- 「実はそれが一番の衝撃?」
それから次の日の朝、私達は食卓を囲み談笑に花を咲かせていた。
女三人寄ればかしましいと言うか何と言うか、たいした事の無い話で随分と盛り上がっていた。
「へぇー……アンタも色々と大変だったのね…」
「まぁ、それなりにはね…。
それでその時にアークに助けてもらったって訳」
その時、私は調度ファナに尋ねられたアークとの出会いの話をしていた。
…そう…思い出してみれば、それはついこの間の出来事だったんだけど、
実際は半年もの月日が流れていたんだよね…。
ちなみにファナだが、昨日は相当飲んでいたらしく、
自分の行った行為も、私達がやってきていた事も全く覚えていなかったらしい。
「はぁ…本当、年はとりたくないわね…」
とか何とかつぶやきながら、どこからとも無く取り出した鏡を覗き込んでため息をつくファナ。
けど、もし私が彼女と全く同じ状態になったとして、彼女ほどの美貌を保っていられる自信は…無いなぁ…。
「それで、アンタ達はこれからどうするつもり?」
「え…ヴァンが居ないから……目的はあるけどどうしたら良いかわかんない…」
「……何を情けない事を…」
「だってだって!…全部ヴァンが私の為に色々と考えてくれてたみたいだから…」
「…ったく…あのダメ親父は……」
あの戦いの最中、どこかへと消え去ってしまったヴァン。
ファナが言うには、やはり足を滑らせたか何かで海へと落ちて、
そのままどこかに流されていってしまったのだろうと言う事だ。
本来、ヴァンほどの魔法の使い手ならば、
海に落ちてしまっても風の魔法を使う事で空を飛び、船上へと舞い戻る事は容易い。
だがしかし、ヴァンは筋金入りの水恐怖症で、
普段は冷静なくせに水の中に落ちると、まるで人が変わったようにパニック状態へと陥り、
魔法を使う事も出来なくなるし、勿論泳ぐなんて事も出来るはずが無い。
…まぁ、落ちたのは一度ではないらしいし、
あのヴァンがそう簡単にくたばるとは思えないので、
2〜3日もすればどこからともなくひょっこり現れる…と思う。
「あぁー…もう!!…だから私何度もエフィナに言ったのに…ヴァンは父親には向いてないって…」
「…そうなんだ…って…え?」
「……あら?そう言えば私、話してなかったかしら?」
「…何を?」
「うん…そりゃ、流石にエフィナと言えども、女の身体1つで子供を生む事は出来ないわけよね?」
「………うん…」
「エリス、アンタの父親がヴァンだって私が言ったら…どうする?」
「…驚いてみる」
「まぁ、そう言うわけよ」
そう言うとファナは懐から一本のタバコを取り出し、
慣れた手つきでそれに火をともすと、ふぅーっと一度大きくふかした。
「えぇーーーーーーーー!!!!!」
…なんとなく感じていなかったわけではない。
ヴァンが私を見ていた目はいつも、一人の人として見ているのではなくて、
私の事を心から思ってくれているようなそんな気がしていたから…。
「そう考えると、本当にアンタは出来損ないよね、エリス?」
「う…うぅぅ…」
ニヤニヤといやらしい微笑を浮かべて、ファナは私の頭をぐりぐりと撫で回してくる。
しかし、確かに彼女の言うとおり、
伝説となるほどの力を持った二人の人物から生まれたんだとしたら、
私は使用できる魔法は偏っているし、戦いにおいても特別優れているわけでもないし、
人格者と言うほどの知識や教養を持っているわけでもない…。
「どうせ私は出来損ないよ…」
部屋の片隅でのの字を書きながらすねる私。
そんな私を見てつぼにはまったのか、ファナは声を上げてケタケタと笑う。
「なぁ、エリス。エリスは出来損ないじゃないよ。
エリスは俺の事を助けてくれたし、それに俺の魔法の力も目覚めさせてくれた。
