

いや、って言うか明らかに行けって態度だったよね?
私の勘違い?でもここまで言ったらもう引き下がれないし…。

とりあえず私は、女性に向かってVサインをしてみる。

「危険です!あなたもモンスターに姿を変えられてしまうかもしれません!」

「…多分大丈夫だよ。私、これでも魔導師の端くれだし、
まぁ、あなたには一度助けてもらったみたいだしね。
魔物は私が気合いで何とかしてみるよ!」

その後、数秒間の沈黙の後、女性はゆっくりと口を開いた。

「……魔物は、子供くらいの背丈で、紫の服に、紫のフードを被っていて、手には、木の枝のような杖をもっていました。
見た目は子供でもかなりの魔法の使い手です。気をつけてくださいね」

「ふむふむ、ほほう…」

私は、その特徴をしっかりと頭に焼き付けて、女性ににこっと微笑みかけると、勢いよく小屋のドアを開けた。

「げきれつさむぅ!!」

が……、ものすごい冷風に私は思わず暖炉の前へと駆け寄った。
火はついてないので暖かくも何とも無いわけなのだが…。

「はうぅ!予想はしてたけど予想以上に寒い……」

「はあ、言われてみればそうですね。まぁ、吹雪の雪山ですし…」

「あはは…、ある意味そこに気づかないあなたはすごいわ…」

まるで魔力で小屋全体が包まれているのかと思えるほどに、
外と小屋では明らかな温度差があった。
火をたかなくとも、この中に居れば死ぬことはまず無いだろう。
…何と言うか、不思議な小屋に不思議な女性だ…。

ちなみに、私は寒いのは苦手だ。と言うか、暖かい方がいいに決まってる!
暑すぎるのは許せないけど……。

とまぁ、そう言うわけで、私は女性に防寒着を借りて、
魔物退治の為にここら辺りをウロウロしてるって訳なのよ。

「寒ーーーーーい!!!!!!!!!」

…正直、魔物に早く現れて欲しくてたまらないくらいに寒かった。
このままじゃ魔物と出くわす前に私が凍えて死んでしまいそうだったから…。

「…む!」

と、その時だった。

「1、2、3、…9……くらいかな?」

気がついてみればすっかり私はぐるりと嫌な気配に囲まれてしまっていた。
…どうやら、馬鹿でかい声で叫びまくっていた性な予感だが…。
だって、見つかるかもって思ってても叫ばないとやってらんないくらい寒いんだもん!!

私を取り囲む気配はどれも殺気でぎらぎらしている。
…美少女の血と肉…モンスターにはさぞ魅力的でしょうね。
なんか文句ある?

しかし、こんな吹雪の中でも自分の気配を隠せない。
と言うことは、この気配の中に魔導師はいないはず。

周りを取り囲む殺気の一部、丁度私の正面に当たる位置。
何故かそこだけがまるで抜け落ちてしまったかのように殺気も気配も感じ取れない。

「ふん…、頭の切れるモンスターっていっても、所詮はこんなものね」

ずばり、そこには魔導師がいる!

「先手必勝!!卑怯上等!!!」

私は右手に神経を集中させ、その空間めがけて思いっきりファ・イの炎をぶん投げた!!

「おらおらおらああ!!!そこの馬鹿な魔導師!アンタの位置はばればれなのよーー!」

「ケケ!ナカナカヤルヨウダナ!」

モンスターは私の放った炎をあっさりとかき消すと、
私に敬意を表してか、それとも余裕をかましているだけかわからないけど、
ゆっくりとこちらに向かって歩み寄ってくる。

「お、おとなしく、山小屋の女性の主人にかけた魔法を解くなら見逃してやってもいいけど、
はむかうきなら、この天才魔導師エリス様が相手になってやるわ!!!」

……当然、ただのはったりだ。
正直、今の私では、魔導師一匹どころか、
私を取り囲んでいるモンスターの一匹さえも倒せないだろう。

思いっきり全力で放ったファ・イをあれだけあっさりかき消されたのだ…。

どんなバカでも実力の下がれ毅然としていることは、それこそ火を見るより明らかだ。
今、あたしの心拍数は、非常にあがっている。

「ゲゲゲ!オマエヒトリでナニがデキル!カカレ!オマエら!」

魔導師モンスターの命令で、私を取り囲んでいたモンスターが、一斉にこちら目掛けて突進してくる。

「ちい!やっぱり、はったりじゃ駄目か〜!」

近づいてきたモンスターの姿を見てみると、なんとまぁ白熊のモンスター!

「うわわ!熊なんて、無理よー!」

動物世界と同じで、熊の力と言えば相当なものだ。
…ドラゴンとかそっち系統を除けばある意味最強クラスかもしれない…。

でも、この系統のモンスターが最強になれない理由がある。
それは…お頭が弱いこと!!

