- 「お腹と背中がくっつくぞ」
それから数時間後。
船が港へと到着したので、私はフラフラと船から降り立った。
「はぁ……こんな大きな街で一体何をどうしたら良いって言うのよ……」
船から下りて少し歩いた先にあった港街は、
先日まで居たサウスの街とはまるで逆で、人々の笑顔が耐えない明るい所だった。
あちらと比べると、モンスターの進行が進んでいないのか、
それともこちらの人間達が一生懸命活動をしているのか…その辺はよくわからないけど、
港から出てすぐの場所でも、たくさんの人々が商売にいそしんでいて、
珍しい食べ物がいくつも目に付いた。
「…はぅ…そう言えばヴァンが居ないから私お金ない…」
と、何気なくポケットに手を突っ込むと何やら紙のような感触を感じた。
「…あ!!」
ポケットの中にはハンターの仕事をこなしてもらった3千ものお金が入っていた!
「おぉぉーー!!これぞ神の恵みー…!!」
喜びのあまりに涙を流しながら私はその場に跪き紙幣を天へと掲げた。
「へへっ!!いただき!!」
「えっ!?」
…しかし、次の瞬間、確かに私の手の中にあったはずの紙幣はその場から消え去り、
慌てて立ち上がって辺りを見渡した時には、私からそれを奪い取ったと思われる人物の姿はなくなっていた。
「………こ…これが都会で言う…スリって言う奴なのね……」
この時の私は、お金を奪われた怒りとかそう言うのよりも、驚きと絶望の方が果てしなく大きくて、
それを奪った相手を見つけ出そうとか、そう言う考えは一切浮かんでこずに、ただただ空しくその場に立ち尽くしていた…。
それから私はぼーっと指をくわえながら飲食店の前を行ったりきたりしていた。
「…幾らお金が無くても食い逃げはどうかと思うし……あぁ、でもこのままじゃお腹と背中がくっつくかも…」
なんて事を考えながら行ったりきたりを繰り返して数十分。
空腹のあまり動きたくなくなってきた私は、目の前にあった噴水広場のベンチに座り込む。
「……困った……お仕事してお金を稼ぐ以前にお腹がすき過ぎて魔法も打てそうも無いし…
モンスターが現れたら正直絶望的かも……」
…そんな私の目に道行く冒険者に物乞いをしている人達の姿が目に入る。
「あぁー…なるほど……お金が無い人はああやって食べ物を手に入れてるんだ…」
この時、空腹で私の頭はちょっとおかしくなっていたのかもしれない。
そう言う行為を行うことに対して何の抵抗も感じていなかった。
「む…!!早速私の目の前を通る冒険者の姿が!!」
私は手にしていたヴァンの帽子を深く被り、地面にベタッと座り込んだ。
何故、ヴァンの帽子を被ったかと言うと、正直、見た目的に結構ぼろい帽子だったので、
これを被ればより効果的に物乞いが行えると思ったからだ。
「あぁ…そこの旅のお方…この惨めな私にどうか食べ物をお恵みください…!!」
私の前を通り過ぎようとした冒険者の足につかみかかり、必死にその人物に訴えかけた。
プライド無いのか?といわれそうだが、プライドではお腹はいっぱいにならないのだ!
