- 「浮き輪は大事なアイテムなのだ!」
私が武器屋のドアを潜り抜けると、カウンターの奥のほうから私を迎え入れてくれる元気な声が聞こえてきた。
それは、先日ちょっとでも衝撃を与えればそのまま死んでしまうのではないか?
と思わされるほどに顔色の悪かった武器屋の主人だったのだが、
先日とはまるで別人のように気持ち悪いくらいにさわやかで元気だった。
…睡眠と言うのは、人間にとって非常に大事なものなんだと改めて思い知らされた気がする。
「やぁー!あの時のお嬢さん!!早速着てくれたんだね!!」
私の顔を見ると、主人はニコニコと笑顔を浮かべながらこちらに近寄ってくる。
その手には何やら随分と立派な装飾の施された美しい剣が握られていた。
「はい、これ」
「私に?」
私が訪ね返すと主人は微笑みを崩さずに一度深くうなずき、
その剣を私にそっと手渡してきた。
「……うわぁ………」
鞘に封印が施されているにも関わらず、剣から溢れ出る魔力をヒシヒシと感じた。
…以前の私ではわからなかったのだろうが、この剣は大層立派なものだ。
「こんないいもの貰ってもいいの?」
「あぁ、鞘から抜く事が出来るなら持って行っていいよ」
「抜く事が出来たら?」
何でも主人の話によると、これだけ美しい剣だし買いたいと言う人は当然、後を絶たなかった。
しかし、この封印の性なのか、なぜなのかはわからなかったのだが、
誰しもがこの剣を鞘から引き抜く事は出来なかった。
…魔法を志すものならば、この剣が立派なものだと言うのは見れば明らか。
しかし、剣としてその機能を果たせないのならば必要ないと、
今まで手に取るものは居ても、持っていくものは居なかったらしい。
「へぇー……じゃあ、私これもらっていくね?」
「え…?」
「ほら、見てよ?」
私は主人の見ている前でその剣をいとも簡単に引き抜いてみせる。
それにより主人は目を大きく見開き、今にも目玉が飛び出すのではないかと思わされるほどに驚いていた。
「じゃあ、そう言うことで〜♪」
私は主人にお礼の一言を告げると、やっぱり返してとか言われないうちにさっさと店を後にした。
だがしかし、この剣を簡単に引き抜く事が出来た私なのだが、
この剣を私が扱うにはちょっと厳しいものがあった……。
「うーん…かなり長いなぁ…」
剣はまるで吸い込まれそうなほどに美しい白銀で、
その長さは私の身長……よりも少し短いくらいの長剣だった。
「…そのうち背は伸びるよね…?まだ149cmだし……」
腰に携えるとずるずると引きずる格好になってかっこ悪かったので背中に背負ってみたのだが、
それでもいまいち格好がつかなかい…
だが、こんな立派な剣をタダで手に入れられる機会は滅多に無い。
何とかかんとか引きずらないように上手に固定し、
ヴァンが待っているであろう宿屋へと私は足を運んだ。
次の日の朝。
と言っても、やっとお日様が顔を出したくらいの早朝。
ヴァンにたたき起こされた私は、眠たい目をこすりながら港へとやってきていた。
「はぅ…潮風が目にしみる……」
元々朝に弱かった私は、半分寝ぼけたままここまでやってきた。
その為、髪の毛は所々跳ねているし、顔は洗ったものの年頃の女の子らしさは全く無いだらしのない顔つきをしている。
「……お前…意外と髪硬いな…」
寝癖で逆立っている私の髪をくしでほぐしながらヴァンがつぶやく。
「…うーん……ここんところまともにお風呂入る回数が減ってるし、
魔族化すると髪質がおかしくなるのよね……」
「年頃なんだからもっとしっかりしろよな…」
「だったらもう少し生活にゆとりをもたせてよ」
「飯は十分以上に食わしてるだろ…」
そう言ってヴァンは大きくため息をついた。
…そんなに食費がかさんでいるのだろうか?
まぁ、確かに魔族の進行が進んでから物価…特に食品は高くなったけど…。
「お…っと、船が出るみたいだな」
そう言ってヴァンが私の背中を軽くポンッと叩いて小さな手鏡とくしを渡してきた。
あとは自分で治せと言う事だろうか?