「ここだ!!」

私は、無数の熊の中から瞬時に一番小さい熊を見極めると、
振りかざされた攻撃をうまいこと交わし、そのまま飛び箱の要領で、そいつを飛び越えた。

「わっ…と!ふぅー…危ない危ない…」

ちなみに、熊達は、ものすごい勢いで突進してきていたために、
そのままの勢いで全員がぶつかり合い、ラッキーな事に全部が気絶してくれた。

「ひゃ!ラッキー♪」

それを見ていた魔導師は、もう明らかにむかついてますと言う感じで地団駄を踏むと、
手にしていた木の杖をこちらに向け、なにやら詠唱を始めた。

「ギギ!キサマユルサナイ!オマエもキにシテヤル!!!」

「えぇ!?木にしてやる!?」

「ケケ!クラエ!」

次の瞬間!杖の先端からものすごいスピードで、
サッカーボールくらいの丸い光弾がこちらに向かって飛び出してきた!!

「うわわ!!」

何とか間一髪、私はそれを回避する事が出来た。

「ぐぉおお!」

…後ろからなにやらおぞましいうめき声が聞こえ振り返ってみると、
私の背後で気絶していた熊の一匹がその光弾を食らい薪へと姿を変えていった…。

「げげぇ!!」

「クア!ナラばモウイチドダ!」

「そうはいくもんですか!」

私は、詠唱途中の魔導師に全力のファ・イをぶちかましてやった。
見事命中!かなりの近距離なので威力も先ほどより断然あがっている。
これを食らえば幾らなんでもひとたまりも無いはず…。

「どんなもんよ!」

だが、炎に包まれながら魔導師は、いやらしく微笑みを浮かべ、
静かに詠唱を続けていた。

「うそーん!!」

「ケケケ!コレがオマエのチカラか?」

そして、私が放った全力の魔法を、
いとも簡単に弾き飛ばしてしまった。

「フヘヘ!オマエもキにナレ!」

そして、再度、私にむかって光弾を飛ばして来る!
先ほどより速さがある上に、かなりの近距離にいる!!絶対に避けられない!

「せめて!高級な木材になりたーーーーーい!」

私の悲痛な叫びは、その時吹いた突風によりむなしくかき消されてしまうのだった……。



しかし、次の瞬間、ザシュっと言う何かを切り裂く音が聞こえ、
私の数センチ手前で魔導師の放った光弾は消滅した。

「グゲゲ…バカナ……。」

「…お前は危なっかしくて見てられないなぁ…」

「ヴァン…?」

「危ないところだったから猛スピードで飛んできた」

「………た、助かったのね…」

どうやら先ほど吹いた突風は、ヴァンが魔法でこの場に飛んできたことによるものだったようだ。
……あと数秒遅かったら私は完全に木にされていた事だろう……。

「どうせ助けるならもっと早く助けなさいよ!!」

「あのなあ、最初から助けたら、お前の修行にならんだろうが…」

「私が木にされてたらどうしたって言うのよ!!」

「その時はその時で考えるんじゃないか?」

「むっきーーーー!!!」

頭から煙を上げて怒る私を見てヴァンは大きくため息をつくと、
無言でその場から飛び去っていった。

「かっこつけすぎなのよーーーーー!!!!!」

ヴァンは、一瞬にして頂上の方へと消えていった。

「あれ?太陽が出てるよ…」

いつのまにか吹雪も止んで、
雲の間から太陽が顔を出している。
どうやら、あの吹雪もモンスターの魔法によって発生していたもののようだ。

「あ、あの人の旦那さんはもとにもどれたかな…」

方向を確認すると、私は、休憩所の方へと向かって歩き始めた。




「旅の方!本当にありがとうございました!これで……」

女性の姿がどんどんと、かすんでいく。

「え!?」

……女性は、私に何度も頭を下げながら、静かに消えていった。

「…どうなってんの?」

「どうやらあの方は、すでに亡くなっていたようですね…。
旦那さんをあんな姿にされたショックで成仏出来ずにそのまま…。
でも、ご主人様が、モンスターを倒したから成仏出来たんですね」

「…モンスターを倒したのは私じゃない。
倒したのはヴァンだよ…」

「でも、ご主人様は倒そうと努力したじゃないですか!
その心が大事なんですよ!!…だから皆逝けたんですよ!!」

「って言うか、アンタいつもいきなりすぎるのよ…」

「いやぁ…それほどでもないですよ」

「…褒めてないから」

少しだけ暖かかった小屋の中が徐々に温度を失っていく。
暖炉の傍にあったはずの焚き木は1つもなくなってしまっている。

まるで、最初から何も無かったかのように。
そこにはもう焚き木は無かった。

「……私、誰も助けられなかったんだ」

「違いますよ!ご主人様が彼等を呪いから救ったんです!!」

「……そっかな」

「…そうですよ!!…だから、だから…、ご主人様。泣かないで下さいよぉ…」

「こんなのって…こんなのってないよお!!!」

モンスターを退治すれば全員を救ってあげられる。
呪いから解き放ち元の姿に戻してあげられる。

そう思っていた私が目の当たりにした光景は、
確かに呪いから解き放たれもとの姿に戻ってはいるが、
すでに全員が命を落としていて、
数十人の遺体が転がっていると言う凄く悲しい情景なのだった…。




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