今はまだまだひよっ子かもしれないけど、これから頑張れば二人に負けない大魔法使いになれるさ!」
「うぅー!!アーク…今は貴方が神様のように輝いて見えるわ…!!」
「…大げさな奴だな…」
「ううん!大げさじゃないよ!」
この時私は、アークのちょっとした優しさに感動し、無意識に抱きついていた。
すると、普通の適温くらいだったアークの身体の温度が一気に上昇していき、
アークは、顔から煙を噴出し、その場に倒れこんでしまった。
「え!?えー!?アーク!!!しんじゃやだー!!」
「う…お…え…エリス……首……首が……」
しんじゃやだー!!なんて言いつつ、
私はアークの首根っこを締め上げながら彼の身体をガクガクと揺さぶっていた。
それにより先ほどまで真っ赤だった彼の顔は徐々に青ざめていく。
…赤くなったり青くなったり大変な人だ。
「……バカね…こいつ等」
それを黙って見つめていたファナは、あきれた様子で大きなため息をこぼしていた。
「さて、出発の準備は出来た?」
懐から取り出したタバコに火をつけながらファナがつぶやく。
「出来たと思う」
「俺は大丈夫です」
「あ、私も平気ですよ」
結局、これから向かう先が特別決まっていたわけではなかったので、
とある方法を用いてぷりんを探す…と言う方向で私達の目的は決定された。
「それじゃ、レナ…頼むわね」
「はい、任せてください」
その方法とは、レナさんの協力が必要不可欠だった。
「サーラ…お願い……」
レナさんは、私と同じ使い魔系の魔法使いなのだが…単に使い魔と言ってもその能力は様々だ。
ぷりんの能力は使い魔の代表的な能力で、精霊との交信をスムーズに行うというもの。
この他にも、魔法使いの行動力を高めたり、感覚を高めたりする事の出来る使い魔や、
逆に気配を消して自分を狙うものから身を隠したりする事の出来るもの等…とこんな具合に色々とある。
なので、ぷりんが最初の頃言っていた殺気を感じれば身を隠す何て言うのも、
レナさんの使い魔のように呼んでから姿を現したりするのも、
ぷりんのように普段からバリバリ姿を現していたりするのも、
使い魔によって色々あるので、その辺は本当に人それぞれだ。
「はい、ご主人様!交信ですね?少々お待ちください。今すぐしやがります」
「お願いね」
そして、レナさんの持つ使い魔サーラは、
ある程度の範囲内に存在する、精霊や使い魔と交信を行えると言う能力を持っている。
…これが上手くいけば、母さんやヴァンとも交信を行えるし、
もしかしたら、ぷりんと話すことだって…出来るかもしれない。
そのもしかしたらの可能性に期待し、私の胸は自然と高鳴っていた。
「ご主人様ー。お話しできましたー。
北と東の者はこぶつきのようですが、南の者は、私の事無視しやがりますー」
「そう…ありがとう、サーラ」
「いえいえ、それではまたいつでもお呼び下さい」
レナさんの使い魔サーラは、そう言い残すとまばゆい光に包まれその姿を消した。
「どうやら、目指す方向は決まったようね」
「…でも姉さん…南と言えば……」
「ん…そう言えば…そうね……」
南に一体何があるのか、ファナとレナは何だか気難しい表情で互いに顔を見合わせていた。
「南に一体何があるんですか?」
数分の間、その場は沈黙に包まれていたのだが、
それに耐え切れなくなったのか、アークがファナ達に尋ねる。
「うん…つい先日の話なんだけどね。
南にあった城下が一夜にして消え去ったって言うのよ」
「消え去った…?」
「えぇ、正しく文字通りね?」
平静を装って見せようとしているのだろうが、
口元にタバコを運ぶファナの手が微かに震えているのを私は見逃さなかった。
「ファナ、何か知ってるんでしょ?
