「魔族の長と新事実」



――― 夜 ―――

廃虚ビルの中は外の明かりも月の光も届かなく完全に真っ暗。
視界0、明るさ0、人の気配0、恐怖100。(%表記)

「帰りたくなって来た……」

私は、小さい炎を灯し、どきどきしながらビルの中を歩きまわる。

1階、2階、3階、そして、現在位置は屋上。
昼間と同じようにすべての階を回ったが、やっぱり何もない。

「すでに解消されてると楽でいいんだけどな……」

空の月を見上げながらぼそっとつぶやく。
風の音しか聞えない静かなこの空間では、
反響した自分の声でさえも余計に恐怖をあおるだけなのだが…。

「うぅ…、今日はもう帰ろう…」

そんなに長い間居た訳ではないが、
恐怖に耐え切れなくなってきていた私は、一刻も早くこの場から逃げ出したかった。

だが、屋上から下りようと出口の方へと向かい、ドアノブに手をかけたその瞬間!

「……え?」

キィっと音を立ててドアノブが動いたではありませんか!

(うわわ!幽霊!!!)

もう驚きのあまりに腰を抜かしてしまいそうだったけど、
幽霊なんかに取り殺されたくない!と、大慌てで屋上の隅っこの方に身を潜めた。

「ドアが、開きます。ご注意願います」

ドアが開く時に、男の声で確かにそう言ったのが聞きとれた。

…何だか緊張感の無い幽霊だと思ったけど、
幽霊は普通幽霊が怖くないだろうからそう言う独り言も言ったりするのだろう(するのか?)

この時、もしかしたらすでに、私の事がばれていたのかと思ったけど、
幽霊?は、こちらをまったく見ることなく屋上の中心辺りに歩いていった。

…足があるので、どうやら幽霊では無かったようだ。

ほっと一安心した私は、とりあえず、男の様子をうかがうことにする。

「よし…誰も居ないな」

男は、辺りをきょろきょろと見回すと、地面に魔法陣を描きはじめる。
ここからではどの系統の魔法陣を書いたのかしっかりと確認はできないが、
夜中に一人、しかもこんな場所でやるような魔法陣なら、どうせたいして良い魔法陣ではないと思う。

さしずめ悪魔召喚。といったところか……。
まあ、もし悪魔召喚なら、何が呼び出されるかわからないけど、絶対に止めないといけない…。

しばらくすると、男は大きな声で呪文を唱えはじめる。

(この呪文は……?やっぱり悪魔召喚だ!)

…恐怖で足が震えまくっているからって、
悪魔召還なんてとんでもない事をやらせるわけには行かない!!

「こらぁーー!こんなところでそんな危険な事やってんじゃないのー!」

足の震えを気合で押さえながら、私は男に向かって大声で叫ぶ。
だがしかし、男は呪文を唱える事に集中しているのか、まったく私に気がついた様子は無い。
…中々の集中力だ。これは相当に上位の悪魔を呼び出そうとしているに違いない。

「くぅ…なら余計にさせる訳にはいかないんだから!!」

と、そうこうしている間に、黒い魔法陣が紫色の淡い光を放ちだした。

ちなみに、紫、朱、赤…というふうに色が変わっていき、
赤になった時に生贄を捧げると、悪魔召喚は完成する。

「昔の人はこういった……。押して駄目なら、引いてみろ……!!」

声に反応しない男に向かって、私は全速力で突っ込んでいく!

「叫んで駄目なら……実力行使!」

「ぎゃあ!」

男は、私の体当たりでバランスを崩し、
勢いよく魔法陣の上に倒れ込んだ。

「ふう、危ない危ない。だいたいねぇ、悪魔召喚なんてやってんじゃないわよ」

「だ…誰だお前は!!」

「誰だ?誰だとかそう言う場合じゃないでしょう?
…っとにもう、アンタが夜な夜なこんなことやってるせいで、
私はこーんな暗いビルにこなきゃならないし、変な男に藁とか言われるし…。
もう!本当に最悪だったんだからね!!」

