「予想外の力」



それから、私は、またしばらく山を登り、何とか日が暮れる前に、頂上へとたどり着いた。
…吹雪の中上るのと晴れた中上るのでは全く感覚が違う。
冬の山と言うのは本当に恐ろしいものなんだなと身をもって知る私なのだった。

「よう、思ったより早かったな」

だが、そんな苦労をしてやっとこさたどり着いた私に向けてヴァンが放った一言。
非常に命がけで非常に苦労したって言うのに……。

「いてっ!いてて!!何で蹴るんだ!」

言葉より先に問答無用で足が連続で繰り出されているのだった。

「…何のためにこんな事させたのよ!!」

「いや、ただ、お前の力を見たかったと、それだけだ」

「はぁ〜〜〜?」

それだったらもっとこんな命を落とすかもしれない方法じゃなくて他にも何かあったはずではないか?
女の子が好きとか何とか言われてた割にはレディーに対する扱いがなってないんじゃないの?

「私はそんな事の為に死に掛けたってわけ!?」

「ま、まあ、落ち着け。ほら、そこの小屋に、飯を用意してあるぞ。腹へってるだろ?」

「そんな、甘い誘惑には……騙されないわ……!」

だが、私の身体は正直で、においに引かれてぐぅ〜〜〜〜っと鳴き声をあげてくれた。

「きょ!今日の所は、甘い誘惑に騙されてあげる!」

恥ずかしさをごまかそうとポーズまで決めてみたが、
顔が真っ赤に赤面していた私を見て、
思わず苦笑いを浮かべるヴァンなのだった…。




「ふぅ〜、食べた食べた♪ヴァンったら意外と料理上手なんだね」

「まぁな、冒険者のたしなみってやつだ」

「ふーん」

裕に5人前はあっただろう食事をいともたやすく平らげ、
私のおなかは非常に満足していた。

「それにしても疲れたぁー…」

私はすぐ傍にあるソファーの上にゴロンと転がりこむ。

「なぁ、エリス」

「なに?」

声に反応しヴァンの方へと振り返ってみると、
ヴァンはなにやら真剣な表情でこちらをじっと見つめていた。

「な…なによ」

こうして見てみると実は結構いい男かもしれない。
…いや、そんな事は置いといて…。
何か悪いことでもしたのだろうか…?
ちょっとした恐怖がヴァンの表情から感じとれる。

「いや、食べてすぐ寝ると牛になるぞ?」

「………」

私は手近にあったクッションをヴァンの顔面めがけて思いっきりぶん投げてやった。

「気の短いやつだなぁー」

しかし、ヴァンはそれをいともたやすく避け、テーブルの上の食器を片付け始めた。

「あ、アンタが失礼すぎるのよ!!」

ちなみに飛んでいったクッションはその背後にいたぷりんに当たったのは秘密だ。

…一瞬だったけど、ヴァンは何かを言いかけて言葉を飲み込んだように見えた。
本当は何を言いたかったのだろう。
何だか、凄く嫌な予感がしてどうしようもない気持ちでいっぱいだった。



しかし、その日の夜。
…私はとても信じられない言葉を耳にしてしまうのだった。

夜中に目が覚めた私はフラフラとトイレに向かって歩いていた。

「うー……やっぱり夜は冷えるなぁ…」

その時、居間のほうからぷりんとヴァンの話し声が聞こえた。

「近いうちに、俺も死ぬかもしれないな」

死ぬ?ヴァンはいったい何を言っているのだろう。
あの強いヴァンが死ぬだなんて…実は何か大きな病気でも患っているのだろうか?

「大丈夫ですよ。ヴァンさんなら、ご主人様を止められますよ」

(私を止める…?)

「あぁ、エリスの力…。アイツの力はあまりにも強大で…そして危険だ…。
もし力を制御できるようにならなかったら…俺が、アイツを殺す…」

(私を…?殺す……!?)