一人で考えてないで私達にもちゃんと教えてよ」
「…その後、その近くで目撃された人物が居たんだけど、
その人物って言うのが、ご存知、白銀の騎士…フィン・ファルク様だったって言うのよ…」
「だ……誰だっけ…それ?」
「あのねぇ…アンタ、以前に話したでしょうが…」
「ぶー…忘れたものは忘れたんだもん」
「はぁ…仕方ないわね…もう一度だけ教えてあげるから、その小さな脳みそにしっかり記憶するのよ?」
白銀の騎士、フィン・ファルクとは、
15年前の大戦で母さんやヴァンと共に魔王サタンと戦った人物の一人で、
その実力はヴァンの力をも軽く凌ぐほどだという。
彼女は様々な特殊な効果を持つ剣を使いこなし、
その中には全ての魔法を無効化すると言う物も存在していた。
フィンは本来、ヴァンの相棒として知られているが、
実際は彼女の一人舞台の事の方が多かったらしい。
そして、ファナ達の尊敬する母さんでさえ、フィンだけは絶対敵に回したくない。
と、冗談抜きでファナに話した事があるほどだそうだ。
「そ…そんなに凄いの?」
「…そう…ね…エフィナとヴァン…それと怪我をする前のレオンと…
まぁ、その三人が本気でいって、何とか押さえ込めるくらいなんじゃないかしらね?」
「……そんな人が居たのに以前のサタンを倒す事は出来なかったの?」
「…えぇ、それほどに私達が戦った敵は強大だったのよ」
「……嘘みたい…」
そんな話を聞かされると、私の目の前に現れたあれはなんだったんだろうか?
もしあれが本当のサタン何だとしたら…どうして私は生き残る事が出来たのだろうか?
……私の力が優れている訳じゃない…と言う事はやっぱり偽者…?
「あーうーあー…」
何だか良くわからなくなってきた…。
考えれば考えるほどに私の頭からはプスプスと煙が上がる。
「…でも、もしフィンなんだとしたら……フィンがやったんだとしたら…
私には、それを確かめなくてはならない義務があるわ……」
「一人で行くの?」
「…アンタは死ぬかもしれないって言う場所についてくる気があるの?」
「もし立場が逆だったならファナは私を一人で行かせるの?」
「……アンタと私は違うわ」
鋭い目つきでそう告げると、
ファナは、いつのまに手にしていたのか、
いつもは懐にしまっているはずの銃を私の額に強く押し当てていた。
「姉さん!!」
「黙ってなさい!!」
「……姉さん…」
ファナの目は本気だった。
もし私が彼女の邪魔をするのなら、今すぐここで私を殺すと言う目をしていた。
だけど、不思議と恐怖は感じなかった。
「アンタは、昔の仲間に剣を向けることは出来る?必要とあらばその仲間を殺す事が出来る?」
「…ファナは出来るの?」
「質問に質問で返すなんて相変わらずバカね」
銃を収め、変わりに一本のタバコを取り出すと、
それに火をつけながら、彼女は静かな口調で答えた。
「…私は出来るわ。それが必要なら」
「ファナ…」
まだフィンがそれをやったと決まったわけではないのに、
ファナには確信があるのか、それがはっきりと感じ取れた。
「……でもね、大切な仲間を殺す事になるかもしれない自分を、大切な人達に見られたいと思う?」
…同時に、かつての仲間に手をかけることの覚悟も。
「……それでも、私はファナを一人では行かせないよ。
だって、私にとってもファナは大切な人で、大切な仲間なんだもん」
「……むかつくわね、その目」
「え?」
そう言ってファナは私のおでこを軽くつついてくる。
そしてその後、遠くのほうを見ながら小さくつぶやいた。
「…その目……そっくりなのよ……ヴァンに……私が好きになった……あの目に……」
「えーーーー!?」
正直、ヴァンが私の父親だった事よりも、
伝説の英雄が私の母親だったって言う事よりも、
ファナが、あのヴァンに惚れていたと言う事が一番の衝撃だったかもしれない…。
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