「そんな事貴様に関係あるか!」

「…はいはい、そうですねー…あー、あと、アンタ、悪魔召喚の詠唱を間違えてるのよね」

私はこの時無意識に親切心から(そんなものはいらない親切だと思うけど)
男に正しい悪魔召還の詠唱を教えてあげようと思って、
ブツブツと呪文を唱え始める……。

「………っと、わかった?……あ……」

この時、既に遅し。魔法陣は赤々と光を放っている。

「やってもうたーーーーーー!」

さらに、悪魔召喚完了時に必要なささげ物(生け贄)が魔法陣の上にいてくれる……。
あぁ…これも私が体当たりをぶちかました性か……。

「た、助けてくれーーー!私はある御方の命令で悪魔召喚をやっていただけなんだー!」

「た…助けてたって…自業自得よ!!自業自得!!」

「そ…そんな!!」
「ん…?アンタ、どっかで見たことある顔ね…」

…魔方陣から放たれる真っ赤な光。
これにより男の顔を確認する事が出来た。

「あー!!アンタ、私の事を紅の魔女とか言いふらしてたバカ神父!!」

「……き、貴様は……!!あぁ…!!やっぱり紅の魔女は悪魔の使いだったのか…!!」

「アンタなんて悪魔召還やってるんだから私よりひどいわよ!!」

「呼び出したのは貴様だ!!魔女め!!」

「うっさい!!バカ!!」

やっぱり相変わらずむかつく男で、
すっごく助けたくなくなったけど…人としてそういう訳にもいかない!

「ちっ…どんなのが出てくるかわかんないけど…、
こんな街中に強力な悪魔が出てこられたらたまんないから助けてあげるわよ!!」

そして、私は悪魔召喚取り止めの詠唱を唱える。

「くぅ…!!もう間に合わないの!?」

詠唱を半分唱え終えても、
魔方陣の光は弱まるどころか、更に強い光を放っていく。

どうやら気性の激しい奴が来てしまったらしい。
そういう奴は、引っ込めるにしても何かささげ物を渡さないと引っ込まない。
まぁ、もっと性質の悪い奴も居るけど……。

「あ……危ない!!」

次の瞬間、魔法陣から恐ろしくごつい腕が現われて、
魔法陣の上の神父の頭をわしづかみにした!

「ひーー!ひええーー!」

…悪魔が魔法陣の中心から、ゆっくりとその姿を現わす。

「……うそ…でしょ?」

それを見た私は、恐怖で身体が動かなくなっていた。
それは私の中から現れたと言うあれそのままだったから……。

ヴァンに聞いていた特徴そのままだったから……。

「サタン……」

私がつぶやくと、サタンはこちらを見て妖しく微笑んだ…。




「手を離せ!私はあの御方の命令をお前に伝えに来たのだぞ!」

命知らずにも神父は、サタンに頭を捕まれた状態のまま、サタンに蹴りをいれている。

…サタンの事を知らないのだろうか?
いや、神父は知っているはずだ…私からサタンを引き出したのは間違いなくこいつなんだから…。

「……クズが」

サタンは神父を睨み付け、そして……!!!

「ぐげああああ!!!」

「うっ…!!」

ぐちゃ!っと嫌な音がした。
そして、ドサッと言う音ともに、神父の身体が地面へと落ちて、
ピクピクと身体をひくつかせていた。

「…酷い……」

「この気配、エフィナ……か…?わしを封印しにきたのか……?」

「…エフィナ?…ここに母さんなんて居ないわよ!!」

この時、私の頭の中ではどうやってこの場から逃げ出すか、
それだけが何度も何度も繰り返されていた。

「お前を…殺す…お前が生きている事は、わしにとっては不愉快なだけだ…。殺す…。殺してやる…!!!」

そう言うとサタンは、私に向かって、
なにやら黒い球のような物体を投げてくる!

「闇魔法…!?」

何とか避けようと足に力を入れたのだが、
あまりの速さに避ける事が出来ず、それは私の胸の辺りに直撃した!!