「あ…あの……お腹すいてるんですか?」
失敗するかもと思って行った物乞いだったが、それは意外にも一度目で成功し、
冒険者は心配そうな口調で私の目の前に静かに座り込んだ。
「はい!!もうお腹がすいてすいてお腹と背中がくっつきそうなんです!!」
私はその冒険者の顔を下から覗き込むようにして見上げる。
ちなみに、この冒険者の声からして男だとわかった時、
私はファナに教わった男を確実に落とせる方法を行っていた。
…男は上目遣いに弱い!!そして目をウルウルさせていたならばより効果的!!と言う奴を。
「……げ……………」
だが、私はその時それを行ったことを心の底から後悔する事になる。
「……エリス?」
「ひ…人違いじゃなくって?」
「それにその帽子…良く見たらヴァンさんの…」
「き…気のせいじゃなくって!?」
私の額からは、とめどなく汗が流れ出してくる。
「あのさ…俺がお前を間違えるわけ無いだろ?」
「………そう言う言い方ってずるい…」
この時、私が物乞いを行った冒険者の男は、
以前まで盗賊をやっていた不良少年、アークだったのだ…。
「何でこんな所に居るのよ」
ほこりをほろって立ち上がり、慌ててかっこつけてみせる私。
だが、そんな事をしても、先ほどの光景をばっちり見られていたらカッコなんてつかないわけなのだが…。
「うん、修行の卒業課題でエフィナを探してるんだ」
「母さんを?」
「あぁ、お師匠様がエフィナから預かってたこの宝石を返すためにね」
「へぇー…綺麗な宝石…」
アークが懐から取り出して見せてくれたその石は、
綺麗な赤色をしていて、宝石の中心部がまるで炎のようにゆらゆらとうごめいていた。
「これ動いてるのは何?」
「さぁ?よくわかんねー」
「…そんな不可解なものよく平然と持ち歩けるわね……」
「まぁ、お師匠様が安全性は保障するって言ってたし…って言うかエリス、腹減ってたんじゃないのか?」
「…そう言えば……」
アークに出会った衝撃により一時的に空腹感を忘れていたが、
それを思い出してしまうと、急激に私の身体からは力が抜け、その場にぺたんと座り込んでしまった。
「うぅ…アークのバカぁー!」
「…ったく…仕方ない奴だな…」
動けなくなってしまった私の前にしゃがみこみ、黙って背を向けるアーク。
「なに?」
「いや、歩けないなら宿屋までおぶってやろうかなと」
「じゃあ、遠慮なく」
私はアークの背中にベタッと覆いかぶさる。
「よいしょっと…それじゃ行くか」
「……ねぇ?」
「何だ?」
その背中は以前に出会った時の彼から比べると、何だか凄く大きくなったように感じられた。
「背伸びた?」
「あぁ、少し伸びたかな?」
「…そっか」
久しぶりに味わった誰かにおぶってもらうその感触は、
私の中に懐かしさと不思議な安堵感を与えてくれるのだった。
「しっかし……」
「何よ」
「相変わらず胸ないなぁ…」
「……うるさい!バカ!!」
その後、食事を終えた私達は、酒場で耳寄りな情報を得る事が出来たので、
地図を頼りにとある場所へと向かって歩いていた。
「ねぇー…本当にこっちであってるのー?」
「あぁ、俺が盗賊時代に鍛えた耳と勘が間違いないって言ってる!」
「…ふーん……」
と言ってから数十分歩いた後、私達はその目的の場所へとたどり着いた。
どうやらアークの勘は、私の方向感覚より明らかに正しかったようだ。
「何だか思ったより普通だなぁ」
「そうだな、話に聞く限りでは相当稼いでるからもっと凄い家に住んでると思ったけど…」
私達の目の前には、掘っ立て小屋と言う言葉が非常に良く似合う粗末な家が建っていた。
「うーん…ここにファナが住んでるなんて…いまいち信じられないなぁ…」
なんて呆然と小屋を見上げていた私達に、背後から何者かが声をかけてくる。
「あのぉ…うちに何か御用ですか?」
おっとりした女性の声…。
後ろを振り返ってみると、
その声の印象と変わらずなんだかのほほんとした感じの女の人が立っていた。
「えーっと…うちと言う事はこの家の人?」
「えぇ、そうですよ」
私が訪ねると、女性はにっこりと微笑み玄関のほうへと歩み寄っていき、
家の鍵を開けると静かにこちらに振り返った。
「ほら、こうやってちゃんとおうちの鍵も持ってますから」
「いや…別にそんな事してもらわなくても疑ってないし…」
何だか微妙に調子の狂わされる女の人だと思った。
「いーっててててて!!なにすんだよ!!」
「…ぼーっと見とれてるからよ!」
私の存在を完全に忘れてこの人に見とれていたアークに腹がたった。
…でも、正直そうなっても仕方が無いくらいにこの人は美人だった…。
そう、ファナと同じくらい…もしかしたらそれ以上に…?