ショックのあまりに言葉を失った私は、
物音を立てないように静かにその場から立ち去った…。



次の日の朝、私は結局あの後一睡も出来なくて、
目にはでっかいくまが出来てしまっていた…。

「どうしたんだエリス?そんなでかいくま作って…」

「あ…えーっと…私って枕が変わると寝られない体質なのよ!」

「…そんなデリケートだったか?」

「うっ…うるさいわね!!」

ヴァンとぷりんは私に話しを聞かれたのを気がついていないようだった。
…もしかしたら気がついていてわざとこう言う態度なのかもしれない。
だって、こいつってば15年前の英雄なんでしょ…?一応。

「もしかしてあの日か?」

「…………………どあほう!!」

…ヴァンって、本当にデリカシーの無い奴だと思う。
ファナは何でこんなバカの事を凄く信頼していたんだろう。

確かに、凄く強くて色々知ってるみたいだけど、
それ以前にこの嫌味でスケベでアホな性格はどうしたものか。

…こんな男と結婚する人が居たら顔を見てみたいものね。

「ごちそうさま」

「なんだもう良いのか?」

「…アンタと話してると食欲が失せるのよ」

「ふーん…まぁ、もういいなら良いけどな」

私は、おぼつかない足取りで小屋の外へと足を運んだ。

「…くらっ!」

あまり高くない山の性か、雲はまだ私の頭の上にある。
…そして、私の今の気持ちを表すかのように、思いっきり真っ黒な曇り空。
なんだか無性に腹が立つ。まるで、人のことを馬鹿にしているのかと…。

「こういう時は、快晴になってはげますもんでしょうがーーー!!!」

私は空に向かって、訳のわからない八つ当たりをし始める。
…何だかむなしいのは言うまでも無い。

「ご主人様〜。いくら具合が悪いとは言っても、
ほとんど何も食べないのは身体に毒です。
せめてこれを食べてください」

そんな私の元へぷりんが、
自分と同じくらいの大きさのお皿に、
丁寧に切り分けられたりんごを数切れのせて、
ふよふよと飛んできていた。

「甘くておいしいですよ〜。
僕も今ヴァンさんとこれと同じものを1つ食べたので保証付きです!」

「ぷりん…」

ぷりんの何気ない優しさに思わず私は涙してしまう。

「うん…ありがとう。1つもらうね」

「ささ、どーぞどーぞ!食べちゃってください」

目の前に差し出されたリンゴを一切れ口に運ぶ。
それは、ほんのり甘くて柔らかくて、何だか優しい味だった。

「うん、本当だ!おいしー!これなら全部食べられるかも?」

「わーい!それなら是非全部食べちゃってください!
それにしても、よかったです〜。ご主人様が少しでも元気になってくれて…」

そう言ってぷりんはにこっと微笑んだ。
その笑顔に私の胸の中がなにか暖かいものでいっぱいになるのを感じた。



それから…午後……。

「さて、これから、お前の魔力の引き出す」

「魔力を引き出す?」

「あぁ、まぁ、ちょっとこっちこい」

私は、言われるがままに、ヴァンのすぐ目の前まで歩み寄る。

「いいか……?覚悟はできてるな?」

「覚悟…?よくわかんないけど、いいよ」

ヴァンが突然に私のおでこを指で軽くつっつく。

すると、ヴァンの指先が触れた部位から不思議な光があふれ、
綺麗な波紋を描きながらぽわーんと広がっていった。

「ねぇ?この光がどうしたの?これが私の魔力を引き出してるってことなの?」

しかし、ヴァンもぷりんも私が尋ねても、真剣な顔をしたまま、答えてくれる様子は無い。

「もう…!なんなのよ!二人とも!ちゃんと話してくれてもいいのに…」

「これが無事終ったら、すべて話す…」

静かにつぶやくように一言言うと、ヴァンはまた黙り込んでしまう。
…一人だけ意味がわからないと言うのは非常に不愉快だ…。

「うーん、よくわかんないけど、私はなんともなってないよ?」

が…次の瞬間!
ドクン!っと強く、心臓が声を上げる。

「え…!これって!?」

あの時の感覚と同じ・・・私が赤い髪になる時と・・・。

「ヴァ…ン……!どう…いうこと……!くあっ!」

胸が苦しい。とても立っていられない。
私はあの時と同じように胸を抑えたまま地面に膝をついた。
でも、この苦しさは前回とは違う。

「苦し…!あう!あああ!!」

苦しさのあまり、地面に突っ伏したままもがき、
私はそこ等辺りをのた打ち回った。

「あぁぁぁぁーーー!!!」

…数秒後、私の意識は静かに失われていた…。



私が意識を取り戻した時、
空は綺麗な茜色に染まっていた。

「ん……?あれ…?もう夕方?」

とりあえず上体を起こして周囲を見渡してみる。

「な…なんでこんなに地形が変わっちゃってるの…?」

まるで強力な破壊魔法を数発ぶち込まれたかのように、
辺りは破壊しつくされていた。

「よう…、エリス。お目覚めか?」

「あ…、ヴァン…」

その時、背中越しに聞こえてきたヴァンの声に振り返ってみる。
…それを見た時、私は我が目を疑った。

「え…!?どうしたのその怪我!?」

なんと!ヴァンは全身にかなりの大怪我を負っているではないか!
…素人がパッと見てもわかるほどに…。

「いや、なに…たいしたことはない。気にするな」

「気にするなって言われたってさぁ…」

まぁ、本人が気にするなといっているので、
とりあえず深く考えないしないことにした。
それで良いのか私?