「が…はぁ!!」

ボキボキっと鈍い音がした。

…かなりの激痛の上、何だか息苦しい。
どうやら肋骨が数本いかれたようだ。

「貴様……その程度だったか…?まあいい。わしが強くなりすぎたのだろう…」

少しがっかりとした口調でそう言うサタン。
……そりゃ、私は修行を終えたばかりのひよっ子で、
母さんと比べれば力なんてこれっぽっちも有りはしないだろう。

「死ぬがいい!!エフィナ!!!」

私に向けて、サタンが先ほどと同じ闇魔法をぶっぱなす。

「はぁ……私、こんな所で死ぬのか……。
でも、どうせ死ぬんなら、その前に一言、言っておこうかな…」

ずっきんずっきんと胸の辺りが痛む。
だが、私はそれをこらえながら大きく息を吸いみ、そしてサタンに向けて叫んだ!

「私は、エフィナじゃない!私はエリス!親子だからって間違えてんじゃないわよー!!バカァ!!」

叫び終えると、ふっと全身の力が抜けた。
しかし、なぜかそれとほぼ同時に私の身体は羽の様に軽くなり、
胸の痛みもまるで嘘みたいに消え去った。

「え!?」

何より驚いたのは私自身だったが、
そんな事より目の前に迫ってきていた黒い玉!!!

「危なーい!!」

身体をかすめたが今度はギリギリ避ける事が出来た。

「ほぅ…!!あれをかわすとは…中々…」

「へん!余裕だってのよ!余裕!」

だが、背中のほうで何やらドカンと音がしたので振り返ってみたら、
なんとびっくり!球が当たった後ろのドアが跡形もなく消滅してしまっていた。

「しゃ…しゃれになんない…!」

こんな化け物にはどう頑張っても勝てない。
今の一撃を見ればそれこそ、どんなバカだって私が勝てないのなんて一目瞭然。
……だが、逃げる事も出来ないだろう……。

「…ヴァン……こんな時こそ助けに来てよ!」

…まぁ、そう都合よく現れてくれるはずは無く、
私がそういい終えた時、辺りには風が吹き抜ける音だけが響いていた。

「エフィナよ…。やはり、我が娘。一筋縄ではいかぬか。だが、お前はこの次の一撃で死ぬのだ!」

「エフィナじゃないって言ってるのに…なによ!!
耳が悪いのか頭が悪いのか…。これだけ叫んでるんだから頭が悪いって事よね。
うん…え?何?え?え?ちょっとまって!?……娘!?」

私の本当の母さんが、皆の話だと、間違いなくエフィナと言う人で、
それで、今のサタンの言葉が本当だとすると…そのエフィナは、このサタンの娘……?

「って…事は…?サタンって…私の、おじいちゃん!?」

衝撃の事実に戸惑い、思わずその場の状況も忘れてオロオロとしてしまう私。

だが、サタンはそんなのを気に留めることなく、呪文の詠唱を始めていた。

「……凄い魔力……こんなの食らったら一溜りも無いってもんよね…」

サタンの身体に集まっていく魔力は先ほどとは全く比べ物にならないほどに強大で、
今度の確実に一撃で私の事を仕留めるつもりなのだろう。

「……しょうがない。私も死にたくないし、
正直不安だけど、闇の力を解放しちゃおっかなー……」

闇の王サタンと戦うと言うのに闇の力を…と言うのは正直どうかと思うけど、
光魔法を使えない私としては、全力で魔力を開放してサタンを凌ぐ意外にこの場を切り抜ける方法は無い。

今から私が行うのは魔族化。

魔族化とは、人(っていってもハーフ限定。この間のワーウルフの新の姿とは別物)
によって変身できるときの条件が異なるんだけど、
私の場合、夜、そして、月(どんな月でも可)が出ているとき限定で、変身する事ができる。

魔族化すれば、普段の3倍くらいの魔力を引き出せるのだが、
その分、体にかかる負担も相当に大きい。

下手をすれば、魔法をぶっ放した時に、
私の身体が魔力に耐え切れなくて粉々に砕け散る事になるかもしれない。

「だけど…今は、そんなこと言ってる場合じゃないよね……」

天空に聳える、青白い光を放つ月に向かって、
私は狼の遠吠えに近い雄たけびを上げた!!!




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