「幕開け」




そして、次の日の朝。

私は、大きく深呼吸をし、自らの心を落ち着けた後、
仲間達一人ずつに、順番に声をかけていく。

「…ファナ」

「ん…平気よ」

そう言った後、ファナは、懐から新しい煙草を取り出し、
静かにそれに火を灯した。

「ゼノ?」

「問題無い」

そう言って手袋をしっかりとはめ直すゼノ。

「アークは?」

「…修行の成果を見せる時だな……大丈夫、エリスの事は必ず俺が守るから」

「うん、期待してるね」

「…ま……任せろ!!」

力強く意気込むアークだったが、
その後すぐに、肩に力が入りすぎだとゼノから指摘を受けていた。

やっぱり、皆、緊張しているんだと思う、私も含めて。

それほどまでに敵の力が強大だと言う事は、
沢山の恐ろしい戦いを潜り抜けてきたであろう母さん達を見ているだけで、
へたれな私でさえも、その恐ろしさを感じ取れるほどなのだから……

「母さん…?…むぅ……ちょっと母さんってば!!」

私が数度呼びかけても、母さんは黙ったままだった。

「ん?あぁ、ごめんね…
やっぱりヴァンが居てくれたらなって思って……」

そう言えばヴァンってどこ行っちゃったんだろう…?
まさか泳げないとは思わなかったし、あんな大海原に放り投げられて……
死んだとは思えないけど……今更ながら心配になってきた……

「フィンは、ヴァンの使い魔だから、
やっぱり彼女を制御することが出来るのは、ヴァンだけだと思うのよね…」

「ちょ…ちょっとエフィナ!?」

「今何と言った!!!」

母さんがボソッとつぶやいた一言に、
ファナとゼノが血相を変え声を張り上げる。

…一体何をそんなに驚いて……???

「フィンが、ヴァンの使い魔だって言ったのよ…
まぁ、通常ならば人型の使い魔なんて有り得ない……
二人が信じられないのも無理は無いでしょうね」

使い魔とは、従来魔力で生み出される生き物。
とは言え、生命体と呼ぶには程遠い存在だ。

その理由としては、食事を取ったり睡眠を取ったりせずとも、
主人に魔力を与えて貰えるだけで生きて行く事が出来るからだ。

ならば、何故ぷりんは食事を取ったり寝たりしていたのか?
…それはただ単に彼等の娯楽の一種と言うだけである。

「フィンは、ヴァンの壮大な魔力と想いが生み出した使い魔で、
ヴァンの母親の身体を器としているのよ」

「…つまり、魔力のみで形成された通常の使い魔とは違うって言う事?」

「そうね、でも本来ならば使い魔と言う表現も微妙に違うのかもしれない…
彼女は……ヴァン自らが殺してしまった母親の姿をした別人格なんですからね」

「……その話し、非常に興味深いな」

「ん…私もそこまで詳しく知ってる訳じゃないけど、
彼女の力はヴァンの力そのもの…ヴァンが強くなれば彼女もドンドン強くなる…
だけど、その他にも彼女の肉体は、ヴァンの母親が持っていた剣術の才能も受け継いでいる…
まぁ、ここまで言えばわかるかも知れないけど…彼女…半端無いわよ?」

「…ヴァンの持つ力は私達とは桁違い……」

「フィンの力も俺達はよく知っているつもりだが……」

ファナとゼノは、互いに視線を合わせ、
言葉無く苦笑いを浮かべていた。

…私にはそこまでヴァンがすごいとは感じられなかったけど、
この二人がそこまで思いつめるって言う事は…相当な事なんだなと思う……

「そんな絶望的な状況にヴァンが加わったところで、一体何が変わる訳?」

「ヴァンはね、失われし過去の魔法…癒しの魔法を使う事が出来るのよ」

「うしなわれしかこのまほう?」

「そんなバカ丸出しで問いかけてくれなくて良いわよ?」

「…むぅ……」

癒しの魔法とは、そのままの意味で、外傷等を癒す事の出来る唯一の魔法…

だけど、使い方を誤った癒しの魔法は、
どんな攻撃魔法よりも恐ろしい破壊の魔法となる。

そして、それを恐れた人々により、癒しの魔法の使い手は皆、殺された……

だけど、何とか逃げ延びた人達もいて、
今もどこかに残っている…とも言われているらしいんだけど、
当時の事を恐れ、癒しの魔法を使う事の出来る人は、今もその事を隠したまま生き続けているらしい。

