- 「少しは私を警戒してよ!」
「うひゃああ!!」
木陰から突如飛び出してきた1つの物体。
「……あはは…」
それに腰を抜かしてその場に座り込んでしまう私なのだが、
そこに居たのはモンスターとか怖い獣とかそう言うのではなく、
とーってもかわいいウサギちゃんだった。
ここで1つ注意しておきたいのだが、
ウサギちゃんと言うのは、兎耳をつけた網タイツの綺麗なお姉さんのことではない。
「……にしても」
明るい森で視界も凄くよく利くし、
何かおぞましい空気が辺りを包んでいる訳でもない。
「何か変な気配が漂ってるのよねー…」
何て言うのか、街から帰ってくるのが遅くなってしまって、
見知らぬ誰かが後ろをつけて来ているかも知れないと感じるあの感覚。
つまり、単純に言えば、誰かに見られているような気がするっと…。
「あぁーーー!!私は潔白ですーーー!!」
非常に良くわからない叫びだが、
私は自分の中に浮かんできた1つのワードを気がつけば叫んでいた。
「あのー……」
と、そんな時、可愛らしい女の子の声がどこからともなく聞こえてくる。
「誰!?どこにいるの!?」
ちょっとびくついてはいたが、
ごっつい男の声とかそう言うのではなかったので、
私はその声に答えるように声をあげた。
「目の前、目の前に居ますよ」
「…目の前?……誰も居ない」
だが、そう言われてみれば、
確かに声は前方方向より聞こえてきている。
「もっと下!下ですー!」
「下?」
と言われて下のほうに視線を動かしていってみる。
「えーーーー!?」
「あ、こんにちはー」
……私の視界に入ったのは、なんとまぁ、世にも珍しい妖精と呼ばれるものだった…。
妖精は私の事を警戒する様子も無く、
ニコニコと微笑みながら私に話しかけてくる。
……通常、妖精って人間を警戒して近づいても来ないんじゃないの?
「はじめまして、私妖精の【キアラ】って言います。
貴方の名前は何て言うんですか?」
「私は…エリス…だけど……」
「エリスさんですねー。宜しくお願いします」
「よ…よろしく……」
この妖精、何を考えているのか知らないけど、
全く人間を恐れている様子が無い。
あまりにもひょうひょうとしてるから逆にこっちが疑ってしまうわ…。
モンスターが化けてるんじゃないかーとかね?
「あれー?元気が無いなぁー。もっと気張っていきましょうよー」
……非常に調子が狂わされる妖精だと思う。
「あのさー、アンタちょっとは警戒してよ」
「警戒ですか?何故?」
「私は見ての通り人間よ?普通妖精って言ったら人間を警戒するでしょ?」
「あー、普通は確かにそうですねー」
「普通はってアンタ……」
「まぁ、私が普通の妖精じゃないって事ですよ」
……普通じゃない。
その基準がよくわからないけど、
確かにこれだけ警戒してくれない妖精ならば、
普通じゃないって言うのはよくわかる。
「そんな事よりエリスさん、こんな所で何してるんですか?」
「私が聞きたいわ」
「と言いますと?」
私の事を心配してくれているのか、
それともただ単に好奇心なのか。
聞かれるとつい喋ってしまう性格な私は、
ヴァンに飛ばされてと言うだけのことを色々と着色してお話ししてあげた。
「あのー、そのヴァンさんってあのヴァンさんですか?」
「ヴァンなんて名前の奴なんてこの世にありふれてるでしょうが」
「えーっと…有名なヴァンさん!」
「……もっと言葉を選んだら?」
「あはは…えーっと、エフィナさんの知ってるヴァンさん」
「…まぁ、知ってるんでしょうね…私はそのエフィナさんの娘らしいから…」
私が小さくつぶやくと、
妖精は目を丸くして驚いていた。
「えー!?あのエフィナさんの娘さんなんですか!?」
「そうらしいわね…私はよくわかんないんだけど…」
妖精は興味津々と言った感じで、
私の周りをクルクルと飛び回る。
あの妖精が飛ぶ時に出る特有の音、
リンだかシャンだかって音を鳴らしながら…。
「へぇー…でも、確かにこうしてみるとそっくりですね」
「母さんの知り合いなの?」
「えぇ、もう一度食われかけた仲ですよ」
「………それって良いの?」
「多分悪いですね」
………どうしてこう、母さんの知り合いに次から次へと出会うのだろう。
やっぱり世界を救ったってだけあって顔が広いんだろうか。
なんて思っていたとき、
さっきまでおちゃらけていた妖精の顔が厳しい表情へと変化し、
真剣な表情で告げた。
「エリスさん、ここは危険ですから、私の後についてきてください」
何が危険なのかよくわからなかったけど、
そう言って飛び去った妖精の後を私はとりあえず追いかけた。
…何だかよくわからなかったけど、
何も目的が無いんだしそれで良いかなぁ…っと。
いい加減?
