- 「私は英雄なんかじゃない」
今、私の目の前にはとてつもない強敵さんがいる。
「わはは!その程度の炎…かゆいわ!!」
炎の剣で何度斬りつけても、
奴の毛皮の厚さの性か、それとも身体に纏われた雷の性か。
全くと言っていいほどにダメージを与えられていないようだ。
「ちぃ…!」
元々、そんなに剣に魔力を乗せるのが得意ではない私は、
剣の炎を解き放ち、頭をとにかく必死でフル回転させる。
…万策尽き果てたって訳でもないんだけど、
なれないことをやってのけた性か、魔力もすでに殆ど残っていない。
かといって肉弾戦で倒せるような相手じゃないし…。
「行くぞ!」
何て考えている最中、
ウルフが、こちらに向けてものすごい勢いで突撃してきていた!!
「わわっと!」
私は、その攻撃を紙一重でかわし、
相手の突貫力を利用し、すれ違いざまに剣で思いっきりウルフを斬りつける!!
「ククク…、今、なにかしたか…?」
「うあ!皮膚、硬!」
ポキーンと空しい音をたてて、私の剣は見事に真っ二つに折れてしまった。
そして、それと同時に肉弾戦で倒すと言う考えは頭の中から完全に廃棄される。
私は、折れた剣を投げ捨てると、
無駄だとわかっていても肉弾戦の構えを取る。
…もう一度攻撃を回避出来たら、その時に全力の魔法を一発叩き込んでやるために。
「…さて、そろそろ遊びは終わりだ!本気でいくぞ!」
「さっき、本気だすって言ったじゃないー!!」
すると、言葉通り、ウルフは先ほどよりも断然速い速度でこちらに攻撃を仕掛けてくる!
「うわわ!」
私は、その攻撃をなんとかかんとかウルフの股下をくぐって避ける。
…身長差に助けられたけど…あんな体制じゃ流石に魔法を放つことは出来ない…。
「ちぃ!なかなかすばしっこい奴だな!」
「しょうがないじゃない!こっちは命がけなのよ!?」
…相手もある意味、命がけなのかもしれないけど、
私は悪を成敗するために頑張ってるんだから良いよね…?
「ならば更にその上の速さを出すだけよ!」
こいつの本気はどこまであるのかよくわからないが、
ウルフは、またも言葉通りに、更に素早く、自らの爪を私に振り下ろして来た!
「くぅ!」
かわしたつもりだったが、完全に避けきれず、
その爪は私の右腕の肉を中々鋭くえぐってくれていた。
えぐられた傷口からは結構な量の血が流れ出している。
……思ったよりも傷は深いようだ。
「クハハ!ざまあみろ!それで貴様の利き腕は使えまい!そして、次の一撃で死ね!」
そんな私を見て、ウルフは嬉しそうに笑い、
そして、先ほどと同じように攻撃を繰り出してくる!
「残念ながら、私は左利きなのよね!」
同じ攻撃なんて食らいますか!
私は勢いよく地面を蹴り飛ばし、ウルフの爪を回避する。
そして、だまし程度に一発、ウルフに向けて炎の魔法をぶっ放す!
「食らいなさい!ファ・イ!」
ウルフに目掛けて巨大な火の玉が飛んでいく!
「ぎゃあああ!!」
見事に直撃!ウルフは炎につつまれて、苦しそうに悶えている!
「よっしゃあ!」
だが、喜んだのもつかの間、
私の放った炎で燃えていたのは……。
「……う…うそ…!!」
急いで駆け寄り、私はその炎を消しさる。
「ごめんなさい!!大丈夫!?」
「だ…大丈夫…それより……気をつけて……」
「やだ…!!しっかり…!!しっかりしてよ!!」
いつのまに入れ替わったのか、
そこに居たのは全く関係のない街の住人の男の人で、
ウルフだと完全に思い込んでいた私は…勿論手加減などしていなかった。
「……………」
男性は、私の腕の中でそのまま静かに息を引き取った。
「……くっ!!!」
だが、そんな時、私の背中にいきなり激痛が走る!
