- 「やっぱり年には勝てないの?」
深いと言っていたわりには落とし穴はそれほどでもなく、
落とされても頑張れば昇っていけそうな程度の高さだった。
「あ、ちなみにここ、壁にどろどろの粘液がたっぷりついてて、
自力で登ろうとしても絶対無理ですから」
「…そ、そうなのね」
まるで人の心を呼んだかのようにして説明してくれるキアラ。
っと…そんな事よりレオンレオン……。
「…何とか大丈夫みたいですね」
「うーん…」
私達の目の前で、剣を手にし、宝珠の守護者らしき石造と戦うレオン。
その石造は巨大な人型の剣士風な感じで、
動きは機敏ではないのだが、一撃の力は相当に強そうだ。
「ってかさ、レオンが小さすぎて石造が凄く大きく見えるんだけど…」
「あはは、確かに一理ありますね」
よーく見てみれば、別にそれほど巨大でもなく、
レオンより頭二つ分くらい大きい程度だった。
数字で表せば180センチから190センチくらい。
ちなみにレオンの身長は…140くらい?
「ちっ…人が苦労して戦ってるのにてめえらぁー!!」
…と、一瞬レオンがこちらに振り返った時、
ものすごーく鈍い音が辺りに響き渡った。
「うがはぁ!!」
「レオン!?」
「あ…やっぱり……」
「うぐぐぐ…こんな程度で……」
レオンは凄く苦しそうに腰を抑え、
その場に蹲ってしまっている……。
「エリスさん!!レオンを助けてあげてください!!」
「た…助けるって何?」
守護者の剣士は、今がチャンスとばかりに高く剣を振り上げ、
勢い良くレオンに向けて振り下ろそうとしている。
「今ので来たんですよ!!腰に!!」
「えぇー!?」
……えーと、どうやらレオンは今勢い良くこちらに振り返った瞬間に、
痛めている腰に激痛が走り、動けなくなってしまったらしい。
と、そんなこんな考えている間に、
レオンに向けて守護者は剣を振り下ろす!!
「あーーー!!もうどうにでもなれー!!」
私は腰に携えてある剣を引き抜くと、レオンのほうへと向けて駆け出した!!
「せ…セーフ……」
何とかぎりぎりの所で守護者の剣を止める事が出来て、
動けないレオンを助けることが出来た。
「レオン!早くこっちへ!」
「あぁ…くそっ…」
四つんばいでどうにかこうにかキアラの方へと進んでいくレオン。
と、そっちを見ている場合じゃないんだっけ…。
「こんにゃろー!!」
守護者の剣を払い飛ばし、
そのままがら空きになったお腹の辺りを目掛けて剣を思いっきり振るう!
「えぇー!?」
ガキーンと鈍い音がして、
私の持っていた剣は何とも空しくさっくり二つに折れてしまうのだった…。
「やっぱ無理ー!!」
大慌てでレオン達の方へと逃げ出す私。
四つんばいで何とかしか動けないレオンをあっさり追い抜かして、
一足早くキアラの元まで戻っていたのは言うまでも無く。
だが、私達がある程度距離を置くと、
守護者はこちらに向かってはこず、定位置とでも言えば良いのか、
そこへ戻って動かなくなってしまった。
「あらら…これならレオンの腰痛が治るまで待ってもう一回戦えば良いんじゃない?」
自分が戦いたくないからそう提案してみると、
キアラが無言で首を振り、天井の方を指差した。
「……なにあれ?」
「強酸みたいです。ここに足を踏み入れたら、
徐々に天井から壁を伝って流れ落ちてくるようになっていたみたいですね」
「うぅぅ……」
「時間が無いって事だ」
腰を抑えながら真っ青な顔でうめくレオン。
……まだ30代なのにかわいそう……。
「おい、嫌味の娘」
「だから何よそれ!」
「これを使え。これなら奴の固い身体も斬れるだろ」
と言ってレオンが私に投げ渡してきたのは、青白く光る丸い玉だった。
……舐めてんの?