行けども行けども森の中。
何だかんだ言いながら、
私の事を騙そうと森の奥へと連れて行こうとしてるのではないだろうか?
仲間が居るところへと誘導しているのではないか?
そんな考えが頭を過ぎる……。
だって、世界を救った凄い人なら、
少なくともモンスターの中にでも名前は広まっているはずだし……。
「エリスさん!!右に飛んで!!」
「え…?」
「早く!!」
何だかよくわからないけど、
あまりにも焦っている妖精の姿を見て、
私は考える暇も無く右側に思いっきり飛んだ。
「ぎゃああああーーー!!」
すると次の瞬間!!
私がさっきまで立っていた位置に、
凶暴そうなモンスターが馬鹿でかい棍棒を振り下ろしてきたじゃあーりませんか!?
「なななななな……」
驚きのあまりに言葉が出なく、
私はモンスターに指を刺したまま固まってしまっていた。
「エリスさん!!早く立ち上がって逃げて!!」
「逃げてと言われても……」
後ろには巨大な木。
後方に逃げるのは非常に至難の業。
と言うかそれ以前に、少しでも動けば、
モンスターの手にある棍棒で頭を叩き潰されてしまいそうだ…。
「あぁ……いきなりもう絶体絶命……」
だが、こんな所で死んで物語を終わらせるわけには行かないので、
私は深く一度息を吸い込み気持ちを落ち着かせると、
その場にゆっくりと立ち上がった。
すると、モンスターはこちらの出方を伺っているのか、
汚くよだれをダラダラと垂らしながらジッとこちらを見ている。
「エリスさん、このモンスターは、
動きは早いけどそんなに力は強くありません。
多分、頑張れば倒せますよ」
「頑張ればって……」
いつの間にやら私のすぐ傍まで飛んできていたキアラ。
…モンスターには姿が見えていないだろうか。
「ちぃ…はったりだけで逃げてくれれば良いのに…」
私は右手に魔力を集中し、静かに炎をともす。
「あ……」
が、キアラはそれを見て小さく声をあげた。
何?森だから火事になる?そんなドジな事はしませんよ?…流石にね。
「あの…ここの森……闇の精霊が居ないんですけど……」
「え……?」
ちょっと前の私ならば、全く意味の理解できなかったその言葉。
……闇の精霊が居ない?って事は………?
「私ってば役立たずじゃーん!?」
右手にあったはずの炎は、
気がつけば完全に消え去っていた…。
それを見て感づいたのか、
モンスターはうなり声をあげこちらに飛び掛ってきた!
「うわぁ!」
何とかそれを避けると、私は一目散に走り出す!
そりゃ、逃げるしか無いでしょー!?
「あ、あの…エリスさん…水の魔法とか使えないんですか?」
「わ…私…光系統はテンで駄目なのよ!」
「えー!?」
流石妖精、と言うかなんと言うか。
全速力で走る私の横を平然と並走してきている。
良いなぁ…飛べるって…。
そして、モンスターはやはり足だけは速いのか、
徐々にこちらとの距離を詰めてきている…。
「ねぇ、キアラ。何でアンタは普通じゃないの?
何か特別な攻撃を持ってるとかじゃないの?」
「あー……残念ながら攻撃は何も持ってません」
「うぅぅー!!」
……絶望的か…。
もうとにかくひたすら逃げようと前も見ないで必死で走っていた私。
「エリスさん!!前!前ーーー!!」
「今度は前から来たのー!?」
「ちがいます……!!」
モンスターでは無く、
私に対してキアラが前と言っていたのは……。
「その先は川ですよー!!!」
「もっと早く言ってよーーー!!!」
……あまりにも全速力過ぎた私は止まることが出来ず、
そのまま川へと転落し、
なすすべもなく流されていく………。
「エリスさーん!!!」
慌ててこちらを追いかけてくるキアラだが、
それより川の流れは速く、全然こちらに追いつけそうも無い。
「ちょ……幾らなんでも……流れが速すぎるんじゃ……!!」
全く泳げないわけではない私だが、
服を着たまま泳ぐのは非常に難しく…。
もしこの川が穏やかな流れならば、何とかできたかもしれない。
が、尋常じゃないその速さで私のあがきは効果のこの字も無く、
更に先へと流されていってしまう。
「エリスさん!!その先は……滝です!!」
「うそーん!」
滝…確かに、滝があればその流れは普通よりも速くなっているかもしれない。
なんて冷静に考えてる場合じゃない!!
「たーすーけーてーーーー!!!」
何とか声をあげてみたものの、
当然のごとく誰も助けてくれるわけが無く、
私は随分と高い滝からまっさかさまに落下していくのだった……。
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