「ありゃ?」
と思って鏡を覗き込んだのだが、男性が髪をとかしたとは思えないほどに私の髪は綺麗に整えられていた。
…女性好きって言うだけあってか、そう言うところのテクニックもしっかりと身に着けているようだ。
「待ってよー!」
私は渡された鏡とくしをカバンに押し込むと、ヴァンの後を追いかけて走る。
すると、それを待っていたかのようにして船が出発の合図、汽笛の音を鳴らした。
「船って、初めて乗るなー…って事は、外の大陸に出るのも初めてなのよね?わーい!初めてだらけだー♪」
船の上は予想以上に大きく、興奮した私は甲板をどたどたと駆け回る。
「そんなにはしゃいでると後で疲れるぞ?」
ヴァンは相変わらずと言うか何と言うかのんびりしている感じで、
そう言い残し、静かに船室の中へと消えていった。
それと同時に船はゆっくりと陸地から離れていき、大海原へとその足を進めていった。
「バイバイ!私が育った大陸!!」
遠くなっていく自分の育った大陸に向けて、私はずっとずっと手を振り続けた。
誰かが見送ってくれているわけではないけど、言うなれば…そう、そこにある思い出に向けて……。
船に乗ってから約一日。
周りは海ばかりで他には何も見えない。
「あーきーたー!!」
これだけ大きな船なのにも関わらず、船内には殆ど人が居なくて、
特にこれといってすることも見当たらなかった。
「あぁー……暇だなぁー…」
波の音と、かもめの鳴く声だけが聞こえる平和な船の上。
だだっぴろい甲板の上に私はごろんと寝転がり空を見上げた。
「あ…れ…?何だかあの辺りだけ…やけに黒いような…?」
それは雨雲…と言う感じでもなく、鳥の群れ…と言う感じでもなかった。
「…もしかして!!」
私はすぐ傍の見張り台へと駆け出し、
そこに居た船員から双眼鏡を奪い取ると、その黒い塊を覗き込んだ。
「……や…やっぱり!!」
私は双眼鏡を船員に押し返すと、ヴァンをたたき起こそうと急いで船室へ走り出す。
「ちょ…ちょっと君!!もしかしてあれは…!!」
私のただならぬ様子で感づいたのか、
見張り台に居た船員も、走り出した私の隣を怯えた表情で併走していた。
「そうよ!!モンスター!!モンスターの群れよ!!
多分この船を襲うつもりだろうから、戦えそうな人を大急ぎで甲板に集めて!!」
私は船員にそう告げると、転げ落ちるような勢いで階段を駆け下り、
ヴァンが眠っている部屋のドアを蹴り破り中へと進入する。
「ヴァン!!」
「あぁ、わかってる」
流石と言うか、ヴァンはすでにモンスターの気配に気がついていて、
甲板に向かうところだったようだ。
「何で浮き輪なんて膨らましてるのよ!!」
「え?…いや…これは必須……」
「そんなもん膨らましてたら船が沈むわよ!!」
私はヴァンの手をとり強引に甲板へと向けて走り出した。
だが、この時ヴァンに浮き輪を持たせていなかった為にあんな事になるだなんて、
こんな状況の中、誰が想像できただろうか…?
甲板にはすでに大量のモンスターが降り立っていた。
…そして、空中には何百匹とも思えるほどの大量のイーグルが飛び交っている。
「…ゴブリンか……この船が食料を運んでいるにおいをかぎつけてきたんだろうな……」
「そんなに鼻がいいの?」
「いや、それだけ知能が高いんだ。ガキの頃からイーグルも飼い慣らしているために行動範囲も広い。
戦闘能力自体は高くないが、こうやって群れを成すことでそれも補っている。
……やっかいな相手だぞ。囲まれるな!!」
そう言ってヴァンがその場で横一文字を斬ると、
彼の腕から白い線が飛び出し、それに触れたゴブリン達をあっと言う間に両断していく!!
「うわぁ…!!すごっ!!」
ヴァンが駆け抜けた後には、身体と足を完全に切り離され絶命したゴブリンが次々と姿を現していく。
……人の姿が無くだだっぴろくて綺麗だった甲板は、ゴブリンの死体とそれが流した青紫の血で染まって非常に滑稽だった。
「エリス!!幾ら戦闘能力が高くないといってもこの数だ!!