「ヴァンの癒しの魔法はね、傷だけではなく、心も癒す事が出来るのよ。
そして、その力は、闇の力にとらわれし者の心を、少しだけ引き戻す事も出来る。
…そこに、私の光魔法を当てて、完璧に成功すれば、肉体を滅ぼさずに闇の力だけを消すことだって出来る」

「そうすればフィンは元に戻るって事なの?」

「まぁ、バカにもわかるように言えばそう言う事ね」

「むぅ……」

何だかこの意地悪な所を見ていると、
この人はやっぱり私の母親何だなと改めて実感させられる……

「そう言えば、レナも癒しの魔法を使えたのよね?」

「…そうね……」

母さんの言葉を聴いた瞬間、
ファナは、自分の胸元を強く握り締め、寂しそうに私達から視線をそらした。

「…もしかして、聞いちゃいけない事聞いた……?」

流石に空気を感じ取ったのか、
何とも気まずそうな表情を浮かべ、母さんは私にそっと囁きかけてきた。

「…うん、実はね……」

そして、私が事情を説明し終えた瞬間、
母さんは真っ青な顔でファナの元へと駆け寄り、
「ごめんね、ごめんね」と繰り返しながら強く彼女を抱きしめていた。

そんな母さんの心を感じ取ったのか、
少し力の無い笑顔だったが、
ファナは、優しく微笑み、「大丈夫よ」と母さんの頭を撫でてあげていた。

「こうやって見てると、どっちがお姉さんだかわかんないよね」

「あぁ…だけど、仲間ってそんなもんじゃないか?
あの二人も支えあえてるから仲間で居られるんだと俺は思うな」

「……中々良い事言うじゃん…」

「俺達も、そんな仲間で居られたらなって思ったからさ」

「………うん、そだね」

何だか今まであまり考えてなかったけど、
こうやって改めて彼の瞳を見つめていると、
何だか微妙に…本当に微妙になんだけどカッコよく見えてしまった私なのだった……



それから数十分、全員が改めて落ち着いた頃に、
突如、母さんが声を張り上げた。

「アンタ達、私が魔力を完全に貯め終わるまで約10分……
それまで絶対に私にフィンを近づけさせるんじゃないよ!!」

「10分???」

「そう、フィンを倒す為には、それくらいで足りるかどうかわからないけど……
それだけ魔力を貯めれば、確実にダメージを与える事は出来るはずだから……」

「エフィナ、ぶしつけな質問だが……魔力を貯めた所でフィンに当てれるのか?」

「まず無理でしょうね」

駄目じゃんと私が突っ込みを入れるより早く、
ファナが静かに口を開いた。

「その間に、どれだけ私達がフィンを弱らせる事が出来るかにかかってる…と言う訳ね?」

「そう、流石ファナ…出来のいい子は好きよ」

と言ってチラッと私の方を横目で見る母さん。

「あぁー…どうせ私は出来が悪いですよぉーだ……」

私が微妙にいじけ虫になりかけたその時、
穏やかだったこの場の空気が、突如、邪悪な力で包み込まれた。

「どうやら、この場所も嗅ぎつけられたようね……
…にしても、フィンの肉体に入っているからかしら?
光の結界を張ってあったって言うのに、いともあっさりやってきたわね」

母さんのその言葉の後、私達の目の前の何にも無いはず空間が、
恐ろしい悲鳴をあげながらその姿をゆがめていく……。

「エフィナ……会いたかった………」

「悪いけど、私の方は今のアンタには会いたくなかったわ」

「エフィナ……殺す……お前だけは……この手で……殺してやる!!!」

以前とは比べ物にならない程、強烈な邪気をおびたフィンが、私達の目の前に静かに降り立った。



…正にこう言う状態の事を、蛇ににらまれた蛙とでも言うのだろうか?

私は全くと言って良いほどに動く事が出来なかった。

戦わなくてはならないはずなのに、
腰に携えてある剣を抜く事さえも未だ出来ていない……

「……あ……ぅ……」

そして、言葉も発せられない……

これが、本当の恐怖と言うものなのだろうか……?