「それは、【スフィア】と言う奴で、
使用者の意思でどんな形にも変える事が出来る。
…まぁ、使用者の魔力次第で威力や大きさは変わるけどな…うっ…いてて…」
「へぇー……」
試しにスフィアを握り締め、
今頭の中に浮かんだものを形にしようとしてみる。
「出来たー!」
「なにやってんだボケー!!」
「……随分おいしそうなケーキですね」
…私が練習のために思い浮かべた形は、真ん丸い苺ケーキだった。
いやはや…お腹がすいていたもので……。
「よっし…今度はまじめに…剣…剣っと……」
通常のロングソードの形をイメージすると、
うまいことそれと同じ感じな剣を生成する事が出来た。
「初めてにしてはお上手ですね」
「えへへー」
が、褒められて意識がそれると、
剣はぐにょんと曲がってしまいちょっと変わった鞭のようになってしまう。
「……とにかく、戦いの間は決して意識をそらさない事だ。
一瞬でも戦いから気がそれれば、間違いなく死ぬ」
「……頑張ってください!」
……何だか凄く無責任な気がしたけど、
腰痛で闘えないレオンのためにも、私がやらなければならない…。
このままだと天井から流れ落ちてくる強酸で全滅を待つだけだし…。
「よーっし……やるだけやってやるー!」
とにかく私は神経を集中し、
守護者の剣士のほうへと向かって駆け出した。
が、予想以上に剣士の一撃は重く、
一撃を受け止めるたびに剣の形が崩れ、
全然まともに戦うことが出来ない…。
「エリスさん!もっと意思を強く持って!!」
「そ…そんな事言われても…」
手の痺れが集中力を乱し、
剣は今にも消えそうにチカチカと点滅を繰り返す。
「あわわ…」
……戦うことは元からあまり好きじゃないし、痛いのなんて大嫌いだ。
ちょっと痛いだけでも大騒ぎする私なんだから、
こんなに怖くて痛い痺れがある中で精神を集中するなんて……。
「え…!?」
戦いたくない。
その思いが過ぎった瞬間、スフィアは最初の形状。
丸い玉の形に戻ってしまった……。
「エリスさん!!」
そして、水平に動いていた守護者の剣を受け止められず、
それは私の顔に鈍い音を立てて激突する。
「あ……!!」
石の剣だったので、真っ二つにされるなんて事は無かったが、
吹っ飛ばされた私はまるでゴムボールのように数回地面を跳ねた。
「うぅ……痛い……」
頭からはたくさん血が出るとかって話は聞いたことがあるけど、
剣が激突した箇所からはおびただしい量の血が流れ落ちてくる。
「あぅ……死んじゃう……痛い……痛いよ……誰か…助けて…」
血を見てすっかり戦意を無くしてしまった私は、
ボロボロと涙を流しながら、その場で泣きじゃくっていた。
実際は、脳を思いっきり揺さぶられたので、
立ち上がることも出来なくなっていたのだが……。
「エリスさん!!」
「おい!しっかりしろ!!」
キアラとレオンが私に何か言っているが、
あまりしっかりと聞き取れない。
と言うか、すっかりパニック状態に陥っていた私は、
自分でも訳のわからない事を言いながら、ただその場で泣くだけだった。
だが、守護者はそんな私の事を気にする様子は無く、
とどめを誘うと傍までやってきて剣を振り上げる。
「戦って!!エリスさん!!」
「いや……いやだよ…」
目の前にたたずむ守護者を見上げながら、
私はそれだけを繰り返していた…。
「うまそうな苺ケーキ!!」
「……レオン何を言って…?」
「苺ケーキだ!!さっき出したケーキを思い浮かべろ!!」
「………苺ケーキ……」
レオンの言った言葉で、私の中にポッと1つの形状が大きく浮かび上がった。
「ケーキ食べたい!!」
そして、手の中に握られていたスフィアがそれに反応したのか、
手の中で膨れ上がるようにしてその形状へと姿を変化させ、
そこから更に私のイメージのように大きく大きくなっていき……。
「おいおいおい…」
「あは……」
「ケーキ!!」
「……食い意地張ってるんだな…あの女と同じで…」
ちなみに、守護者の剣士は突如現れた巨大な苺ケーキにより、
逃げる暇も無くぺしゃんこに潰れてしまっていた…。
うーん…確かに食べるのは好きだけど、
ここまで食い意地張ってるとは思わなかった……。
その後の私は、遺跡を脱出するまで、
狂ったように「ケーキ!ケーキ!」と叫び続けていたらしい…。
私はレオンとキアラに案内してもらい、近くの村までやってきた。
「じゃあ、俺等はもう行くから」
「ちょっとの間だったけど、楽しかったです!」
「うん…!私も!あ、レオン、しっかり腰痛治してよ?」
「う…うるせーな!!」
「うふふ」
緑の宝珠の効果は確からしく、
あの後、少し光を当てただけで、
ものすごく苦しがっていたあの腰痛が嘘のように引いたらしい。
まぁ、一時的なものらしく、
長いこと続けないと完全回復は無理そうだったけど…。
「それじゃね、二人とも気をつけて」
「はい、エリスさんも」
「じゃあな、エリス」
そして、二人はどこかへと向かって歩き出していった。
私は二人の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。
「……あれ?今アイツ私の事名前で呼んでなかった?」
母さんの事、嫌味女とか言ってたけど、
レオンの方こそ嫌味チビで恥ずかしがりや何じゃないかなと思う私なのだった。
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