少しでもいいからお前も数を減らしてくれ!!魔力が持つかわからん!!」
「わ…わかった!!」
ヴァンほどの腕前の持ち主ならば私の力など必要ないと思うのだが、
正しく人海戦術と言うべきなのか、
ゴブリンを何匹倒しても、
空中を舞うイーグル達が、次から次へと、どこからともなく新たな援軍を連れてくる。
しかも血の匂いに引かれて、海に住まうモンスター達も甲板へと上ってきて、
先ほどまで静かだった甲板が、いつのまにやらモンスターのパーティーでも行われているかのように賑やかになっていた。
「えっと…えっと…炎だと船がこげちゃうし…石だと下手したら穴が開きかねない…かといって雷を落とせば船がやばい…
あぁーー!!どうやって戦えば良いのよ私!!」
なんて頭を抱えていた私の元に一匹のモンスターが迫ってくる!
それは海から姿を現した魔物で全身を鱗に包まれた半魚人モンスターだった!!
「ぎゃーーーー!!!」
その時、私は無意識にそれに手をかざし雷の魔法を放っていた。
…海の魔物と言えば雷に弱い……多分、それを記憶していたからだと思うけど。
……私の手のひらから放たれた電撃により、半魚人はクロ焦げになりその場に崩れ落ちていった。
「…はっ!!そっか!!!雷は空から落とすばかりが脳じゃないんだ!!」
それによりひらめいた私は、右手と左手に魔力を集中し、
両手を包み込むようにして電撃を発生させた!!
「よーっし!!これで全員痺れ焦がしてやるんだから!!」
そして、決め台詞と決めポーズをしっかり決めた後、
敵の中に向かって突っ込んでいく!!
「おらおらおらおらおらぁーーー!!」
雷に弱いと言うだけあって、
半魚人モンスターは私の手に触れるだけで簡単にその姿を失う。
ある意味、何かのストレス発散でも体験しているかのような感じで、
面白いくらい次々と襲い繰るモンスターを消し去って行く私。
「……これだとどっちが悪役かわかんないよね…」
それから数分後、半魚人モンスター大多数は私によって数を削られ、
適わないと悟ったのか、次々と海の中に飛び込んでいきその姿を消した。
そして、ゴブリン達もヴァンや他の冒険者達の力もあって、
ついに諦めたのか、指笛を鳴らしイーグル達を呼ぶと、逃げるようにしてこの場から飛び去っていった。
…数人の怪我人は出たものの、どうにかこうにか死者を一人も出さずにモンスターから船を守りきる事が出来たようだ。
怪我人は、船に偶然乗り合わせていた薬剤師の調合した薬により治療を施され、
その他の冒険者達は、勝利の喜びに浸りながら食堂で酒に飯にを食らっていた。
「あれぇー?」
しかし、そのどちらにもヴァンの姿は見当たらなかった。
…まさかあれだけの実力を持っていてやられる訳はないだろうし、
ゴブリンに連れ去られるような美女って訳でもないし……。
「甲板の掃除でも手伝ってるのかなぁ?」
そう思って甲板を覗いてみるのだが、やはりそこにヴァンの姿は無い。
「……部屋にも居なかったし………変だなぁ?」
と、そんな時、見張り台のところにヴァンがいつも被っていた緑色の大きな帽子が目に入った。
「あ、あんな所に居たんだ!」
彼の名を呼びながら私はその帽子の元へと駆け寄っていったのだが、
その帽子の下に居たのはヴァンの姿ではなく、モンスターが襲って来た時に見張り台に立っていたあの男だった。
「…あ…あれ?……ねぇ、その帽子の持ち主知らない?」
「……非常に申し上げにくいのですが…この帽子の持ち主の方は先ほどの戦いの最中に……」
「えぇーーー!!!???」
私はその男にヴァンの帽子を受け取ると、無言のまま自分の船室へと足を運んだ。
……ヴァンは、戦いの最中に海に落ちたらしい。
そして、金槌だったのかどうなのかはっきりとはわからないが、
見る見るうちに流されて、あっと言う間に見えなくなってしまったと言う……。
「……浮き輪…」
船室の中にはヴァンが途中まで膨らました浮き輪が空しく転がっていた。
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