「ファナ…行けるか……?」

「行けるか……?じゃなくて、やるしかないでしょ……?」

ファナとゼノも、戦う構えをとってはいるが、
フィンの威圧感に、足がすくんでしまっているのか、
今一歩が踏み出せない状態にあるようだ…。

「どうした?かかって来ないのか…?
……ならば、私から行ってやろう!」

そう言った後、フィンは、囁くようになにやら詠唱を始める。

「さて、まずはゼノ……お前の剣技、衰えては居ないだろうな?」

詠唱を終えた彼女の両の手には、
多大なる闇の力により形成された真っ黒な剣が姿を現した!

「ゼノ!!!!」

彼女の威圧に押され、動く事の出来なかったゼノ。

「おおおおぉぉ!!!!!」

しかし、母さんが彼の名を叫んだ瞬間、
ゼノは、大地を揺るがすほどの大きな雄たけびを上げながら、フィンに向け一直線に突進していく!!

「ふふ…そう、そうでなくては面白くない……」

面妖な微笑を浮かべた後、強く地面を蹴り、
ゼノへと向けて物凄い速さで襲い掛かってくるフィン!

ゼノの大剣と、フィンの魔法剣が、ぶつかり合った瞬間、
辺りには激しい火花と、空気を揺らすほどの物凄い衝撃が広がった!!

「うおぉ!!」

そして、そのまま何度も激しい打ち合いが続く!!

傍から見ている私にはすでに別世界……
彼等の剣がぶつかり合う度に、空気は揺れ…そう、まるで世界が物凄い速さで回っているかのようだった。

「…力だけは、相変わらずだな。私では、受け止めるのがやっとだ。
…だが、お前の弱点だったスピードはどうなったかな?」

言葉の後、フィンの姿がゼノの前から消える!!

「消えた!?」

私の目では、フィンの影も形も確認する事は出来ない…

「くっ…!!」

だが、どうやらゼノの方も彼女の姿を捉えきる事は出来ていなかったようだ…

時折、フィンが地面のどこかを蹴り上げる音が響いて来るのだが、
彼女の姿は相変わらず見つけることは出来ない……

「そこか!!」

「…残念、遅かったようだな……」

私の目にも一瞬だけフィンの姿を捉えることが出来た…
だが、それは彼女が動きを静止し、ゼノに切りかかる正にその瞬間であった……!!

「ちっ…ファナか……相変わらず目は良いようだな……」

だが、その直後、私のすぐ傍で一発の銃声が響き渡る。

「フィン、この戦い……避ける事は出来ないの?」

「…この銃弾は、私に対する宣戦布告なのだろう?」

ほぼ不意打ちと言っても過言ではなかったはずのファナの弾丸。
だが、フィンは、そんな弾丸をいともあっさりと剣ではじき返していた。

「フィン!!!」

「ファナ…!!ゼノの前に少し遊んでやろう!!」

「また消えた!!」

と思った矢先!!フィンは、一瞬にしてファナの目の前に現れ、
突進の勢いをそのままにファナに斬りかかった!!!

「…ちっ!」

ファナは、その攻撃を紙一重でかわし、
すれ違い様、フィンに向けて連続で引き金を引く!!

「無駄…こんなもの無駄だ!!」

しかし、それはフィンにとってはけん制程度にもならないらしく、
彼女が放った弾丸は全て、フィンの剣によって簡単にはじき返されてしまう…

「ゼノ!!」

「おぉ!!!」

だが、そんな様子を気にすることなく、
ファナはゼノに声をかける。

そして、ゼノの方は彼女の意思を感じ取っていたのか、
すでにフィンの背後へと回り込んできていた!!

「ふっ!お前達…相変わらず仲が良いな!!」

ゼノの剣とフィンの剣が何度もふれあい、その力のすさまじさに、大地が揺れる!!!

(すごいすごい!これが、戦いっていうんだ!)

今まで見た事の無い激しい戦いに見とれ、
私は自らのすべき事、そして、先ほどまで感じていた恐怖さえも忘れ、
三人の戦いにすっかりと見とれてしまうのだった……




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