「ねぇ、いったい何があったの?」

「…しいて言うならば、エリスにいじめられたってところかな?」

「……何ならもっといじめてあげましょうか?」

「いや、結構です」

これだけの被害があったにもかかわらず、
山小屋のほうへを見てみるとほぼ無傷な状態で残されていた。
…前もって防御魔法でもかけてあったのだろうか?

「とにかくその傷でこの寒さはこたえるよね?
手、貸してあげるから小屋の中に入りましょう?」

私はヴァンの右腕をそっと掴む。
…すると、何だかとても嫌な感触がして、思わず手を引っ込めてしまった。

「う、腕…!折れてる!?」

「…折れてるな。まぁ、今、順を追って説明してやるから。ちょっと待てって…」

「うぅ…どうなっちゃってるのよ……」

「まぁ、俺の怪我は放っておいてもすぐに治るからいいとしてだ」

「骨折がすぐ治るわけないじゃん!!」

だが、ヴァンは私の言葉を無視し、なにやらボソッとつぶやいた。

「そういや、アイツ。死んじまったっのかな…」

「…アイツ…?死んだ……?」

その言葉で、私は何か心に気持ちの悪いものを感じた。
なんと言い表せばいいのだろう。ぞくっとした。これが一番適切な言い方かもしれない。

「どうして…?どうして!?どうしてそうなったの!!」

気がついた時、私はヴァンが大怪我をしていたのも忘れ、
彼の肩を掴み思いきりゆすっていた。

「いて…いていて…落ち着け…。今話してやるから…な?」

ヴァンはニコッと微笑み、左手で私の頭を優しくなでた。

「最初に俺がお前にしたことは、魔力の開放だ。
……暴走した時の根源となる力の源があるんだが、
それを叩き潰しちまえばどんなに力が弱くても暴走を防げる…。
って言うのを昔本で読んだことがあったから試してみようと思ってな」

「…と言う事は、ここらいったいをこんなにしたのは私なわけ?」

「そうだな…。思ったより魔力が秘められていた…流石アイツの娘だ……」

…またアイツ…多分母さんの事を指してるんだと思うけど、
なんで微妙に隠すんだろう…。

「暴走を手っ取り早く抑えるのは、親の目だったんだが、
そう言うわけにもいかないから確信は無かったが今回の事を試してみることにした」

「うん…それで?」

「いざ実戦。まずお前の魔力をすべてを引き出した…までは良かったんだが…、
お前の力は俺の予想を遥かに越えていて、
根元を潰すどころか、俺の魔法自体が全く効かなかったんだ。
お前に秘められた魔力は俺の魔力を遥かに上回っていたってことなんだろうな。
いや、もう正直参ったよ……」

私の力…。いったいどうして、そんなにあったんだろう。
昔、魔力を計測した時には、かなりの落ちこぼれで本当に魔導師になるのか?とさえ言われた私が…。

「俺は、どうしようもなければ…刺し違えてでもお前を殺すつもりだった」

「ぷりんに言ってた話がそれだったのね…」

「あぁ、もし失敗すれば、この世に最強最悪の悪魔を蘇らせる事になってたからな」

なんだか本当に悲しそう…ううん、なんだか、淋しそうに見えた。
だけど、不思議と安心しているような、そんな顔をしている気がする。

「だけど、実際俺はお前に手も足も出なかった…。
その時アイツが、ご主人様の暴走は僕が止めてみせる!ってな。
もの凄い魔力を解き放ち、俺が今までで見たことの無いとんでもない魔法を使ったんだ」

「…どんな魔法を?」

「すさまじい光がお前を包み込んだ。
その時にお前の暴走の根元、仮に黒い力とでも言っておこうか。それが抜けたんだ。
目に見えてはっきりとわかったよ。
そして、しばらくして光が消えた時、アイツも消えていた。
結構探したんだけどな…。結局見つからなかったんだ」

「ぷりん…私に黙って勝手にどこかいくなーーー!」

私は力いっぱい叫んだ。
そしたらいつもみたいにヒョコッと現れてくれるんじゃないかと思ったから。

でも、どれだけ待っても、ぷりんの返事が返ってくることはなかった。




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