「あのー、それでうちに何か御用でしたか?」
その後女性は、「もし良かったら中でお茶でもいかがですか?」と私達を家の中に招き入れてくれた。
「中と外ではえらい違いだな…」
「うん…でも、ある意味ファナの性格を現してるのかもしれないわね。
表向きは清楚で美人でおしとやかそうに見えるけど内面は……みたいな?」
家の外観とは裏腹に、どこの金持ちの家だと思わされるほどに豪華な家具が色々と並んでいて、
クリスタルで出来たテーブルに、凄くすわり心地のいい何か皮で作られた椅子…などなど。
常識ではとても考えられないほどの一級品が幾つも揃えられていた。
「…そんな違うのか?」
「……迂闊な発言は死につながるから、これ以上はノーコメントにさせていただくわ」
「そ…そうか…」
なんて命知らずな会話をしていた時、
先ほど私達を家の中へと通してくれた女性が消えていった隣の部屋の方から、誰か別の人の声が聞こえてきた。
「レナ、誰か来たの?」
「あ、姉さん…はい、かわいいお客さん達ですよ」
レナとは先ほどの女性の名前のようだ。
クスクスと笑うおしとやかな声が聞こえてくる。
「ふぁ…かわいいお客ねぇ…」
後から現れた声の主が、眠たそうにあくびをしながら、
隣の部屋からのっそりと姿を現した。
「…あら?」
その人物は相変わらず完璧と言えるほどの美しいスタイルで、
多少のだらしない格好でさえも、彼女のファッションでは無いかと思わされるくらいの完璧な容姿の持ち主だった。
「…お客さんに顔出すならもう少しちゃんとした格好できてよね…」
「なに?アンタ、客のつもりなの?」
「こうして態々たずねてきたんだから客でしょ!!」
「…ファナ様の下僕4号の分際で何を偉そうに……」
「よ…4号!?私って4号だったの!?」
…何と言うか相変わらずな感じで登場したファナは、
どこに隠し持っていたのか、どこからとも無く取り出したお酒をコップに並々と注ぐと、満面の笑みでそれを飲み始めた。
「あら?この子は新顔ね?エリスの新しい男?」
「違うわよ!!」
「…違うの…そう…」
アークに興味を持ったのか、ファナは怪しく微笑むとアークの傍にゆっくりと近寄っていく。
「ボウヤ、お名前とお年をお姉さんに教えてくれるかな?」
「は…!!はい!!僕はアーク…と言います!!年は…17です!!」
「へぇー……良いわねぇ…鍛えがいがありそうで…」
何を考えているのかわからないが、
ファナは面妖な微笑みを浮かべて自分の下唇をぺロッと舐める。
「ファナ!!アークをたぶらかさないでよ!!」
「あら、失礼ね…かわいがってあげてるだけじゃない」
相当に酔っ払っているのか、それとも素なのかわからないが、
ファナはアークの身体の至る所を悩ましげな手つきで触りまくっている…。
「やーめーてーよー!!!」
見ているこっちの方が恥ずかしくなってくるので、
アークからファナを引き剥がそうと背後に回りこみ力いっぱい引っ張るのだが、
ファナは全然その行為をやめようとしない。
「はいはい、姉さん…そう言う未成年の為にならない事はやめてくださいね…」
いつのまにやってきたのか、隣の部屋に居たはずのレナさんが、ファナの口をパッと塞ぐと、
先ほどまでアークに怪しい悪戯を行っていたファナは、カクッと倒れこみ静かに寝息をたて始めた。
「ごめんなさいね、姉さんって酔っ払うと若い男の人に悪戯する癖があるんです…」
そう言って私達に申し訳なさそうに頭を下げるレナさんの手には、
超強力瞬間睡眠薬と書かれた袋が、しっかりと握られているのを私は見逃さなかった。
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