「馬鹿が!油断したな?」
ウルフが私の背中を強烈に斬りつけてくれたのだ。
「……アンタ、どうしてこんなことすんの?」
男性をそっと地面へ寝かすと、
私はゆっくりと立ち上がりウルフに問いかけた。
「はぁ?最初に言っただろう!人間は我々にとって最高の餌なのだ!!」
「……確かにさ、世の中は弱肉強食で、弱いものが殺されるのは仕方ないと思うよ?
…だけど、だからってこんなやり方…気に入らないってのよ!!!」
背中の傷口から止め処なく血が溢れてきているのがわかる。
最初にやられた右手からの出血もかなり酷い。
多分、結構な出血で、血は大分足りなくなってきているんだと思う。
その証拠って訳じゃないけど、
目はかすむし、足元もふらふらとしてきている。
たぶん、…いや、絶対に次の攻撃を避ける事はできない。
だけど、次の一撃で全ては決まる。
私は確信していた。
「私、肉も魚も好きだけど、殺しは嫌いなのよね!!」
私の左手には、普通に考えれば、多少の知識と実力のあるものならば、
黙って退散するほどに力があふれ出してきていた。
「今更何をやっても遅いわ!」
だが、ウルフは強靭な牙をむき出しにして、私に襲い掛かってくる。
予想通り、相当に頭の悪いモンスターなのだろう。
「貫けぇーーーー!!!」
私の左手からは、矢のような形状の鋭い炎が放たれる!!
「グアア!」
ウルフの固い皮膚を、物ともせずに、炎はウルフの身体に突き刺さる!!!
「貴様あああ…!許さん!」
だが、ウルフは絶命したわけではない。
それどころか、今ので相当頭にきたのか、いきりたった様子で私に襲いかかってくる。
「許さないのは……私の方なんだからーーーー!!!」
開かれた左手をウルフの方へと突き出すと、
私は、その手をギュッと力強く握り締める。
「はじけろぉーーーーー!!!」
すると、炎の突き刺さった箇所からは、
目がくらむほどのすさまじい閃光が放たれ、
ものすごい爆発音と共に、ウルフを真っ二つに切り裂いた。
「………くそったれ…」
今の一発で完全に魔力を使い果たしてしまった私は、
その場に立っていることも出来ずに、力なくその場に座り込んだ。
「お疲れ」
どこからともなく現れたヴァンが、
私の頭の上にポンッと優しく手をのせた。
「……なにしてたのよ」
「色々」
「………」
…ふと周りを見てみると、
倒れる人の傍に泣きながら寄り添う人々の姿がある。
私のすぐ傍で倒れる男性の傍にも、
寄り添う人の姿が…奥さんらしき女性と、小さい子供の姿があった。
「ごめんな」
そう言って、背中から私を抱きしめてくるヴァン。
…普段ならぶっ飛ばしているところだけど、今はそのぬくもりに凄く救われた。
「………う…うあぁあああ!!」
あふれてくる涙の重さに耐え切れなくて、
私は俯いたまま大声で泣く……ことしか出来なかった…。
すぐ傍から聞こえてくる悲しみ嘆く声を、
すぐ傍に見えている、悲しみ嘆く人達を、
私は救ってあげることなんて出来ないから……。
そして、次の日……。
私の傷は、すっかりと…とはいかないが、ほぼ完治していた。
あれだけ深く抉られたにもかかわらず、これだけ完治するだなんて、自分自身本当に不思議だ。
「魔族や、妖魔って言うのは、元々再生力が強いから、大体は寝て起きたら治る」
と、昨日痛くて寝れないと騒ぐ私にヴァンが言っていたけど、
本当にそれだけで説明できるものなのかしら?と言うほどの傷の治り様だ。
ちなみに、服だが…街を救った英雄と言うことで、
洋服屋さんが一着だけただで提供してくれた。
まぁ、ヴァンがそう言うのはどうも気に食わないと言ったので、
全部持っていっても良いって言ったのが、一着だけになったってだけなんだけどね?
「はぁ……」
鏡を覗き込んでいると、なんとなく昨夜の事を思い出す。
デジャビュって言う奴だろうか。
以前に自分も似たような光景を見たことがある気がする…。
なんとなく想像はつくんだけど、別に思い出さなくても良いと思う。
……ううん…違う…思い出したくないだけなんだ……。
「…エネルギー補給にいこうかな」
目覚めてまず最初にする事と言えば、やっぱりご飯!
沈み込んでいても仕方が無いので、とりあえず私は、気合を入れて食堂へ向かった。
昨日の今日と言うこともあってか、
食堂に訪れている人の数は非常に少ない。
だが、旅人らしき風貌の人はその中でも多い方だと思う。
…これだけ居たのなら、一人くらいは街の人達を助けてても良いのに…。
「あ、ヴァンだ」
私はヴァンを発見すると、彼の居る席まで駆け寄り、
朝の挨拶をした後お金を受け取り食券を購入する。
「……で、何を買ったんだ?」
席に戻ってきた私に対して、ヴァンが最初に口にした言葉はそれだった。
ほかに何か言うことないの?
「Aランチ、Cランチ、焼き肉定食、山海の珍味の盛り合わせに、サラダと、あと、カレーライス」
私が購入した食券を全てテーブルに並べ終わると、
ヴァンは大きく肩を落とし深いため息をついた。
「お前なぁー、その食券を見るだけで俺はお腹いっぱいだぞ」
「視覚だけじゃお腹は満たされないよ?」
「物の例えだ」
この時ヴァンに貰ったお金は1千ゴールド。
それだけあれば普通の宿には1週間は余裕で寝泊り出来る。
あぁ…ちなみにおつりは一円も有りませんけどね?
それから、食事も終り、私達は今後の予定について話していた。
「ヴァンはこれからどうするの?」
「あ?俺は…行くところも無いから、とりあえず今はお前についていくかな」
「ふーん……」
「んで、お前は?」
「えーっと…私は……」
私の今現在の目的、ぷりん探索。
それから、ぷりんが見つかったら…サタンを倒さないとならない。
昨日の人たちのような犠牲者を二度と出さない為にも。
「でも…あてはない。予想もつかない。なにも浮かばない」
「あのなあ…?」
ヴァンは大きくため息をつく。
なんだかこれが毎度のことのような気がしてくるのは私だけなんだろうか。
「うーん、困った時はどうしたらいいんだろう……」
「訳がわからんぞ…」
「うーん…私が困った時に、一番におもいつくことは…」
私はうーんうーんとうなり声を上げながら、
とにかく頭をフル回転させ、今後どうしたら良いかと考えに考えて考え抜いた。
すると、そんな私の脳裏に一人の人物の名前がうかぶ!
「ファナだよ!」
「ファナ?なんでまた?」
「ファナならきっと、ぷりんを見つける装置とかを作り出してくれるよ!」
「おいおい、いくらなんでも、それはちょっと買い被りすぎじゃないのか?」
しかし、そうしようと心に決めた私の耳に、
ヴァンの言葉は全く持って届いていなかった。
「よーし!決定!ファナのところに行こう!」
そして、私は勢いよく席を立ち上がると、
ヴァンのことをすっかり忘れたまま港へと向かって走り出していた。
それから数分後。
「おーい、エリスー!東に渡る船が来るのは二ヶ月後だぞー!」
慌てた様子で私を追いかけてくるヴァンが、
なにやら遠くで叫んでいる。
(ん?二ヶ月後…!?)
その言葉にハッとして、足を止めて振り返ると、
結構離れていたと思ったヴァンがいつのまにやら私のすぐ真後ろに立っていた。
……足速すぎ!?
「二ヶ月後って…?」
「お前…忘れたのか?ファナが言ってただろ?
この船に乗れなかったら帰るのが、三ヶ月後になる……って、
つまり、お前が迷子になってたのが半年だから……わかるな……?」
「あー………」
ヴァンの言葉に納得して、私はポンッと手を打つ。
つまり、行って戻ってくる期間は十分にあったけど、
これからまた船が戻ってきて更に出発するまでに2ヶ月以上かかるっと……。
「えぇーーーー!?」
ショックのあまりその場に立ち尽くしたまま大声で叫ぶ私。
…我に返った時、周りの視線が集中していて、とても恥ずかしかったのは言うまでも無い。
「まぁ、とりあえず、次の出発の日にちでも聞いとくとするか」
「そうだね……」
ぐったりと重い足取りで、私とヴァンは港へと向かった。
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